プイちゃんが日本からこっちにやってきた。なんでも、凱旋門賞に出走するためらしい。
「プイちゃんも凱旋門賞に出るの?」
「うん。トレーナーさんが欲しいタイトルの一つで、私ならいけるって声もあるから」
まさかこっちで同じレースに出走できるなんて。海外遠征が終わるまでは、ずっと対戦できないと思っていたよ。これは運命だね、運命。なんとも素敵な運命だ。
プイちゃんの活躍は目覚ましい。年明けからの3戦を全て10バ身以上引き離して勝つ、まさに圧勝ともいうべき内容。それを後方からのレーススタイルでやっているんだから、プイちゃんのスピードがいかに飛び抜けているかが分かる。
映像でも見た。プイちゃんは有馬記念とは比較にならない、クラシックの頃とは全く違う次元へと到達した。ものすごく強くなった。
(それは、とても楽しそうだ)
対戦する時が楽しみで仕方ないね。プイちゃんの強さを間近で感じる時が楽しみだよ。あ、でも私は逃げでプイちゃん追込だからダメか。仕方ない、最後の直線に全てを懸けよう。
そんなプイちゃんとはトレーニングも一緒。クラちゃんと一緒に、こっちのレースに出るために励んでいる。クラちゃんがいるところにプイちゃんが増えたので、私のテンションも大変盛り上がっている。
私に教えてもらいたいこともあるらしい。プイちゃんは真剣な表情でお願いしてきた。
「カイザーさん。私にスタートのことを教えてくれないかな?」
「スタートのこと? いいよ」
お願いというのはスタート技術のことだ。スタート癖の悪さを改善したいらしく、年明けからずっとトレーニングしていたらしい。スズさんやクリークさんに協力してもらっていたとか。
勿論私もOK。断る理由はないし、プイちゃんがずっと近くを走るのを想像するだけで楽しくなる。ふふん、ここは私がプイちゃんのスタートを改善してみせましょう。
「とりあえずね~、スタートする時はすこし空気が違うよね。なんかこう、ピリッとするよ」
「あ、分かる。でも私、いつも我慢できなくて気づかないからな~」
「我慢できない気持ちも分かるよ。そこを鋼の理性で耐えてこそだよね。後に待っている楽しいことのために、ゲートではグッと我慢しないと」
「そうだよね。それに、前で走れたらカイザーさんとより長く走れるもの。頑張らないと」
嬉しいことを言ってくれるプイちゃん。やはりソウルメイトではなかろうか? いや、ソウルメイトだね。クラちゃんと一緒。
ソウルメイトと言えば。不意に視線をトレーナーへと向ける。いつものスーさんと話している光景が目に入った。
普通、何も変わらない。私達の方を向いてはうんうん頷いて、満足そうにしている。
(トレーナーも満足そう。よし!)
なんで満足そうにしているかは分からないけど、多分私達のトレーニングが順調だからだね。うんうん、良き良き。
満足そうにしているトレーナー。ただ、少し不満はあるわけで。
(トレーナーは私に願わない。私にお願いしたりしないもんな~)
私は人の笑顔が好きだ。私の走りでみんなが笑顔になって、私も笑顔になる。だからこそ、みんなを笑顔にするために、私は走っている。
この海外遠征も、いろんな人を笑顔にしてきた。ドバイターフから始まったレースは、欧州の人達を虜にしたみたいで。こっちでのファンがかなり増えてきた。これはスーさん情報だけどね。
みんな、私の勝利を願っている。SNSでも新聞でも、みんなが私の勝利を楽しみに待っている。だからこそ、私は勝ち続ける。
ただ、トレーナーだけは違うみたいで。
(いつも楽しめって言ってくれる。そんなに楽しそうに見えないのかな?)
「どうしたの、カイザーさん? 何か悩み事?」
トレーナーが言うことはいつも変わらない。私にレースを楽しめって、楽しむことを忘れるなって言ってくる。勝ちを願うんじゃなくて、楽しむことに重きを置いてくれる。
それがどうしてか分からない。そんなに楽しそうに見えないのかな? プイちゃんに聞いてみよう。
「プイちゃん。こっちの私のレース、見たことがある?」
「うん、あるよ。表情に出すことはなくなったけど、楽しそうにしているよね」
ほうほう、やっぱりプイちゃんは分かってくれますか。さすがはソウルメイト、クラちゃんと一緒のことを言ってくれる。
じゃあ、トレーナーはどうなのだろうか? トレーナーは、私が楽しくないと思っているのだろうか?
「でも、トレーナーは私に楽しめって言ってくるんだよね。私、そんなに楽しそうに見えないのかな?」
そうだとしたらちょっと悲しい。いつもみたいに割り切るのはちょっと難しそうだ。
プイちゃんの答えは、私とは違った。
「榊トレーナーじゃないから分からないけど、楽しんでるってことは伝わってるんじゃないかな? ただ、一応念押ししている? みたいな感じだと思う」
「そうなの?」
「うん。一応、念のため言ってる感じ。少なくとも、カイザーさんのことをよく理解してる榊トレーナーだもの。楽しいって気持ちが分からない、なんてことはないと思う」
ほうほう、プイちゃん的にはそう感じるのか。ならば、きっとそれが正解なんだろう。私よりも人の気持ちが分かるし。私、あんまり他人の気持ち分からないし。
(一応の念押し、か。そうだとしたら嬉しいな)
私の楽しいって気持ちが伝わっているなら、こんなに嬉しいことはない。良かった良かった。
「フフ、凄く仲が良いんだね榊トレーナーと」
「うん、そうだよ。超仲良し!」
「良いことだね。ウマ娘とトレーナーの信頼関係は、特に大事だって言うから。私も、文乃トレーナーのことは凄く信頼しているもの」
あ~、確かに授業で言われた記憶があるね。そうなんだ、ぐらいにしか聞いてなかったけど。
しかし、今こうして考えると結構大事。あの日の私に喝を入れ、今の私は猛省。トレーナーとの関係、大事。
憂いは消えた。後考えるのは、レースのことだ。
次のレースはインターナショナルステークス。ロブロイさんも勝ったこのレースを勝って、次に挑むのは凱旋門賞。日本にとって、とても高い壁。
(凱旋門賞は本気を出さないと勝てない。これまで日本のウマ娘が、何度も阻まれてきたレースだから)
スーさんもかつて挑んだ。手も足も出せずに負けたって言ってた。
スーさんだけじゃない。シリウスさんにエルさん、タプさんも負けたって言ってた。エルさんは後もう少しってところで負けたんだから、凄く悔しかっただろう。
(この凱旋門賞は特に大事。絶対に勝たなきゃいけない)
私とプイちゃんの2人が出る。クラちゃんは、適性の関係上出走はしないってトレーナーは言ってた。
世間の声も、私とプイちゃんには期待が寄せられている。
(今までで一番勝率が高い凱旋門賞、か)
「頑張らないとだよねぇ。凱旋門賞」
「そうだね。みんな、期待してくれてるから」
プイちゃんも同じ気持ちみたいで。2人で空を見上げて、呟いた。
もうすぐ、インターナショナルステークス。その前に、クラちゃんのジャック・ル・マロワ賞か。これで勝ったらおそろだね、おそろ。
(当日も応援しないと。クラちゃん頑張れ~って)
覚悟を決める。私は、絶対に勝つと。
◇
日は流れてインターナショナルステークス。ジャック・ル・マロワ賞はクラちゃんが勝った。これでお揃い、凄く嬉しいね、うん。
今はレース中。私が先頭を走って、後ろを他の子達が走っている。
《内枠から見事なスタートを決めたハレヒノカイザーが先頭を走ります。2番手を引き離して4バ身のリードを保ちます。注目の愛ダービーウマ娘ディラングリオは4番手でレースを進める。2番手ブレンドチェリーのペースに合わせます後続のウマ娘。ですが、ハレヒノカイザーは関係ないとばかりにレースを支配する!》
足音で大体の位置は割り出せる。着いていこうとはしないみたいだ。
ただ、私がペースを落としても引っかからない。ペースを落とせばその分だけ差を詰められるし、あわよくば飲み込もうとしてくる。
(飲み込まれるのは勘弁。囲まれたら、脱出は厳しいからね)
脱出できないことはないけど。なんにせよ、リスクは避けて走るべきだ。
逃げで走ることにも慣れてきた。個人的には、逃げって感覚はしないんだけど。
(周りのペースに合わせるんじゃなく、自分のペースに引き込むことを考える。そう考えていたら、逃げになっていた)
海外遠征で新たにモノにしたこのスタイル、今のところ無敗だ。今までも負けたことがないから、クラシックまでのスタイルが間違っていた、とは一概に言えないけど。こっちのスタイルも合っている。う~ん、捨てがたいね。
頭の中に浮かぶのは、ファンの声。レースに真面目になった、今のカイザーに勝てるウマ娘はいない。そんな声をよく聞くようになった。
(ついに凱旋門賞を勝てるウマ娘が出てきた、海外遠征でこれだけの結果を残しているのだから、凱旋賞だって問題なく勝てる)
みんなが私に期待を寄せている。みんなが私の勝利を願っている。
ならば、応えないわけにはいかない。なぜなら私は、ハレヒノカイザーだから。
《ハレヒノカイザーがギアを上げる、ハレヒノカイザーがさらにギアを上げた! ブレンドチェリーを置き去りにし始める! 慌てるブレンドチェリー、これ以上差が開くのはまずいと判断か。ブレンドチェリーもペースを上げ、つられるように後続も上がっていく!》
走るペースを上げる。ややスローからノーマルへ。残り1000mほど。最後のコーナーを回って、直線が見えてくる頃合いだ。
(ヨークレース場の直線は約900m。欧州でも長い方だけど、ノーマルペースだから問題なく持つ)
「ブレンドチェリーもペースを上げた。だけど足音は近くなってない。まだ様子見の段階、仕掛けるべきは最後の直線。ブレンドチェリーをペースメーカーにしてた後続が一気に迫ってくる」
ブレンドチェリーはラビット。本命である後続が、私に一気に迫ってくる。
問題はない。これだけの差が開いていれば、後はヘマさえしなければ差が縮まることはない。
最後の直線に入る。綺麗な直線、目の前に何もない、真っ直ぐな芝の道が続いている。
声援をより近くに感じる。ファンの応援する声が良く聞こえる。私の勝利を願う声が、たくさん響いている。
(そう、勝つ)
楽しむためのレースも悪くないが、勝つためのレースも悪くない。どっちも良いことで、どっちにも良さがある。うんうん、我ながら成長だね。
走る、走る。勝つために走る。風を切って、少しだけ重い芝を駆け抜ける。
問題はない。だって、まだまだ全力じゃないもの。
《最後の直線に入っても、ハレヒノカイザーの独壇場! 誰も彼女を止めることはできない、彼女の逃げを捕らえることはできない! 速い、ただ速い! あまりにも速いウマ娘! 日本の最強が、欧州のターフを駆け抜ける! これが日本のハレヒノカイザーだ、残り400mを切った!》
足音は遠ざかるばかり。そろそろギアを上げてくる頃かな? なんにせよ、推定6バ身差。ここまで開いた時点で詰みだ。もう追いつくことはない。
脚に力を込める。全力の出し方はすでに理解している。だから、後は勝つだけだ。
勝つだけ、なのに。思い出すのはトレーナーの言葉。
「これからもレースを楽しめよ、カイザー」
トレーナーの言葉が、私が全力を出すのを止めようとしてくる。頭の中で引っかかって、気づけば全力を出すことを止めようとする。
なんでだろうか。トレーナーは、私が勝って嬉しいはず。いつも喜んでいるから間違いない。勝てば、きっと喜んでくれるはずだ。
なのに、妙に頭に残る。楽しめという言葉が、私の中で反芻している。
(う~ん、なんでだろう?)
ま、いいか。このまま最後の直線を駆け抜ければいいのだから。
《ハレヒノカイザー止まらない、ハレヒノカイザー止まらない! 圧倒的強さ、圧倒的速さ! スピードの次元があまりにも違う! これこそが日本のハレヒノカイザーだ1着! インターナショナルステークスを勝ったのはハレヒノカイザーだ! 2着以下を全く寄せ付けない6バ身差の圧勝劇! もはやこのウマ娘を止める術はあるのでしょうか!?》
追いつかれなかった。私が一番に駆け抜けた。うん、これで勝利だ。
呼吸を整えて、観客席に向かって手を振る。みんなが私の名前を呼んで、嬉しそうに笑っている。うんうん、この景色はやっぱり格別だ。
キョロキョロ見渡して、トレーナー達を発見する。トレーナーは相変わらず、私の名前を連呼して周りに私の素晴らしさを説いていた。う~ん、いつも通りだね。むふー。
次は凱旋門賞。日本の、壁。
(ここで全力を出す。全力を出して、プイちゃんにも勝つ)
私の勝利を日本中のファンが望んでいる。欧州のファンが望んでいる。
凱旋門賞の大舞台で勝つことをスーさんが望んでいる。メイさんが望んでいる。
……じゃあ、トレーナーは? トレーナーは、一番知るべき相手はどうなのだろうか?
(トレーナーにも聞かないと、だね。トレーナーの言葉は、ファンのどんな言葉よりも大事だから)
トレーナーもきっと、私が勝つことを望んでいるだろう。それでも、ちゃんと聞かないとだ。ただでさえ私、人の気持ちに疎いところがあるから。
インターナショナルステークスを勝った。後はそう、凱旋門賞だけだ。
◇
進化スキルが追加されました
王手→???
すでに暴虐の月に進化しています
スキルを戻しますか?
暴虐の月→王手
まだこの進化スキルを獲得することはできません
進化スキルの進化条件を満たしていません
スキルをそのままにしました
以後好きなタイミングでスキルを戻すことができます
新たな進化スキルの条件を追加しました
???→条件1 暴虐の月の進化条件を満たす
↳条件2 ???の進化条件を満たす