クラフト旅物語 ―螺旋の証と絆のキセキ―   作:ユゥイ

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第7章 交わる歩幅、石の声 ③

〈第3節 かたちのない誓い〉

 

 

「……また、一緒に歩けるのが嬉しいですわ」

 

カナズミシティの宿の前で、ツツジは真っ直ぐにそう口にした。

 

 

――

 

 

ツツジは、デボン社から事件に関連する地質調査を依頼されたらしい。対象はトウカの森とカナシダトンネルの地層。それぞれ簡易的な観察とサンプル採取を行うだけの任務だという。

それに協力して欲しいと頼まれたのだ。

 

「もちろん、無理にとは申しません。でも…ご一緒していただけたら、嬉しくて」

 

照れたように微笑むツツジに、少女もわずかに頬を染めた。

そして照れ隠しのように視線をそらしながら言う。

 

「……うん、いいよ。アブソルがいれば迷わないし。…たぶん」

 

「迷…?…たぶん?」

 

首をかしげるツツジに、アブソルがそっとため息をついた。

彼女がとんでもない方向音痴であることを、ツツジはこのとき初めて知ることになる。

 

――

 

森の空気は澄んでいた。木漏れ日が揺れて、風が葉を揺らしていく。

トウカの森を歩くのは、少女にとってはこれが二度目。

ツツジにとっては久しぶりの探索らしい。

 

「アマネさん、あちらに見たことのない木の実が…あれ?アマネさん?」

 

木の実に気を取られた一瞬しか目を離していないはずだが、隣にいた少女の姿が見えない。

こうして逸れるのは森に入ってから何度目になるだろうか。

(出発前に聞きましたが、これは想像以上ですわ)

 

少女いわく「自分はちょっと迷子になりやすい」「危ない時はアブソルが助けてくれる」とのことだったが…

 

そう話す少女の横で、アブソルは全力で首を横に振っていた。

 

(はぐれない様に、お互い早く慣れなくてはいけません。ひとまず今日のところは、手を繋ぐのが良いでしょうか)

そんなことを考えながら注意深く辺りを見回すがやはり姿は見えない。

 

 

毎度迷ってもらっては埒があかないため、森に入る前にツツジとアブソルは対策を考えた。

 

…こういう時は!

「ア・マ・ネ、さーん!!」

名を呼ぶ声があたりに響く。少し間をおいて返事をする様に遠吠えが聞こえた。

 

数分、動かず待っているとアブソルに引っ張られる様に歩く少女が見えた。

「ごめんなさい…」

 

耳があったら垂れ下がっているだろう、落ち込んだ様子の少女と彼女を困った様にジトっとした目で見つめるアブソル。

 

アブソルの苦労がありありとその表情に滲み出ていた。

 

流石に短時間でこれだけはぐれては、少女自身も自覚せざるをえない。

(薄々気付いてはいたんだ、けど。やっぱり…方向音痴なんだ、わたし)

 

そして今回問題なのは方向音痴なことそのものではない。

『ツツジとはぐれてしまう』ことが問題なのだ。

 

今まではたとえ迷っていても、アブソルは危険がない限り好きに探索させてくれた。

「1人で気ままに旅をしていた」から。

 

しかし、今日は違う。ツツジが一緒なのだ。

周りが気をつけるだけではダメなのだ。少女がツツジを一緒に行動する相手として認識して動かなくてはいけない。

 

ツツジは小さく苦笑する。

この一時間ほどの間に何度逸れただろう。人によっては面倒に感じることかもしれない。

それでも不思議なことに、少女と過ごす時間はとても大切なものに感じるのだ。

 

「きっと直ぐ慣れますわ。…良ければ、街を案内した時の様にしばらく手を繋いでみませんか?」

 

その言葉で少女もあの日のことを思い出す。ツツジに手を引かれて歩いた街。

確かに、途中からは手を繋いでいなかったが逸れなかったことに気づく。

 

納得しつつも照れ臭かったのか無言で頷きながらそっと手を差し出す。

「…よろしく、お願い」

 

「はい。任せてください」

ツツジはどこか嬉しそうにその手を取った。

 

手を繋ぐ。それは少女の意識を変える鍵の一つなのかもしれない。

 

 

しばらくして、二人と一匹は地面の露出している岩場を見つけた。

目的の採取地だ。

木の根が入り組み、小さな崖のようにせり出した岩肌が陽に照らされている。

 

「……ここに立っていると、心が静かになりますわね」

 

ツツジはそう言いながら、岩の表面に指を這わせた。

 

少女は屈み、足元の小さな鉱石を拾い上げた。くすんだ色の、柔らかな感触の石。だが、手に乗せた瞬間にわかる。

 

「……これは、響かない」

 

「え?」

 

ツツジが驚いたように目を見開く。

 

「アマネさん、今……響かないと?」

 

「うん。声、っていうのともちょっと違う。……“反応”みたいなものかな。どこか、胸の奥にじん、とくるような……そういうのがある石も、たまにあるんだ」

 

「……それは、まるで無機物の意思を聞いているみたい。素敵な感性」

 

ふと、少女は目を伏せた。

あのとき、暴走したヤルキモノの体に貼りついていたあの石──あれからは、強く不快な“響き”を感じた気がする。

 

あれとは違う、優しい響きを感じたい。

そう思いながら、そっと石を置き直す。

 

「原石って素敵ですわ。どんな輝きを秘めているのか、まだ誰にもわからない……。

可能性に溢れています。それって、アマネさんみたいですわね」

 

「え?」

 

顔を上げた少女は、動揺を隠せなかった。

シンギ地方ではクラフトマスターの彼女を原石に例える人はほぼいない。

 

職人とは…その技術を高めるため、己の命が尽きるまで研鑽の日々を歩む。

「可能性を秘めている」というのは伸び代が多いとも受け取れる。とても嬉しい言葉なのだ。

 

こちらを見据えるツツジは何のてらいもなく、真剣な眼差しをしていた。

 

「……からかったつもりはありません。事実ですもの」

少し微笑んで、そう付け加えた。

 

 

ーー

 

 

 

午後、彼女たちはカナシダトンネルに向かった。

森のしっとりとした空気とは打って変わって、トンネルから流れ出す空気はひんやりとしている。

 

トンネル脇の崖。この露出した地層はトンネル内と同じものらしい。

時間と圧力を経て固められた地層は、星の歴史そのものだった。

 

ツツジはその場に落ちていた一つの石を拾い、そっと掌に乗せた。

 

「……煌めく石英。少し前の雨で表面が洗われて、より美しいですわ」

 

少女も静かに辺りを見渡し、足元に落ちていた鉱石を拾い上げる。

それは、やや褐色がかった紅柱石の欠片だった。

 

「私も削られて、磨かれたら……少しは、マシになると思ってた。本当に、そうであれば良かったんだけど」

 

小さくつぶやいた言葉に、ツツジが振り返った。

 

「……そんなふうに思うのですか?」

 

「何をしてもダメだったことがあるんだ。何をしても不格好で歪な、まま」

 

ツツジはゆっくりと息を吸って、静かに言葉を紡ぐ。

 

「今はまだ、ありのままで居てはいかがですか?石も削られて、ただ綺麗になるのが役割ではありませんもの。それに、適当に磨けば良いというものでもありません。」

 

ツツジは静かに少女を見据えた。

 

「石にもそれぞれ異なる“かたち”がある。そしてそれは、真っ直ぐに見つめあう相手が居て……はじめて意味を持つもの」

 

かち合う視線。

少女は目を見開いて、それからゆっくりと考え込むように視線を下げた。

 

ツツジの石英と、少女の紅柱石。二つの石が、手の中で小さく光を返していた。

 

 

 

空気を変えるようにツツジが明るい声で言った。

 

「……アマネさんも、岩石や地層に詳しいのですね。ふふっ、では!あなたも今日からただのお友達ではありません」

 

「?」

「“石友”ですわね!」

 

「……石友(いしとも)?」

 

「ええ。石について語り合える、大切なお友達ですの!」

 

「岩石、化石、鉱物……なんて素敵なのでしょう。わたくしが生まれる遥か前からそこにあって、これからも在る。悠久の存在ですわ」

 

ツツジの声には、敬意と憧れがあった。

 

「わたくし、ホウエンリーグのチャンピオンとも“石友”なんですのよ。お互い無類の石マニアでして。とても気が合うのですわ」

 

くすり、と少女が微笑んだ。

(リーグチャンピオン?というのはわからないけど…なんか素敵な響き)

 

「……うん、じゃあ。石友」

 

小さく、けれどはっきりとアマネはそう返した。

 

──それは、言葉にしなくても通じる“誓い”だった。

 

ツツジにとっては何気ない言葉だったのかもしれない。

 

少し照れくさくて、でも嬉しい。

“誰かとの関係”に特別な名前をつけたのは初めてだったから。

 

それはかたちのない約束のようだった。

確かに、心に刻まれた何かを感じる。

とても温かい気持ち。

 

アブソルが、満足そうに尻尾を揺らしていた。

 

 

 

夕暮れの道、アブソルが先を歩く。

迷子防止のためにいつも少女の後を歩いていたアブソル。

先を歩き、安全確認に専念するその行動は…彼女がツツジを信頼した証なのかもしれない。

 

「……やはりあの後からは、迷わなかったですわね」

 

「……アブソル、とツツジさんのおかげ。たぶん」

 

「ふふっ」

 

笑い合う2人の間に、もうぎこちなさはなかった。

 

静かな帰り道。その沈黙すらも、心地よい。

 

 

──こうして、2人の間には新たな絆が生まれていた。

 

石のように静かで、けれど確かに存在する、心の響き。

 

 

 

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