担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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幕間 消える闘志、再燃する心

 海外遠征で嫌というほど思い知らされる。俺が勝とうとしていた相手は、とんでもないバケモノなのだと。あと一歩まで追い詰めただけでも大健闘したのだと、そう認識せざるを得ないほどに、アイツは強かった。

 

 ドバイターフ、プリンスオブウェールズステークス、エクリプスステークス。3つのレースに出走したカイザーは全てを圧勝した。

 他を寄せ付けない逃げのスタイル。今までのアイツからは想像ができない、周りを蹂躙するかのような走り。なんとも恐ろしい変貌を遂げたものだと思う。

 

(先行のスタイルはいわば枷。本気を出したアイツのスタイルは、サイレンススズカのような逃げか)

 

 他を圧倒するスピードによって展開される超高速巡行。一歩先にスタートする技術と組み合わさることで、誰にも止めることができない理論上無敵の走り。これこそがハレヒノカイザーの真のスタイルなのだと、俺は直感した。

 

 欧州の年度代表ウマ娘が手も足も出なかった。戦って負けて、出走予定だったエクリプスステークスを回避するまでの事態になった。

 それほどまでに、アイツは強い。

 

「本当に恐ろしい。皇帝、というよりも暴君だな」

 

 自分の力によって他を踏みつぶす。今のアイツは皇帝ではなく、暴君と呼ぶに相応しいウマ娘となりつつある。それでもまだ、わずかに楽しさを感じさせるのは何故だろうか?

 きっと意地だろう。彼女にとってレースは楽しいもの、その気持ちが根底にある限り、楽しむ気持ちがなくなることはない。

 もし、なくなるようなことになれば。彼女の本当の全力を見ることができる。そう思った。

 

「もっとも、俺には関係ないか。榊がトレーナーである限り、アイツと戦う可能性はないに等しい」

 

 海外遠征に俺のトレーナーはついてこなかった。俺の他にもたくさんのウマ娘を担当しているし、こればっかりは仕方ないことだ。

 今のトレーナーである榊幸光は、同チームのウマ娘が戦うことを好まない。カイザーとラインクラフトも戦ったことはないらしい。だからこそ、俺も戦うことはないだろう。

 

(そのことにホッとしている自分がいる。忌々しいことにな)

 

 弱気な自分を隠せない。カイザーと戦うことに、恐れを抱く。戦わなくてよかったと、一緒のレースにならなくてよかったと、バカなことを考えてしまう。弱くなったものだ、俺も。

 

(有記念までの俺はどこに行ったのやら。すでに衰えたか?)

 

 思わず榊にも弱気な態度を見せてしまうほどに、今の俺は衰弱していた。メンタル的に不安定になっていた。

 

 ドバイシーマクラシック以降、闘志が急激に衰えていくのを感じている。原因は全く分からず、俺自身もどうしてか分からなかった。

 たった一度の勝利で満足したわけじゃない。1回G1を勝っただけで満足するような俺じゃない。なのに、俺は脆くなっていった。

 原因は分からない。まるで運命に導かれるかのように弱くなっていく。食事にも影響を与えるくらいには。

 

(なんとか食べようとはするが、喉を通らない。必要最低限の食事しか済ませることができない)

 

 当たり前にできていたことができなくなっていく。それの、何と恐ろしいことか。

 どうしてだろうか? 俺は、これほどまでに弱いウマ娘だったのだろうか? なぜ、俺はここまで不安定になった?

 

 理由として考えられるのはやはり、カイザーというウマ娘の存在。

 

(どこまでも完璧で、隙がないウマ娘。自らの走りでファンを熱狂させる、生まれながらの大スター)

 

 夢を見させてくれる強さ。どんなレースも圧倒してくれる信頼。それによって生まれる多大な期待。どれをとっても、俺のような凡才とは違うウマ娘だと分からされる。

 彼女との実力差。不調の理由は、これが絡んでいるだろう。今の俺はカイザーを無意識に恐れている。進化し続ける彼女の才能に、俺は立ち止まろうとしている。

 

 後は、そうだな。

 

「単純に、寂しいのかもしれないな、俺も」

 

 ホテルの部屋で1人愚痴る。余ったからとかそういう理由じゃない、1人でいる方が楽だからお願いしたまで。他意はない。

 いつも世話になっているトレーナーの下を離れ、口うるさいチームメイトたちとも離れて暮らす遠征。半年近い月日が経って、俺はようやく寂しさを感じているのかもしれん。

 

 鞄に放り込んである手紙へと手を伸ばす。少しヨレている紙を広げ、俺宛に書かれたチームメイトからのメッセージに目を通す。

 内容は特筆したものじゃない。俺がこっちで元気に過ごしているか、とかレースへの激励とか。いたってシンプルなものだ。シンプルだが、俺の心が温かくなる。不安になりそうな俺の心に染み渡り、不安定な精神を安定させてくれる。

 ビデオレターもそうだ。わざわざトレーナーが毎度撮っているらしく、LANEの動画だけじゃなくてビデオカメラで撮ったものも送ってくれている。

 

《ハーツ、元気にしてるカイ? こっちのみんなはとても元気ダヨ!》

《ハーツさーん、トレーニング頑張ってますかー? 榊トレーナーにはご迷惑をおかけしてませんかー?》

《今度のキングジョージは、まだ日本のウマ娘が勝っていません。これはジンクスと言えるんじゃないでしょうか!》

「フン、何がジンクスだ。お前はなんにでもジンクスに絡めるだろう」

 

 変わらない様子のチームメンバーを見て、思わず笑みを零す。本当に、変わったものだな俺も。

 

 

 手紙に目を通し、ビデオレターを開いた後ベッドに転がる。何をするわけでもなくボーっと過ごし、今後のことを考えていた。

 

(榊トレーナーが言うには、明日にでもトレーナーがこちらに来るらしい。会うのは、随分と久しぶりのように感じる)

 

 半年だから久しぶりで間違いないか。

 

 気づけばどんどん瞼が重くなっていき。身体を動かすのが億劫になっていく。

 

(……いいか。このまま寝よう)

 

 気づけば俺は意識を手放して。夢の世界へと旅立っていた。

 

 

 

 

 

 

 次の日のトレーニング。日本に残っていた俺のトレーナーが、この欧州へと来ていた。

 

「久しぶり、ハーツ! 元気にしてたカイ?」

「お前が問題にすることなど一つもない。そう、何一つな」

「こんなこと言ってますけど、あなたが送ってくれた手紙を読み込むくらいには寂しがってましたよ」

 

 ふざけたことを抜かす榊には蹴りを入れ、久方ぶりのトレーナーとの交流だ。少しばかり楽しみにしている自分がいる。

 

 近況報告もかねて、お互いの状況を確認。ビデオレターや手紙の通り、トレーナーの方は順調だそうだ。

 

「ダイヤのジンクス破りを止めるだけでも一苦労ダヨ。最近新しい子も入ったシ、悪い影響にならなければいいんだけド」

「相変わらずなのかアイツは。見た目は普通なのに、チーム随一の問題児なのが手に負えん」

 

 ダイヤに手を焼いている、こと以外はだが。アイツもアイツで行動力の塊だからな。なんにでも興味を示すお嬢様と言えば聞こえはいいが、その実はジンクス破りに重きを置くアグレッシブお嬢様。日本を発つ前から手を焼いていた。

 新しく入った子、に関してはアイツだろう。名は確か、アーモンドアイと言ったか。将来有望なウマ娘だそうだ。

 

 

 他愛のない会話。それだけでも心が安らぐ。不安だったことを忘れて、トレーナーとの会話に花を咲かせる。我ながら心境の変化に戸惑いそうだ。

 

(まさか、トレーナーとの会話に安らぎを覚える日が来るとはな。昔の俺ならば考えられん)

 

 勝つことに執着していたあの頃の自分。G1で結果を出すことに固執し、天才たちに一泡吹かせるために努力を続けていた俺。あの頃の俺が今の姿を見たら、軟弱者と一蹴することだろう。

 

「榊トレーナーの言うことはちゃんと聞いているカイ? 無茶なトレーニングはしてないヨネ?」

「心配する必要はない。榊にでも聞けば分かることだ」

「ま、そんなに心配してないケドネ。榊君から大体のことは聞いているカラ」

 

 それでもかまわないと思えるくらいには、俺は今の時間に居心地の良さを感じていた。トレーニングよりも、久しぶりに会うトレーナーとの会話を優先する。榊トレーナーも、何も言わなかった。

 

 そうして話しているうちに、トレーナーは怪訝な表情を浮かべるようになる。そして、俺の状況を的確に見抜いた。

 

「ハーツ、何か心配していることでもあるのカイ? ずっと、浮かない表情をしてル」

 

 隠し通せる、なんて思っていたがそう甘くはなかった。俺と会話をしていくうちに、普段の俺とは違うことを察したらしい。

 言い訳を並べることはできる。通用するとは思えないが、余計な詮索はするなと口にすることは可能だ。

 けど、俺は。

 

「……そうだな。不安、なんだ」

 

 言い訳はせずに、今の心境を吐露した。

 海外遠征の日が過ぎていくごとに不安が増していること、ハレヒノカイザーが驚異的な進化を遂げていること、ラインクラフトもまた才能に恵まれたウマ娘であること。そして……そんな2人と一緒にいるからこそ、自分の凡庸さが突きつけられること。包み隠さず、今の状況を口にした。

 トレーナーは黙って聞いていた。なにかいうわけではなく、適当な慰めの言葉も並べず、ただ黙って俺の話を聞いていた。

 

「俺が血反吐を吐いて手にした努力を、ハレヒノカイザーは遊び感覚でこなす。普段の練習も、アイツにとっては遊びのようなものだ」

「……凡人の血反吐吐くような努力を、秀才の血のにじむような努力を。天才はなんでもないようにこなす、カイ?」

「懐かしいな。俺がかつて口にしていた言葉だ」

 

 この世界は残酷だ。努力だけじゃどうにもならない才能というものがあり、覆すことは容易ではない。ほぼ無理だ。

 その差を覆そうとしていたのがかつての俺。もっとも、今の俺は怪しいところだ。

 

「不安、カ。ドバイシーマではそんなことなさそうだったケド」

「ドバイシーマクラシックまでは、G1勝利のために全てを注いでいた。おそらくだが、一度勝ってしまったことで、安らぎを覚える自分がいたのかもしれん」

「G1を1勝するだけでも凄いコト、なんだけどネ」

 

 あれほどまでに執着していたG1の栄光を手にして、すっかりと牙が抜けてしまった。これも、不調の原因の一端かもしれない。

 

 今の状況だと、厳しいかもしれないな。

 

「今度のキングジョージ、榊トレーナーに聞いた。俺の勝率はどれだけあるか? と」

「榊君は、なんて答えたんだい?」

「良くて3から4割。それも、俺が万全で、全てが上手くかみ合った場合の話だ。本当ならもっと低いだろう」

 

 キングジョージを勝つことは。これほどまでに弱くなっていたのか、俺は。たった一度勝っただけで、俺はここまで満足してしまうのか。

 

 トレーナーは、何も言わない。こんな情けない俺を見て叱咤するわけでもなく、激励するわけでもない。ただ俺の話を聞いているだけだ。

 

(失望、しているかもしれないな。あんなに威勢の良かったウマ娘が、今やこんなことになっているのだから)

 

 榊トレーナーが悪いわけではない。彼もこの状況を打破するために手を尽くそうとしてくれている。

 けれども、ダメだ。プリンスオブウェールズステークス以降、俺の心の弱さが露呈し始めてきた。もはや、かつての俺はいないだろう。

 

 それでも、精一杯の走りを。そう思っている俺に、トレーナーは何かを手渡してきた。

 

「ソウダ、ハーツ! これを渡すつもりだったんダ!」

「これ、は?」

 

 手渡されたのは、お守りだ。ただ、日本の神社で売っているものではない。

 

「チームのみんなで作ったんダ。ハーツのためにっテ。ハーツがこっちのレースを頑張れるようにっテ、みんなで協力してネ」

 

 手作りのお守り。布で作られていて、微かな温もりを感じさせる。

 

「作り方を習ってネ。カラーとかみんなで決めテ、良い感じにデザインに落とし込んだんダ!」

 

 ちょっと不格好だが、それがいい。俺のために一生懸命に作ったんだということが伝わる。

 

「……わざわざそんなことをするなんてな」

「これくらい、力になりたいカラネ。君は一人じゃなイ、僕らみんながついていル」

 

 トレーナーは、笑顔だ。俺を安心させるような、そんな笑顔を。

 

「一人で不安を抱える必要はないんダヨ、ハーツ」

「……そうか」

 

 トレーナーの言葉がすっと胸に入ってきて、不安が和らいだような気がした。

 

 

 キングジョージまでもう少し。それまでに、俺がどうなっているかは分からない。

 立ち上がる。急いで支度を済ませる。

 

「戻るのカイ? ハーツ」

「あぁ。休憩は十分に取った。そろそろトレーニングに戻る」

「そっか。頑張ってネ」

 

 やれるだけのことをやる。足搔けるだけ足搔く。消えかかっていた炎が、少しだけ再燃するのを感じた。

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