担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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幕間 太陽ウマ娘とトレーナー

 走ることが何よりも好きだった。小さい頃からずっと変わらない、走ることこそが生きがい。

 

 風の抵抗を受けるのが好き。生きていることを実感できる。

 

 風を切り裂いて進む感覚が好き。とても気持ちがいい。

 

 照りつける太陽の下走るのが好き。汗をびっしょりとかいて、それでも構わず走り続けるのが堪らない。

 

 吸い込まれそうな月の下で走るのが好き。周りにも誰もいないから、世界を独り占めしているような感覚になる。

 

 とにかく走るのが好きだ。トレセン学園に入学してからもずっと変わらない、私の偽りのない気持ち。

 

「走ってくるねお母さん!」

「あ、待ちなさいカイザー!」

 

 休み時間になったらまず走る。学校のない休日も走る。みんながゲームで遊んでいる時も走る。

 走る、走る。走る。走ることに勝る生きがいはない。だからこそ、私はずっと走り続けていた。

 

「アハハ! 楽しいなぁ!」

 

 周りから奇異の目で見られても、私はさほど気にしなかった。いや、ちょっとは気にしたかな。走ったらどうでもよくなったけど。

 

 

 ただ、どうも私の身体は頑丈じゃないみたいで。ある日脚が痛かったので病院に行ったら、お医者さんに気まずそうな顔で告げられた。

 

「ハレヒノカイザーさんの身体はあまり強くありません。今は大丈夫かもしれませんが、今後思いっきり走るのは難しいと思われます」

 

 それがお医者さんの言葉。私の身体はガラスらしく、全力に耐えきることができないって言われ続けていた。それこそ奇跡でも起きない限り、と。

 

 これを聞いた両親も妹も悲しい表情をしていた。頑丈な身体に産んであげられなくてごめん、全力を出せない身体にさせてしまってごめんと謝り続けていた。

 家族だけじゃない。友達みんなが言っていた。私のことを心配していた、気遣ってくれた。

 私は。

 

(どうしてそんなに悲しい顔をするんだろう。なにも問題はないのに、走れれば幸せなのに)

 

 それが理解できなかった。全力を出せないのがそんなに辛いことなのか、制限がかかっているのがそんなにダメなことなのか分からなかった。

 だって走れる。力を込められなくても、全力じゃなくても走ることができる。あの感覚を、幸せな時間を過ごすことはできる。

 なのにどうして心配するんだろうか。走れるのに、なにも辛いことはないのに。

 

 とにかく、みんなの悲しい顔は好きじゃない。だからできる限り笑顔でいることを心掛けた。

 

(みんなを笑顔にするためには、私自身が笑顔じゃないと!)

「だいじょうぶだよみんな! 私はだいじょうぶ、なにも問題ないよ。走れるからちょう幸せオールオッケー!」

 

 嘘偽りのない気持ちを口にする。というか、偽る必要なんてない。全部本音なんだから。

 でも、そういうと決まって気まずそうに顔をそらされる。うん、どうも私は間違ってしまったらしい。

 

(ま、いつかみんな分かってくれるよ。それまでずっと笑顔でいよう!)

 

 笑顔は好きだ。温かい気持ちになれて、みんなが幸せになれる笑顔が好き。

 だから私は笑顔を絶やさない。みんなが笑顔になるために。

 

 笑顔で走る。みんなが幸せになるために。

 

 笑顔で過ごす。みんなを心配させないために。

 

 笑顔で生きる。その方が楽しいから。それに毎日楽しいんだから笑顔の方がいい。生きてるって素晴らしい、走ることは最高だからさらに幸せ。幸せスパイラルってやつだ。

 

 

 そんな私も成長し、トレセン学園に入学する日がやってきた。あんまり興味はなかったけど、妹の勧めで入学。

 

「中央は全国から凄い人がたくさん集まってくるんだって。きっとねぇねと一緒に走ってくれる子がたくさんいるよ!」

 

 基本1人で走っている私を気遣ってのことだった。優しい妹のポラちゃんが私は大好きである。

 別に一人でもいいんだけど、妹の気遣いを無下にするわけにはいかない。お母さんに頼んで試験を受けた。

 

 結果は問題なく合格。しかも首席だったらしい。そうなんだくらいの認識しかないけど。

 

 私にとって重要なのは走ること。その点を考えれば、この中央は神とも呼べる環境だった。

 

「広い運動場、のびのびと走れるトラック! 学園が広いから走ってて気持ちがいい! 文句のつけようがない!」

「今日も元気だねぇカイザー。そんなに走るの好きなの?」

「当然だよムードちゃん! 走るの最高! 神! 生きがい!」

 

 同室のダンスインザムードちゃん、ムードちゃんとも仲良くなれた。クラスの子も優しいし、最高の環境が整っていた。

 

 ただ、すぐに違いを見せられた。意識の違いってやつかな。

 ここにいる子達はみんな走るのが好き。だけどそれ以上に、勝負ごとに対していつも全力だった。

 どんな些細な勝負にも負けられない。競い合うことが好きで、その上で勝つことを目指している。

 

「う~ん……」

 

 私も間近で見てきた。テストの点で競い合う姿とか、今日のご飯どっちがいっぱい食べられるかとか。あらゆる勝負に全力で身を投じるみんなを見てきた。

 その結果、私が抱いたのは。

 

「理解するの、難しいなぁ」

 

 私には理解できそうにない、という結論。

 

 無論私にだって闘争心ってものはある。負けたくないなとか、抜かされるの嫌だなって気持ちはちょっとはある。

 でも、我慢できるものだ。抑えつけることができる、我慢できるもの。みんなみたいに、我慢できないような闘争心は発揮できない。

 だって楽しいから。楽しい感情が全部吹っ飛ばしてくれるから。だからどんなことでも我慢できる。

 

 分かっている。あの子達が普通で、私の方が普通ではないことを。なにより、小さい頃から分かっていた。

 

(全力で走れないことは悲しいこと、悔しいこと。でも、私はそうは思わない)

「ねぇルドルフ会長。やっぱり全力を出せないって悔しいものなの?」

「また君は唐突だな……意見は千差万別あるだろうが、往々にして全力を出せないというのは相当なストレスだろう。かくいう私も、悔しさを感じずにはいられないかもしれないな」

「ふ~ん、やっぱりそうなんだね」

 

 自分はどこか、根本からして違うってことを。

 

 ずっと走って生きてきた。私にとって走ることが何よりの幸せ。そこに全力も何も関係ない。

 みんなが笑顔になるために生きてきた。私が笑顔でいれば、周りも笑顔になるって漠然と思いながら生きてきた。

 

 人生とはそう上手くいかないもので。全力が出せないことは辛いことだって認識だし、私が笑顔でも周りがそうじゃないことなんてごまんとある。

 ただ、私のやりたいことは決まっている。

 

「難しいねぇ、みんなが笑顔でいるのって」

「……たまに君のことがよく分からなくなるよ、カイザー。もっとも、その意見には同意だ」

「そう? 割と単純なことしか考えてないよ会長」

 

 みんなが笑顔でいること。笑顔でいればその分だけ幸せが溢れる。そう信じて、私は今日も笑顔で生きていく。

 

 

 

 

 

 

 ある日のこと。選抜レースが近づいてきた日のことだ。

 

「ハレヒノカイザー、私と契約する気はないだろうか?」

「ルドルフ会長のトレーナーさん、どうしたの?」

 

 ルドルフ会長のトレーナーからスカウトされた。曰く、君のトレーナーになりたいと。

 

 会長のトレーナーは凄い人。皇帝の杖と称されるほどの敏腕で、無敗の三冠に導いたのは彼のおかげとするファンも多い。本人はルドルフが強いからって謙遜してるけど。

 さらには海外遠征に関しても積極的な人だ。海外の大レースを勝つことが目標で、会長の遠征計画なるものもあったんだとか。ケガでなくなったらしい。

 

 杖さんをトレーナーさんに、って声は多い。クラスの子も何人かスカウトされたいなんて口にしていた。

 

 きっと光栄なこと。飛びつくのが正解なんだろう。

 だけど私は、飛びつかなかった。

 

「じゃあ杖さん。一つ聞いてもいい?」

「杖さん? どこから杖が……まぁいい、なんでも聞いてくれ」

 

 構える杖さん。私が聞きたいことは一つ。

 

「君は私に、何を望む?」

「……は?」

「なんでも構わないよ。三冠を取れというなら取りに行こう。海外のレースを勝てというなら勝ちに行こう。それを踏まえた上で……君は私に何をしてほしい?」

 

 私に望むことは何か、だ。

 

 私は欲しいタイトルなんかが存在しない。ダービーだとか天皇賞だとかいろんなG1レースがあるけれど、どれも興味を惹かれなかった。

 なので私は考えた。トレーナーが欲しいタイトルを取りに行こうと。

 

 自慢じゃないけど私は強い。会長のお墨付きだし、杖さん、古曽部トレーナーも同じことを言っている。

 ただ、私自身特に欲しいタイトルが思いつかない。なのでトレーナーに委ねることにした。聞くことで、なにかが変われるんじゃないかと思ったから。

 

 杖さんは少し驚いた表情をしながらも、一つ咳払いをして答える。

 

「君に三冠を取らせよう。そして、三冠ウマ娘が凱旋門賞を取る……そんな未来を見せてやる」

「……それが杖さんが願うこと?」

「あぁ。君ならばそれができる。君の才能ならば可能となる。だからどうか、私の手を取ってくれないか?」

 

 こちらに手を伸ばす杖さん。引っ張り上げようとしているのだろう。

 

 三冠ウマ娘も凱旋門賞も知っている。どちらも偉業で、みんなが憧れるような凄いこと。

 私の才能ならばできる。会長を育てたトレーナーなら夢物語じゃないんだろう。人気のトレーナーが自分についてくれる。両手を上げて喜ぶべきことなんだろう。

 けれど、私には。

 

(……なんか違うな~)

 

 特に響かなかった。

 

 別にそれが望むことなら構わない。全力で応えるだけ。

 でもなんか違う。私の心は揺れ動かない。分からないけど。

 

 申し訳なさを覚えつつも、杖さんにきっぱりと告げる。

 

「ごめんなさい。なんか違うかな」

「……そうか」

「一応、選抜レースには出てみる。トレーナーは大事らしいから、自分で選びたいんだ」

 

 返事は保留にしますと。自分で考えて結論を出しますと告げた。

 残念そうな表情をする杖さん。

 

「……そうか。うん、できるなら私が担当したかったが、担当したかったが!」

「落ち着くんだトレーナーくん。そんな悔しさを吐き出さなくても」

「まぁいい人いなかったらその時はお願いします! それじゃあまた~」

 

 こうして私のトレーナー選びと選抜レース出走が決まった。

 

 

 で、選抜レース。ルドルフ会長や杖さんが教えてくれたことを実行して普通に勝った。

 

 結果、トレーナーがたくさんスカウトに来た。その場にいた全員が来たんじゃないかってぐらいの数が。

 

(ルドルフ会長が言ってたな~。私かなり注目されてるって)

 

 ルドルフ会長のお気に入りだとか、杖さんが惚れ込んだ逸材とかで。そんな杖さんがスカウトに振られたから、自分たちにもチャンスがあると来たらしい。別に振ったわけじゃないんだけどね。

 

「君なら三冠を!」

「生涯無敗のウマ娘!」

「海外の大レースを勝つ!」

 

 杖さんにした質問と同じようなことを聞いた。その結果、彼らは私に望むことを口にした。

 

(う~ん……)

 

 そのどれもが、私の心には少しも響かなかった。

 

 大きいレースを勝つとか、無敗の三冠とか。凄いことは分かるし偉業だってことは理解してるつもり。

 でも、自分がそうなりたいかって言われたらなんか違う。別にならなくてもいいし、なれなくても構いやしない。

 

(会長に口酸っぱく言われる、闘争心の薄さってやつなのかなぁ)

 

 結局心に響くような返答は得られなかった。10人を超えるトレーナーの願いを聞いてもなお、私は変わらなかったといえる。

 

 まぁ、うん。

 

(最後にあの人に聞こう。あの人に聞いて、それでもだめなら)

 

 また次の選抜レースを頑張ろう。そう思い、声をかけた。

 

 その相手は。

 

「ねぇ、君が私のトレーナーなら、私に何を望む?」

「はい?」

 

 現私のトレーナーである、榊幸光トレーナーその人だった。

 

 まさか声をかけられるとは思ってなかったのだろう。変な表情をしていたのは覚えている。

 別に運命に導かれたとか、そういうわけじゃない。ただ近くを通りかかったから声をかけた。それだけだった。

 

 呆然としている彼に、もう一度同じことを聞く。

 

「私に望むことはある? さっきの選抜レース、見てたでしょ?」

「まぁ確かに見てたが……え、なに? 宗教勧誘?」

「違うかなぁ。私が聞きたいのはこう、未来の設計図だよ。私を担当するならこのレースを勝たせる! みたいな」

「あ~そういうことね」

 

 少しワクワクしながら待った。どんな言葉が来るのだろうか、どんな言葉を投げてくれるのかと。

 それと同時に、残念さも抱いていた。きっと彼も、こんなレースを勝ちたいとか言ってくるのだろうと。他の人となんら変わらない言葉をくれるだろうと。

 悪いとは言わない。私が聞いたことだし、だったら聞かなきゃいいで終わるから。

 

(さてさて、どんな言葉が出てくるのやら)

 

 期待半分で言葉を待っていると、聞こえてきたのは予想だにしない言葉。

 

「最後の直線でさ、笑いながら走ってたじゃんお前」

「? そうだね。それがどうかしたの?」

「だからかもしれねぇけど……まぁ、お前に笑いながら走ってほしいと思うよ俺は。なんとなくこっちも笑顔になれるし」

 

 私に笑いながら走ってほしい、というものだった。

 

 このレースを勝たせるとかじゃない、このタイトルが欲しいとかではない。今まで一人もいなかった返答。

 普通はおかしいだろう。真剣勝負の場において楽しく走らせるなど、誰も思わない。

 

(アレ、なんだろう?)

 

 私を楽しく走らせるという、他とは違った言葉。勝ち負けが大事な世界で、どう考えてもおかしい価値観。

 

(なんていうか……しっくりくる)

 

 今までどんな言葉にも心は動かなかったのに、彼の言葉に揺れ動いている自分がいた。

 

 理由は分からない。他の人と違う返事が来たからなのか、それとも。

 とにかく、私の心は揺れた。

 

「あ~、それだけ? なら俺はもう行くけど」

「……あぁ、うん。ごめんなさい。大丈夫です」

「そっか。スカウトされたらって、あれだけの結果出しといてスカウトされないわけないか。それじゃあな~」

 

 手をひらひらさせて去っていく彼を見て、私は密かに決心していた。彼にトレーナーになってもらおう、と。

 

 

 

 

 

 

 今でも理由は分からない。なんであの時心が揺れ動いたのか、この人にトレーナーになってほしいと思ったのか。

 

(もしかして、これが運命ってやつなのかもしれないね。あの時は否定してごめんなさい三女神様)

 

 トレーナーになってもらって、メイクデビューを勝って。それでも答えはまだ出ていない。

 

 けれど、そうだな。

 

《ハレヒノカイザーが強い、強いぞハレヒノカイザーまさに独走! 2番手を全く寄せ付けずに今ゴォォォルイン! 東京スポーツ杯ジュニアステークスを制したのはハレヒノカイザーだぁぁぁ!》

「アハハ、アハハ!」

 

 今はこのまま進もう。そうすればきっと答えは得られる。

 

 観客席に目を向ける。嬉しそうなトレーナーにピースをして、勝利をアピールする。

 

 今日も笑顔で走る。笑顔で走ることを望むトレーナーのために……自分自身のために。




まだ無自覚
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