エルフはヒトを愛せない 〜極めた魔法でエルフ助ける ⇒ ハート目エルフ量産 ⇒ 僕が人間と知って病む~   作:たぬきち

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閑話 ディの想い - 1

 

 番いとともに、生きる気力までも失い、けれど女王という重責がゆえ、すべてを放り捨てることもできなかった哀れな母。

 

 そんな母が、望んでもいないのに産んだ子ども――。

 

 だから吾は。

 

 生まれてこのかた、母の愛というものを感じたことがない。

 

 エルフというのはもとより、親子の情より番いに向ける想いの方がずっと大きい。両親ともに揃い、心が満たされた状態なら、子に向ける愛情も生まれはするが……。

 

 当然母にそんな心の余裕があるはずもなく、いまからおよそ百五十年前に吾を産んでから、母の瞳に吾が映ることはほとんどなかった。

 

 それに、吾にとって不幸なことは他にもあった。そもそも、死した者の魂を使って子をなすという行為自体が禁忌のような扱いだったのだ。

 

 女王の血統を残すという重要な意味があるから行われたものの……。そんな禁忌によって産まれた吾は、家臣団にとってもほとんど忌み子のようなもので、誰も彼もに腫れ物扱いをされる。

 

 結果、そんな寂しい幼少期を過ごした吾は、誰にも愛されず、深く関わってくる者もいない。ただひとり、うら寂しい無駄に広い部屋の中、ほとんど声も発さず生きるだけの日々。

 

 けれど、そんな生活で吾が唯一楽しめたもの。それは、王族がゆえ入手に困ることもない、本の中の世界だった。

 

 外の世界の文化、生態、地理。架空の物語における冒険、友情――そして、恋愛。

 

 人間よりはるかに寿命が長いエルフは、あまり本に情報を残すという文化を持たないから、必然吾が手に取る情報は森の外、人間社会のものが多かった。

 

 そうして、吾は外の知識を得ることにのめり込んで行った――。

 

 森の外にはこんなにも広大な世界が広がっているのか。そして世界にはエルフだけではなく、人間、ドワーフ、獣人と、様々な種族が存在するじゃと? ふむ、ふつうの家族とは、こうも温かいものなのか……。

 

 そんな新しい驚きがいくつもあって。けれど、吾がもっとも心惹かれたのは、そのいずれでもなく。

 

 ――吾のことを一番に考えてくれる番いが……吾にも、きっといつか……。

 

 ……そんな、淡い希望だけを胸に。虚しい空想の中に日々を過ごすこと――百年近く。

 

 初めは、ただ本を読むだけで幸せだった。自分は持っていないものを文字の世界に見出し、知的好奇心を満足させる日々。読んでいるのが物語のときは、その登場人物の姿を思い浮かべ、まるで頭の中に会ったことのない友だちがいるような感覚で、すこし寂しさが紛れた。

 

 そんな毎日を過ごすことに、しばらくは不満なんてなかった。けれど……。

 

 吾は知識の中で幸福を知ることで、自身が不幸であることに気づいた――。

 

 世界にはたくさんの楽しいものがあるのに、吾の周りにあるのは孤独を癒してくれる本だけ。

 

 どうして世の中にはたくさんの人がいて、みな愛を受けて過ごしているのに――吾は、そうではないのか。愛を向けてくれる両親、友だち、番い。物語の登場人物には当たり前にいるそれが、吾にはいない。

 

 いろんな幸せを知るごとに、吾はどんどん不幸になっていった。

 

 だから。それまで以上に、周りへ声をかけたり。魔法を練習してみたり。勇気を出して行動してみたりしたけれど、何も変わらなくて。

 

 森にはたくさんのエルフがいるのに、吾は毎日どんどん孤独になっていくようで。

 

 日々募る孤独への恐怖が、ある一点を越えたとき。とうとう吾は、踏み出したのだ。城を出て、森を抜け――外の、世界へと。

 

 

 

 外の世界へ飛び出すことは、思っていたよりずっと簡単だった。

 

 吾は基本的に丁重な扱いを受けていたものの、積極的に関わろうとする者など皆無。城の中でだれかとすれ違っても、きっと向こうは「珍しいこともあるものだ」くらいしか思いはしなかったろう。

 

 感知結界も当然ハイエルフである吾に警報を発することはない。城の外ですれ違う者も、おかしいと思っていたとして、王族の忌み子に声などかけない。

 

 あとは魔法を使って、たやすく外までの道を走破できた。

 

 そうして。森から一歩踏み出して、初めて外の景色を目にした。

 

 ――整備もされていない荒れ果てた街道が、地平線の向こうまでまっすぐ続いている。

 

 それ以外で目に映るものは、街道沿いに疎らに生える草木くらい。人っ子ひとりおらず、ただ寂しく風が通り過ぎる。

 

 けれど、その時の吾にはそんな光景すら新鮮で、本の中の世界が目に前にあると、どこか輝いて見えたものだ。

 

 それから吾は、古びた街道に沿って移動を開始した。街道なのだから、当然その先には人の集まるところ――街があるはず。

 

 そして街にはエルフ以外に多くの者がいて、きっとそのうちの誰かは吾の友だちになってくれる。あわよくば……番いだって、見つかるかもしれない。

 

 そう胸を躍らせて、街道の上空を高速で移動することしばらく。とうとう吾は、森の外で出会う初めての人を見つける。

 

 街道の沿いにぽつりと存在する、密度の薄い雑木林。その中にひそむ、十人ほどの人影を。

 

 彼らはみな粗末な身なりで、武器を手に、あまりエルフはしないような表情で街道の方を見ているようだった。吾も空を飛んでいるから気づいたけれど、街道を歩いている者はきっと気づかないだろう。

 

 それも当たり前だ。きっと彼らは、人に気づかれないようにそんなところにいたのだろうから。

 

 けれど、当時の吾は初めての外に舞い上がっていて――。街道の影に身をひそめる武装集団なんて、いかにも怪しい連中にも、物語の登場人物のような善性を信じてしまっていた。

 

 だから、吾は。彼らなら森のエルフと違い、友だちになってくれるんじゃないかと、間の抜けたことを考えて。――彼らの目の前へと降り立ったのだ。

 

 野盗の前に、のこのこ友好を語りに来たエルフなど、どんな目にあうかは自明だろう。友だちを探しているらしいエルフが、警戒もなく寄ってきたとあれば、野盗のすることなどひとつ。

 

 彼らは吾の顔や耳を見て驚いた後、今になって思うと下卑た笑みを浮かべた。そして、すこし話した後、友好のしるしに茶を振る舞うと言う。それを吾は疑いもなく口にして……そして、混ぜられていた薬の効果ですぐに昏倒した。

 

 ……気づけば、吾がいたのは暗く不衛生な牢の中。

 

 手に繋がれた錠を見て、冷や水を浴びせられた心地だった。外の世界には危険もあると知っていたつもりだったのに。

 

 魔法は使えない。手錠に魔法的な処理が為されていて、魔力の操作が阻害されている。非力なエルフの腕では、手錠や鉄格子を破るなど、到底出来そうもない。

 

 初めて他者から向けられる明確な害意に、思わず身が震えた。物語の中の英雄たちは、こんな者たちと対峙していたのか。人間を相手にしていた母は、ずっとこんな感情を向けられていたのか、と。

 

 けれど。初めての悪意と、気を抜きすぎていたことに落ち込む吾に、かけられる声があった。同じ牢には、吾以外にも囚われた者がいたのだ。

 

 何人かいる中で声をかけてきたのは、人間の少女。エルフなら百五十歳ほど、つまり吾と同じくらいの外見をした少女だった。

 

 彼女は気づかわし気な表情で、汚い床にへたり込む吾に「大丈夫?」と問いかける。そして、吾のことを心配しながら、いろいろなことを教えてくれた。

 

 吾を捕えたのは、最近このあたりで活発に動いている野盗で、街道を行く行商や旅人を襲っているのだと。金目の物を奪って男は殺し、女は捕えて慰み者にするか、奴隷として売り払うらしい。

 

 少女も行商の娘で、最近この辺りで野盗たちに襲われ、捕まってしまったという。

 

 少女は言った。彼女の親は、なんとか野盗に殺される前に逃げることができたから、きっと今頃助ける準備をしていると。そうしたら、吾も一緒に助けてくれるから、それまで一緒に頑張ろうと。

 

 それは、吾が人生で初めて掛けられた、温かな言葉だった。物語の世界で何度も目にした、家族、友だち、番いに対する思いやりの言葉――それと同じものが吾に向けられている。

 

 牢の中だというのに、それだけで吾の心は浮きたち、外にやってきた甲斐があったと喜んだものだ。――それが、ぬか喜びだとも知らずに。

 

 ……少女は初め、吾がエルフだと気づいていなかった。暗い牢の中、会ったばっかりでは吾の耳にまで意識が向いていなかったのだろう。

 

 少女がそれに初めて気づいたのは、吾に対して自身の身の上や、行商として父がいかに優れた成果を出していたか、そんなことを話している時だった。

 

 少女は吾の耳を作り物かなにかだと思ったようで、笑いながら手を伸ばしてきたが……それが正真正銘本物の耳だと気づいたとき、彼女は悲鳴を上げた。

 

 その直後、吾に向けられる恐怖と嫌悪のこもった瞳……。

 

 吾は知らなかったのだ。この辺りで、人間がエルフのことを恐怖の対象として語り継いでいるなど。

 

 エルフの森にある本にも、そんな情報はどこにも載っていなかった。特定の地域のことだから記載がなかったのか、本を収集したエルフが意図してそういう情報を廃したのか。

 

 理由はしれないが……エルフとは、牢の中にいたすべての者から、ひどく恐れられる存在であることは確からしかった。

 

 吾を恐れなかったのは、唯一野盗の男たちくらい……。いっとき期待した、友だちができるかもなんて思いは、粉々に打ち砕かれたのだ。

 

 そうして、それ以降。吾はしばらくの間、他の者と一緒に牢の中で生活するが、ずっと周囲から恐れられる時間を過ごすことになる。

 

 ――さらに。牢の中には、森では当たり前だった世界樹がなく、徐々に体から澄んだ魔力が失われていく。力が、次第に抜けていく。

 

 少女の言っていた助けとやらも、一向にやっては来ない。どころか、ある日少女は牢から連れ出されて姿を消すと、二度とここには戻ってこなかった。

 

 そうして吾はただ牢に横たわり、野盗から与えられる最低限の食事を摂取する時間を、薄暗い絶望とともに過ごすだけ。

 

 そんな、希望のない外の世界は。

 

 唐突に。

 

 ――ひとりの少年によって、真っ白に塗り替えられた。

 

 

 

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