エルフはヒトを愛せない 〜極めた魔法でエルフ助ける ⇒ ハート目エルフ量産 ⇒ 僕が人間と知って病む~   作:たぬきち

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6話 アインの怒り

 

 あたりはもう、深い闇に包まれている。

 

 姿の見えない獣の息遣いだけがある、静寂に包まれた森――。

 

 そして、そんな森の外縁にぽつんと佇むのは、手入れのされていない荒れた小屋だ。

 

 ――いま、僕たちが夜明けまで身を潜める場所である。

 

 僕はかたわらの朽ちかけたベッドに横たわるディを見る。

 

 僕の羽織っていた上着の上で仰向けになるディは、浅く早い呼吸で胸元を上下させる。額にはわずかに汗が滲み、苦しそうに眉間へしわも寄せていた。

 

 ――あのとき。空中で力を失ったディを間一髪捕まえた僕は、意識のない彼女を抱えて、予定通りこの小屋へと辿りついた。

 

 それまでの間、森の各所に張られた結界に引っかかっていないことを祈るばかりだ。

 

 けれど…………もしかしたら、もうわざと見つかってディを何とかしてもらった方がいいのかもしれない。

 

 いちおう何度か回復魔法をかけてみたりもしたんだけれど……とくに効果はなし。明らかにふつうの体調不良ではなく、もしかしたらエルフ特有の病気か何かかもしれない。

 

 ――このままディが目を覚まさなかったら……明日にでも、お城に連れ帰ったほうがいいかな……。

 

 そう考えながら、眠るディの様子をそばで見ることしばらく。

 

 ときおり夜の空を羽ばたくフクロウの羽音にまじって。

 

 ――もっと大きな何かが、風を巻き込み移動する音。

 

 それも、ひとつじゃない。みっつ、よっつ……まだまだ、それ以上。

 

 ――あちゃあ……やっぱり、どっかで見つかっちゃってたか……。でも、ディがこんな状況なら、むしろ都合がよかったかも……?

 

 僕はすこし迷うも、結局できることはひとつかと、ディから視線を切って立ち上がる。

 

 そして、小屋の出入り口まで向かい、扉を開いて――

 

「――出てきたか、ニンゲン!」

 

「殿下を解放し、すみやかに投降せよ!」

 

 険しい顔で怒声を浴びせてくるのは、小屋を囲うように展開した何人ものエルフたち。光を放つ魔力球をいくつも浮かせながら、その視線は小屋を出た僕に集中した。

 

 身につけた革鎧の装飾から、彼らはエルフの中でも精鋭である近衛兵とわかった。人間の魔法士が見たら気絶しそうな魔力が、彼らから渦をまき立ち昇っている。

 

 しかも。僕に敵意を向けてくるエルフは、この近衛兵たちだけではなかった。

 

 彼ら近衛兵による二重の包囲網のその後ろ。一番距離があるのに、そこから感じる魔力が一番大きく、そして濃い。

 

 そのうえ、魔力に乗ったその持ち主の強烈な感情――――殺意。

 

 エルフの森ではとんと無縁だったそれは、いったい誰が。

 

 そう、視線を向けると――。

 

「――やはり、貴様は昨日あの場で……殺しておくべきだったな」

 

 そう、憎しみのこもったエメラルドの視線を向けてくるのは、この森を治めるハイエルフ。

 

 ――ディの母、女王だった。

 

 僕はいちおう自衛のためにと魔力を励起しながら、女王たちに向かって言った。

 

「あのお……逃げちゃってすみません」

 

 全員の視線がさらに強くなった。

 

「――我々を、馬鹿にしているのか!?」

 

「大人しくする気があるなら、魔力を抑えたらどうだ!」

 

 なんでえ? 脱獄しちゃったから謝っただけだよ。それに魔力鎮めたらすぐ攻撃されそうで……。

 

 近衛兵たちから罵声を浴びせられた僕は、どうしたものかと頭を捻る。

 

 とりあえず、僕の目標はまずディの安全確保が最優先。彼らからの逃走はその次だ。

 

 そしてディを治療するためには、それなりには自信のあった僕の回復魔法で治らなかった以上、彼らに助力を求めるしかない。

 

 ……さて、なんて言おうかな。もうなに言っても怒られる気しかしないよ。

 

 そう、戦々恐々としながらも。他に取れる選択肢のない僕は、近衛兵たちに向かって口を開く。

 

「あのお……」

 

 無言でこちらを睨みつけ、警戒を一切解かない近衛兵たち。

 

 すごい威圧感をかけられながらも、僕は言った。

 

「小屋の中に、ディがいます。ただ……どうにも、原因がわからない不調で眠っていて。回復魔法も効かないし……」

 

 何人かの近衛兵が、視線を僕から女王へと移した。

 

 僕は構わず続ける。

 

「ディを、助けてくれませんか? もしかたら、エルフ特有の病気とかなにかかもって思って……」

 

 すこし考えるように時間を置いて、女王が口を開いた。

 

「貴様……それは、我が娘を人質にとっていると言う宣言か……?」

 

「ええ!? 違うでしょ、話聞いてました!? そのまんまの意味ですよ! ディをすぐに診てあげてくれないかって言ってるんです!」

 

 なにか深読みされたようで、思わず女王相手にツッコミを入れてしまう。近衛兵たちからの殺気が増したけれど、なんという理不尽。

 

 これが異文化交流の難しさかなんて考えながら。僕はもう一度、ディの救護を求める。

 

「僕じゃ治せなかったんです。ディ、今もすごく苦しそうで……。僕みたいな木っ端のことはいったん置いておいて、今はどうかディを――」

 

 その時、だった。

 

 僕の言葉を遮って、女王から強大な魔力が迸る。そして、その直後。

 

 ――バリバリバリ、と目の前に閃光。

 

 人ひとりに威嚇として向けるには、あまりに威力が高い落雷。

 

「ぐっ」

 

 轟音と衝撃に、僕は思わずたたらを踏んだ。

 

 そんな僕に、女王は冷え切った目を向ける。先ほどまでの人間種へ向けた憎悪はそのままに、取るに足りない、けれど目障りな羽虫を見るような目。

 

 女王はゆっくりとその形の良い口を開いた。

 

「――ならば。先に、貴様が疾く死ねばよい。我が娘はそのあと回収し、しかるべき処置を受けさせる」

 

「なっ……」

 

 僕は、思わず絶句した。

 

 自分の娘のことなのに、僕の後で良いって? その目に映るのは娘への心配でもなく、僕へ向けた敵意だし……。

 

 ――母親として、それってどうなんだよ。

 

 僕はディの心情を想像して唇を噛む。

 

 その間にも、女王や近衛兵は次の一撃を決めるとばかりに、魔力を練り上げている。たかが人間風情と侮り、僕の抵抗など微塵も予想していない。

 

 けど、別にそれはいいんだ。僕も人間よりエルフの方がだいたい強いと思うし、見た目だってキレイだし。

 

 これまで人間という種族がエルフに対して行った仕打ちを思えば、種族全体へ憎しみが向くのも仕方ないと思う。

 

 ……だから。僕がとやかく言われる分には、いいんだけれど。

 

 でも。

 

 ……僕はキッと目を釣り上げ、近衛兵たちの後ろにいる女王を見る。

 

 僕を見返す女王が言った。

 

「――ニンゲンよ。もし真に我が娘のことを思っているなどと宣うなら、抵抗などせず、大人しく我らが魔法を受けよ。仮に娘を人質にしようと、ニンゲンごとき刹那に塵とできようが……」

 

 近衛兵らも女王に続き、口々に言葉を投げかけてくる。その間にも彼女らの魔力は高まり、今にも僕を殺そうという意思を感じる。

 

 けれど、女王の言葉にますます胸のむかつきは増していく。

 

 ……この半年間。ディは、僕がそばにいてくれると退屈しないと、照れ隠ししながら言ってくれることがあった。

 

 どうも周りのエルフと距離があるようだったから、僕と友だちになって喜んでくれているんだと思っていた。

 

 けれど、僕は知ってるんだ。

 

 僕と一緒にいるディは、常に王族らしい態度で、けれど隠し切れない楽しさを見せていた。そんなディが――――ときおり女王や、他のエルフの親子を見た時、その顔に羨望を浮かべていた。

 

 僕に直接言ってくれはしないけれど、ディは女王とあんまり上手くいっていない。けれど、その関係を修復したいとは思っていたはず。

 

 そんな、ディの心を踏み躙るような、この行動。

 

 僕はだんだんと腹が立ってきた。

 

 ハイエルフだか、女王だか知らないけれど。たしかに彼女は僕が敬愛する種族の、その一部族の長だけれど。

 

 だけど。

 

 ――眼前で高まるエルフたちの魔力に対抗するように。

 

 僕も、高速で魔力を練り上げる。体の中で渦巻く力を、形にしようとする。

 

 それは女王たちが準備していた魔力を、後追いで追い越すほどの速さで。僕の体から漏れ出る魔力に、怪訝そうな顔をした女王が、とうとう言った。

 

「――我が忠告は、聞き届けられぬと見た。傲慢にも、エルフに魔法で勝てると考えたか?」

 

 そして、いよいよ限界まで高まった魔力が、臨界点を超えた瞬間。

 

 森を統べるエルフたちは、その魔力に意志を乗せ――そして放出した。

 

「ニンゲンの思い上がり――――叩き潰してくれる」

 

 直後。

 

 夜の森に現れた凄まじい魔力の奔流が、数多の鋭い風刃を呼び出す。そしてより集まったそれらは、人知を超えた災害の形――天を突く巨大な竜巻となって僕に向かった。

 

 それに、おそらくこの竜巻は女王の魔法。それ以外にも風の矢や水の槍と、比較的森を荒らしにくい魔法が群れをなして襲ってくる。

 

 一瞬僕の後ろの小屋ごとと思って怒鳴りかけたけど、一応ちゃんと防護魔法は掛けてくれてる……。

 

 そう、背後に現れた魔法の気配を感じながら、僕は右手を前へ突き出す。

 

 そうして、高貴で美しく、恵まれた魔法の素養を持つエルフたちへ。

 

 僕を襲う魔法越しに、告げた。

 

「――今は……エルフか人間かなんて話してる場合じゃないって言ってるんだッ」

 

 

 

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