担当はハイスペックウマ娘   作:カニ漁船

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勝者

 楽しい、凄く楽しい、これまでのレースの中で一番楽しい。そう断言してもいいほどに、最高の瞬間を楽しんでいる。

 隣を走るプイちゃん。スタートを改善して、私と同じ領域に到達したプイちゃんは序盤からずっと競り合っていた。

 当然かもしれない。私を逃げさせたら追いつけないし、同じ位置で勝負するしかないって思っているから。勝つためにはこうするしかないって私は思われているから。

 

 実際、私は相手のペースを見て手を変えることができる。これは私にしかできないことで、他の子には絶対に真似できない。

 

(普通は加速と減速を即座に切り替えることなんてできない。ルドルフ会長だって無理なことを、私はできる)

 

 60kmを超える速度での加速と減速。ある程度の予測を立てて選択するならともかく、見てから変えるのはかなり厳しい。

 私はそれができる。トレーナーは後出しじゃんけんみたいなもの、って言ってたかな。あらゆる手に対して有効打を選択できる、最強の後出しじゃんけんだって。あんまり意識したことはないけど、凄いことなんだろうな。

 平均速度が他の子より優れていて、ルドルフ会長並のレースIQを持つからこそ可能な芸当。それが私の強さなんだと。

 

 とはいっても、この場においては何の関係もない。だって、私は何も考えていないから。

 

《第2コーナーを越えてバックストレッチに入ります。先頭で入るのはハレヒノカイザーとディープインパクト、最序盤から競り合うこの2人が並んでバックストレッチに入ります。お互いに譲らない、譲れない勝負を繰り広げているぞ》

《お互いに前に出させるわけにはいかない! って気迫を感じますよねぇ。他の子達はかなり離されています》

《追うのを止めたか、3番手メイショウサムソンは9バ身後ろを走っています。最強2人の大逃げ、これは無理と悟ったかメイショウサムソン。そのすぐ隣にはダイワメジャー、マイラーの彼女が冬のグランプリ参戦。波乱を起こすことができるか?》

 

 勝つために走るんだったらプイちゃんの後ろを走ればいい。それで競り合うようだったら、今ここで飛ばして逃げる必要はない。もっと控えて走れば良いことだ。

 

 でもそうしない。なぜなら、楽しいから。楽しくて仕方がないから、私はプイちゃんと競り合い続けている。

 

(ねぇプイちゃん。この状況、楽しい?)

 

 私と同じで、走ることが大好きなウマ娘。私と同じくらい速くて、楽しい時間を共有してくれる親友。初対面で運命を感じたライバル。彼女と走っているこの時間は、何物にも代えがたいものだね。

 

 考えてることはどうなのか。プイちゃんも楽しいと思っているのか。私は、今の気持ちが思わず口から漏れ出る。

 

「楽しいっ」

「楽しいなっ」

 

 奇しくもそれは同じタイミングで。隣にいるプイちゃんからも同じ言葉が聞こえてきて。レース中なのにお互い顔を見合わせて。

 

「……ぷっ!」

「アハハ!」

 

 おかしくて笑ってしまった。一切スピードを緩めずに、私達は笑いあう。

 

 楽しいから笑う。面白いから笑う。願わくば、ファンの人達も笑ってくれていると嬉しい。

 どうか受け取って。私達の楽しいって気持ちを。私達の競り合いを、合理性を全て捨て去った、子供の様なかけっこを。

 

《ディープインパクトとハレヒノカイザーどちらも一切譲らない譲らない! 全く同じペース、全く同じスピードで駆け抜ける! 1000mのタイムはきっと常識外れのタイムを叩き出していることでしょう! ですが、それ以上に》

《いやぁ、本当に楽しそうに走りますね2人とも! 後ろの子達も、触発されてかペースを上げてきていますよ!》

《太陽の皇帝、英雄だけではない。ちゃんと私達もいるぞと、忘れてもらっては困るぞと後続もペースを上げている! 破滅的なペースで繰り広げられる有記念、後続もペースを上げてきた!》

 

 中山レース場を、笑顔で埋め尽くすよ!

 

 

 

 

 

 

 本当に楽しそうに走ってるわカイザーの奴。周りを巻き込んで、とんでもないレースを展開している。

 

「カイザー達の作り出す破滅的なペースに遅れまいと、これ以上の差が広がるのを阻止するかのように走っている。ただ、前を走る2人は常識の目線で語れば」

「落ちてくるだろうな。ほぼ間違いなく」

 

 トンデモペースで駆け抜けている2人だが、当然それ相応のリスクがある。それがスタミナだ。

 

 カイザーは元よりスタミナがある方ではない。長距離適性も高いが、中距離とマイルに集中していたのでスタミナは少しだけおろそかだ。持ち前のスピードを活かした巡航速度と回復スキルでどうにかしているが、このペースで最後まで持つかどうか。

 ディープはスタミナがある方だが、相手をしているのがカイザーだ。平均的な速度はカイザーの方が上、ディープはより多くのスタミナを消費している。同じ距離同じ速度でも、ディープの方が消耗が激しいわけだ。

 

(簡単に言えば、カイザーが5割の力で走っているところをディープは7割の力で走っている。トップスピードは変わらないが、平均速度の違いがここで響いてくる)

 

 維持するのがキツいのは当然7割側。ステイヤーでスタミナ豊富なことを加味しても、不利なのはディープインパクトの方だ。先にどっちのスタミナが切れるかは分からんが。

 

 と、いろいろと考えてはみる。不利だとか有利だとかそれはもういろいろと。その上で言いたいことは。

 

「つってもまぁ、そんなのあの2人には関係ないでしょうけどね」

「……その心は?」

「あんだけ楽しそうに走ってんだ。本当に、なにも問題はないでしょうよ」

 

 楽しいから関係ないでしょ、ってことだ。アイツらは走ることを楽しんでいる、そこに勝ち負けなんて概念を持ち出すだけ野暮ってこと。楽しいって気持ちに水を差す、不純物に過ぎないんだ。

 

 どうかとは思う。真剣勝負の場だから真面目にやれとか、他の一生懸命頑張ってる子達がどう思うかとか、いろいろと考えはする。

 だが、だからと言って楽しむって気持ちを否定するのはどうかと思う。アイツらだって一生懸命頑張っているんだ。周りからどうこう言われる筋合いなんてものはない。別にいいじゃないか。一生懸命楽しく走るウマ娘がいたって。

 

《第3コーナーを走るハレヒノカイザーとディープインパクト。後続との差は7バ身程に縮まりました。勢いは少しずつ衰えているか? ですがまだまだ余裕といったところ》

「楽しんで走るスタイル。言うのは簡単ですけど、実際には凄く難しい」

 

 俺の呟きに反応するのはシンボリルドルフ。即座に彼女の声が耳に届く。

 

「それもまた当然のことだ。そこに勝ち負けがある以上、楽しく走るという気持ちはいつの間にか切り捨ててしまう。楽しむ余地があるということは、まだ本気じゃないと判断するからだ」

「勝ちたい相手がいる、負けたくない思いがある。楽しい気持ち以上のモノを抱えているからこそ、ボク達は楽しく走ることを忘れてしまう」

 

 シンボリルドルフとトウカイテイオーの言葉も一理ある。それもまた、間違っていない。

 

 けど、できないからこそ。

 

《第3コーナーを越えて第4コーナーへ。まだ続く、まだ続く! ハレヒノカイザーとディープインパクトの競り合いはまだ続く! 勢いは衰えない、後続との差は変わらない! そろそろ仕掛け始める頃か? メイショウサムソンがじわじわと上がってくる。最後方からはスイープトウショウだスイープトウショウだ!》

 

 カイザーの姿は眩しく見えるに違いない。不可能と思われたことを可能にし、普通じゃできないことをやってのけているカイザーの姿は、ウマ娘達からしたら羨望の的だろう。

 

(確かに難しいことだ。けど、本人達からしたら難しいことじゃないんだろうな)

 

 カイザーからしたら何でもないことだ。だって、走るだけで楽しいと思っている彼女は、自然と笑顔を作ってしまう。勝ちたいとか負けたくないとか、それ以上に楽しいって気持ちが上回っているからだ。

 勝ち負けよりも拘りたいものがある。だからこそ、笑みを絶やさない。それこそが、カイザーがレースで笑う理由、今あの場で楽しく走っている理由だ。

 

 意識の違い。それだけの差が、カイザーと他のウマ娘を隔てるもの。今だとディープインパクトもそうか。この意識の差が他と決定的に違う。

 

 このスタイルが受け入れられているかどうか。その答えはきっと、今のファンの反応が物語っているだろう。

 

「頑張れー、カイザー!」

「負けないでー!」

「今日も笑顔が眩しいぞー!」

 

 20万近い大観衆の声援からカイザーの名前が上がる。応援の言葉を口にして、笑顔で走るカイザーを応援している。それが答えだ。

 

 

 戦いは最後の直線に入ろうとしている。ハレヒノカイザーとディープインパクトの競り合いは最初から最後まで続いていた。

 

 位置取りなんてものは関係ない。内を走るハレヒノカイザー、外を走るディープインパクトで変わらない。

 スピードは一切落とさない。楽しくて仕方がないから、後先のことなんて少しも考えない。

 さながらノーガードの殴り合い。防御のことなんて一切考えず、今この瞬間を最大限楽しもうとしている。

 

 その結果生まれたのは、2人同時にスタミナが尽きかけているという状況だ。

 

《さすがに脚色が鈍り始めたか? ハレヒノカイザーとディープインパクトの巡行に陰りが見え始めます。これを好機とばかりに上がってくるウマ娘達、しかし!》

《ついていくだけでも大変でしたからね。後続も、これはきついですよ!》

《最後の直線に入りました。先頭で入ってくるのはこの2人、ハレヒノカイザーとディープインパクト! 3番手メイショウサムソンは陥落するか? ダイワメジャーが3番手に上がってきた! 先頭との差は7バ身、追いつくことはできるか!》

 

 最初から最後まで全力疾走なんてできるはずもない。2人のスタミナは尽きかけているのも当然だ。

 表情には苦しさが滲み出ている。あんな表情で走る2人は初めてだ。秋シニア三冠でも、ロンシャンでも見たことがない。

 それほどまでに全力で駆け抜けていた。隣を走るライバルとの時間が楽しすぎて、スタミナのことまで頭を回していなかった。

 

(カイザーの末脚が鈍いし、ディープもスパートをかけてもおかしくない距離なのに何も仕掛けない! 2人揃ってガス欠か!)

「ディープ! まだだ、まだ楽しい時間は終わってない! レースのゴールまで、全力で楽しめ!」

 

 近くから文乃先輩の声が飛ぶ。だったら、こっちも負けじと。

 

「カイザー、まだ楽しめ! 今この瞬間も、これから先も楽しむんだ! 楽しい時間は、まだ終わってねぇぞ!」

 

 楽しめと口にする。それにしても、文乃先輩も楽しめって言うんだな。なんというか、感化されたのだろうか。俺と同じように。

 

 周りから応援の声が飛ぶ。その声はどちらかといえば、完走することを願うかのような声だ。

 

「もう少しよー! 頑張ってー!」

「後200m、しっかり気張れー!」

 

 応援の声が背中を押す。カイザーとディープの底をついたスタミナを復活させる。

 

《末脚は衰えている、3番手浮上のダイワメジャーが見る見るうちに差を詰めてくる! 残り200mを過ぎてその差は5バ身、この差を埋めることができるか! メイショウサムソンも上がってきた、スイープトウショウはまだ7番手だが凄い末脚!? 魔法のような末脚で上がってきたスイープトウショウ!》

《頑張れ、頑張れ!》

《先頭はハレヒノカイザーとディープインパクト、ハレヒノカイザーとディープインパクトだ。これは変わらない、最初から最後まで変わらない! ダイワメジャー突っ込んでくる、2人が作り出した領域へと足を踏み入れようとしている!》

 

 どちらが先にゴールするか、どちらが相手を下すか。そんなことは考えていなかった。ただ、この勝負の行く末を見守っていたい。それだけだった。

 

 長い時間が流れたように錯覚する。残り100mなのに、まだまだ終わらないとばかりに長い時間が過ぎていったようで。

 

《ここでハレヒノカイザーがわずかに前に出たぁぁぁ! ディープインパクトを競り落とそうとしている、ディープインパクト落とされるか!? いいや負けない、お前に意地があるように、こちらにも意地がある! ディープインパクトにも意地がある! 差を戻そうと必死に追いすがるディープインパクト、ダイワメジャーはもうひと伸びが足りないか!?》

 

 ゴール前、俺の目に映ったのは。

 

 ゴール直前まで笑顔で走る、ハレヒノカイザーの姿だった。

 

《しかしこれは届かなぁぁぁい! 最後の最後、ハレヒノカイザーが最後の力を振り絞ってディープインパクトよりも前に出た! それが、決定的な差となった! ハレヒノカイザーが有記念二連覇たっせぇぇぇぇい! 当然のレコードタイム、圧巻のレコード2分27秒1で駆け抜けましたぁぁぁ!》

 

 最後の最後まで笑っていられる。本当に、俺の担当はハイスペックなウマ娘なことで。

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