プリンスオブウェールズステークスが終わって数日が経ち、カイザーと一緒にお出かけしている。お出かけの理由は本人の希望だ。
(一応、面談がてら話す予定だったから問題はない。ついでに観光もできるし)
面談の理由は勿論、当人の変化について。年明け以降、ってよりは有馬記念からずっと笑顔が少なくなっているからな。ドバイターフの後に一度だけ話したが、心配なのでまた機会を設けた。
当のカイザーは紅茶とお菓子でティータイムと洒落こんでいる。しかしあれだな、めちゃくちゃ似合うな。
(傍目には令嬢が休憩しているようにしか見えん。静かにしているからなおさらだ)
礼儀作法も完璧。俺も知らないようなことなんかも知っている。凄いやっちゃ。
カイザーの礼儀作法に関しては今は良いか。主目的は彼女との面談だ。
「で、だ。カイザー」
「なに~?」
さっきまで令嬢っぽかったカイザーだが、俺に話しかけられた途端いつもの彼女に早変わり。ギャップの凄さにちょっと驚くが、臆することなく会話を続ける。
「最近のレース、どうよ? やっぱ楽しい?」
「うん、楽しいよ。いつもと変わらない、みんなの熱を感じて、私もついつい熱くなるよね」
続ける、が。まぁ想像通りの答えしか返ってこないよねって。予想通りの答えに苦笑いしてしまうが、どうしたものか。
カイザーの言葉は嘘じゃない。きっと、本心から楽しんでいるのだろう。本音とか嘘を見分けられるほど洞察力に優れているわけじゃないが、これまでの付き合いからなんとなくの推察だ。
普段とは違う走りだとしても、カイザーにとっては楽しいんだろう。そこに差なんてものはなく、いつもと変わらない気持ちでレースに挑んでいる。
なら、何が違うかと言われたらきっと。
(周りに触発されて、なのかもしれねぇな。後は環境か)
レースの本場とも言うべき場所で、最高峰の舞台で競い合うという意識。周りからかけられる期待の重さ、それに応えようとする意識。今まで楽しむ一辺倒だったカイザーが、勝つために最善を尽くし始めた。
きっとファンのためだ。最近ではディープインパクト並に期待されているし、期待をかけられているのは火を見るよりも明らか。嬉しい反面、どうも懸念点が拭えない。
(真面目になった、勝つために最善を尽くし始めたってことは、本能に忠実になり始めた、ってことだ。本能の天秤が、まさに傾きかけている)
バッドコンディション【ガラスの身体】を思い出す。あのふざけたコンディションは、人々の願いや思いで本能の天秤が傾くと言っていた。
断言しよう。傾きすぎたら絶対にヤバいことになる。というか、現在進行形でヤバいことになっている。
(んだあの進化スキル【暴虐の月】って。王手から脚質制限を取っ払うんじゃねぇ、雑に周りにデバフを振りまくんじゃねぇ)
とんでもねぇ進化スキルだった。爆発的初速もえげつないものだったが、暴虐の月はさらにヤバい。加速しつつ周りの速度を下げるとかいうチート使用。アプリじゃ許されんぞ。
アプリ的観点はいいとして、だ。スキル名が明らかにヤバい。きっと、本能に傾きつつあるって示唆しているんだ。
(言うなれば、太陽が楽しむスタイルで、月が本能のスタイルってわけか)
本能に傾きすぎたらどうなるか? きっと、とんでもないことになる。最悪の出来事を考えていた方がいい。ガラスの身体なんて名前なのだから当然だ。
だとしてもなぁ。スピードシンボリたちの言うように、悪いことじゃないわけだし。
(ウマ娘の本能である闘争心。それが薄いカイザーはどうしても制限がかかる。その制限を超えようとしている、ともとれる)
つまりは、カイザーの成長に繋がることだ。そんな、頭ごなしに否定するのもどうかと思うわけで。
「トレーナーまた考えこんじゃってる。ま、いいや。店員さ~ん、紅茶のお代わりお願いしま~す」
けど、否定しないと最悪の可能性が。いや、うん。マジで考えてもどうしようもない気がしてくるんだ。ちょうどいい塩梅を見つけるのはカイザー任せになるわけだし。
(……ハァ)
「すいません、俺も紅茶のお代わりを。後スコーンとか諸々」
「あ、帰ってきた」
とにかく今は頭を休めよう。カイザーとのお茶を楽しむ時間にする。またの名を現実逃避。後回しにするわもう。
新たに持ってきてもらったお菓子に手をつけつつ、カイザーへと視線を向ける。
「そういえばさ、カイザー」
「ん~? 何かな?」
不思議そうにこちらを見ている。さっきから無言だったやつがなにを言うのか気になっている、ってところかもしれない。
今から聞こうとしているのは何気ない質問。本能がどうとかは置いといて、前々から気になっていたことを改めて聞くことに。
「お前って、どうしてみんなの願いや思いを大事にしているんだ? 俺と初めて会った時もそうだったし、みんなに聞いていたんだろ?」
「あぁ、君は私に何を願う、ってやつだね。それのこと?」
「そう、それ。聞いたことがないから、この機会に聞いてみようと思って」
なんか大事なことかもしれんし。こう、ヒントとか得られるかもしれないし。
ただ、返ってきた言葉はなんというか。
「願いや思いが叶ったら嬉しいでしょ? 笑顔になるでしょ?」
「そうだな。普通はそうだ」
「じゃあみんな幸せってことじゃない? みんな笑顔で楽しさ100倍嬉しさ100倍、幸せハッピーライフってことじゃない?」
普通というか、まさに子供が考えそうなことだった。願いが叶ったら嬉しいから、人々の期待に応えるのが嬉しいからそうしているだけ。なんというか、ちょっと拍子抜けだ。
「……もしかして、そんだけ?」
「むっ、軽く見てるけどダメだよ。私にとっては大事なこと」
「いや、悪い。軽く見ていたわけじゃないんだ」
おっとヤバい、カイザーが少し怒り気味だ。慌てて頭を下げて謝罪する。そんなに怒っているわけじゃなかったからすぐに許してくれたので一安心。
にしても、みんなが喜ぶからか。
「お前が他人を優先するのも、それが理由なのか?」
ふと、そう聞き返すが。カイザーはきょとんとした表情を浮かべている。え? 何その表情。もしかして自分でも気づいていないの?
「え、なにそれ? 別にそんなことはないけど」
「は? いや、だって……お前って基本的に他人を優先するじゃん?」
「何言ってるのトレーナー。別にそんなことないよ?」
本気で理解できない表情のカイザー。その反応されるとこっちも困るんだけど。本当に自分で気づいてないのか? これ。
てっきり、他人優先主義はみんなの笑顔を見たいからだと思っていた。みんなの笑顔のためならば、自分よりも周りを優先しているのだと思っていた。
けど、この反応を見る限り違うようで。カイザーは本気で理解できない表情をしている。
「え、え~。じゃあお前、無理してるとかそういうわけじゃないのか?」
「何の話か分からないけど、無理したことなんて一度もないよ。だって、私がしたいからやっているんだもの」
「人の期待や願いに応えるのも、決して無理をしているわけじゃなく?」
頷き。カイザーは俺の言葉を肯定する。つまりは、無理をして応えているわけじゃないらしい。
「レースで勝つとみんな嬉しそうな表情をする。ネットでも新聞でも、みんなが私の勝利を願っている」
「そうだな。そんな記事が増えたよな」
「だから応えるの。私にできることを、私にできる精一杯で。そこに理由なんてないよ。しいて言うなら私のワガママ」
話を聞いているうちに、ふと気になった単語が出てくる。私のワガママ、と言われて、ある一つの可能性が思い浮かんだ。とんでもない考えが、ありえない思考が。
普通ならたどり着くことはないだろう。俺がたどり着いたのも、前世の違うアプリでそういうキャラがいたからだ。知らなかったら絶対にたどり着かなかったし理解できなかったと思う。
(待て待て、まさかカイザーってっ)
コイツは、ハレヒノカイザーは。
(まさか、人の幸せが自分の幸せと断言するタイプか!?)
英雄的思考なのだと。某英霊ゲーの騎士王のように、人々の笑顔を見て自分も笑顔を浮かべる的な、そんな考えをしているのだと。そんな、とんでもない考えが浮かんだ。
現代日本において、カイザーのような考えをする人間は少数だ。そりゃいないことはないだろうけど、世界的に見ても稀。珍しいことである。
(そりゃかみ合わんわ、俺の言ってることが分からんわ!)
カイザーからしたら、自分にできる当たり前をやっているだけなのだ。無理をしているとか、自分の気持ちを押し殺してやっているとかそういう次元じゃない。
自分にできるからやっているだけ。その先にみんなの笑顔があるから突き進んでいるだけなのだ。時には自分の限界さえも超えて、である。
疑問を持たない。だって呼吸をするのと同じくらい、当然のことだと思っているのだから。さも当然とばかりに語る彼女の表情からも察せられる。なんだそれは。どうしたらええねん。
頭を抱えそうになる。そして、彼女の妹であるブランポラリスや家族のことが思い浮かぶ。
(そりゃ分からんよなぁ。境遇的にもそうだし、まさかこんな超越的な思考をしているとは思わんて)
人間ってのは多かれ少なかれ欲望を持っている。俺なら仕事で楽したいとか、ウマ娘なら強くなりたいとか負けたくないとか、そんな感じのものだ。
カイザーにとっての欲望は他人の笑顔を見ること。つまりはまぁ、彼女はとっても欲望に忠実に行動しているってわけになるんだが。
(んなことあるのか!?)
にわかには信じがたい。だが、カイザーは嘘を言っているようには見えない。なにより、こんな場で嘘を言う理由が見当たらない。
当のカイザーは不満顔。ぶー垂れた表情をしていた。
「良く言われるんだよね~。私は無理してるとか、自分のためにやった方がいいよとか。私は私のしたいことをしているだけなのに」
「まぁ、その人たちもカイザーのことを思って言ってるんだろうよ」
「分かってるよ。だから強くは言い返さないの。言い返したら悲しいし、笑顔じゃなくなるから」
そりゃまさかやりたいことが他人を笑顔にすることなんて思わんだろ普通。他人のために尽くすことが自分にとってのワガママなんて、思いつきもしない。
視点が人間のそれじゃない。どっちかというと神様のそれだ。
この考えに行きついたら、これまでのことも腑に落ちた。どうして本能に天秤が傾いたか、その理由も。
(勝利を望まれているからだ。ファンが勝利を願っているからこそ、カイザーは本能に傾き始めている)
ここはレースの本場。楽しむだけじゃ勝てない日が来ると思っているから。実際のことはともかくとして、カイザーはそう考え至ったのだろう。
そして、前々からファンの間で言われていた。最後の直線で口を割るのはいかがなものかと。これも起因しているのかもしれない。
極めつけに、ハーツクライだ。有馬記念の彼女は、カイザーを追い詰めていたと言ってもいい。
(その時に感じたのかもしれん。このままじゃダメだという、漠然とした思いを)
それがどうかはともかくとして、カイザーはそう考えた。だからこそ、本能へと天秤を傾け始めた。今まで閉じ込めていたものを、解放し始めた。
いや、うん。どうしろと?
(別に言うのは簡単だ。ファンの声なんて気にするな~、お前のやりたいように走れ~って)
しかし、仮にそう言ったとしよう。そうなったらどうなるか?
簡単だ。カイザーがレースに出る意味がなくなる。そりゃそうだ。今現在の彼女は、ファンを笑顔にするために走っているんだから。
(ディープとの対決? クラフトと走ること? それは別にレースじゃなくてもいい。好きな時間に好きなだけ走ればいいんだ。間違いなく、カイザーはそうする)
ファンの期待に応える、願いを叶える。それらがレースに出る大部分の理由を占めているのが現状。ファンの期待に応えるな、と言ったら、じゃあレースに出ない、なんて言われる可能性もあるわけで。
(手詰まりじゃねぇか! どうしろってんだよマジで!)
本能の天秤を傾けないためには、ファンの声をどうにかする必要がある。そのための最適解はレースで走らせないことになるんだが、そしたら今度は周りに多大な迷惑が掛かる。カイザーから笑顔を奪うことになる。
ファンの声をどうにかする。これ以上無理難題言わないんで欲しいんすよ~、どのレースに出るかを決めるのは俺らなんで~なんて言って、聞くようなタマか?
(断言してもいい。絶ッッッッッ対に無理だ! だって俺もふざけんなってなるもん!)
無理にでも言おうもんなら俺がバッシングされる。俺がバッシングされたらどうなるか? カイザーが悲しむ。さらにはクラフトも悲しむし、最悪の場合スピードシンボリや佐岳さんにも飛び火する。んなことになったら切腹もんやぞ。
考える、考える。どうにかしようと考える。どうするのが最適解か、どれがカイザーのためになるのか。そう考えるが。
(答えなんて出るわけもないし、現状維持というか)
「ま、なんにせよ。これからもレースを楽しめよ、カイザー」
「どうしたの急に? そのつもりだけど」
こうやって軌道修正するしかないよね、うん。それ以外の手立てがないわ。ホンマにどうしようもないわコレ。
ファンに口出しするのもダメ、カイザーに無理をするなと言ってもダメ。じゃあこうやって道を示してやるのが最適解になるだろう。効果のほどは期待できないが。
(やらないよかマシか)
それにあれだ。俺はコイツが笑顔で走っている方が好きだし。その思いは最初から変わらん。
「俺はお前が笑顔で走るのが好きだからな。なんにせよ、これからも存分に楽しめよ」
「本当にどうしたのトレーナー? ま、勿論楽しんで走るけどね」
機嫌良さそうに耳をピコピコさせているカイザーをよそに、俺は胃がキリキリするのを感じる。ホンマに許さんからな【ガラスの身体】。ご意見BOXに送ってやる。そんなものないけど。