エルフはヒトを愛せない 〜極めた魔法でエルフ助ける ⇒ ハート目エルフ量産 ⇒ 僕が人間と知って病む~   作:たぬきち

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3話 ディとの逢瀬

 

 エルフの森には、天をつく大きさの巨木――世界樹が生えている。

 

 そして、世界樹はただ巨大な木というだけでなく、エルフの生活に深く根ざしている。

 

 その幹は高いだけでなく幅もとんでもない太さで、その中にエルフたちを受け入れることすらできる。

 

 ――そう。王族であるハイエルフが住まう城というのは、この世界樹のことなのである。

 

 そして、いま僕がいるのも世界樹の中であり、こんな状況じゃなければ、初じめて世界樹に足を踏み入れたと泣いて喜ぶのだけれど。

 

 はあ、と。

 

 僕は城の地下に――すなわち世界樹の根っこに作られた薄暗い牢の中、深いため息を吐いた。

 

 床も天井も、虜囚を閉じ込める格子すら木で形作られた牢は、ぼんやり光を発して僕を照らす。

 

 そしてこの牢屋……世界樹の特殊な根っこで作られているので、魔力を吸収する働きがある。つまり、囚われた罪人が魔法で逃げようとしても、魔力を吸われて叶わないということ。

 

 ああ、なんでこんなことになっちゃったかなー。

 

 いやでも、まさか僕がみんなからエルフだと思われていたなんて、そんなの分かるわけない。人間でしょ、どう見ても。

 

 僕は昨日のことを思い出す。

 

 あの、何人もの友だち……と思っていたエルフたちから向けられた視線。

 

 信じられないものを見る目。怒りのこもった眼光。絶望の色。

 

 そして――裏切られたと言わんばかりの、ディの表情。

 

 あれは……こたえた。

 

 ディは言っていた。エルフはたいてい人間を嫌っているものだけど、この森はそれが特に強いと。

 

 たしかに人間はこれまで何度もエルフに迷惑をかけているから、良い印象がないのは分かる。けれど、まさか僕もそのカテゴリとして同一視されるなんて。

 

 恩着せがましくする気はないけれど、これまでエルフたちを手助けしてきたから、人間だけど受け入れてもらえたのだと、そう喜んでいたのに。

 

 実際、これまでの功績が考慮されたから、捕まってすぐ処刑ではなく協議となったらしいけれど、これからどうなるかは分からない。

 

 少なくとも、青き息吹の森の一員になるなんて、いまの僕にはもう夢のまた夢だった。

 

 これからどうしようと途方に暮れる僕は、精神的なショックからも未だ抜け出せず、ただ無気力に牢の中のベッドにだらりと寝転ぶ。

 

 天国から地獄とはまさにこのことだと、自虐的に内心で呟く。

 

 ……せめて。みんなに、騙すつもりはなかったと。エルフと人間の友情があったっていいじゃないかと。

 

 それくらいの弁明の機会は欲しいものだけれど。

 

 ……あーあ。もうやんなっちゃう。

 

 不貞腐れて緑の匂いがする枕に顔を押しつけていた、その時。

 

 ――ガチャリ、と。

 

 この牢が並んだ一室に、扉を開けて誰かが入って来た音。

 

 女王の沙汰が下ったかと、僕は即座に身体を起こす。

 

 気力が出なかろうとなんだろうと、ここで処刑とでも言われてしまえば、それで僕の人生は終了……。

 

 さすがにそれは……僕も受け入れかねる。まだ二十歳にもなっていないのだ。やりたいことはたくさんあるし、何より、あの時の彼女への恩返しがまだ終わっていない。

 

 僕にできることは、まだある。人間社会で苦しむエルフを助ける者なんて、悔しいことだが本当に少ないのだから。

 

 だから。たとえここの人たちから嫌われ、追われる立場になったとしても、僕は全力で逃げ出す所存だった。

 

 ……そんなことになったら、泣いちゃうかもしれないけど。ただでさえ、昨日みんなに向けられた感情で心をズタボロにされてるのに、そのうえ明確に敵認定されたらもう立ち直れないです。

 

 なんて。落ち込んだ心を励ますためにも、ひとりでおどけていると。

 

 部屋の入口から、コツコツと近づいてくる足音。

 

 ――んん? でも、僕の処遇を伝えに来たにしては……人数が少ないような。これ、たぶんひとりだけだよね。

 

 そう首を傾げる僕だったが。牢を訪れたのが誰なのか、その答えはすぐに判明した。

 

 薄暗い部屋の中、僕の入る牢の前までやってくる人影。そのシルエットは小さく華奢で、僕の目の前で立ち止まると、長くとがった耳がかすかに揺れた。

 

 その人物――この森の姫であるディは、床に視線を落としたまま、口を開くこともなく。じっと、その場で固まったように立ち尽くす。

 

 いつものディなら、こちらをからかうような笑みを見せてくれるのに。何の用で来てくれたかは分からないけれど、やっぱり昨日時点の彼女と大きく変わってはいないらしい。

 

 僕は少しの落胆とともに、おずおずと口を開いた。

 

「ディ。ええっと……昨日ぶり、だね? 僕の釈放でも決まったかな? なんて……」

 

 少しでも場を和ませようと、そんなことを言って。僕は「あはは……」と乾いた笑い声をあげる。

 

 それに対して、ディは。少しだけ視線を上げて、昨日より落ち着いた、けれど暗い声で言った。

 

「――アインの……処刑が決まった」

 

「え、処刑…………処刑っ!?」

 

 ええええ。さっき考えてたのは、最悪の場合を想定しといて心に予防線を張っとく的なつもりだったんだけど……ほんとに処刑! 過去の功績を加味した上で、やっぱり殺すべしってこと!?

 

 仰天している僕に、ディは複雑な視線――深い悲しみ、少しの怒り、そして……僕には読み取りきれない思いを向けてくる。

 

「母上――陛下は、この森でも特に人間嫌いで有名じゃ。処刑に反対する人は何人もいたが、結局王命として押し切られた……」

 

「それは……過去人間はこの森に色々やったと言ってたけど、それが原因?」

 

「うむ……。色々あるが、やはり一番は。――人間に、父上を殺されたこと。じゃろうな……」

 

「――!」

 

 ディの言葉に、僕は目を見開く。

 

 ディの父親ということは、すなわち女王の夫。それは当時の王か、あるいは女王の配偶者――王配か。いずれにせよ、国家の最重要人物であることは変わらない。

 

 そんな人物が、ほぼほぼ敵対種族である人間に……。

 

 そんなことがあったのなら、女王が多少頑なになっても仕方がないのかもしれない。だからといって、このまま処刑を大人しく待つ気もないのだけれど……。

 

 じゃあ、これからどうやって逃げ出してやろうかと。ちょっと現実逃避気味にそんなことを考え始める僕は、けれど、ふと疑問を覚える。

 

 ――実際に処刑が始まるってなったら、きっと何人も兵隊がやって来るよね。僕が逃げられないように拘束でもして、処刑場まで一直線、と。なのに、実際に来たのは処刑なんかに関わるはずのないディがひとり。

 

 首を傾げる僕は、疑問をそのままディにぶつけた。

 

「じゃあ……ディはここまで何をしに来たの?」

 

 その問いに、けれどディは答えない。また視線を足元に落とすと、言葉を発することをためらうように、しばらく黙り込む。

 

 そして、やっと顔を上げたと思うと。

 

 ――ディは何かを決意したような表情で、僕をじっと見つめる。そして、何かを確かめるように、僕へと問いかける。

 

「アインは……あのとき、吾に言った……」

 

「……うん?」

 

 信じようとして、そして最後の一押しがほしい。そんな様子で。

 

 かすかに潤むエメラルドの瞳を僕に向けて問うた。

 

「いつまでも……何があっても吾を助けてくれるという言葉。それは、今でも嘘じゃない、か……?」

 

 ――思い出すのは、僕がディを人間から助け出してから少し経った後のこと。

 

 この森に来て、しばらく一緒に過ごして。そして、あるとき落ちこんでいたディを励ましたくて言った言葉。

 

 たしかにあの時は、沈んでいるディを元気づけるために必死で、とっさにそう伝えたけれど。でも、その言葉に嘘はひとつも含まれていない。

 

 僕は基本すべてのエルフの味方で、何があっても力を惜しむ気がないというのは前提として。

 

 この、いつも僕をからかう高貴な上位者のくせに、人一倍さみしがりで不器用で……けれど、優しい心を持った少女のことを。

 

 だから、僕は言った。

 

「――助けるよ。どこにいても、いつまでも。だって僕たち……友だちでしょ?」

 

「――ッ!」

 

 その瞬間。

 

 僕が話すのを恐る恐る待っていたディは。

 

 まるで泣き出す直前のように、顔をくしゃっと歪めて。

 

 そして、くしくしと片手で目元拭うと――――強い意思を秘めた瞳で、まっすぐに僕を見て言った。

 

「――ここから、アインを逃がす。脱獄じゃ」

 

 

 

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