アスコットレース場は歓喜に包まれている。勝者の誕生に沸き上がっていた。
隣にいるハーツクライのトレーナーは涙を流す。スピードシンボリに佐岳さんも、歓喜の表情を浮かべていた。俺? 俺も勿論嬉しい。
なんたって、ハーツクライがキングジョージを勝ったのだから。
《日本のハーツクライも続いた! エクリプスステークスを制したハレヒノカイザー、ジュライカップを制したラインクラフト、この2人に続いて、この大一番を制しましたハーツクライ! これが日本の強さ、日本の大躍進が止まらない!》
「やったぜハーツクライ! どうだ見たか! これが日本の強さじゃあああ!」
思わずこぶしを振り上げるが関係ない。だって嬉しいんだもの。
担当ウマ娘ではない。だが、この海外遠征では一応教え子みたいなもの。勝った嬉しさもある。
なにより、ここ最近のアイツはずっと不調だったからな。不調だったアイツを勝利に導けて、俺としては嬉しい限りだ。
ハーツクライのトレーナーさんも男泣き。俺の手を力強く握って、ずっと頭を下げている。
「アリガトウ、アリガトウ榊君。本当にアリガトウっ」
「いえ、あなたが教えてきたものがあってこそです。ハーツクライを勝たせることができて、本当に良かった」
これで海外G1を2勝、ドバイシーマクラシックとキングジョージだ。誰もが認めるだろう。ハーツクライは強いウマ娘であると。
ただ、ハーツクライ本人はあまり芳しくない。全てを出し尽くした死闘、その代償はスタミナの枯渇。
喜ぶだけの体力はない、立つだけの力もない。芝に膝をついて倒れ伏し、傍目にはとても勝者には見えない姿を晒している。
しかし、それでも。
「──ッ!」
声にならない叫びを、歓喜の咆哮を上げ。ハーツクライは自分の勝利を喜んでいた。アイツの、あんな姿を見るとはな。本当に、初対面からは想像できなかったわ。
インタビューでは俺が対応。一応、海外遠征では俺がトレーナーとして担当しているのと、本来のトレーナーは観戦で来たからという理由だ。
「『凄いですね~。榊トレーナーに指導された子は、全員もれなくG1を取るんじゃないでしょうか!』」
「『そんなことはありませんよ。ま、少しはあるかもしれませんが、これに慢心せずに行きたいですね』」
「『ハーツクライの次走はどのレースを走る予定ですか!』」
「『今のところは決まってないですね』」
インタビューでは俺を持ち上げるコメントが多い。海外遠征をしてからずっとだな、これも。手のひら返ししやがって、もっと褒めろ。
(こりゃあ調子乗っちまうわ。俺天才じゃね、とか思っても許されるんじゃなかろうか?)
思うだけは自由。けれども、しっかりと頭に入れておかないといけない。記者の質問に答えたように、油断ってのは怖いからな。一番の懸念事項であるカイザーの本能の天秤も解決してないし、まだまだやらなきゃいけないことが山積みだ。
ハーツクライの言葉は少ない。それでも、喜びを隠せないでいる。表情も緩んでおり、普段の彼女からは想像ができないほどににこやかだった。うーん可愛い。
インタビューが終わって、いろいろと終わったらホテルで祝勝会となった。いやはや、随分と豪勢だわ本当。
「海外遠征が順調に行っていることを祝して、かんぱ~い!」
「「「かんぱーい!」」」
フハハ、海外遠征の結果は最高だ。というか、最高という言葉以外が見つからない。
なんせドバイから無敗だぞ無敗。レースの本場ともいうべき舞台で、日本勢はなんと無敗で突き抜けている。こんなことがあってもいいんですか? あっていいんです。
間違いなく結果を出せている。URAもウハウハであり、佐岳さんとスピードシンボリの評価はうなぎ上りなんだとか。
「上層部も分かってくれてな~! 予算の増額も期待できそうだぁ!」
「もう飲んでるし。分かったからメイ、少し落ち着こうか」
「そういうスピードシンボリはもっと飲め! あたし様は今、最高に気分が良いんだぁ!」
「ハァ。ま、気持ちは分からなくもないけどね」
呆れ気味のスピードシンボリ。ただ、表情から嬉しさを隠し切れていない。そりゃ嬉しいでしょうよ。
海外で結果を出すことはお2人の悲願にも等しい偉業。その偉業を、俺達はとんとん拍子で叶えていってる。嬉しくない方がおかしい。
ハーツクライのトレーナーさんは俺の肩をバシバシ叩いてる。ちょっと痛いんで止めてくれませんか?
「ハハハ! 榊君は最高のトレーナーダヨ! ハーツクライを君に頼んで、本当にヨカッタ!」
あ、テンション高くて聞いてないなコレ。
しかし、ここで突っ込むのは無粋というもの。何より今日は祝勝会という名の無礼講だ。
「フハハ、これが俺の力ってやつですよ! あ、でもハーツクライのトレーナーさんが教えてきたものがあってこそですけどね」
なので俺も調子に乗る! 一応弁えるけどね。
「言うネェ。けど、それだけのことをやっているんだからネ! もっともっと威張らなキャ!」
「いよ、稀代の天才トレーナー! これからも頼んだぞ~!」
佐岳さんも交じって俺をべた褒め。ハーッハッハ! もっと褒めるがいいや!
ご飯も豪勢、飲み物もより取り見取り。俺達は、海外遠征の上半期を最高の気分で終えることができる……【ガラスの身体】さえなければ。
(結局解消されないやんけあのバステ。いつになったら除去できんねん)
結局、カイザーを蝕む【ガラスの身体】は解除できず仕舞いなのだ。なんともアレな話だし、いい加減解消されてくれとは何度も思っている。現実は非情だ。
(カイザーの体質の問題だから、なんて線もあるだろうしなぁ。こればっかりはどうしようもないのか?)
下手したら、トゥインクル・シリーズを駆け抜け終わっても解消されない可能性があるのがなんとも。おのれ【ガラスの身体】、お前絶対に許さんからな。
ま、めでたいこの場で考えることじゃないか。
「よっしゃあ飲みましょう! 全部ジュースですけど」
「学生もいるから当然だな。お酒は二次会で入れればいい」
「飲みすぎて明日に響くのがなぁ」
スピードシンボリの心配は気にしない方向で。無礼講だからいいんだ。
さぁて、飲めや歌えやの大騒ぎになるぞ。
「そうだ。そろそろディープインパクトがこっちに来るからな。我々と合流予定だ」
「ゑ?」
「彼女も海外遠征する予定らしくてな。丁度いいのもあるし、なにより彼女もハレヒノカイザーと仲が良いからな。相乗効果を発揮してくれるさ」
待ってほしい。騒ぐ前に衝撃の情報が入ってきたんだけど。マ? マジでディープインパクトがこっちに来るの?
佐岳さんは呆れた表情。なんで知らないんだ、と言わんばかりの顔をしている。なんでそんな表情を。
「聞いてない、みたいな顔をしているが前々から話題に挙げていただろう? キングジョージが終わった後、こちらに合流するかもしれないって」
あぁ、そういえばそんな話もあった気がする。いや、待て。普通に聞いたことあるわ。頭の中からすっぽり抜けてたわ。そういえばそうだったわ。
「君、そうだったみたいな顔しているな。もしや、今の今まで忘れていたな?」
ジト目の佐岳さん。人によってはご褒美かもしれんが俺にそんな趣味はない。なので、素直に頭を下げる。
「すんません、普通に忘れてました……」
申し訳なさが凄い。まさかディープインパクトがこっちに来ることを忘れていたなんてなぁ。記憶力には自信がある方だったんだが。
嘆息する佐岳さん。あんまり怒ってはいないみたいだった。
「ここのところずっと忙しかったからな。あたし様も少し話題にしただけだ、頭の中からすっぽり抜けていても仕方がない」
「さ、佐岳さんっ!」
「それに、忘れていたからどうこうって話でもないからな。それよりも食べろ食べろ! 今日は無礼講だぞ!」
いやっほう佐岳さん最高、一生ついていきます!
◇
飲めや歌えやの祝勝会から一夜明けて。
「さーて、それじゃあ」
「俺はここでお別れ、だな」
ハーツクライとの別れの時間がやってきた。ここまでの半年、長いようで短い時間だったな。
別に今日帰国する予定ではない。もう数日はこっちにいる予定だが、改めて話すことになる。
何を話したものか。悩んでいる俺にハーツクライが取った行動は、頭を下げることだった。
「お前には随分と世話になった。ドバイシーマクラシックとキングジョージの勝利は、お前の力なくして成しえなかった偉業だ」
そういうことね。急に頭を下げるから何かと思った。
勝利は俺のおかげ、か。
「そういってもらえてうれしい限りだ。俺は力になれたようで」
「何を言う。お前の力はかなり大きい。トレーニングはスピードシンボリさんが主だったが、細かい調整はお前がしていたのだろう?」
「あ、分かってた?」
「分かっていたさ」
舐めるな、と言わんばかりに鼻を鳴らすハーツクライ。少しドヤ顔っぽいのが可愛い。それにしても、いろんな表情を見せてくれるようになったな。本当に仲良くなったわ、この海外遠征で。
「トレーニングだけではない。俺のメンタルケアもそうだ」
「俺自身は何もしてねぇけどな。手筈は整えたけど」
「それが良かった。あのケアがなければ、トレーナーやチームのみんなの手紙やビデオレターがなければ、俺はキングジョージを勝てなかったからな」
おいおいおい、随分と素直じゃないの。変なものでも食べたのか?
考えが表情に出ていたのか。ハーツクライは一気に不機嫌そうな顔に。
「お前のおかげで、俺の海外遠征は成功した。だからこそ、素直にお礼をいうべきだと判断したというのに。間違いだったか?」
「ごめんて。凄い意外だったからさ」
「フン。お前の考えも、分からんわけでもないがな」
そっぽを向くハーツクライ。よし、余計なことは考えないようにしよう。
感謝を伝えに来たハーツクライ。彼女の口から出てくる言葉は、俺に対する感謝が多い。トレーニング内容とかメンタルケアとか。役に立てたようで何よりだ。
「これからも頑張れ。ディープインパクトが来るということは、ハレヒノカイザーはさらにやかましくなるだろうからな」
「容易に想像ができるわ。アイツら四六時中走り回るだろうからな、監視の目を強化せんといかん」
「その通りだ。アイツから目を離さない方がいい。どこまで走るか分からんからな」
そこなんだよなぁ。ディープインパクトとハレヒノカイザーはソウルメイト、どこまでも走って行く。そこにサイレンススズカが加わらないことを祈るばかりである。
「アイツは、どんどん進化していくな。どこまでも、果てがないようにも思える」
カイザーのことが話題に挙がると、ハーツクライがそう呟いた。どこまでも進化する、か。どっちかというと徐々に本気になっている、ってのが近いかもしれんが。
遠い目をしている。今度はカイザーのことを話し始めた。
「併走で、タンペートクルールとエレクトロランサムの走りを模倣していた。おそらく、映像を見ただけでな」
「待って、アイツそんなことしてたんか。なんか珍しい走り方してんなとは思ったけど」
「曰く、俺のためらしい。お節介だと思ったよ。祝勝会でも少し話したが、アイツは人のために頑張るのが好きらしい」
映像見ただけで真似るとか本当にハイスペックだなアイツ。どういうことなんだ。SANチェック入るだろそれ。
ハーツクライと話す。これまでの、半年間の話を。
「お前のチームに加入していた時間は悪くなかった。俺にとって、得難い経験だった」
「ふーん。お前のチームとどっちが良かった?」
「ふざけた質問だ。答えるまでもない」
ま、向こうのチームだろうな。こんな冗談が言い合えるぐらいには、仲良くなった。
「また日本で。お前らの活躍を、日本で見ているぞ」
拳をこちらに突き出してくるハーツクライ。俺も、それに合わせる。
「おーよ。見てろよ? 凱旋門賞を走るカイザーを見せてやるよ」
「……お前らしい」
こつん、と。拳を突き合わせて、俺達の話は終わった。
ハーツクライは帰国。代わりに、ディープインパクトがこちらに来る。
そして挑むのは日本にとって大きな壁、凱旋門賞。2人はここに出走予定だ。
海外遠征も、ここまで来た。後もう少し、頑張りますかね。
あともう一話、掲示板回を挟んで最終章です。