時間が過ぎるのは早いもので、気づけばカイザーのエクリプスステークスを迎えた。サンダウンレース場にて開催される約2002mの中距離戦だ。
エクリプスステークスはクラシック級も参戦できるレースで、このレースを勝ったクラシック級ウマ娘は出世する、なんてジンクスがあるらしい。イギリスにおける、上半期の中距離ウマ娘最強戦との呼び声も高い。
コースは複雑なものではなく、楕円形のレース場だ。後半に上り坂が集中しており、高低差は14mもあるんだとか。お前んとこのコースそればっかだな。他と比べりゃマシだけど。
カイザーは断トツの1番人気。対抗として挙がっているのはフランスの2000ギニー、日本で言う皐月賞ウマ娘だった。本来だったらプランシェットとプレザントジュニアが出走予定だったんだが、うん。
「カイザーの出走を聞いて回避しちゃいましたね、2人とも」
「プランシェットとプレザントジュニアのことかい? 仕方ないところはあるな」
「勝てるレースに出走する。これもまた合理的な判断だ。間違いじゃない」
プリンスオブウェールズステークスの一件もあってか、カイザーに勝てないと悟った両陣営はエクリプスステークスの出走を回避することを選択。別のレースに出走するつもりらしい。
悪いとは思わない。スピードシンボリの言うように、仕方ないことだ。勝てるレースに出走するというのも当然。むしろ、カイザーの実力を認められているようで嬉しいばかりである。
で、肝心のレース内容はというと。
《第3コーナーからの急カーブ、ハレヒノカイザーが後続を引き連れて進んでいきます。ハレヒノカイザーと2番手との差は4バ身差、4バ身差をキープして逃げるハレヒノカイザー。しかし恐ろしい速さだ、このペースで果たして持つのでしょうか? 待ち受ける急カーブ、難なく曲がるハレヒノカイザー!》
カイザーがロケットスタートで先頭を奪い、4バ身のリードをキープしたまま駆け抜けている。うん、相変わらず恐ろしいやっちゃ。
ハーツクライも恐ろしいものを見る目でレースを見ている。カイザーが展開するレースに、畏怖の感情を抱いているのが分かるほどに。
「これほど、なのか? アイツの実力は」
そう声が漏れ出るほどの強さ。今のカイザーは、さらに上の次元へと到達したようだ。
展開は何も変わらない。上り坂だろうが難なく駆け上がるカイザーは、4バ身のリードをさらに広げようとしている。なんで広がろうとしているのかは知らん。
他のウマ娘だって対策はしてきただろう。カイザーに楽をさせないために、ラビットと呼ばれるウマ娘を使って競りかけようとしていた。何とかなってたら今の状況にはならないのだが。
「ラビットが競りかけようにも、カイザーのスタートに勝てるはずがねぇからな。スタートの極致みたいな技術だし」
「あぁ。それこそハーツクライのように、カイザーの動き出しに合わせるぐらいしか策がない。それを取ったとしても、カイザーには後れを取る」
「無理に競りかけようとしても、ノーマルペースがとんでもない。追いつくのも一苦労だ」
結局追いつけなかったので、ラビットは追いかけることをせず4バ身差。ペースメーカーに徹したわけだ。
で、競りかけてこないことを悟ったカイザーは悠々と自分のペースを貫く。最終的に、余裕を持った状態で走ることが可能となった。こんなところだろうか?
上り坂になろうと、残り200mを通過しようと、カイザーとの差が一向に縮まることはなく。最終的には7バ身差を叩きつけてカイザーが快勝した。
《これは大楽勝、これは大楽勝だ! 日本からやってきた最強のウマ娘が、欧州にその名を轟かせる! これこそがハレヒノカイザーの強さだ7バ身差圧勝ゥゥゥ!》
しかも、レースレコードのおまけつきで。いや、どうなっとんねんマジで。どんだけ強いねんあの子。
それはともかくとして。
「やっぱカイザーなんすよね。見なよ、俺らのカイザーを」
やはり勝利は嬉しいもの。笑顔で手を振るカイザーにこちらも手を振り返す。気づいたカイザーは、一層嬉しそうにブンブンと手を振っていた。うーん可愛い。
インタビューは何事もなく終わる。キングジョージへの出走はどうするのかとしつこく聞かれたが、出ないもんは出ないと一蹴しました。
さらに時間が過ぎてクラフトのジュライカップの日に。今度はニューマーケットレース場にやってきた。余談だが、離れた場所にあるため移動に少し苦労した。
約1207mの直線コース。欧州のコースでは珍しく、ゴールの手前200mまでは起伏がほぼない平坦なコースだ。ジャック・ル・マロワ賞と同じく、純粋なスピード勝負になる。
出遅れもなく綺麗なスタート。道中ずっと3番手をキープし続けるクラフトは、抜け出す機会を窺う。
《日本のラインクラフトは現在3番手。先頭を走るウマ娘から2バ身離れた位置につけています。しっかりとついていく》
余裕をもって3番手につけ、周りに置いていかれないだけのペースを維持し続けている。こっちの遠征を経て、クラフトもかなり成長しているってことだ。
残り200m地点まで目が離せない激戦。レースは激しく入り乱れ、状況は常に変化し続ける。時には危うい場面すら出てきそうなほど。
それでも、クラフトはしっかりと3番手をキープし続けた。残り200m地点で一気に加速し、先頭を奪いにかかる。
《残り200mでラインクラフトが伸びてくる、ラインクラフトが伸びてくる! 先頭との差を一気に無くしたラインクラフトが先頭へ躍り出た! このまま駆け抜けるか新世代スプリンターラインクラフト! さぁラインクラフトが伸びてきたぞ!》
激しい攻防を制し、クラフトが見事ジュライカップの1着に。欧州伝統のスプリント戦を制したのだ。
「クラちゃんやったやったー!」
これにはカイザーも大喜び。Vサインを作って、クラフトへと祝福の声を送っている。クラフトも応えるようにVサイン。うーん、美しい。
無論、俺達もクラフトを褒める。嬉しそうにはにかんでいたのが印象的だった。
そして、ウィナーズサークルでのインタビュー前。クラフトのところへと足を運んだのだが。
「やりました、やりましたよトレーナーさん!」
「ゔっ」
カイザーと同じようにタックルされて抱き着かれた。呻いた俺は悪くないと思う。吹っ飛ばされなかったので加減はされているんだろうが。
嬉しさのあまり凄い行動をされているが、体裁が悪いので引きはがす。なんか、行動がカイザーに似てきたな、クラフトの奴。
「ほら、喜んでいるのは分かるが落ち着けクラフト。あんまり抱き着くんじゃない」
「むっ」
「むっ、じゃありません。ほら、記者のところいくぞ」
抗議するような目をしているクラフトをよそに記者のところへ。インタビューは適当にこなしておいた。さすがにここまでくると慣れてくるんでね。
ジュライカップが終わって、クラフトの次走はジャック・ル・マロワ賞を予定。カイザーとのアベックを狙いに行く。
「カイザーさんも勝ったレース、気合いが入ります!」
「おう、その気合のまま頑張れよ。とりあえず、しばらくはトレーニング休みだからゆっくりしててくれ」
「分かりました!」
カイザーはインターナショナルステークス。前年度でゼンノロブロイが勝ったレースだ。ここを狙いに行き、大目標である凱旋門賞に備える。フォワ賞のようなステップレースは挟まない予定だ。
いやはや、それにしても。
(ここまで無敗、ねぇ)
特に気にしていたわけではないが、やっぱ嬉しいものがある。アプリだと当たり前のように成し遂げていたことだが、普通はできないことだからな。俺には才能があるんじゃなかろうか? あんまり調子に乗ったら痛い目見るから止めておこう。
全てが順調、というわけではないが、レースの結果においては順調そのもの。佐岳さんも鼻高々といった様子だ。
「URAにも良い報告ができてな~! 今日はあたし様のおごりだ! たくさん飲め!」
「あざーっす!」
いつも機嫌良さそうにしている。予算の増額とかされてるんだろうか。こんだけ結果出してたらされててもおかしくないな。
7月も残すところ後1レース。ハーツクライが出走する、キングジョージだ。
◇
キングジョージ。正式名称をキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスと言い、凱旋門賞やダービーと並ぶ、ヨーロッパ最高峰のレースとして知られている。中距離の代表的なレースだ。
ただ、コースの影響か気候の影響か。他にも主要なレースがあるからかもしれないが、少人数で開催されることが多い。今回のレースも、ハーツクライを含めた6人で開催される見通しが立っていた。少な。
それでも集まるメンバーは一流揃い。さすがは凱旋門賞に並ぶレースだ。
開催が近づいてきたので対策会議。ハーツクライは神妙な顔つきで資料と睨めっこしている。
「出走メンバーも固まってきたぞー。目はすでに通してあるな?」
「当然だ」
一瞥することもなく資料を見つめている。今も頭の中で対策を練っているのだろう。
今回出てくるメンバーの中で警戒すべきは2人だ。
「まずは、前年度の凱旋門賞覇者だな。言うまでもないことだがめちゃくちゃ強い」
「そんなことは分かっている。これまで完全連対だからな」
凱旋門賞ウマ娘・タンペートクルール。これまで9戦7勝の完全連対であり、日本のエルコンドルパサーを破ったことで有名なモンジューの愛弟子の一人だとか。前走のサンクルー大賞では敗れているが、今回の大本命なのは間違いない。
そしてもう一人はエレクトロランサム。プリンスオブウェールズステークスでカイザーと走った相手だ。
「もう一人はエレクトロランサムだ。プリンスオブウェールズステークスでカイザーと戦っている」
「ロブロイやカイザーが勝っているが、一流のダートウマ娘が揃うドバイワールドカップを制した二刀流。なにより」
「コイツは万能だ。芝とダートどちらも走れて、逃げと追い込みどちらもこなせる。状況に合わせて走れるってのが、エレクトロランサムの強みだ」
カイザーが容易く勝ったように思えるが、本来であればかなりの難敵である。カイザー同様、生半可な揺さぶりが効かない他、出遅れても関係ないとばかりに追い込むことができる。この万能性こそが、エレクトロランサムの武器だ。
この2人が現状におけるライバル。人気に関してはハーツクライも負けていないが、厳しい勝負を強いられるだろうな。体調も絡んでいるが、ハーツクライはここまで欧州のレースを未出走。一度も出走していない。
そんな状況で出走するのが、アスコットレース場だ。
「コース設計に関しては今更言うまでもないだろう。後半の坂をどう攻略するかがカギとなる」
「カイザーから所感は聞いてある。問題はない、と言いたいところだが」
コースのことが頭に入っているのだろう。ハーツクライが表情を曇らせる。やはり、不安にもなるか。
「対応は、厳しいだろうな。俺は彼女のように天才ではないのだから」
「カイザーがおかしいだけともいうがな。普通は初見で対応はできん」
「違いない」
自嘲気味な笑み。いろんな表情を見せてくれるのは信頼の表れかもしれない。できればポジティブなものだと嬉しかったけど。
立ちはだかる強敵、カイザーとクラフトが結果を残している現状、初見で走らざるを得ない難コース。ハーツクライにとってプレッシャーしかかからない情報ばかりだ。
なので、ここは一つ嬉しいニュースでも。つい最近知ったことで、ハーツクライも喜びそうなものだ。
「そういや、当日にはお前のトレーナーも応援に来るらしいぞ。チームメンバー数人と一緒に」
「そうか。どうでもいいことだ」
「どうでもいいってお前。最近では今日の手紙はまだかとか、ビデオレターはどうしたとか催促する癖に」
なお、口ではこんなことを言っているが耳と尻尾は揺れている。これがツンデレってやつか。口に出したらキレられそうだから心の中に閉まっておこう。
今日やれることはやったので解散。資料をまとめて帰り支度を済ませる最中、ハーツクライから声をかけられる。
「榊トレーナー。お前に一つ聞きたい」
「おう、なんだ?」
不安げな表情。なにかを心配しているのか、こんな表情は初めてだった。
何を言われるのか。ドキドキしながら待つ俺に告げられたのは、普段のハーツクライからは信じられない言葉。
「今度のレース、俺は勝てると思うか?」
強気な態度を崩さない彼女らしからぬ言葉だった。そこまで信頼してくれてんのかと思いつつ、嘘偽りのない言葉で答える。
「厳しいな。良くて3から4割、これがお前の勝率だ。無論、あらゆることが上手くいったとして、な」
「……嘘でも勝てるとは言わないんだな」
「お前そういうの嫌いだろ? 正直な感想を言った方が、お前も助かるだろうと思ってな」
「違いないな」
またも自嘲気味に笑うハーツクライ。そんな彼女に投げかけてやれる言葉は一つだけ。
「だが、安心しろ」
「なにがだ? どこに安心があ」
「お前は一人じゃない。一人で勝てねぇならより多くの人数で、だ。そうすりゃ、お前は凱旋門賞ウマ娘が相手でも負けねぇ」
他のウマ娘と結託しろとかそういうのじゃない。これが、ハーツクライが上の次元へと到達するために必要な、大事なことだ。
この言葉をハーツクライがどう受け取るか。それ次第ではキングジョージを勝てる。
「ま、なんにせよ頑張れ。明日にはお前のトレーナー達がこっちに来るからな」
「フン。どうでもいいな」
そうは言いつつも嬉しそうなハーツクライをよそに、俺は部屋を退出する。さて、7月最後のレースも頑張りますかね。