凱旋門賞が終わったということで、日本へ帰る日が来た。
「海外のG1を取りに取りまくって、凱旋門賞は空前絶後のレコード勝ち! いやはや、上層部の機嫌良さそうな表情が目に浮かぶぞこれは!」
「君も上機嫌だねメイ。気持ちは分かるけど」
帰る日が来たのだが、すっごい帰りたくない。本当に日本に帰りたくない。こっちにいても地獄だけど、あっちに帰ったらさらに地獄になるから。
ホテルにしがみつこうとするが、スピードシンボリに引っ張られる。ウマ娘の力には勝てねぇんだ。
「離せ! 離してください! 日本に帰りたくない!」
「バカなこと言ってないで帰るよ榊トレーナー。こっちにいても変わらないだろう? 君の場合」
「そりゃそうだけども!」
カイザーの一件があるからマスコミが大変うるさいのだ。警備員がいるので侵入されないが、ホテルスタッフの憔悴しきった表情を見ると罪悪感が半端じゃない。連日のように対応に追われていたのを見ている。だから帰った方がいい、という気持ちもやまやまだ。
だが、日本に戻ったら戻ったで学園で同じことが起こる可能性が高い。つーか、まだ日本に帰ってないのに似たようなことが起こっている。たづなさんも理事長も対応に追われてる、って言ってたし。
(下世話にもほどがあるだろ。つか、冷静に学生とトレーナーがそういう仲になるのはまずいだろ!)
いやね、一応ウマ娘でもミスターシービーの両親みたいな例があるけど。その立場に自分がなりたいかと言われたら別の話であって。そもそも教え子とトレーナー、微塵もないとは言わないが薄いわけで。
でも、帰るしかないんだよなぁ。ここにいてもホテルに迷惑かけるだけだし、日本に戻っても変わらないし。
仕方ない。帰りたくないけど帰ろう。間違いなくファンの嫉妬の目とかその他もろもろの好奇の目がキツいだろうが仕方ないと割り切るしかない。起こった出来事を変えることはできないのだから。
じゃあ空港行のタクシーに乗り込むか。その時。
「よし、準備万端です!」
クラフトが当然の権利とばかりに膝上に乗ってきた。しかも俺の。なんで俺なんだよ。カイザーの方に乗れよ。勝手に俺の隣に座ってニコニコしているカイザーの隣によ。
「降りろクラフト。俺の膝に乗るな」
「むっ!」
「むっ、じゃありません。さっさと降りなさい。てかスピードシンボリさん引っぺがしてください」
最終的にスピードシンボリに引きはがしてもらい、俺は別のタクシーに乗ることに。文乃先輩達と一緒のタクシーに乗ることになった。文乃先輩の憐れむような視線が痛い。めちゃくちゃに痛い。
「大変だな、君も」
「なんでこうなったんでしょうね、本当」
「いや、君の場合は彼女達に尽くしすぎな気もするが」
そんなことはないのではなかろうか。これ以上は無意味な問答が続くので何も言わないけど。
長かった海外遠征も終わり。久しぶりに日本へと帰ることになった。平穏に過ごせるといいなぁ。
◇
日本の空港に戻ってきた。意外にもマスコミの類はおらず、それどころか人っ子一人いないので閑散としている。
これについては佐岳さんの計らいらしい。曰く、大変なことになるのが目に見えているからURAに頼み込んだと。
「我々が今日帰ってくるのは極秘事項だからな。マスコミは勿論、一般人も知らないことだ。URAの力もあって人払いも済んでいる、安心して帰ってこれたというわけだ」
「さ、佐岳さ~ん!」
「君がいると、間違いなく空港中が大騒ぎになるからな。こうでもしないと空港にも迷惑が掛かる」
そんな人を劇物みたいに。間違ってないけど。
閑散とした空港から急いでタクシーに乗り継ぎ。またもクラフトが膝上に乗ろうとしていたのでカイザーに引っ張っていってもらった。大助かりである。
長い時間をかけて学園へと到着。裏口から入り、早歩きで理事長室へと向かった。
「本当にすみません文乃先輩。こんなことに付き合わせてしまって」
「気にしなくてもいい」
簡素ながらもありがたいお言葉。少しだけ救われた気分だ。
理事長室に入ると、開口一番理事長からお褒めの言葉をもらった。ほくほく顔であり、俺達の帰還を祝ってくれている。
「祝ッ杯ッ! よくぞ無事に帰ってきてくれた。そして、感激~ッ! 君達の活躍は日本でも聞いていたぞ!」
このレースが凄かったとか、凱旋門賞はテレビにかじりついていたとか語り、無事に帰ってきたことを誰よりも喜んでいた。ここまで喜んでもらえるならば、頑張った甲斐があるというものだろう。
ちなみに、キス事件に関しては触れないでくれていた。ご迷惑をおかけして申し訳ございません本当に。
「榊トレーナー。あ~……とにかくっ! 君は今後頑張ってくれたまえ! くれぐれも、くれぐれも! 夜道とかには気を付けるんだぞ!」
「はい。本当に気をつけます。襲われるとかマスコミに襲撃される可能性があるので」
「その通り。君は今日本で一番注目されていると言っても過言ではない。帰宅までは学園の警備員もつけよう。気を付けて帰ってくれ!」
な、なんて手厚いサポート。これが中央のなせる技か。言い淀んでいたのは気にしないでおこう。誰だって同じ反応になるだろうし。
報告が終わった後は帰宅。カイザーとクラフト、ディープインパクトは寮に戻り、文乃先輩も自宅へと帰っていった。
「では榊さんはこちらに。我々がご自宅まで警護しますので」
「本当にありがとうございます」
俺は学園の警備員を引き連れての帰宅だ。ほとぼりが冷めるまではこのスタイルになるだろう。もしくは学園に泊まり込むか。
(早くこの状況から解放されたい。警備員さんにも悪いし)
ちなみに道中警備員が目を光らせていたので何もなかった。ストーカーとか、俺を狙った襲撃とかそんなこともなく。無事に帰ることができた。
◇
日本に戻ってから数日。時差ボケを治すのに苦労しながらも、やるべきことをやることに。
「さ~て、時差ボケで辛いだろうが今後の予定について話していくぞ2人とも」
「今後のことって言うと、レースのことですか?」
「そう。今後の進退についてな」
手段としては2つ。現役続行かドリームトロフィーへの移籍か、どちらかだ。
現役続行はそのまま。トゥインクル・シリーズを走り続けることだ。ぶっちゃけまだまだ走れるだろうし、現役続行でも何ら問題はないだろう。カイザーとクラフトに限ればの話だが。
ただ、他のウマ娘に限ればそうじゃないのが現状。端的に言えば、カイザーとクラフトが強すぎるのが問題視されかねない。
(ここまで無敗。距離は限定されているとはいえ、ダート以外のどこにでも出走してくる。短距離とマイルはクラフトが、中距離はカイザーが。他の子達のモチベーションにも関わってくるのがな)
これは誰が悪いとかそういう問題ではない。強いウマ娘にはどうしてもつき纏うものだ。欧州のウマ娘がやったように、勝てるレースにしか出走しなくなる。
そうなると、メンバーが揃わなくなる。さらにはファンの印象的にもよろしくない。またコイツか、みたいな目で見られることがあるわけだ。
そりゃあファンとしては嬉しいかもしれん。推しのウマ娘が勝つんだから。だけど、ファンじゃないウマ娘からしたらそうじゃないってだけの話だ。
(てか長距離にはディープインパクトがいるしな。ダートも現在二強を形成しているみたいだし、どこに行っても逃げ場がないってのが今のトゥインクル・シリーズだから)
控えめに地獄ではないだろうか。どの距離に逃げても強い奴がいて、逃げ場がどこにもないってのは。なんなら中距離にはシーザリオとかエアメサイアがいるし。カイザー以外にも強いウマ娘がいるし。
現役続行を選択するならば、それなりの覚悟を決めなければならない。現状はそんなところだ。
ドリームトロフィーはレースというよりは興行が目的に近いレース。トゥインクル・シリーズで結果を残してきたウマ娘のみが出走できる、その名の通り夢のようなレースだ。夏と冬の2回、レースが開催される。
俺としてはこっちを勧めたいところ。カイザーからしたらトウカイテイオーやシンボリルドルフと走れるまたとない機会だからな。なんなら、ディープインパクトもこっちに来る可能性がある。
クラフトも、こっちでならカイザーと勝負してもギリ、ちょっとは、良いかもしれない。レースしたいと思っているかは知らないけど。
取れる選択肢は2つ。この2つから決めてもらうことになる。
「それで、お前たちはどうしたい? 現役続行かドリームトロフィーの移籍か」
大事なのは2人の意志。迷っても仕方ないことだし、今日決まらなくてもいいと思っていたが。
「今のところはドリームトロフィーかなぁ」
「わたしも、ドリームトロフィーです。トゥインクル・シリーズに未練がないわけじゃないですけど」
「即決だな。理由は?」
意外にも2人は即決した。そんな簡単に決めていいものじゃないと思うんだが。
「取れるレースは大体取ったし。秋シニア三冠に海外G1を5勝、文句は言われないかなって」
「短距離とマイルで結果を残したのと、後はわたしの思いを繋いでいきたいから。後進の育成に力を注いでいきたいんです」
ふむ、それならば現役続行の線はなしにしよう。あっさり決まるのは予想外だが、なにも問題はないしむしろ嬉しい限りだ。
それならば、今後の予定も立てておかないとだな。
「それじゃあ、今日にでもトゥインクル・シリーズ引退の意向を話すよ。後はそうだな、引退レースの話もしないとな」
「引退レース、ですか?」
「そう。さすがにクラフトたちレベルになると引退レースをしてくれ、ってファンが多いだろうからな。日本で走る最後のレースを決めておきたい」
この時期で走る引退レースならほぼ決まっているようなものだが。
「俺としてはクラフトはマイルチャンピオンシップ、カイザーはジャパンカップか有馬記念だな。個人的には有馬記念を勧めたい」
「じゃあ有馬記念で。君が決めたレースに出走するよ」
あ、はい。それで決めるのもどうかと思うけど、意思も固そうだからいいや。余計こじらせるよりはマシだろ。
じゃあクラフトは。
「わたしもマイルチャンピオンシップで大丈夫です。問題ありません」
「アッハイ」
こっちも即決である。うん、それならそれでいいや。
引退レースも決まった。なら、今後やるべきことも決まった。
「マスコミに引退の件を話すのもそうだし、出走メンバーのリサーチも外せない。でも、期間はまだあるからな。出走届の提出とマスコミ対応を優先してやっとくか」
まだメンバーは固まってないだろうし。ただ、カイザーの有馬記念に関しては話は別だ。ここに関しては、確実に出走してくるやべー奴がいる。
言うまでもないがディープインパクトのことだ。これは文乃先輩情報。向こうはジャパンカップにも出走するが、有馬記念にも出走予定だと教えてくれた。あくまで予定だが、ほぼ確実に出走してくるだろう。
「プイちゃんは確か、ジャパンカップと有馬記念に出るんだっけ。これで3回目の対決だね」
「カイザーさんの2連勝、この勢いで3連勝しちゃいましょう!」
嬉しそうに語るクラフトだが、そう簡単にはいかないだろう。なんでかと言われると、凱旋門賞の件があるから。
「んな簡単にはいかないと思うけどな。そう楽観視はできん」
「え? でも、カイザーさんは2回とも勝ってますよ? 凱旋門賞も」
確かに凱旋門賞も勝った。けど、アイツは。
「クラフト。凱旋門賞をよく思い出してみろ。少し、違和感のようなものがなかったか?」
「違和感、ですか?」
「そうだ。特に最後の直線付近だな」
他が引き離されていく中で唯一、カイザーに食らいつくどころか追い越そうとしていたウマ娘だ。
凱旋門賞のカイザーは圧倒的だった。ほぼ11秒台のラップを刻みながら逃げ続け、上がりのペースも全く落とさない。後続は離されていくばかりだった……唯一人を除いて。
「2着と3着の差は5バ身、最後の直線だけで引き離されていた。だが、ディープインパクトは1バ身はあった差を半バ身まで縮めてきた」
「あっ」
気づいたようなクラフト。そう、あの場でディープインパクトだけは、カイザーに競ろうとしていたのだ。それどころか、追いつきかねないスピードを発揮していた。
思わず頭を抱える。本当に、厄介な相手だよアイツは。
「カイザーとディープは同種だ。そして、ディープは爆発的な進化を遂げている。今度の有馬記念は、下手すりゃやべぇぞ」
ディープインパクトの進化速度は異常だ。すでに逃げることができても俺は驚かん。スタートの悪さが改善された今、全く問題なく序盤から競ってくるだろう。
クラフトも事の深刻さを理解したみたいだが、それでも信じているのはカイザーの勝利だった。俺と一緒だな。
「そ、それでも! カイザーさんなら!」
「そうだな。カイザーなら勝てる。だが、覚えておけ。今のディープは、本当に異次元に到達している可能性がある」
それを見極めるためにもジャパンカップ。これは現地で観戦した方がいいだろう。今のディープインパクトがどこまで到達しているのか……知らなきゃいけない。知りたくないけど。
ま、まぁ。それでもウチのカイザーは最強ですし。カイザーなら負けんし。カイザーは最強なのでね。なにも問題はありませんよ。