大歓声に包まれる中山レース場。最初から最後まで競り合い続けた二強、従来のレコードを塗り替える決着、有馬記念二連覇という偉業、そして現役無敗ウマ娘の誕生に沸いていた。つい1ヶ月前も誕生したが、なんぼあっても良いですからね。
最強はハレヒノカイザー、といいたいところだが。今回の勝負は本当に紙一重だ。勝ちは勝ちだが、次はどうなるか分からないだろう。
(そもそもが枠番に恵まれた。カイザーが内側、ディープが外側だったからな)
徹底して内側に入れさせなかったカイザー、外を回ることで多少の距離ロスが発生したディープ。距離のロスによって生まれるのはスタミナの消費だけじゃない、タイムにも影響が出てくる。それも当然で、走る距離が伸びるからだ。
もし枠番が逆だったら、それでもカイザーは瞬発力を活かして内に進路を取ったかもしれない。それでも、次同じように走っても勝てるかといわれたら難しいところだ。
(やっぱ強いわ、ディープ。ま、勝ち負けとかアイツらには関係ないかもしれんけど)
今は勝利を喜ぼう。いや、勝利じゃないな。アイツが最高に楽しく走っていたことを喜ぶべきだ。そのことが、俺は一番嬉しいのだから。
「カイザー!」
「カイザーさん!」
クラフトと一緒にカイザーを迎えに行く。アイツの側へ、力を使い果たして芝に身を預けているカイザーの下へと足を運ぶ。
「ハァ……ハァ……はは、アハハ」
息を荒げている。いつもはあんなに早く息が整うカイザーなのに、今は少しも整っていない。それだけで、このレースがどれほどの激戦だったか理解した。
限界ギリギリの勝負。少しも油断できない、一瞬も気を緩めることができない戦い。それでもなお、沸き上がるのは楽しいという感情。無二のライバルとの激突が、楽しくて仕方がない。息を荒げても笑っているのがその証拠だ。
近くにいるディープインパクトもまた、同じように整わない呼吸の中笑っている。俺達と同じタイミングできた文乃先輩も、しょうがないなとばかりに苦笑いを浮かべていた。その気持ち、分かりますよ。
ひとまずカイザーを引っ張り上げようとする。クラフトと一緒に、アイツの手を掴んで起き上がらせようとした。疲れているのは分かるが、いつまでも寝転んでいるわけにはいかないからな。
けど、強い力で引っ張られる。
「えいっ!」
「うおっ!?」
「キャッ!?」
疲労困憊と思っていたカイザーが、俺達を引っ張った。まさか引っ張られると思っていなかった俺達は、そのまま芝へと倒れこむ。
体中に伝わる衝撃を芝が和らげてくれる。だが、突然のことに目を白黒させていると。
「えへへ、勝ったよトレーナー。でも、それ以上に」
カイザーが俺の方を向いていて、とびっきりの笑顔を見せながら。
「すっっっっっごく、楽しかったッ! こんな勝負ができたのは、君のおかげだよ。本当に、ありがとうトレーナー!」
感謝の言葉を、俺に伝えた。その後、また笑いだす。楽しくて仕方がない、嬉しくてしょうがないとばかりに。
(全く、コイツは本当に)
ま、いいだろう。もう少しだけ、この芝に倒れたままなのも悪くない。
中山レース場の空は少しだけ赤みがかっている。わずかな寂しさを感じつつも、俺達は満足感を得ていた。
◇
その後のことだが、レース後にカイザーとディープの引退式が行われた。URAから是非とお願いされ、2人同時に引退式を行うことに。
いや、2人だけではない。
「ついに世代の三強が引退か~。やっぱ寂しいよー!」
「マジマジ! まだトゥインクル・シリーズで走ってー!」
「ドリームトロフィーに行っても応援してるからねー!」
クラフトもまた、同じタイミングで引退式を行うことにした。マイルチャンピオンシップ後にやらなかったのはこのため、3人同時に引退式をするためである。
なんで3人同時に引退式をするのか。それは、とある企画を考えていたから。
「それじゃ、3人とも。準備はいいか?」
「私はオッケー! もうスタミナは回復したよ!」
「私も大丈夫です、榊トレーナー。問題ありません」
「な、なんで2人とももう回復しているんだろう」
多分走るのが楽しいからだ。まともに考えたらドツボにハマるぞクラフト。考えたら負けだ。
企画というのは、3人による併走企画。中山レース場を1周する併走を3人にやってもらう。無論抑えては貰うけどね。
俺のワガママもあってか、一度も揃うことがなかった世代の三強。ならばせめてと、この引退式で併走企画を提案した。応援してくれたファンのためにな。
URAは勿論OK。興行的にも断る理由がないので秒で首を縦に振った。文乃先輩も問題ないと言ってくれた。ディープならば即決するし、何より楽しいだろうからとこちらも二つ返事。協力をもらえてありがたい限りである。
スタートの合図をするのは俺。発起人だからね。
「それじゃ、行くぞ? 位置に着いて、よーい……どんッ!」
「よーし、行くぞー!」
「楽しもうね、2人とも!」
「が、頑張って着いていきます!」
一斉にスタートする3人。表情はとても良い笑顔であり、中山レース場1周を楽しく駆け回った。ファンからの反応も上々、企画は大成功といっていいだろう。
インタビューではこれまでの軌跡を振り返ることに……したのだが、聞かれたのはほぼ全て凱旋門賞の一件である。
「ところでお2人の婚約はいつ頃」
「何の話してんだテメェ。つまみ出すぞ」
「そうです! トレーナーさんはわたしと結婚するんですから!」
「お前もお前で何言ってんの? 世間様が誤解するし、俺の評判が奈落を突き破ってさらに下に落ちるから止めてくれませんか?」
ただでさえ下限に到達していると言っても過言ではない俺の評判がさらに落ちるのは勘弁してほしいんだが。カイザーも何か言って、いやコイツに頼るのはダメだ。間違いなく今以上にヤバいことに。
「はいはーい! 私とクラちゃんとトレーナーで仲良く暮らしまーす!」
「本当に何言ってくれちゃってんの!? 止めてくれマジで!」
「おぉ~! まさかの2人ともですか!」
「ちげーよ! あの、本当に冗談ですからね? 真に受けないでくださいね!?」
はい、俺の社会的信用は失墜したも同然になりました。もう諦めるしかないのだろうか。というか、カイザーって普段からインタビューに関しては真面目に受けてたのに、どうしてこうなってしまったのか。
「素晴らしいです! ウマ娘とトレーナーは一蓮托生、今後も人生のパートナーとして誠心誠意尽くしていく所存、というわけですねっ!?」
「違うから! あんたもあんたで興奮しないでくださいよ乙名史さん!」
結局、インタビューは終始誤解を解くことに時間を取られていた。カイザーは笑っているだけだし、クラフトは顔を真っ赤にして俯くだけ。俺しか誤解を解ける人間はいなかった。
「もう誤解じゃないような気がしますけどね」
「たづなさん、本当に勘弁してください」
もはやたづなさんにも諦められたら、俺の状況は詰んでるって言われてるもんじゃないですか。
ドタバタしたインタビューも無事ではないが終わり、ライブも終わって後は帰るだけ。
「それじゃあトレーナー、また明日ねー!」
「トレーナーさん、明日からまたお願いします!」
「おう、お疲れ。また明日な」
お互いに笑顔で手を振って別れる。全く、あの笑顔を見ていると許してしまいそうになるわ。
手を焼かされることも多いが、なんだかんだアイツらと過ごす時間は楽しい。結婚に関しては、まぁ、うん。
(さすがに今はまずいだろ)
考えないようにしよう。未来の俺が何とかしてくれる。考えるのが面倒なので終わりだ終わり。
◇
有馬記念が終わってからの時間はあっという間で。年末に年明けはおろか、すでに4月に入ろうとしていた。
そんな状況で俺はというと。
「いや~、ドリームトロフィーだけってなると途端にやることなくなるんだな、トレーナー業って」
絶賛暇こいてます。最低限の書類仕事をこなすだけでいいので、めちゃくちゃ時間が余っている。ぐーたらライフ万歳。
トレーニングに関しても問題はない。カイザーはいつも走って勝手にトレーニングしているようなもんだし、クラフトもそれについていくから鍛えられる。俺の立つ瀬がないが、これでなんとかなっているのだ。何とかなっているからいいのだ。
(それに今まで忙しかったんだ。これくらい緩くても許されるだろ)
施設の予約に雑誌の対応、モデル業やコマーシャル出演、果てにはテレビ出演など多岐に渡る。そこそこ忙しかったので、今暇なのは許されるはずだ。
ソファに寝っ転がって寝る態勢を整える。今の俺はこんなことさえもできるわけだが、懸念点がある。言うまでもなく、カイザー達のことだ。
「ただいまー! ドーン!」
「ゔっ! か、カイザーか」
「うん、走り込みから帰ってきたよー」
今も走り込みから帰って来るや否や、ソファにいる俺のところにダイブしてきた。重くはない、重くはないのだが。
「走ってきたんだから汗を流してきなさい。風邪引くぞ」
「え~? トレーナーが流してもいいんだよ?」
「バカ言うな。とりあえず早く降りろ」
体の接触具合がヤバくなってきた。コイツはことあるごとに俺に抱き着いてくるのである。なんでかは知らん。薄々察しているけど知らんことにしておく。
これがカイザーだけならよかった。でもそうは問屋が卸さない。
「トレーナーさん! ドーン、です!」
「お前もか、お前もなのかクラフト。早くシャワー浴びてこい」
「トレーナーさんがお願いします!」
「カイザーと一緒のことを言うんじゃない! いいからお前ら2人ともとっととシャワー室行けや!」
クラフトも同じ様なことを要求してくるようになった。察しているけど気づかないふりをする。そうしないと俺のキャパがヤバいのだ。学生じゃなければ危なかったわ本当。
キャー、といいながら退室する2人。あの様子だとシャワーを浴びに行ったのだろう。本当に、なんでこうなっちまったのやら。
(おかしい、俺はアプリのトレーナー通りのことしかしてないはずだ。アレがトレーナーのあるべき姿として思っていたんだが)
ただし、アグネスタキオンのトレーナーやアイネスフウジンのトレーナーといった面々は除く。とにかく、俺は普通に接してきた記憶しかない。
なのにどうしてこうなるのか。俺には皆目見当もつかなかった。
「この前だって合コンのセッティングしてもらったのに、気づいたらアイツらがいたし。女性陣に促されるまま俺だけ退室させられたし。なんなんだよ本当」
打てる手は打とうとした。合コンしたり、マッチングアプリ使ってみたり。恋人を作ろうとしていたのである。
だが、全て無駄に終わる。合コンに関しては2人が先回りしてくるし、マッチングアプリに関しても同上。どこに行ってもアイツらがついて回る。
それに、運よくアイツらの包囲網をかいくぐったとしてもだ。
「なーんか違うんだよなぁ。こう、満たされないっつーか」
率直に言って、一緒に過ごすビジョンが見えない。カイザー達とは無限に思い浮かべるというのに、だ。結局デートも1回切り、向こうから連絡が来てもごめんなさいのLANEを返して終わる。
仕方がない。一緒に楽しく過ごしている未来が見えないのだから。そんなの相手を不幸にするだけだし、俺も不幸になる。なので断る他なかった。
……まずくね、普通に。俺もう終わってね?
(俺の選択肢がカイザーとクラフトのどっちかになってないか? もう終わりじゃないか?)
トレーナー業ということもありモテる。大変モテるのだが、いかんせんその先の未来が見えない。代わりに、クラフトやカイザーと一緒に過ごす未来だけはやたらと見えてくる。絶対に楽しく過ごしているんだろうなって確信できるのだ。
これは一体どういうことだろうか。何かの罠にかけられたのだろうか。それともアレか、三女神マッチング的なアレか。
(もう自分にそういう趣味嗜好があったとしか思えない。まさかの俺、ロリコンだったのか!?)
こんなところで知りたくなかった自分の性癖。嘘だと言ってよベイベー。
あれこれ考えていると、またトレーナー室の扉が開けられる。まさか、たづなさんがついに俺を逮捕しようと来たのか。
そう思っていたのだがどうやら違ったようで。
「戻ったよトレーナー」
「ただいま戻りました~」
カイザーとクラフトが戻ってきた。さらに、2人揃って俺の目を覗き込んでくる。
楽しそうに、愉快そうに笑う2人。いったい何があったというのか。
「なんだ? どうかしたのか?」
ほのかに香る良い匂いを無視して問いかける。2人は、笑みを絶やさない。
「ん~、これからもよろしくねってことでね」
「はい。もうマッチングアプリや合コンなんて行っちゃダメですよ?」
「あーはいはい。もう使わねぇよ。なんか違う気がするし、面倒だし」
その後は3人で適当に過ごす。何と言うか、この時間が最高に心地いい。
「そういえば、そろそろ新しい担当を持てって言われてるよね? どうするの?」
「あー……一応考えてはいるんだけどなぁ。どうも俺のチームは尻込みするみたいで」
「あはは、わたしもカイザーさんも無敗で世代の最強ウマ娘ですからね。仕方ないと思います」
いろいろと考えることは多いけど、うん。
(今が楽しいからこれでいいか)
次の担当ウマ娘をどうするかを考えつつ、俺は3人で過ごす時間を楽しんだ。やっぱりこの時間が最高だね。
この後多分結婚してそうな3人である。これでEXステージ有馬記念は終わりです。