担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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幕間 思い出したもの、才能への絶望

 キングジョージまでのトレーニングは順調、とは言い難い。練習量自体は変わらないし、難なくこなすことはできているが、問題は併走だ。

 

「また、負けたか」

 

 カイザーとの併走は一度も勝てたためしがない。調整が主であり、付き合ってくれるのはありがたいが、負けるのはやはり悔しい。悔しさがあるだけ、まだ俺は戦えるのかもしれんな。

 

 順調じゃないのはこの併走だ。実践的なトレーニングを組んでいるのだが、カイザーが厄介なことこの上ない。散々戦ってきたから分かっていたが、対峙する度に教えられる。

 

(こいつの引き出しは無限大だ。あらゆるスタイルで戦うことができる)

 

 併走という限定的な状況とはいえ、差しや追込すらできるのには驚いた。王道の走り方だけではない、あらゆるスタイルを模倣できるからこその強さ。戦えば戦うほど、ハレヒノカイザーというウマ娘の底の知れなさを実感する。

 プレッシャーのかけ方一つとっても恐ろしい。こちらが嫌なタイミングで的確に仕掛け、自由な走りをさせてくれない。

 俺がどれだけ頑張ってもたどり着けないような領域にいる。途方もない努力を費やしても到達できないような世界にいる。それが、ハレヒノカイザー。

 

「お前って差しとか追込もできんのな。適性アレなのに」

「さすがに併走の時だけだよ。本番だと無理かな~」

 

 榊トレーナーと話しているカイザーの姿が目に入る。俺にはできないことを簡単にこなす姿への嫉妬と、俺も彼女のいる世界に足を踏み入れたいという羨望。いろんな感情が混じった視線を、彼女に向けてしまう。

 もっとも、今更羨んだところでどうしようもない。ないものはないし、手に入らないのだから。

 

 

 カイザーが榊トレーナーと話し終わった隙を見計らい、カイザーへと近づく。いつものようにニコニコとしている彼女は、併走の疲れを微塵も感じさせない。

 

「カイザー」

「ん~? どうしたの、ハーツさん。また走る? 走る?」

 

 走ることが嬉しくて仕方ない。また俺と一緒に走れるのではないかと期待している目。残念だがそうではない。

 

「違う。最近の併走に関してだ」

 

 俺が聞きたいのは併走の走りだ。どうして毎回違うスタイルで走っているのか、その真意を知りたい。

 

「あ、そっちなんだ。どうかしたの?」

「お前は差しや追込でも走っているな? 普段のお前なら、絶対に走らないようなスタイルだ」

「ま~そうだね。向いてないだろうし、走る気もないし」

「どうしてだ? なぜ、自分には向いていない走りで走った? 俺を相手にして、何を企んでいる?」

 

 鋭く睨む。カイザーの真意を探るため、俺を踏み台にして何を成そうとしているのかを知るため、厳しい目で睨んだ。

 

 だが、当のカイザーはどこ吹く風。俺の視線など気にしてないとばかりに飄々としている。加えて、隠すことでもないとばかりに教えてくれた。

 

「別に企んでいるわけじゃないよ。ハーツさんのためになるかなって」

 

 企みはないことを。そして、俺のためになるからと口にした。

 俺のためになる、だと?

 

「……差しや追込で走ることが、か?」

「ん~、そっちは別に重要じゃないかな。でも、私にハーツさんをバカにする意図はないよ。それだけは教えておくね」

 

 どういう理由かを聞いてみたものの、カイザーは最後まで教えることはなく。全ては俺のためとだけ答えて、その日の併走は終わった。なんとも分からん奴だ。

 後で榊トレーナーにも同じようなことを聞いてみたものの、アイツも首を傾げており。

 

「少なくともお前をバカにするような意図はないだろ。そういうやつじゃないし」

 

 俺をバカにするような意図はない、とだけ答えた。本当にカイザーは何を考えているのか分からん。

 

(ふざけた真似ではないのは確かだ。どういう意図があるのか)

 

 俺のため、か。何を考えているのやら。

 

 

 それ以降はほとんど調整にあてた。キングジョージを勝つために、できる限りの手を尽くすために。

 

「ハーツ、日本の料理をいろいろと取り寄せてみたヨ。これなら大丈夫じゃないかな?」

「懐かしいな、日本の料理も。こちらに来てから、ほとんど口にすることはなかった」

「少しでも食べた方がイイ。栄養は大事ダカラ」

 

 やれるだけのことをやって、俺はキングジョージ本番を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 アスコットレース場の芝は堅い良バ場。普通のバ場よりもやや堅めだ。雨を吸って重くなるよりはマシだろう。

 

 スタートは出遅れなかった。好位置の3番手をキープすることができ、いつもならば問題なく走れる位置にいる。

 ただ、そうはいかない理由が一つだけ。

 

《先頭を走るのはブレンドチェリー、ブレンドチェリーが2バ身のリードを保って逃げます。2番手にはタンペートクルール凱旋門賞ウマ娘、3番手ハーツクライは注目の日本勢だ。勢いが凄い日本勢、このキングジョージを勝つことができるか? エレクトロランサムは4番手、ハーツクライの後ろを進む》

 

 一番警戒しているタンペートクルールが俺の前を、エレクトロランサムが俺の後ろを走っている。警戒すべきウマ娘2人に、俺は挟まれていた。

 

 ブレンドチェリーはタンペートクルールと同じチームのウマ娘。おそらくだが、彼女はペースメーカーの役割を担っている。タンペートクルールの走りやすいペースを維持しようとしているな。

 どうにかして崩したい。だが、一筋縄じゃいかない。なぜなら、ペースメーカーは彼女一人だから。

 

(複数人で、なおかつ人数が多いのであればまだ対処法があった。だが、今回は少人数!)

 

 6人しかいない上に、ペースメーカーは彼女のみ。こうなった場合、止める術がないに等しい。

 自分で行くか? ダメだ、俺の脚が最後まで持つはずがない。アスコットの上り坂で先頭を維持したまま走れるはずがない。それも、タンペートクルールとエレクトロランサムの圧を受けながら、だ。

 

 だからこそ、この3番手を維持するしかない。2番手を走るタンペートクルールの1バ身後ろ、この位置をキープするのが俺にとっての最優先事項。勝つための最善手だ。

 下り坂ではペースを乱さないようにする。ペース間隔が崩れやすく、気づけば勢いをつけすぎているなんて場合が多々ある。そうならないためにも、しっかりと自分のペースを守らなければならない。

 

 勝負服の胸に手を当てる。今回は、あるものを持ってきていた。

 

(チームのみんなが俺のために作ってくれたお守りを、ここに)

 

 首から紐でぶら下げて、勝負服のアクセサリーのようにしている。

 走っている最中だから掴むことはできない。それでも、近くに感じることができるこの位置に。

 

 不調気味なのは変わらない。どうにも脚色は鈍く、思うように思考がまとまらない。マークして相手を潰すこともできず、ただ走るだけに等しい。

 それでも、自分の走りだけは貫いている。タンペートクルールやエレクトロランサムの圧も、思ったよりは軽い。これは相手にしていた奴が凄かっただけかもしれないが。

 

(やはり、アイツは飛び抜けているな。カイザーとの併走で、幾分か楽ができている)

 

 カイザーほどの圧はない。前と後ろのプレッシャー、どちらにも対応できる。今はそれだけで十分だ。

 

 アスコットの一番低いところ、スウィンリーボトムを通過してオールドマイルコースへ。俺の視界に入ってきたのは。

 

(っカイザーから聞いてはいたが、これは想像以上だな)

 

 走るウマ娘の気力を削ぐかのような壁。東京や中山の坂を見てきたが、それすらも優に超えている上り坂。この坂が、最後まで続いている。

 臆さない。坂の上り方はちゃんと覚えている。カイザーから教えられたことを、しっかりと実践する!

 

《スウィンリーボトムを越えて走ります。先頭はブレンドチェリー、ブレンドチェリーがペースを握る。そこから3バ身から4バ身離れた位置にタンペートクルール、タンペートクルールが2番手変わりません。そして3番手は動きがあります、ハーツクライの外からエレクトロランサムだ、エレクトロランサムが上がってくる。エレクトロランサムが3番手浮上、ハーツクライはつられません4番手》

 

 ペースを上げたエレクトロランサム。彼女の動きにはつられないよう細心の注意を払う。ただ、ペースを上げただけじゃない。俺の隣を走るように競りかけてくる。

 

(俺をマーク、か。タンペートクルールよりも俺を警戒しているわけか)

 

 おそらく、カイザーの件があるからだ。日本のウマ娘にいいようにやられないために、俺をマークしている、そんなところか。

 

 つられない。俺は俺のペースを貫く。なにより、俺が相手にしてきた奴よりもプレッシャーは弱い。

 

(それに、どことなく走ったような気がする。不思議な気分だ)

 

 何度も対峙したような、対策を知っているような気がする。俺と彼女は初めて対戦するはずなのに、不思議な気分だ。

 

 余計な考えはともかくとして、エレクトロランサムと共にタンペートクルールのペースで走る。彼女のペースこそが、このレースの正解だ。

 そもそも、無理にペースを乱そうとしない方がいい。スタミナの方が削れるし、なにより先頭を奪えなかった時点で意味はない。だったら、いっそのこと割り切ってペースに流される。これが正道だ。

 坂を上る。ひたすらに坂を上る。

 

(キツい、ただひたすらにキツい。心が折れるのも無理はない)

 

 欧州のレース場が走破することも厳しいのは、このような坂が多いからだろう。アスコットよりも上の高低差があるレース場が存在するなど、にわかには信じがたい。

 

 折れない。折れるわけにはいかない。俺はまだ、折れてはいけない。

 

 

 俺の実力は証明できた。ドバイシーマクラシック。世界中から強豪が集う舞台で、俺の強さを証明できた。

 なら、もういいんじゃないか?

 

(まだだ、まだ足りない)

 

 何故だ。俺はG1を勝ちたかっただけじゃないのか。

 

(違う。俺はただG1を勝ちたかっただけじゃない)

 

 思い出せ。どうして俺がカイザーに勝とうとしていたのか。

 

(アイツの強さは確かに怖い。だが、それでも)

 

 思い出せ、俺の原点を。俺の飢餓を、俺が欲しているものを。

 

(秀才でも天才に勝てる。そのことを証明するために!)

 

 オールドマイルコースを半分過ぎて、少しずつ力が湧いてくるのを感じる。普通は削がれるものなのに、やる気はどんどんみなぎってきていた。

 

 エレクトロランサムの競りかけには応じない。タンペートクルールの惑わしは通用しない。自分の走りを貫く。

 どうしてか? すでに体験しているからだ。もうすぐ最後のコーナーに入るというこの場面で、俺はようやく理解した。

 

(お前なんだな。お前は、あの併走で)

「エレクトロランサムとタンペートクルールの走り方を模倣していたということかッ」

 

 思わず笑みがこぼれ、これまでの併走を思い出す。

 

 カイザーが差しや追込で走っていたのは、エレクトロランサムの走りを真似していたから。プレッシャーのかけ方は、タンペートクルールを真似していたから。俺のためになるという言葉は、このことを指していたのだろう。

 全く、お節介な奴だ。素直にそういえばいいものを。

 

(俺のことを考えていたんだろう。余計なことをするな、そう口にするのが目に見えていたから)

 

 これはもうたられば、か。だが、やるべきことは定まった。

 

 カイザーからの贈り物。彼女らの対策は、絶対に無駄にはしない。

 

《コーナーを越えて最後の直線へ。ここで先頭に躍り出るタンペートクルール、タンペートクルールがついに先頭へ躍り出た! だが、タンペートクルールだけではない! エレクトロランサム、そしてハーツクライも飛び出してきた! 3人がもつれ合う展開、タンペートクルールの脚色が少し鈍いか!?》

 

 同時に飛び出したエレクトロランサム。内を走る俺と、外を走るエレクトロランサム。どちらが有利かは言うまでもないだろう。

 

(だが、あくまで微有利! あってないようなものだ!)

 

 なにより、タンペートクルールだ。まだ脚色が鈍いが、彼女の末脚は恐ろしい。もっと、もっとだ。今のうちに差を広げておかなければならない。

 

 飛び出す俺とエレクトロランサム。タンペートクルールは少し遅れている。

 

《ハーツクライとエレクトロランサム、ハーツクライとエレクトロランサムだ! タンペートクルールは少し鈍いか! タンペートクルールは落とされた! 固まったバ群、差はほとんどありません! 引き離せない引き離せない。先頭はハーツクライそしてエレクトロランサム!》

 

 今のうちに引き離したい。だが、引き離すことができない。そもそもの地力が、俺とは違う。

 

(凱旋門賞ウマ娘、そして欧州の年度代表ウマ娘! これでまだ本気じゃないのか!)

 

 本気じゃないのに引き離せない。俺は全力に近いリソースを払っているのに、差は広がらない。

 離さなければいけないのに、競り落とさなきゃいけないのに。どうしようもない。

 

 

 その時が訪れる。残り200mを過ぎて、嵐がやってきた。

 

《さぁタンペートクルールだ、タンペートクルールが上がってくる! 嵐の末脚が牙を向く、ハーツクライとエレクトロランサムに襲い掛かる! 差を縮めるタンペートクルール、ハーツクライとエレクトロランサムの脚色も負けてはいけない! 最後の200m、誰が飛び出すか誰が抜け出すか!》

 

 増したプレッシャーが俺へと襲い掛かってくる。嵐のような勢いで、タンペートクルールが上がってくる。

 差は縮まり、俺とエレクトロランサム、タンペートクルールの3人で競り合う形に。だが、明らかに俺の旗色が悪い。

 

(エレクトロランサムはまだ少しだけ余裕がある、タンペートクルールも同様だ。だが、俺は……!)

 

 割けるリソースがもうない。枯渇寸前のスタミナでは領域にも期待できず、この競り合いに勝つための方法がない。

 

 それでも手を伸ばす。負けたくないから、勝ちたいから手を伸ばす。みっともなくてもいい、情けなくてもいい。それでも俺は、脚を前に進める。

 

《エレクトロランサムとタンペートクルールが抜けてきた! ハーツクライはここまでか! エレクトロランサムとタンペートクルールが飛び出した残り100m! 2人の叩き合い、ハーツクライはここで脱落か!?》

 

 差をつけられそうになっても足搔く。最後の一秒まで走り続ける。

 

 本当にこの世界は、どこまでも残酷だ。才能のないものは淘汰され、輝く舞台に立つことは許されない。秀才は、本物の天才には勝てない。

 

(……本当に、そうか?)

 

 前に進む。ないはずのリソースを必死に探す。

 

(まだある。俺にはまだ、出せるはずだ)

 

 前に進む。限界を超える。

 

(俺一人の力はもうない。だけど!)

 

 前に進む。首から下げているお守りが、揺れた。

 

(榊トレーナーをはじめとした、海外遠征で良くしてくれた仲間。なにより!)

 

 前に進む。俺のために尽くしてくれた仲間のために。

 

「ガンバレ、ガンバレ! ハーツ!」

(俺の勝利を願う、みんなのために!)

 

 ありったけの力を込めて、地面を蹴り抜いた。

 

 

 

 

 

 

《残り100mでエレクトロランサムとタンペートクルールの叩き合い! ハーツクライはここまでか! 日本のハーツクライはここまでか!?》

 

 

《ハーツクライ来た! ハーツクライ来た! ハーツクライが差し返すハーツクライが差し返す! エレクトロランサムも負けじと競り合う、タンペートクルール譲らない譲らない!》

 

 

《最後の意地がぶつかり合う残り50m! ハーツクライかエレクトロランサムかタンペートクルールか! ハーツクライかエレクトロランサムかタンペートクルールか!?》

 

 

《並んだままだ! 並んだままでゴール板へと突っ込む3人! 誰が飛び出すか誰が抜け出すか! 最後の一歩を踏むのはどのウマ娘か!》

 

 

《ハーツクライだハーツクライだ! 最後の最後、あと一歩を踏み出したのは日本のハーツクライだァァァ! 最後の最後、ここしかないという場面で息を吹き返したハーツクライ! 昨年の凱旋門賞ウマ娘、年度代表ウマ娘タンペートクルールを下し! 栄誉あるキングジョージを制したのは日本のハーツクライだァァァ!》

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