担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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幕間 天才の進化は止まらない

 やっぱりカイザーさんと走るレースは楽しい。凱旋門賞で、改めてそう感じた。

 

 国内のレースも楽しくなかったわけじゃない。けれど、我を忘れた楽しさを感じるにはやっぱり、カイザーさんと走るのが一番だ。

 

(私の知らない私がどんどん見つかる。自分の知らない力が引き出されていく)

 

 自分がさらに上のステージに行く感覚、レースの度に進化していくような感じがする。これは、国内での戦いでは得られなかったものだ。

 知りたい。私の知らない私を。知りたい。自分の限界を。知りたい。私は、どこまで走ることができるのかを。

 強さを、一番になるためにこの学園にやってきた。姉さんと交わした約束、その使命を忘れたつもりはない。

 けど、私がより強くなるためには、この楽しさに身を委ねるのが正解だと思った。

 

「カイザーさんと走る度に、私の走りは洗練されていく感じがするの。姉さんはどう思う?」

「お前が感じたままでいい。現にお前は強くなっている、間違いなくな」

 

 姉さんも私の背中を押してくれた。呆れたような目をしていたのは多分気のせい。強くなってるから大丈夫だよね。

 

 

 ただ、私もカイザーさんも引退の時が迫っている。私達は2人とも、年内に引退で決まっていた。

 

「ジャパンカップと有記念の2つ。ジャパンカップは問題なさそうだが、有記念の方は」

「カイザーさんが出走してくるんですよね? 本人が言ってました」

 

 トゥインクル・シリーズ最後の戦いは有記念。前は私が体調を崩して悔しい思いをしたレースだ。

 今度こそは万全の状態で、カイザーさんと楽しいレースをしたい。そのためにも、しっかりとトレーナーさんの言うことを聞かないと。

 

「今度は体調を崩しません。ワガママも言いません!」

「あ、あぁ分かった。有記念の前にまずはジャパンカップ。ここを勝つぞディープ」

 

 そうだった。ジャパンカップのことも忘れないようにしないと。まだメンバーは固まってないけど、海外からも強い子が出走してくるはず。躓くわけにはいかない。

 

 トレーニングに移る、前に。まずは私のやるべきことを明確にしないといけない。目標みたいなものを決めないと。

 

(ただ走るだけじゃなく、課題をもってレースに臨む。そうすることで、私は強くなれる)

 

 私のやるべきことはカイザーさんに勝つこと。凱旋門賞で二連敗、三連敗は避けたいところだ。

 カイザーさんに勝つのはかなり厳しい。あらゆる面において隙が無く、弱点という弱点がロングスパートができないだけ。それも、カイザーさんの走るペースが異常なせいでないも同然だ。

 

(単純な巡航速度が飛び抜けている。他のウマ娘のスパートが、彼女にとっての並ペースなんて言われてるっけな)

 

 凱旋門賞も11秒台のラップタイムを連発していた。欧州の、ロンシャンレース場でだ。日本のレース場じゃない。

 普通ならあり得ないこと。良バ場でも時計がかかるのが常識だったのに、カイザーさんはその常識を破壊した。世界を縮めた速さを発揮していた。

 

「あのスピードこそが、ハレヒノカイザーの神髄。他を圧倒するスピード、それこそが強さの根源だ」

 

 ただ速いと思わされる。カイザーさんの前では、どんなウマ娘も止まって見える。それだけのスピード。

 

 だけど、私だけは例外。私はあの舞台で唯一、カイザーさんに追いつきかけていた。

 

(無我夢中で走っていただけなんだけど、私だけが距離を縮めていた。他が引き離される中で、私だけが)

 

 なので、どうにかできそうな気はする。勝つための土台はあるわけだ。

 ま、正直な話。勝つためとかそれは二の次で。本音を言うならカイザーさんと一緒に走る時間を長く共有したい。レースにそんな感情を持ち込んだらダメなんだろうけど、より楽しく走りたいって気持ちがある。

 我ながら、心境の変化が凄いな。

 

「使命のため、一番であることを証明するために。そう姉さんと約束したんだけどね」

「気にするなディープ。お前が楽しく走ることが、私の望みだ」

 

 あ、気づいたら姉さんが近くにいた。というか、今の声に出てたのかな? だとしたらちょっと恥ずかしいな。

 

「もしかして、今の声に出てた?」

「あぁ、しっかりとな。その上で私が言うことは一つ、悔いのないように走れ。トゥインクル・シリーズの話とはいえ、これが最後の機会だからな」

 

 そういうことなら、いいか。私の好きなように走ろう。使命を忘れずに、なおかつ楽しく走る。これを目標にして、ね。

 

 楽しく走るためにはどうしたらいいか。カイザーさんと楽しい時間を共有するにはどうすればいいか?

 

「まずはスタートだよね。カイザーさんのスタートは、スズカさんでも難しいって言ってたし」

 

 難しいだけでもうモノにしているのがスズカさんの凄いところ。本人曰く、コツを教わればできた、らしい。自分の技術を他人に共有するのを躊躇わないのは、カイザーさんらしいと言えばらしい。

 序盤から競り合うことができれば、絶対に楽しいはずなんだけど。私は元からスタート苦手だからなぁ。

 

(今も改善してはいるけど、カイザーさん並のスタートは難しそう)

 

 でもでも、できた方が絶対楽しいはず。だから、どうにかして会得できないかを模索してみよう。

 

 そうなると、ロケットスタートができる人に話を聞くのが一番。スズカさんはいつでも聞けるからいいとして、他にできる人と言えば。

 

「ハーツさんだよね」

 

 ハーツクライ、ハーツさん。カイザーさんのロケットスタートを最初に可能にした人。あの人に話を聞いてみよう。丁度近くにいたし。

 

「ハーツさん、ちょっとよろしいですか?」

「……何の用だ? ディープインパクト。俺とお前は別のチームだろうが」

 

 微妙に不機嫌そう? 私、何かしちゃったんでしょうか。いや、何もしていないはず。だから何も問題はない。

 用件を手短に。向こうも忙しいかもしれないから。

 

「ハーツさんは、カイザーさんのロケットスタートを可能にしていましたよね? 昨年の有記念の話です」

「確かにできたが、それがどうかしたのか?」

「よろしければ、私に教えていただけませんか? コツのようなものを」

 

 聞くと、ハーツさんは露骨に顔をしかめた。なんでそんなことを聞くのか、というよりはどう説明したものか、って感じの表情。凄く説明の難しいものらしい。

 

 少しだけ無言の時間が過ぎた後、ハーツさんが口を開きます。

 

「……俺の方法は真似しない方がいい。状況が限定的すぎるからな」

「そうなんですか?」

「あぁ。俺はお前らのような天才じゃない。だから俺の方法は真似しない方がいい」

 

 結局教えてくれなかった。ちょっとケチだと思いましたけど、限定的にしかできないからダメ、みたいです。

 

 でも、ヒントはくれました。

 

「お前とハレヒノカイザーは同種だ。だからこそ、アイツの気持ちになればいい」

「カイザーさんの気持ちに、ですか?」

「あぁ。なんとなく分かるだろう? アイツがどこで仕掛け、どこで動き、どのようにレースを支配しているかなんて」

 

 そう吐き捨てて、ハーツさんは自分たちのチームへと戻っていきました。

 カイザーさんの気持ちになる、か。

 

(それなら、うん。何とかなりそう)

 

 指標はできた。後はスズカさんに教えてもらったりして、レースに備えるだけ。よーし、頑張るぞ。

 

 

 

 

 

 

 時間が過ぎるのはあっという間で、気づけばジャパンカップの日がやってきた。本当にあっという間だったな。

 

 引退会見もつつがなく終わった。カイザーさんとクラフトさんと一緒に会見をして、それぞれのラストランを話した。

 私とカイザーさんのラストランが被った時は、記者の人達が色めきだっていた。三度目の激突、二度あることは三度あるか、三度目の正直か。気になっていたみたい。

 ただ、優勢なのはカイザーさん。こればっかりは向こうが2勝しているから仕方ない。ま、あんまり関係ないですけど。楽しむのに世間の声なんて関係ないから。

 

 

 東京レース場のターフ。雲一つない快晴の空で、私は今日出走する。

 ゲートの中。考えるのは、カイザーさんならどのタイミングで出るか?

 

(なんとなく分かる。カイザーさんがヒントをくれたから)

 

 凱旋門賞のトレーニングでカイザーさんは言っていた。スタートする時に変化する雰囲気を感じてるって。ピリッとする感じがするあの雰囲気だ。

 私にも分かる。今までは我慢ができなかったから、気にしてこなかったけど。

 

(集中、スタートのタイミングを見極める。ピリッとしたあの雰囲気を掴み取るんだ)

 

 待って、待って。疼く身体を抑えて、今にも動く指令を下しそうな頭に喝を入れて。その瞬間が来るのをひたすらに待つ。

 

 

 そして、来た。ピリッとした雰囲気、ゲートの中でも確かに感じることができる、空気の変化が。

 

「えっ」

 

 隣のゲートから聞こえてきた声に反応することなく、私の体は動いていた。

 ゲートはまだ閉じている。だけど、私が動いたその瞬間、ゲートの扉が開いた。

 

(うん、うん! このタイミングだ! このタイミングでカイザーさんは抜け出しているんだ!)

 

 成程、これがロケットスタートなんだね。うん、理屈が分かれば簡単だ。これからもできるだろう。

 

《な、なんとディープインパクトのロケットスタートだ! スタートが苦手な彼女のロケットスタート、ハレヒノカイザーはいないのに完璧に決めてみせた! ディープインパクトのロケットスタートが決まったぁぁぁ!》

 

 私だけ抜け出す形。後はそうだな、カイザーさんはどんな感じにレースしているかな?

 

(とはいっても、私はカイザーさんみたいにレースはできないからなぁ)

 

 飛ばして逃げることはできるけど、カイザーさんみたいに全てを掌握するようなレースは無理。あれだけ考えてレースするのは、カイザーさんだけができる芸当だ。

 ならどうするか。一応、スズカさんに教えてもらったことがあるから、逃げで走ることは問題ない。いつもと勝手は違うけど、対応は可能。

 決まり。このまま飛ばして逃げよう。あれこれ考えてスタミナを無駄にするよりも、無理に考えずに逃げた方がいい。その方が、私の性に合っている。

 

(これが先頭で走る景色……スズカさんが夢中になるのも分かる気がする)

 

 前に誰もいないからこそ味わえる空気。いつもは後ろで走るから味わえない、ここだからこそ分かる景色。誰にも譲りたくないという気持ちがとてもよく分かる。

 

 さて、と。もうすぐコーナー。このまま逃げていこう。

 

《まもなく第1コーナーのカーブ、ディープインパクトの逃げで展開されますジャパンカップ。これは誰にも予想できなかった展開、ディープインパクトの逃げだ! ロケットスタートの逃げを披露するディープインパクト、果たしてその強さはいかに!》

 

 それにしても楽しいなぁ!

 

 

 

 

 

 

 気づけば最後の直線。私は、一度も先頭を譲らないままに駆け抜けていた。

 

《でぃ、ディープインパクトの巡行が止まらない! 海外でさらなる進化を遂げてきたディープインパクト! 二度目の敗北が、【太陽の皇帝】につけられた瑕が、英雄をさらに強くした! 5バ身のリードを保ったままの巡行、クラシック二冠ウマ娘すらも足蹴にするこの強さ! 英雄の強さに陰りなし!》

 

 逃げで走るのは悪くない。前に誰もいない景色もそうだし、なにより!

 

(カイザーさんと競り合える。ここならば、カイザーさんと全力のぶつかり合いができる!)

 

 それはきっと、凄く楽しいこと。想像しただけでワクワクが止まらない、アドレナリンが出続ける。

 これはもうやるしかない。次の有記念でも同じ作戦で行こう。それがきっと。

 

「最高に楽しいことだからっ」

 

 自然と口に出して、言い終わるのと同時。私はゴールラインを過ぎていた。気づいたらゴールに着いちゃってた。

 

《その強さに陰りなし! これが【英雄】の強さだ! ディープインパクトがジャパンカップを7バ身差で制しました! 圧倒的強さ、圧倒的速さ! 次のレースに向けて、万全の態勢を整えていますディープインパクト!》

 

 うん、うん。後はこれを詰めていくだけだ。スタート技術に逃げの技術、スズカさんから教わらないと。あ、ハーツさんにもお礼を言わないと。ハーツさんのおかげで、このロケットスタートができたようなものだから。

 

(終わってもやることは山積みだ……っ!)

 

 視線を向けると、楽しそうな表情を浮かべているカイザーさんがいた。私も、思わず笑顔になる。

 笑顔で見つめ合う私とカイザーさん。どちらが先に口にするでもなく、ほぼ同じタイミングで口にした。

 

「楽しもう、カイザーさん!」

「楽しもうね、プイちゃん!」

 

 来月の決戦に向けて、頑張らないとだ。

 

 

 ちなみに、ハーツさんには気味悪がられた。

 

「確かにハレヒノカイザーの気持ちになれとは言ったが……いざできると気持ち悪いな」

「酷くないですか?」

 

 まぁ、うん。気持ちは分からないでもないですけどね?




ここのディープは逃げもできるようになりました。あの速さで逃げもできるとか恐ろしすぎるんだが?
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