キングジョージも終わり、欧州遠征の上半期が終わった。良い機会だし、いろいろと情報をまとめるとしよう。
まず、今のところ海外遠征は大成功と言っても過言ではない。ドバイから始まったが、今のところ全員無敗である。
「ドバイから続く無敗記録。どこまで行くんでしょうね」
「ドバイどころか、君の担当ウマ娘はデビューからだろう? とんでもないな、君」
「いやぁ、それほどでも」
ここで謙遜したら逆に嫌味になる。ので、佐岳さんの褒め言葉は素直に受け取る。当の佐岳さんはジト目でこっちを見ているけど。
主にマイルと中距離で活躍しているカイザーと、短距離とマイルを席巻しているクラフト。どちらも無敗で、ここ欧州でもかなりの人気を集めるようになった。ハーツクライも、こと海外遠征に限っては無敗である。ファンからは海外戦の方が強いとか、実力を発揮できるとか言われてたな。んなわけあるかい。
カイザーとクラフトはこのまま継続して遠征。カイザーはインターナショナルステークス、クラフトはジャック・ル・マロワ賞に向けて調整を進めている。
「ハーツクライは帰国、入れ替わりでディープインパクトがこっちに。あの後文乃先輩からもLANEが来ましたね。ディープをよろしく頼む、って」
あの人ほどのトレーナーにお願いされたら頑張らないわけにはいかない。ディープインパクトの面倒もしっかりと見なければ。お願いされなくても見るんだけど、より気合いが入るかどうかの話だ。
そんなディープインパクトはこちらに来ている。ハーツクライが帰国した翌日には欧州に到着していた。今頃カイザーと一緒に走っているだろう。
(到着したその日には走ろうとしてたからな。カイザーもカイザーで断らないし、断る理由がないし)
あのソウルメイト共め。晩御飯までには帰ってくるんだぞ。
で、ここで重要となるのはディープインパクトの今後についてだ。簡単に言えば、前哨戦に出るか否か。
「どうしますかね、ディープインパクトの前哨戦。文乃先輩は出す方向性でいますけど」
「そうした方がいい。初挑戦で凱旋門賞を勝てるなどと、甘い期待はできないからな」
「走っておくに越したことはないね。どんなレースでも、前哨戦は挟んだ方がいいだろう?」
スピードシンボリの言うように、前哨戦ってのは大事だ。特に海外のレースならば尚更、こちらのレースに対応するのが楽になる。
文乃先輩もそれが分かっているためか、ディープインパクトの前哨戦をどうするべきか、と相談をされたのだ。ディープインパクト自身も賛成らしい。
ここで知識があれば、もう少し楽に決まったのかもしれないが。
(史実のディープインパクトは前哨戦どのレース走ったんだろうか。その辺の知識ないからな、俺)
あいにくとその知識はない。なので、手探りで彼女が出走するレースを決める必要がある。凱旋門賞の前哨戦なのだから、走るレースは限られてくるけど。
とはいえ、どうにか決めることができた。ディープインパクトのレースを。
「文乃先輩と相談したのですが、ディープインパクトの前哨戦は愛チャンピオンステークスで行こうと思っています」
佐岳さんとスピードシンボリが目を丸くする。どうやら、俺の選択が意外だったらしい。
「愛チャンピオンステークス、か。フォワ賞じゃないのか?」
「フォワ賞も考えたんですけどね。ただ、諸々の事情を考えて愛チャンピオンステークスに決めました」
これは文乃先輩も了承済み。特に問題もなく決まったことだ。
凱旋門賞の前哨戦で真っ先に挙げられるのはフォワ賞だ。アプリでもそうだったし、同条件で開催されるレースだからもってこいの舞台である。
だが、今回選んだのはこっちではない。レパーズダウンレース場で開催される愛チャンピオンステークス。正式名称はアイリッシュチャンピオンステークスで、アイルランドのG1レースだ。
「凱旋門賞を目指すウマ娘が前走に選ぶことが多いレースでもあります。メンバー的にも強いウマ娘が集まりやすいですし、こちらもいいかなって」
「ふむ、中々悪くないと思うが、凱旋門賞を狙うならフォワ賞の方がよくないだろうか?」
佐岳さんの疑問ももっともだ。フォワ賞の方がいろいろと都合がいい。
ただ、こっちを選んだ理由はもう一つある。それが、ディープインパクトの実力を少し隠す必要があるから。
「芝の対応云々はいいでしょう。どうせカイザーが教えるからすぐに理解しますし」
「それで理解できるのも大概おかしな話なんだけどな」
「カイザーは指導力もあるのがね。逆に何ができないんだい? 彼女」
走るのを我慢することじゃないですかねスピードシンボリさん。
ともかくとして、ディープインパクトは試したいことがあるらしい。日本ではサイレンススズカにトレーニングを付き合ってもらったらしく、今なお目覚ましい成長を遂げている技術がある。
相手で想像がつくかもしれないが、スタート技術だ。このスタート技術を、できるだけ隠したいという要望が文乃先輩にあった。
「ディープインパクトのスタート癖の悪さは改善されつつあるらしいです。ただ、まだ世間にはバレていない」
「……確かに、結局は追込で走っているわけだからな。それに、春の天皇賞も宝塚記念も出遅れていた」
「あの出遅れも、文乃先輩曰くダミーらしいです。欺くためのものだと」
それでも勝てると信じていたらしいが、随分と大胆な策を思いつくものだ。いや、結果的に大差勝ちと10バ身差を叩き出してるから正解だったけど。
ライバルである俺に教えてもいいのか、なんて疑問もある。ただ、文乃先輩曰く教えたところで特に問題はないらしい。理由は簡単で、俺が担当しているのがカイザーだから。
「カイザーの場合、奇襲しようが何だろうが関係ないですしね。俺に教えても、対策を取るまでもないとかなんとかで」
「まぁ、うん、なんだ。一理あるな」
実際、スタート癖の悪さが改善されていたとしても、カイザーは苦にしないだろう。なんならディープが近くを走れるから嬉しいとまで言いそうだ。
話を戻すが、この愛チャンピオンステークスを選んだのはこういう理由だ。フォワ賞は現時点で凱旋門賞を想定したウマ娘ばかりが出てくるが、愛チャンピオンステークスは出走するかどうかも未定の子ばかり。有力候補のプランシェットも、凱旋門賞には向かわない予定だと明かされている。
そんなわけなので、実力隠しの意味合いもかねての愛チャンピオンステークスだ。レースの規模的に実力を隠せるかどうかは、うん。気にしない方針で。多分無理だろうが。
「ただ、凱旋門賞に出走するウマ娘が少ない、というのは明確なメリットだな。横のつながりでもない限り、スタート技術に関しては隠し通せるのだから」
「ま、そういうこともあって愛チャンピオンステークスを選んだって感じですね。今のディープの実力なら、問題なく勝てるでしょうし」
カイザーが実力を発揮し続けているわけだが、それはディープインパクトも同様。ただし、カイザーが本気を出しつつあるのと違って、こっちは加速度的に進化している。
国内戦での無双っぷりが良い証拠だ。阪神大賞典の大差+レコード勝利から始まり、春天の大差圧勝、宝塚記念の10バ身勝ちと、とんでもない勝ちっぷりを見せている。日本は再び、ディープインパクトのことで大盛り上がりだ。
国内と海外では違うかもしれない。だが、今のディープインパクトの実力はこっちでも十分に通用する。というか、もはや上澄み連中とやりあっても勝てる。そんだけ強い。
「懸念点である芝の対応。これもカイザーがいるから問題ない。すぐさま対応するだろうし」
「元々、ディープインパクトも天才気質だ。カイザー同様、走りを理解するのにそう時間はかからない」
スピードシンボリの言うように、ディープは地頭もいい。教えさえあれば、異国の地でも問題なく走れるってわけだ。ふざけんなこの天才ウマ娘がよぉ! カイザー担当している俺が言えたセリフじゃないな、コレ。
というか、俺はもはやアイツが怖いまである。こっちに来た時、彼女のステータスを覗き見たのだが。
ディープインパクト
適性:芝A ダートG
距離:短G マD 中A 長A
脚質:逃げD 先行B 差しA 追い込みA
どこで因子継承してきたんだお前は。なんで逃げと先行の適性が上がってんだ。もはや先行で走るの問題ないレベルまで来てんじゃねぇか。
(距離適性のカイザー、脚質適性のディープ、か。ダート走れないだけましかもしれないけど)
それは本人達がダートに目を向けないだけであり、走ろうと思えばそのうち走れそうなのが恐ろしいところ。これが天才ってやつかぁ。
金スキルの差も、ディープとカイザーに差はない。さすがに向こうは進化スキルがないけど、先行の金スキルもふんだんに取り揃えていた。怖いわ。
「ディープインパクト。彼女のスタート癖の悪さは我慢が利かない性格だったからだ。それが改善されてきたのはおそらく」
「間違いなくカイザーのおかげであり、カイザーのせいだよメイ。カイザーがいるからこそ、彼女はより上の次元へと到達した。私はそう考えている」
「やっぱり、そうだろうな。そうでなければ彼女の急成長に説明がつかない」
カイザーがいるからこそディープは強くなり、ディープが強くなればカイザーもより上の力を発揮する。なんだこの無限ループは。エモいし尊いわ。まさしく友達以上ライバルかもしれん。【ガラスの身体】さえなければ。
と、愛チャンピオンステークスに決まったディープインパクトの次走。猶予は1ヶ月ほどあるので、その間にいろいろと対策したいところ。出走するウマ娘の情報収集とか。
後は、うん。
「ところで、ホテルを出てから4時間経過しましたが。カイザーとディープはまだ戻ってこないんですかね?」
口に出すと、佐岳さんとスピードシンボリは揃って目をそらした。考えないようにしていたか、頭から抜けていたか。
走りに行く、と言ってから4時間が経過。いまだに帰ってこない2人である。クラフトもいるから3人か。
懸念はしていた。覚悟は決めていた。だが、いざやられるとアレだ。
「いい加減帰って来いよ2人とも! どんだけ走ってんだアイツら!?」
アイツらは走るのが大好きすぎるせいで歯止めが利かない。今も4時間経過してまだ帰ってきてないのだ。日本と違うのだから、もうちょっと警戒してほしいものである。
ディープインパクトは真面目だ。真面目だが、本能を優先するきらいがある。カイザーと走るのが楽しすぎて、真面目でいることを忘れるようだ。忘れんなよ大事なものを。
一応、念のためアイツらが所持しているスマホにGPS機能を搭載している。今もある地点から動いてないので、走っていることだろう。そもそもが練習場のトラックだから問題ないけど。
「クラフトにメッセージ飛ばすか。飯だからそろそろ帰って来いって」
「君が直接言った方が良いと思うけどね。カイザーも喜ぶだろうし、カイザーが聞けばディープも聞き分けるだろうし」
スピードシンボリのお言葉。んなことあるかね? そう言うなら俺が自分の脚で向かうことにするが。
結局、クラフトと一緒にカイザーを呼びに行くことに。結果のほどは。
「はーい、すぐに向かいまーす!」
「午後になったらまた走ろうね、カイザーさん」
「うん! 勿論だよプイちゃん!」
普通に聞いてくれた。なんならすこぶる嬉しそうにしていた。まさか言った通りになるとは。今後は俺が迎えに来た方がいいのか?
カイザー→インターナショナルステークス
クラフト→ジャック・ル・マロワ賞
ディープ→愛チャンピオンステークス