エルフはヒトを愛せない 〜極めた魔法でエルフ助ける ⇒ ハート目エルフ量産 ⇒ 僕が人間と知って病む~   作:たぬきち

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閑話 ディの出生

 

――体から力が……大切な何かが、すこしずつ抜け落ちていく。

 

 アインを連れ、生い茂る枝葉のもと、ともに空を飛んで。

 

 あと少し。あと少しだというのに。

 

 森に囚われたこの身が憎い……。

 

 だんだんとぼやけていく視界に、悔しさが滲む。

 

 いまここで倒れるわけにはいかない。まだ森には結界が残っており、アインひとりで抜け出すことは、きっとできない。だから、吾の体がどうなったとしても、明日この森を抜けるまでは……。

 

 そう歯を食いしばって飛行する吾は、唐突に。

 

 肩を叩く柔らかい手と。――視界に入る、気づかわし気な彼の顔。

 

 ……ああ。ずるいのう。吾はずっと……城を抜けてから、我慢しておったのに。

 

 吾のことだけを見てくれる、そのいとおしい瞳が……。

 

 ――やっぱり。離れたく、ないのう……。

 

 薄れる視界を名残惜しく思いながら、そう、心の中で独白して。

 

 吾の意識は、闇に落ちていく。

 

 けれど、力を失ったこの身は地に落ちず、温かな腕に抱き留められ。もう一度だけ、なんとしても起き上がり、アインを人の世に返してやるとを固く決意しながら。

 

 今だけは――。

 

 体を包む、心地よい熱に身を任せて。

 

 ……吾の顔には、彼に抱き留められた深い安心で、知らず笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 ――かつて。いまからおよそ、二百年前のこと。

 

 エルフの住まう、この青き息吹の森は、隣接する人間の街と長く戦争を行っていた。

 

 始まりは、人が森の豊かな自然を欲したからだと言われている。

 

 当時、世界は異常な魔力の淀みにより、作物の不作や魔物の跳梁に喘いでいた。それは青き息吹の森近郊も例外ではなく、人間の大都市でも多くの者が混乱の内に命を落としたのだという。

 

 けれど。その混迷の時代で、平和の只中にあった場所も存在する。そう――吾らエルフの住まう森である。

 

 エルフの住む森には、ひとつの例外もなくある共通点がある。それはエルフにとって重要な生活の基盤であり、活力の源。――世界樹の存在だ。

 

 世界樹はエルフという種族を守るべく、この森にいくつもの恩恵を与えてくれる。

 

 ひとつは、吾も住む王城のように、自然を基に吾らを受け入れる場を作ってくれること。自然とともに生きる吾らは、自然を生かしたまま利用するその術に助けられてきた。世界樹はそれ自体だけでなく、その周りにある樹木をも対象に、世界樹を媒介として自在に操ることすらできたのだ。

 

 そして、もうひとつ。吾らにとって最も大きな恩恵。それは、世界樹が穢れのない純粋な魔力の源泉であるということ。

 

 エルフという種族は、祖先を辿るともとは精霊や妖精の血を引いていると言われる。すなわち、その他の種族と比べ、極めて魔力への親和性が高い。

 

 その性質は、種族全体が老若問わず優れた魔法士であるという強みにつながるが、一方で弱みにもつながる。そう――周囲の魔力の状態によって、あらゆる調子が大きく左右されてしまうのだ。

 

 これはエルフの中でも特に血が濃いハイエルフほど顕著で、世界樹から長く離れて暮らすことができないほど。……かつて森を離れた吾は、長く穢れた魔力を取り込んだことで、いまでも後遺症に苦しんでいる。

 

 とにかく。そんな吾らが住む森は、かつての魔力異常の影響からも離れ、不作や魔物災害から縁遠い平和な日々を送っていたのだ。

 

 そして、そこに活路を見たかつての人間たちは、エルフから力づくで世界樹を奪い取ろうと、戦争を起こすことになる……。

 

 本当に、馬鹿なことだ。そもそも世界樹は、吾らハイエルフの管理のもとでその効力を十分に発揮する。人間の手に落ちたその瞬間に、やつらの求めるものは失われてしまうだろうに。

 

 けれど、それを伝えたところで無駄なこと。すでに追い込まれ、欲に目がくらんだ人間たちは、吾らエルフの言葉を聞くことはなく、戦乱が始まってしまう。

 

 戦争中、まだ吾は生まれてはいなかったけれど。話を聞くに、そうとう酷い状況だったという。

 

 まず、基本的にエルフはこの森から出ることはなく、地の利は常にこちらにあった。さらにエルフと人間の能力を比べても、魔法に長けたエルフは一対一……どころか一対十だったとしても、人間に負けることはほとんどなかった。

 

 けれど。人間の一番の強みは、その繁殖力と数の多さ。これを甘く見たエルフ陣営は、尽きぬ人間の兵力に、次第に疲弊していく。

 

 長く戦乱は続くも、いつまでもいつまでも戦いの終わる気配は見えない。なかなか子が生まれにくいエルフは、少しずつその数を減らしていく。

 

 人間側も、ただでさえ余裕のない中、湯水のように物的・人的資源を使ってエルフを攻めていたのだ。状況が悪くないはずはない。

 

 それでも、彼らはしぶとく諦めず、エルフの森を攻め続けた。

 

 そうして。いつまでも終わらぬその戦火にしびれを切らしたのは、エルフの方が先だった。当時から女王だった吾の母の番い――すなわち、王配であり吾の父。彼が、人間と和平を結ぼうと主張し始めたのだ。

 

 母やその他のエルフは、もちろん反対したという。人間から吹っ掛けてきた戦争なのに、こちらから和平を提案などすれば、いい気になって図々しい要求をされるのは目に見えている、と。

 

 しかし。吾の父は、どうもかなりのお人好しで、かつ人望があったらしく。

 

 おどけた調子で、いつの間にやら母たちエルフの重鎮を説き伏せ、ついには人間と和平の席を設けるまでに至った。

 

 そして、迎えた運命の日。人間たちとの和平交渉。

 

 その場で、あろうことか人間たちは――お付きの近衛兵もろとも、父を害してしまった。

 

 近衛兵はもちろん、ハイエルフである父もかなりの魔法の腕前を持ち、人間の兵などにそうそう遅れは取らない実力があったけれど……下種な人間たちの言葉を信じるなら、父は最後までエルフと人間の平和を説き、魔法を一度も使うことなく命を落としたのだという。

 

 そうして、中々帰ってこない父を心配した母のもとに届いたのは――父が人間に殺されたという知らせと、唯一人間より返却された、血にまみれた父の首。

 

 それを見た母は……狂うというのも生ぬるいほどの有様だったという。鬼のような形相で、血の涙を流しながら、人間への呪詛を吐く……。しばらくは側近たちも近づけぬほどの荒れようだったとか。

 

 けれど、それも仕方のないこと。エルフにとっての番いとは、それほど重い――己が半身も同然の存在なのだ。

 

 ――エルフは一生に一度、ただひとりのエルフを番いに選ぶ。エルフの性質なのか、不思議とそのひとりのみしか愛することはなく、愛がすれ違うことも基本的にない。そして、番い同士は互いの魂の交合を経て、霊的につながった状態へと至る。

 

 だからこそ。半身を失い、そのつながりを断たれたエルフの心の内は――察して余りある。

 

 それから母である女王は、人間たちへの尽きぬ憎しみを原動力に、全霊で人間への攻撃を始めた。たとえ青き息吹の森のエルフが絶えようと、母は人間をひとりでも多く殺すことを優先しただろう。

 

 ――そうして。結果としてこの森は滅びることなく。

 

 相手していた人間の都市の兵力が、組織としての形を保てなくなるほど減少して。やがて人間からの攻撃は止み、賠償と不可侵の誓いが森へと届けられたのである。

 

 ちなみに。母は、自ら喧嘩を売ってきて、あまつさえ父を殺した人間を許す気などさらさらなかった。たとえどれだけの犠牲を強いようと、都市の人間を全滅させるまで攻撃をやめることはないと、そう森の重鎮たちへと宣言していたそうだったのだけれど。

 

 しかし、もともと母は慈悲深き女王だった。結局ほかのエルフたちから、「これ以上仲間が減るところは見たくない」「もう戦いは疲れた」「女王のように配偶者を殺されることにはなりたくない」といったいくつもの嘆願も届けられる。

 

 その結果。母は嘆願を聞き入れ、終戦に同意し、やがては今に至ると。かつてあった悲惨な戦争は、母の心に決して癒えぬ傷をつけ、そうして終わりを迎えたのだ。

 

 これが吾が聞いた、かつての戦争の全容――。

 

 そう。あくまでも、吾はこの話を伝聞で耳にしただけ。

 

 なぜなら、戦争が終わった約百五十年前、そのときまだ吾は生まれていなかったのだから。

 

 吾が生まれたのは終戦後少しして、世継ぎのいない母に周囲がどうしてもと頼んだことが始まり。

 

 未だ父が消えた穴を心に抱えたまま、わずかに残っていた父の魂の欠片をもとに、ただ義務感だけから吾という娘を為し、そして長く己の殻に閉じこもってしまった。

 

 ――それが、吾という望まぬ子がこの世に生れ落ちた、その経緯のすべてである。

 

 

 

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