担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

68 / 82
幕間 太陽ウマ娘の望み

 凱旋門賞は少しずつ近づいている。運命の決戦が、迫ってきている。

 

 いろいろな思いを聞いた。

 

「スーさんもやっぱり、凱旋門賞には特別な思い入れがあるの?」

「そうだな……いろんな海外のレースに出たけれど、凱旋門賞はやはり特別だ。世界の頂点を決める戦いだからね」

 

 スーさんのこと。手も足も出ずに敗れ、今も勝利するその時を夢見ていること。

 

「メイさんもそうなの?」

「あぁ。あたし様がプロジェクトを立ち上げようとしているのも、全ては凱旋門賞を勝つためだからな」

 

 メイさんのこと。凱旋門賞は日本にとって特別なレースで、勝つことを至上命題にしていること。

 近くにいる2人は、凱旋門賞が特別なレースであることを語ってくれた。今でこそ並ぶレースはたくさんあるけれど、やっぱり凱旋門賞は特別なんだって。私にはよく分からないけれど、凱旋門賞を勝つことは凄いことなんだって語ってくれた。

 

「ただ、あまり気負わないでくれ。君1人に背負わせるつもりはない、いつも通り走ればいい」

「そうだな。スピードシンボリの言うように、君はただ君らしく走ればいい」

 

 そう言うけれど、2人はきっと凱旋門賞の栄誉が欲しいはずだ。なら、頑張らないといけない。だって、私にはできるから。

 

 2人だけじゃない。ファンの人達もみんな、私の勝利を願っている。

 SNSやニュースサイトを覗くと、たくさん目に入る。私に期待している声、勝利を望む声が。

 

【今度こそ日本勢の初勝利だー!】

【ハレヒノカイザーならできる!彼女なら勝てる!】

【頑張れハレヒノカイザー!日本期待の星!】

 

 嬉しいね。こんな応援の声を聞いたら、私も力が湧いてくる。少し先の未来を想像して、嬉しくなる。

 

(これで私が勝てば、みんな嬉しいってことだよね? ううん、そうに違いない)

 

 私が勝ったら、みんな嬉しそうにしていた。笑顔を浮かべて、私の勝利を喜んでいた。

 みんなが笑顔だと、私も嬉しくなる。笑顔が笑顔を呼んで、幸せのスパイラルが起こる。なんて素敵な流れなのだろうか。これは一層頑張らなきゃいけない。

 

 

 そんな凱旋門賞が近づいている中で、プイちゃんと2人、ホテルのロビーで話していた。

 

「もうすぐ凱旋門賞だね~プイちゃん」

「そうだね、カイザーさん。この前アイリッシュチャンピオンステークスがあったと思ったら、すぐだったね」

 

 話題は勿論次のレースについて。私とプイちゃん、二度目の対決だ。

 

「前はプイちゃん調子悪そうだったもんね。これが実質初対決かもしれない」

「わ、忘れてカイザーさん! あの時はカイザーさんと走れる、って思ったらテンション上がりすぎちゃって……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くするプイちゃん。あの時調子悪かった理由は、私とレースで走れるのが楽しみすぎて張り切りすぎたから、らしい。なんとも微笑ましくてプイちゃんらしい理由だ。

 ま、その気持ちは分からなくもない。クラシックでは一度も戦えなかったし、ようやく走れるってなったんだから。そりゃあテンションが上がるというもの。かくいう私も、危うく自分を抑えきれなくなるところだったから。トレーナーがいなければ危なかった。

 

 一度目の有記念は私が勝った。二度目の凱旋門賞はどうなるか。

 

(プイちゃんも凄く強くなった。きっと、私も全力で戦わないと勝てない)

 

 スタートが上手くなった。スズさんに教えてもらったのもあるだろうし、私も教えたから。芝に関しても問題はない。愛チャンの圧勝がその証拠。

 万全の状態のプイちゃんが、ほぼ不利がない状態で私に襲い掛かってくる。他の誰よりも脅威になるってトレーナーも言ってたね。私も、同意見だ。

 

「プイちゃん、どんどんスタートが上手くなるからね~。もう逃げウマ娘ぐらいにはできるようになったんじゃない?」

「う~ん、自分ではあんまり実感が湧かないけど、カイザーさんが言うならそうなんだろうね」

 

 もっと誇っていもいいんだよ。確実に上手くなってるからね。このカイザーさんが太鼓判を押してあげよう。

 

 お互いに凱旋門賞の思いを話す。楽しみだねとか、強い子がたくさん来るんだろうねとかいろいろと。

 

「私達、凄く期待されてるね」

「そうだねぇ。日本中のファンが期待していると言っても過言じゃないね」

「日本どころか、世界中だと思う。欧州でも、私とカイザーさんの対決に注目している」

 

 現時点で欧州最強と呼ばれる私と、たった一度の走りでこっちのファンを虜にしたプイちゃん。欧州の強い子よりも、日本からやってきた私達2人に注目が集まっている。それにしても、私も日本のウマ娘なのに欧州最強とはこれいかに。今年はずっとこっちで走っているから当然か。

 

 プイちゃんの目は真剣そのもの。私の目を真っ直ぐに見て、告げる。

 

「カイザーさん。私のトレーナー、文乃トレーナーは凱旋門賞のタイトルを欲している。私も、凱旋門賞のタイトルは欲しい」

 

 プイちゃんの思いを、本気の熱を感じる。

 

「最大の障害になるのは、きっとカイザーさん。レースは楽しみだけど、勝利は譲らない」

 

 私に真っ直ぐに指を突きつけて、プイちゃんは宣言する。

 

「本気の勝負をしよう、カイザーさん。私は全力でカイザーさんに挑むよ」

 

 あぁ、なるほど。プイちゃんも望んでいるわけだね。私との、本気の勝負を。

 

(好都合、だね)

 

 だって、私もそうするつもりだったから。

 

「うん。本気の勝負をしようかプイちゃん。私も、私の出せる全力で勝負をするよ」

「約束だよ、カイザーさん」

 

 プイちゃんは笑みを浮かべている。私も、気づいたら笑っていた。

 

 今度の凱旋門賞、楽しみだ。プイちゃんと全力の勝負ができる。

 けれど、聞いておかないと。

 

(トレーナーの願いを。凱旋門賞をどうしてほしいのか、聞かないとね)

 

 いつ聞こうかな、どのタイミングで聞こうかな? そして、なんて言ってくれるかな? 楽しみだな。

 

 

 

 

 

 

 トレーナーにいつ聞こうか迷っていたら、気づけば最後の追い切りが終わってしまった。うーん、中々タイミングが合わないね。あんまり他の子に聞かれるのもアレだし、機会を窺っていたらこんなことになってしまっていた。

 

 その間もまたいろいろと。会長さんとテイオーさんがこっちに来たり、ヘリオスさんがパマさんとこっちに来たり。

 

「応援しに来たよカイザー! 凱旋門賞、頑張ってね!」

「パマちんに土下座かましてハレぽんの応援に来たぜうぇ~い! ハレぽん、ブチアゲかましていこうぜぃ!」

 

 私の応援に来たみたい。わざわざフランスまで来てくれるなんて、嬉しすぎて涙が出てくるね。やっぱ最高だよ最高。

 

 そして、トレーナーに話せないままここまで来てしまったんだけど、どうにか時間を作ることができた。

 

「んで、話ってのはなんだ? カイザー。もうすぐ凱旋門賞だけど、そのことか?」

「ま~そうだね。トレーナーに聞きたいことがあって」

 

 夜の練習場。周りにはだれもいないし、みんなホテルに戻っているから大丈夫。私達以外に誰もいない。

 星は、かろうじて見えるかな? 練習場の照明があるからちょっと見えづらいや。ま、いいや。大事なのはここからの話。

 

「トレーナー。君は私に、どう走ってほしい?」

「え、なにが?」

「凱旋門賞だよ。凱旋門賞、私にどう走ってほしいのかなって」

 

 早速本題に。こういうのはあれこれ言っても仕方ないしね。トレーナーの気持ちを知るために、直球で聞くに限る。

 トレーナーは分かりやすく困惑していた。そりゃ、突然こんなこと言われたら困るよね。

 

(それでも聞きたい。私のトレーナーは、私に何を願うのか?)

「変なこと聞くなお前。今までそんなこと聞いてこなかったのに」

「それだけ、この凱旋門賞は特別ってことで」

 

 頭を掻きながら聞いてくるトレーナーに、淡々と返す私。実際この凱旋門賞は特別だ。

 

 走るレースに拘りはない、その気持ちは嘘じゃない。ただ、この凱旋門賞はなんて言うか、みんなの思いが桁違いに大きい。だからこそ、私もそれだけかける思いが強い。

 

(期待が集まっている。私というウマ娘に、みんなが期待をしている)

 

 ファンはきっと、私に勝ってほしいはずだ。勝つからみんな喜ぶし、負けたら悲しくなる。悲しくなるのは嫌だから、私は勝ちたい。

 全力を出せば勝てる。プイちゃん相手でも、私は勝つことができる。あらゆるものを排斥して、100%勝利に傾ければきっと、私は勝てる。

 

 その代償がどうなるかは分からない。けど、その先でみんなが喜んでくれるなら。

 

(構わない。だって、私は走れれば満足なんだから)

 

 ちょっとでも走れればそれでいい。私はそれで構わない。だって、走れるだけで幸せなんだから。

 

 トレーナーもきっと分かってくれるはず。

 

「私、約束したんだ。プイちゃんと本気の勝負をしようって」

「ほーん。まぁ一緒のレースを走る機会ってあんまりないからな。多いように見えて実は少ない」

「だよね。私もびっくりしたよ。これまで1回しか走ってないんだもの」

「それは俺のせいだから申し訳ございません」

 

 私の思いを、汲み取ってくれるはず。

 

「しかし本気の勝負か。それなら好都合、なのか? いや、あんま変わらんな」

「なにが?」

「いやこっちの話。それにしても、凱旋門賞をどう走ってほしいか、か」

 

 後はトレーナーの後押しだけだ。トレーナーが背中を押してくれれば、トレーナーが本気を出せと言えば、私は全力を出す。トレーナーの言葉が、私の力になるから。

 

 待つ。凄くドキドキする。トレーナーからなんて言われるのか、トレーナーはなんて言ってくれるのか。ワクワクが抑えきれない。

 トレーナーの灰色の髪が風で揺れる。私を真っ直ぐに見て、揺るぎない瞳で紡がれた言葉は。

 

「俺から言えることはただ一つだ、カイザー。お前は凱旋門賞を、全力で楽しめ」

「……ほへ?」

 

 今までで一番理解が出来なくて、思わず呆けてしまった。

 

 どういう、ことだろうか? 全力で、楽しむ?

 

「全力で走るとか、楽しんだ方がいいとか、どっちかに振り切ろうとするから悩む。だから、どっちもこなせカイザー。凱旋門賞を全力で楽しめ」

「え、え、えぇ?」

「ま~その表情も分かる。何言ってんだ俺、って感じだからな」

 

 その通りだよトレーナー。本当に何言ってるんだろう? こればっかりは私も理解できない。

 楽しむことと全力を出すことは両立できない。楽しんで走ったら全力とは言えないし、全力を出したら楽しむ余地はなくなる。

 中途半端になると勝てなくなる。特に今回はプイちゃんがいるんだ。中途半端は一番よくない。

 

 けれど、トレーナーはどこか確信めいた表情をしている。どうしてそんな表情をするのかは、分からない。

 

「カイザー。今走るのは楽しいか?」

 

 何を言われるのかと思ったら、やっぱり私は楽しく走ってないと思われていたのかな。理解されてないみたいで、うん、悲しい。

 

「楽しいよ。前にもそう言ったと思うけど」

「だろうな。表情に出ることはなくなったが、お前の走るのが楽しいって気持ちは伝わってくるし」

 

 あ、ただの確認だった。じゃあいいや。嬉しいな嬉しいな。

 

「じゃあカイザー。お前は、勝つことがファンの幸せにつながると思っているか?」

 

 続く質問。勝つことがファンの幸せになるか、か。

 

「なるんじゃない? だって、私が勝ったらみんな嬉しそうにしているし」

「だな。それもきっと間違いじゃない。お前が勝てば、みんな喜ぶ」

 

 本当にどうしたんだろうかトレーナーは。いつもと変わらないのに、なんでこんなことを聞くんだろう。

 

「じゃあ、お前が楽しんだうえで勝ったら、ファンはどう思う? 嬉しいと思うか?」

 

 楽しんだうえで、私が勝ったら?

 

(うーん……どうなんだろう?)

 

 少なくとも、喜んでくれるんじゃないかな。私が嬉しそうにしていたら、ファンも嬉しいはずだし。

 

「嬉しいと思うよ。笑顔の人を見たら嬉しくなるもんね」

「そう。俺が言いたいのはそういうことなんだよ!」

 

 そういうことってどういうことなのか。聞き返す前に、トレーナーは。

 

「お前が笑顔で、楽しんで、その上で勝ったら。ファンのみんなはさらに笑顔になると思わないか!」

 

 そう言った。考えもしなかったものだった。だって、絶対に両立できないものだと思っていたから。

 

 トレーナーは自信満々だ。揺らがない、私ならできると信じている。

 

「だからこそ、全力で楽しむんだ。それにアレだ、考えてもみろ? 世界中の強いウマ娘が集まってくるんだぞ。こんな楽しいレースはないはずだ! 出走人数9人だけど」

「いろいろ台無しだねトレーナー。まぁ、トレーナーの言う通りだけど」

 

 楽しそうで、私ならできると疑っていなくて。

 

「前例がないよ。マルさんでも勝ちに行ってたらしいし」

「前例がなけりゃ、お前が前例になればいい。いつの時代も、新しい道は挑戦が切り開くんだ」

「こんな大舞台じゃ、凄く難しいよ。それにプイちゃんがいる。私でもできるかどうか」

「できないならできないでいいさ。強制はしない。極論、お前が楽しく走ってくれればそれでいいからな」

 

 他の人と同じなのに同じじゃなくて、トレーナーの信頼は、心地良くて。

 

「結局は理想論だよ。トレーナー、そういうの好きじゃないと思ってたのに」

「ま、確かにそうだな。否定はしない。けど」

 

 屈託のない笑顔は眩しくて、どんな笑顔よりも見たいって思えて。

 

「理想だからこそ、現実になった時が楽しいんじゃねぇか。難しい理想が現実になれば、そこにはきっと素晴らしい景色が広がっている。夢が広がっていく」

「夢が、広がる」

 

 少し先のことしか考えていなかった私に、新しい視点をくれた。遠い未来の視点を、凱旋門賞を勝ったずっと先の視点を教えてくれた。

 

「……ま、俺がやるわけじゃないんだけどな。走るのはお前だし、お前が嫌だって言うんなら、それはそれでいい」

「トレーナーっ」

「なんにせよ、次のレース勝てとは言わない。勝ってほしいとは思うけどな」

 

 トレーナーが私に近づいて、ポンと頭に手を置いてくれる。暖かい、男の人の手だった。

 

「お前はお前のやりたいようにやれ。それが俺の願いだ」

「……」

「全部の後始末は俺がつける。だからお前は、凱旋門賞を思いっきり楽しんで来い! 俺が言えるのはそれだけだ」

 

 笑顔でそう告げるトレーナー。私は、どうしたらいいのかよく分からなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。