これまでカイザーもクラフトも無敗。ディープインパクトも無事に愛チャンピオンステークスを制し、残すは凱旋門賞だけとなった。
順風満帆な道のり。これはもう勝ち申したわ、なんて言ってもいいだろう。
しかし、最大の懸念事項が解決されないまま来てしまった。その懸念事項というのが【ガラスの身体】。デビュー開始からずっと蝕んでいるアレである。
なんだかんだこのバステが発動したのって1回だけみたいなもんだし大丈夫やろ~アハハ~、なんて楽観的な思考はできない。なんせ、怖いくらいにお膳立てが進んでいるのだから。
(元々身体が弱いからこそついたバステ。んで、バステは基本的にどこかで解消されるイベントがやってくる)
長いのでメジロアルダンか。メジロアルダンは育成の最終目標をクリアするまでは解除されない。ここまで来たら、カイザーも同様の可能性が高いわけだ。
んで、メジロアルダンも作中大丈夫っぽかったし、カイザーの方も大丈夫だろ! みたいな考えは捨てた。あまりにも悪い方向に行き過ぎているから。
(人の願いを叶えることが大好きなウマ娘。人の笑顔が大好きで、その笑顔のためなら全力を出すことすら厭わないウマ娘)
はっきり言おう。【ガラスの身体】が爆発する条件、整ってきてね? と。
「凱旋門賞のジンクスとか、ファンの期待とか! 諸々が重くのしかかってきてるんだよなぁ! 本当によぉ!」
現状はかなりヤバい。どれくらいヤバいかって言うと、失敗率90%以上でトレーニングを踏むことを余儀なくされているくらいヤバい。
まず、一番の問題点である世論。これが凄いこと凄いこと。
「ファンから凱旋門賞という大舞台で戦うことを望まれている。カイザーとディープの対決を、万全のアイツらの戦いを見たいって声が大きすぎる」
取り巻く情勢ははっきり言って凄い。日本どころか海外の連中も、凱旋門賞でカイザーとディープが激突するのを楽しみにしている。日本ではCMが作られてるし、欧州でもメディアが煽る始末だ。
前年度の凱旋門賞覇者タンペートクルール、日本が誇る衝撃の英雄ディープインパクト、現欧州最強に相応しい日本の暴君ハレヒノカイザー。この3強対決が見れるのはこの機会だけかもしれないからだ。
しかも、この3人だけじゃない。カイザーと同じく今年度無敗を誇るパプテマス、サンクルー大賞でタンペートクルールを破ったコンフィアンスがいる。少数ながらも確かな実績を持ったウマ娘が出走してくるわけだ。
この状況で、現欧州のチャンピオンともいえるカイザーが出走しないわけにはいかない。それが世論の声だ。
それだけだったら外野がまた言ってらハハハ、で済ませられる。なぜなら出走の選択権はこちらにあるのだから。お前らがなんて言おうが知ったことか、出走させませ~んで俺だけ被害を被るなんてこともできる。
しかし、それすらできない。なんでかと言われたら、カイザーが出走する気満々だから。これが第2の問題点。
「ディープのレースを見て触発されたのか知らないけど、凱旋門賞には絶対出走するって意気込んでるんだもんな~。これじゃあもう、俺の一存じゃ変えられない」
元々遠征の大目標を避けるつもりはないのだが、カイザーから念押しされたので退路は絶たれた。ファン的には安心かもしれんな。俺は全く安心できないけど。
なんにせよ珍しい。レースに対してあまり興味を持たないカイザーが、凱旋門賞だけは絶対に出走したいと言ってきたのだから。
あの時のアイツの表情を思い出す。いつものニコニコ笑顔じゃなく、こちらを威圧するような表情だった。
「トレーナー、凱旋門賞は出走するよ。まさか、出走回避なんてしないよね?」
なんで急にそんなことを、俺が出させない雰囲気でも出してたか。そう口にする前に、俺は答えていた。
「んなわけ。もう取り消しできないところまで来てんだから、回避なんてするわけないだろ」
「だよね~。念のためだよ、うん。念のため念のため」
俺が出させる気と知ったら、カイザーはいつもの笑顔で去っていった。これがつい先日起こった出来事である。
なんだろう、いつものアイツらしくないというか。
(レースに拘らなかったのに、この凱旋門賞だけは明確に拘っている。そんだけ大事なレースだったのか?)
クラシックレースの出走回避には何も言わなかった。俺の意思を尊重して、口出しすることはなかった。けど、凱旋門賞は回避しないように口出ししてきた。
つまりは、史実的にこちらの方が大事なレースの可能性が高いってことだ。クラシックよりもよっぽどなことが起こったのが、この凱旋門賞。
解消されないバステ。出走する意思を示してきたカイザー。ここから導き出される答えは一つ。
(ぜってーこの凱旋門賞で何か起きるじゃん、ガラスの身体が悪さするじゃん! そうじゃなきゃおかしいだろ!)
間違いなく何かが起こる、そう感じさせるのには十分すぎる材料が揃っていた。
未だ爆発しない爆弾、積み重なっていくファンの期待、少しずつ変わり始めてきた……いや、別に変わってはないな。カイザーはいつもと変わらんわ。周りが変わっただけだ。
イベントが起きるだけの材料が揃いすぎている。もう役満だよ役満。飛ばされる準備をした方がいい。
「けど、回避はもうできないしなぁ」
カイザーが望まないし、すでに約束した。約束を破るのはNG、一番やっちゃいけないことだ。
なら、俺のやるべきことは一つ。どうすれば爆発しないかを考えることだ。
【ガラスの身体】が爆発するとなったら、被害は必ずカイザーの身体に来る。おそらくだが、大きなケガをするとか、なんらかの事故が起こる可能性が高い。
ウマ娘には逃れられない運命というものがある。アプリにおけるクラフトの昏睡状態とかがまさにそうだろう。史実の修正力、逃れられない事故が。
そうなると、聞くべき相手が一人いる。
「気は進まないけど、ちょうどいるし」
サイレンススズカ。この世界においては天皇賞・秋に出走して、無事に走り終わったウマ娘だ。
◇
夜。サイレンススズカの都合を確認して、会話をセッティングすることに成功。ホッとする。
で、ホテルの部屋。サイレンススズカと話すことに。
「悪いな、サイレンススズカ。急に話がしたいって言っちまって」
「構いませんよ。それで、天皇賞のことについて知りたいんでしたよね?」
頷く。本人にとっては辛い思い出だから厳しいかと思ったが、サイレンススズカはあっさりと了承した。頭が上がらないな。
記憶を掘り起こす、なんて仕草は見せずに、サイレンススズカはすらすらと語りだす。それだけ、記憶に焼き付いているのかもしれない。
「秋天は、私にとって思い出深いレースでした。今なら最高速度を更新できそう、脚が少し痛むけど問題ない、今が最盛期なのだとしたら、私は走るしかなかった」
語られた内容は、大体育成ストーリーを踏襲したものだった。同じチームのスペシャルウィークに止められたこと、文乃先輩からも止められたこと、それでもなお……サイレンススズカは出走を選んで、チームのみんなも背中を押してくれたこと。
「本当はちょっと怖かったんです。スぺちゃん達の気持ちも分かっていたから。私はここで終わってしまうんじゃないか、そんな気持ちもあったから」
目を伏せるサイレンススズカ。けれど、次に顔を上げた時には、柔らかい笑みを浮かべていて。
「それでも、みんなが信じてくれたから。スぺちゃんや文乃さんが信じてくれて、背中を押してくれて。私は私の限界を超えることができたんです」
はっきりと、そう答えた。
なんともエモい話だ。史実の話を聞いたことがあるからこそ、このエモさが際立つ。
「信じてくれたからこそ、か」
「はい。でも、それは対戦相手の子も同じでした。特に、あの子は」
サイレンススズカの言うあの子とは、最後の直線で競り合い続けていた子のことだろう。あの子もまぁ凄かった。
ウマ娘にとっての不治の病と言われる屈腱炎に侵されながらも走り続け、【異次元の逃亡者】と死闘を繰り広げた【不屈のウマ娘】。今なお天皇賞はおろか、数あるトゥインクル・シリーズのベストバウトに数えられる名レースだ。
「ありゃ凄かったな。何度も見返したくなる名レースだ」
「フフ、勝敗関係なしに、あの子との勝負は楽しかったです」
っと、話が横道に逸れそうになった。軌道を修正しよう。
「信じてくれたからこそ、今に繋がる道ができたって感じか」
「そうですね。みんなが私を信じて、私がみんなを信じたからこそ、今の私がいると断言できます」
揺らがない、嘘偽りのない本音を語ってくれたサイレンススズカ。信じる、か。
(運命や史実を乗り越えるには、ウマ娘との絆が大事ってことか)
史実の運命を乗り越えることは容易ではない。けど、乗り越えることはできる。その最たる例が、俺の目の前にいる。
とはいっても、絆か。信頼関係は築けていると思うのだが、カイザーがどう思っているか……いや、アイツからも結構信頼されてるな、うん。
(スピードシンボリや佐岳さんもそういってるし。多分仲良いだろ)
でも一応ね、心配だからね。聞いてみるとするか。
「教えてくれてありがとう、サイレンススズカ。ついでにも一つ聞きたいんだけどいいか?」
「はい。私に答えられることなら」
「……俺ってカイザーに信頼されてると」
思う? と口にする前に、サイレンススズカは速攻で答えた。
「とても信頼されていますよ。えぇ、それはもう凄く」
すげぇ食い気味じゃん。そんなに信頼されてるの俺?
内心ちょっと疑っていると、口元に指を添えておかしそうに笑うサイレンススズカの姿が目に入る。
「あの子、よく榊トレーナーの話をするんです。榊トレーナーに褒められたとか、榊トレーナーの好きなものの話とか」
「待って、今凄い恥ずかしい情報が開示されたんだけど」
アイツ俺の好きなものをみんなに言いふらしてるの? 別に構いやしないけど何してんのマジで。
「走りが全てだったあの子が、一個人に興味を持つ。私もディープも、最初は驚いてました」
「だろうな。今もアイツにとっての一番は走ることだろうし」
「ふふ、それはどうでしょうね」
なんだその意味深な笑顔は。なにか並ぶものができたのか。もしかしてラインクラフトか、それともディープインパクトか?
「驚いたのと同時に、嬉しかったんです。あの子にも興味があるものが増えたんだって、楽しく過ごしているんだなって思えたから」
「そんなにか。お前も、アイツはどこか人間味が薄いと感じたりしたのか?」
「正直、少し。ラモーヌさんに近しい雰囲気がありましたから。走りを愛している、というか。私は特に気にしてませんでしたけど」
なんとなく分かるわ。思えば、あの時メジロラモーヌを呼んだのもそういう繋がりか。思考が似ているとかそういう。
「あの子の毎日が楽しいものになっている。今カイザーが楽しそうに走っているのはきっと、榊トレーナーのおかげなんだって。私はそう思っていますよ」
「恥ずかしいからやめい。褒められるとこそばゆい」
「事実ですもの。それだけ、榊トレーナーはカイザーに信頼されているんですよ。私達から見ても」
よし、俺が信頼されているのは分かった。分かったからこの話題は終わりだ終わり。だからそんな微笑ましそうな目で俺を見るんじゃない。
いろいろと聞きたいことは聞けた。協力してくれたサイレンススズカに頭を下げる。
「ありがとう、いろいろと教えてくれて」
「いえ、これでお力になれたなら……解決の糸口は、見えそうですか?」
鋭い目で見てくる。今回の目的、察していたか。分かりやすかったかもしれないけど。
解決の糸口、か。
「ぶっちゃけあんまり。つっても、今後の指針は決まったってところだ」
「そうですか。それなら、良かったです」
「これまでと変わらんけどな」
凱旋門賞と【ガラスの身体】。ほぼ100%悪さするこのタイミング、俺はどうするべきか。
なんも変わらん。いつも通りのことを、いつも通りにすればいいだけだ。
「今更変えるってのもあれだしな」
「フフ、そうかもしれませんね」
これにて話し合いは終わり。さて、と。どうにかなるといいんだが。