テンプレ異世界召喚勇者が、ドゥームスレイヤーだったら 作:悪魔博士
誰もが絶望する最中、かの者が現れた。
鮮烈なる武器を携え、邪悪を討ち滅ぼし、なおも闇の領域をどこまでも進み行く。
どうかその怒りの渇望が潰えぬように、どうか血に塗れた鎧が乾かぬように。
そして――その姿を二度と拝謁する事がないように。
スレイヤー、我らが“勇者”。終幕を呼び、また終幕を迎える者。
―――エレンディア王国史 外典 “怒りの救世主”
PART-0
とある次元、とある世界、とある場所。
人類は地の果てよりやってくる魔物との戦いを数世紀に渡り、繰り返し続けていた。
その一進一退の攻防は、技術の進化と魔物の存在解明によって、いつしか惰性となり、文化の一つ・日常の一幕となっていっていた。
――数年前、次元の裂け目が魔術師達によって発見されるまでは。
そこから現れた“
人類は未知の技術で強化された魔物軍と、計略や籠絡によって人心が乱され、太刀打ちが出来ずに次々と生存圏を失っていく。
その一つ。
エレンディア王国もまた、王都陥落の危機に瀕していた。
…………
………
……
――魔物の咆哮が響き渡る。
それに続く破壊音、怒号、悲鳴、静けさ。
幾度もなく繰り返される地獄の旋律が、王都中央・エイレン大聖堂に近付いてくるのを――王国第一王女、エレンリーゼは感じていた。
「伝令……です。第二騎士団、壊滅……皆、死亡し――“奴隷”と、なりました……!」
「アーロン卿、討ち死に。せめてもと首を持ってまいりました……」
「市街区は陥落です。貴族区は抵抗の音が聞こえていますが……どうだが……」
続々と舞い込んでくる絶望の音、その一つ一つがエレンリーゼを苛んだ。
だがそれでも、彼女は凜として伝令達を労いをかけ、休むように指示を出した。気休めに強い酒と共に。それだけしか彼女には、何も出来なかった。
「……っ、……っ」
エレンリーゼは溢れる感情を何とか抑え込む。
周りの騎士や逃げ延びた国民達の視線に、悠然と笑みだけを作るとその場を去る。
王族の誇りだけを、支えに。
――誰もが恐ろしいのだ。
魔物に食い殺されるなら、まだいい。
しかし、悪魔達によって魂まで陵辱され尽くされ、奴らを産み出す触媒の“肉”と成るか、愛する者を八つ裂きにする“奴隷”に成り果てるのが――心の底から、恐ろしい。
王国が信仰するエイレン教において、死しても楽園で平穏が約束される。
しかし、
それを悪魔達は知って知らずか、的確にその恐怖心を甚振ってきていた。
犠牲者の血肉を眼前で挽き潰し、妻は愛する夫を殺し――夫が愛する妻から赤子を引き摺り出す。
士気はとうの昔に地に墜ちて、王国はそのまま蹂躙される未来しかなかった。
「……まだ、です」
エレンリーゼは臍を噛む。
それでも彼女……いや、王都首脳部は諦めなかった。
ある意味、悪魔達の嘲りきった挑発が、魂に火を付けたのだ。
――あのような下衆共に、我らがエレンディアをこれ以上穢されてたまるかと。
そうして、なんとか策――希望を見出したのだ。
王都が陥落する、この一歩手前で。
…………
………
……
エレンリーゼは大聖堂の祭壇の前に着いた。
そこには豪奢なステンドグラスに囲まれた、エレイン教の象徴たる四翼彩る聖十字と気持ちばかりのパンと赤ワイン、そして――兄王子の抉り出された心臓が安置されていた。
「……」
古く。
まだ魔物との戦いが、命がけの生存競争であった頃。
進退窮まった人類は主神エイレンに慈悲を乞い、一つの魔法を賜った。
“英雄召喚の儀”
大聖堂の祭壇に、血肉を表すパンとワイン。
そして王族の心臓と多くの魔術師達の魔力、呪文の詠唱によって――異次元より、勇猛なる戦士を召喚する大魔法。
使わなくなって久しく、老いた大司教のか細い記憶の中にあった、倉庫の奥の無数の写本の中から探し当てた、虫食い塗れの紙片。
口伝も伝承も潰えた、眉唾の物語にも等しい……代物。
――それだけが、残された希望だった。
――それだけで、兄王子は死んだのだ。
「……兄様」
エレンリーゼは今にも動き出しそうなほど赤々しいソレを見つめる。
『この地獄から先に逃げられるなら本望さ』と兄王子は笑っていたが、その裏では激情に苦しんでいたのを、妹であるエレンリーゼは知っている。
妻と子という名であった“奴隷”を殺して以来、一匹でも多くの魔物や悪魔を殺し、最期のその瞬間まで奴らと戦うと聖十字に誓った兄王子は――残された者達のか細い希望の為に、死んだのだ。
犬死に、それに等しい最期だった。
(ああ……私が、
勇猛なる戦士を望むのだから、男子且つ精悍な兄王子の方が良いと言った宮廷魔術師をいっそ――悪魔達以上にエレンリーゼは憎んだ。
「――始めるぞ」
少しして。
父王と宮廷魔術師とその一派、そしてエレンリーゼと騎士達、逃げ延びた国民達は大聖堂の祭壇に集まった。
指示の下、魔術師らは位置に付き、宮廷魔術師が朗々と呪文を唱える。
門外漢のエレンリーゼ達はそれを見守るしか出来なかった。
詠唱が続く。
すると、今まで静まり返った祭壇に――美しい魔法陣が現れ、強く燦めき、廻転し始める。
おお…っ!と誰かが声を上げた。いや。誰もが、かもしれない。
“英雄召喚の儀”は正しかったのか。本当に召喚されるのか。
誰しもが本当の希望を見出そうとした。
――だが、それは長くは続かなかった。
「……ぐっ!」
うめき声を上げ、魔術師の一人が倒れ伏す。
目鼻耳から血を流し、ぴくりとも動かないその姿は間違えようもなく、死んでいた。
途端に、魔法陣の燦めきが鈍り出す。
「……ッッ!皆、心血を注げッ!決して諦めるな!!」
宮廷魔術師が叱咤する。
しかしまた一人、また一人。魔術師達が倒れ、彼自身も身体中から血が溢れ始めた。
――ドォンッ!!
そして、絶望は続く。
――ドォンッ!! ――ドォンッ!!
エレンリーゼ達の後ろ、大聖堂を閉じる大扉が叩かれる。
――ドォンッ!! ――ドォンッ!! ――ドォンッ!!
強く、それはあまりにも強く。
人三人分にもなろう扉の閂をへし折らんばかりに。
――ドォンッ!! ――ドォンッ!! ――ドォンッ!!
逃げ延びた国民達ではない。
――ドォンッ!! ――ドォンッ!! ――ドォンッ!!
叩かれ、叩かれ、軋み、割れ。
――ドォンッ!! ――ドォンッ!! ――ドォンッ!!
覗く――濁った、
――ドォンッ!! ――ドォンッ!! ――ドォンッ!!
「あ……ああっ……!」
絶望はもうすぐそこまで来ていた。
「いっ、いやだ……!」
誰かが呟いた。限界だったのだろう。
「死にたく……っ、死にたくない!もういやっ!!」
偽りでも希望を前にして、やってくる絶望に心が壊れてしまうのは無理もない。
――エレンリーゼは立ち上がった。せめて、自分が慰めようと。
「どうしてこんな事にならないといけないの!私達は何の為に……!」
エレンリーゼは瞠目する。
なんで。
「あんな風になりたくない!こんな事なら―――」
どうして皆、私の方を向いているの?
「―――私が兄様の代わりになりたかった!!」
エレンリーゼは限界だった。
まだ政治もろくに知らず、蝶よ花よと育てられ、周囲に大事に育てられてきた。
――
優しげな記憶は血によって塗りつぶされ、優しげに頬撫でてくれた母の――己の首を締める時の濁った眼光しか思い出せない。
王族の誇り。それだけが、そんな意味の無い残骸が。
エレンリーゼを人間たらしめていた。
「………」
エレンリーゼは、自分に注がれる労しげな――それでいて確かにある失望の色が込められた視線に頭が真っ白になった。
が、それも一瞬。
――ドォンッ!! ――ドォンッ!! ――ドォンッ!!
絶望が、彼女を駆り立てた。
蹴躓きながらも祭壇の前に跪き、最早廻転する事もなく、消えかかった魔法陣に縋り付いた。
「お願い致します!誰か!誰か来て下さい!」
――ドォンッ!! ――ドォンッ!! ――ドォンッ!!
「死にたくない!死にたくない!!あんな風になる為に生まれたんじゃない!」
――ドォンッ!! ――ドォンッ!! ――ドォンッ!!
「お願い……お願いしますっ……!」
――ドォンッ!! ――ドォンッ!! ――ドォンッ!!
「だれか……」
――ドォンッ!! ――ドォンッ!! ……ミシッ……!
「――誰か助けて……!!!」
瞬間、眩い閃光が聖堂を包み込む。
視界全て塗り潰す光の中。だが、その場にいた全員が確かに見た。
紅く輝く――滲み出た紋章を。
『奴らは残忍で残虐で容赦ない』
『しかしそれ以上の悪となれ』
『切り裂け』
『――全てが終わるまで』