ロコモティブ沸魔術師短編集   作:Ⅵ号鷲型

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王立魔術師連合協会編
魔術師達の夜


 産業革命華やかなりし、いつも霧かかった19世紀末のロンドン。

 どれだけ繁栄しようとも、光あるところに影あり。貧富の差、犯罪、汚職。例えこの霧に包まれたロンドンの街がある種の異界であり、時間が澱んで切り離された世界であっても変わらない。

 そんな街の中でもホワイトチャペルのスラム街は誰もが知る貧困と犯罪の温床だ。

 

 そのスラムの中、薄暗く雑然とした裏路地に黒い人影が先へと急ぐ。薄汚れたシャツにズボン、無精髭を生やした男が小脇に小さな麻袋を抱えて。

 

「クソッタレ、これで貧乏な生活とはオサラバだ…………!」

 

 これから待っているであろう真っ当な部屋の中での生活を脳裏に浮かべると、男はやつれた顔から笑顔を作る。

 もうゴミを漁って一日を過ごすだけの生活から解放されること間違いない。

 男はさらに走る速度を上げて目的地へと急いだ。

 

 

 

 

 走る事数分。

 足を止めたのは明かりはなく、薄汚れた三階建ての建物だった。

 人の気配が全く感じられず、営業している感じでもないが一階部分は酒場らしい。

 余所者の立ち入りを嫌う雰囲気を醸し出しているが、男は構わずその扉を強引に開けた。

 

「おい! 誰かいんのか!? 魔女さんよォ!」

 

 大声だけが虚しく響き、返事は一切ない。シンと静まり返る店内に男は首を傾げた。

 同じ浮浪者仲間に教えてもらった、盗品を買い取ってくれる魔女の居場所は間違いないはずだが。

 

「ちくしょう、もしかして俺は騙されたのか?」

 

 確かに前にウイスキーを盗もうと浮浪者仲間で荷馬車を襲った時も、仲間の一人が裏切って襲撃計画を漏らして参加してた五人のうち三人が撃ち殺された苦い記憶が蘇る。

 だがここまで来た以上は引く訳にもいかない。

 適当な椅子に腰掛けようと、ボロボロの椅子を手にしたその時。

 

「あらあら、また野良犬がやって来たのかしら?」

 

 上品かつ何処か妖しげな女の声が何処かから聞こえ、男はネズミ捕りのバネのように飛び上がらせる。

 声の発生元に視線を向ければ、陰から一人の茶髪を腰まで伸ばした女がゆらりと現れた。その手にしているリボルバーの銃口がピタリと男に向けながら。

 

「アンタが噂の魔女だな? そうだろ?」

「あら、自分から名乗るのが礼儀ではなくて?」

 

 ゆっくりと出てきた女は黒いロングドレスに地面を引き摺る程長い黒のマント、そして黒く大きめのエナン。まさに想像する魔女そのままだった。

 間違いない。目の前の女こそこのロンドンに巣食う密輸組織"ペオニアの園"に属する魔女。

 聞けばあらゆる盗品から密輸品を取り扱い、パン一つから砂糖1オンス、アヘン、違法砕具、金銀財宝、時には情報まであとあらゆる物を売ってる事で有名だ。

 

「こ、こりゃ失礼。だが生憎俺に名前らしい名前なくてな。

 そうだな…………

 ローチとでも呼んでくれ」

 

 ローチと名乗った貧乏人に魔女クスリと笑って銃口を下ろした。

 ふうっと、ローチの緊張の糸が解けるが二階への階段からさらに二人の魔女が銃を向けて降りてくる。

 どうやらまだ歓迎はされてないらしい。

 

「それで、私達になにか売りたいのかしら? 

 それともスコットランドヤードの潜入捜査?」

 

 目の前の魔女は目を細めて、品定めするようにローチを上から下まで見回している。

 その間も二人の魔女は左右に分かれて何時でも撃てるような構えたままだ。まぁこのスラム街で生きるにしても商売にしても警戒するに越したことない。

 

 ローチは麻袋を近くのテーブルに置いてゆっくりと両手を挙げて離れる。ここで下手に騒いでも撃たれてそのまま店の裏にゴミとして捨てられるのがオチだ。

 それにここに来たのはあくまでも商売。そんな事をする理由もない。

 

「スコットランドヤードのクズ共の手先だったら今頃、突入してきて俺諸共とっくに逮捕してるだろうよ。

 俺はアンタらと取引したいだけだ」

「ふーん? 売れるような物を持っているとは思えないけど?」

「そういうなって、その麻袋の中にその売りたいモンがあんだ。モノは確かなのは保証するぜ」

 

 薄汚れたローチの腕が麻袋の中に吸い込まれたかと思うと、その手には見事な輝きを放つ金塊があった。

 これはメッキ加工された安物ではない。本物の金と様々な偽物を見てきた魔女達の目に狂いは無い。

 

「なるほど。それだけかしら?」

「待て、まだあと二つある。3ポンド分3オンス分の金塊だ」

 

 ゴトリと金塊を置いたローチの頬は緩み、銃を構えていた二人の魔女は銃口を下ろす。その頭の中ではこの後の生活を描いていた。

 電気もガスにも困らない、雨漏れも隙間風にも悩まされない家に腹一杯に満たされる食事。上手く行けば例の沸魔メイドとやらも雇えるかもしれない。

 そんな夢のような生活を描きながら、魔女達が取り出した三つの金塊を手にあれこれと話をしている。

 鑑定でもしているのか、あるいは値段をどうするのか。

 そんな事を考えてると、一人の魔女がゆっくりと近付く。僅かに腰をくねらせながら、その女性的な仕草にローチは目を奪われる。

 

「さて、ローチさん? 見たところ本物のようだけど、何処でこれを手に入れたの?」

 

 魔女がこの疑問を投げかけてくるのは当然だ。

 ホワイトチャペルのスラムに住む貧困層の男が一般家庭年収の何倍もの金の種を持ってきた。これが非合法の品なのは誰の目にも明らかだ。

 

「なぁに、連合協会の連中の…………

 ちょっとした輸送ルートを知ってんだ。そこからくすねてきたって訳さ。これ以上は俺の生活に関わってくるからタダじゃ言えねぇな」

 

 薄汚い見た目相応の薄汚い笑みを浮かべるローチは左手で親指と人差し指を擦ってみせた。

 こんな事をし続けるのなら、この男は一生貧乏人だろう。魔女はやれやれと肩を竦める。

 

「それより、どうなたんだ? 俺が見たとこ金塊3ポンドとあれば46ポンドは固い。違うか?」

 

 アメリカ大陸で見つかる先住民族の秘宝とまではいかないが、このぐらいの額は期待してもいいだろう。

 魔女達もチラリと目配せし合うと一人がスカートの裾を少し摘んで持ち上げ、ゆったりとした足取りで二階へと上がって行った。

 やってくるであろう大金に胸を躍らせ、明るい未来への第一歩を踏み出せる。そんな期待が胸いっぱいに広がる。

 

 そして、一発の銃声と共に何かが自分の体をを貫き、下を見れば胸の辺りには期待ではなく赤黒い自分の血が広がった。

 

「…………はっ?」

 

 そしてまた顔を上げれば、あの髪の長い茶髪の魔女が手にしている銃口から硝煙が立ち昇っている。全くもって理解できない。

 

「おい、一体なn…………」

 

 更に撃ち込まれた二発目の弾丸がローチの額を貫き、ドサリと仰向けに倒れる。

 

「うふふっ、"寄付"をありがとう。あなた達、"客人"を丁重帰しなさい」

「分かりました。お姉様」

 

 頷いた魔女が腰のベルトに提げているボトルを取り出し、床にその中の水を垂らす。

 中身の水を全て床に撒くと目を閉じてゆっくりと口を開く。

 

「生命育む聖なる水よ。穢れを清め、魂無き器を流し給え」

 

 その言葉と共に床に撒かれた水がまるで生命を持ったかのように一つの流れを作り、そしてその水量を増しながらローチだったものを包み込む。その様子はまるで大蛇が獲物を飲み込むように。

 そして魔女の指示に従って水流は店の中を駆け巡り、床に散った血痕も飲み込んで店の外へと出ていく。

 それを見送った魔女は満足気に脇に控える妹分の二人の魔女に向き直った。

 

「水魔術の使い方、実に見事ね。貴女もこの間の貧者を風魔術で下水道に落としたのも素晴らしい。本当に貴女達がいて心強いわ」

「ありがとうございます。お姉様」

「そう言っていただけるとは光栄です。お姉様」

 

 二人は嬉しそうに顔を綻ばせ、そしてローチの置き土産でもある金塊をケースに仕舞った。この金塊ももうペオニアの所有品。あの貧乏人のくだらない生活よりも有効的に活用させてもらおう。

 

 そして建物の陰からはもう一人の魔女が姿を現した。

 同じ格好だが、そのマントの裾には薔薇の蔦のような刺繍が施されている。

 

「どうやら私の情報は正しかったようだな」

「はい。ありがとうございます。"蒼き薔薇"」

 

 蒼き薔薇。

 このペオニアの園のボスである"主人"の近衛兵のような存在だ。護衛として主人守り、またはこうして情報を提供してその真偽を確かめる。魔女たちの中でも上位の存在。そ

 あのローチが耳にした連合協会の使う輸送ルート情報も意図的にペオニアの園が流し、その情報が正確かを確かめるためだ。

 そしてそれが見事的中したという事になる。

 

「やはりあの輸送ルートは本物です。王の犬に成り下がった裏切り者たちの発明品を奪うチャンスです」

 

 不敵に口角を釣り上げる魔女に蒼き薔薇も頷く。あとはあの裏切り者集団に潜り込んだ姉妹からの情報待ちになる。

 これでようやく散々虐げてきた沸魔師も裏切り者の魔術師共に一泡吹かせられる。

 

「あぁ。あとは待つだけだ。今日はもう休め」

「ありがとうございます」

 

 会釈して二階へと上がる魔女を見送り、蒼き薔薇と呼ばれた魔女は窓の外を見上げる。

 今日も月が綺麗だ。また明日も良き日になるだろう。

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 

 

 

 同時刻。

 

 ホワイトチャペルから離れたグリニッジ管区内。

 王立造兵廠の近くにまるで政府庁舎と屋敷、そして何処か工場めいた建物が静かに佇んでいる。

 固く閉ざされた門には骸套とは違う蒼いマントやローブに身を包み、その手に杖の代わりにライフル握った魔術師達が守っていた。

 

 彼等こそ王と王国に尽くす為に魔術や錬金術、祓魔術の研究から砕具の開発に心血を注ぎ。

 沸魔師達と共にクラシカル魔術と自ら開発した砕具で壊異を祓う魔術師組織だ。

 そしてペオニアの園の"魔女"達が裏切り者と目の敵にする組織でもある。

 

 そんな魔術師達が詰めている協会本部地下に彼らの研究所が存在してる。

 その庁舎の中を二人の男女が地下を目指して歩く。

 

「それで私達が作ってる新型砕具を見ていくんですよね! キーガン!」

 

 若い女性魔術師は嬉しそうに話し、キーガンと呼んだ壮年の男性魔術師、キーガン・マクレリーはやれやれと首を振った。

 

「アリシア、お前がアーセナルの一員としてまた"とても前衛的な"砕具だな。

 今度はなんだ?

 鉄梃に浄気機関を取り付けて殴る度に浄気を開放するシロモノか?」

「鉄梃に…………

 それも良いアイディアですね!!」

「…………俺は余計な事を言ったかもしれないな」

 

 アリシアと呼んだ若い女性魔術師は目を輝かせる様子にキーガンは口は災いの元とはよく言ったものだと痛感した。

 しかし、彼女が見せたいのはどうやら違うものらしい。

 歩きながら長々と何か話しているが、要約すれば大量の聖銀弾の弾幕と強力な浄気放射装置を取り付けた機関銃なる連射可能な銃を開発しているのだと。

 夢というよりもはや妄想の域に足を突っ込んでいる気がしなくもないが、彼等彼女等はなんと既に形にはなっているとの事。若い魔術師達の活気と原動力は凄まじい。そう思うのは自分が老けたからか。

 

 協会本部の地下へと通じる薄暗い階段を下り、辿り着いたのは連合協会の砕具開発部門。

 連合協会の重要部門の一つであり、数ある部署の中でも魔術研究部門と並んで最も変人が集まりやすい部署でもある。

 もう20時を過ぎているにも関わらず、魔術師や錬金術師達が机や砕具の周りに群がっては新技術の開発を進めていく。

 

 その中でアリシアが連れてきたのはその一角にある小さな壁掛け札に「ARSENAIS」と手描きで書かれた扉の前だった。

 連合協会の中の数人の若い魔術師と錬金術師で結成した小規模な派閥だ。

 無厭火薬と聖銀弾、そして浄気機関に魅入られてた者の集まり。そして、可変機構やらなんやらと派手な砕具作りに精を出している。

 キーガンにとってはこの先は未知の領域。アリシアにとっては巣穴のようなもの。

 

「たぶん、みんな寝てるので誰もいないと思いますけど。見るだけなら」

 

 そう言いながら開けた扉の先にはこれまた奇妙な砕具や設計図らしいものが散乱している。研究室というよりゴミ屋敷に近い有様だが、前を歩くアリシアは我が家のように歩いていく。

 中には表に出して良いようなものじゃない図面まで机に置きっぱなしなのが心臓に悪い。

 

「全く、最近の若い魔術師は魔術を覚える前に片付けを覚えたらどうだ?」

「いやー、これでも一週間前に片付けたんですよ? 

 荒れてるのはまぁ…………

 これからお見せする物のせいで…………

 あはは…………」

 

 苦笑いするしかない後輩魔術師に思わずキーガンはため息をついた。魔術以上に先に色々と生活の術を教えるべきだったか。

 

「それで、見せたい物ってのは?」

「ええっと…………

 これですっ!」

 

 そう言ってアリシアが指差す先には三脚に筒のような鉄の塊が鎮座している。キーガンの記憶の何処かで似たような物を見た気がする。

 

「あれは…………」

「そう! 新式の機関銃ってやつなんです! これ一挺でライフル三十丁分の火力が出せるまさに戦場に革命を起こす代物なんですよ!」

 

 そう、機関銃だ。確か連合協会本部の近くにある仕事で王立造兵廠に立ち寄った時にこれを見た。

 実際に連射している所を見たが、似たようなものを作ってどうする気なのか。

 

「俺達は魔術師であり、砕具作りはするが戦争屋じゃないぞ。そんなの会社軍の連中や傭兵に任せとけばいい」

 

 怪訝そうな顔で機関銃らしきものを見るキーガンに、アリシアは得意げに腕を組んで見せた。

 

「ふっふっーん! 違いますよ! 

 これは私達、アーセナルスが試作している試作している"浄気放射型機関銃"です!」

「…………?」

 

 不思議そうに機関銃を見てみるが、確かに前に見たものと違う。パイプにバルブがさらに取り付けられ、さらにその隣には小さな浄気機関が置かれている。

 だがこれらになんの繋がりがあるのかが全く検討もつかない。

 そんなキーガンの疑問に答えるようにアリシアは何処か自慢げに話し出す。

 

「この機関銃、聖銀弾が撃てるのは勿論ですけど。

 何よりも、聖水で銃の冷却を行いながら、熱した浄気を集める。そして銃の反動を利用して浄気をさらに圧縮。そして浄気を放って壊異に銃弾を通りやすく出来る代物なんですよ! 

 どんな大群が来ようとも一網打尽! 

 アーセナルスの自信作です!」

「ほぉ………… なるほど。それは考えたな。

 かなり複雑な機構になるだろう」

「まぁー、そうなんですよねぇ…………

 作動不良から給弾不良がちょくちょく起きてしまって…………」

 

 あははっと自嘲気味に笑うアリシアだが、キーガンはそんな彼女の肩に手を置く。

 未知のものを既知のものにするのは困難が伴う。

 

「そう気を落とすな。どんな困難もいずれ解決できる」

「ありがとうございます。キーガンさん!」

 

 励ましの言葉にパッと笑顔を咲かせるアリシアを見ていると、まるで妹のように思えてくる。

 だからこそ彼女に火元素の魔術を教え、一端の魔術師として育てたのだ。

 

「さて、そろそろ俺達も休まないとな。明日は俺と一緒に強行退魔局に来てもらうからな」

「えっ! 一緒に仕事出来るんですか!?」

 

 目を輝かせるアリシアに尻尾と耳があるのなら、今頃は飼い主を出迎える飼い犬のように尻尾を振っているところだろう。

 

「あぁ。だからもう寝とけ。寝坊したら置いていくからな」

「分かりましたって! ちょっと置いていかないでくださいよ!!」

 

 身を翻して研究室から去るキーガンの後を小走りで追いかけていく。

 明日への期待を込めて。

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