私の解釈だと、ナルシスト成分が控えめな性格です。
解釈違いだったらごめんなさい。
カナズミシティ、デボンコーポレーション本社。
太陽が真上に差しかかるころ、応接室にひとりの青年が足を踏み入れた。
銀髪が陽光を受けて、やわらかく輝く。
深い碧の瞳には、品格と知性が宿っていた。
ただそこに立つだけで、室内の空気が一段階澄み渡るようだった。
ホウエンリーグチャンピオン──ツワブキ・ダイゴ。
「待たせてしまったかな、ツツジくん」
穏やかな声音が室内に響く。
姿勢を正し、安堵のような微笑みが滲んでいた。
「いえ、そんなことありませんわ。お忙しいなか時間をとっていただき、ありがとうございます」
「まずは、君の無事が知りたくてね」
ダイゴはやわらかく目を細めた。視線に宿るのは上司のものでも指導者のものでもなく──長く親交を重ねてきた“石友”としての、ひとりの友を案ずるまなざしだった。
ツツジは一瞬だけ視線を泳がせ、そっと息を吐いた。
「はい……ご心配をおかけしました。ですが、おかげさまでこうして無事ですわ」
「……あのニュース映像では、かなり危険な状況に見えたよ。デボン本社前にあれだけの野生ポケモンが殺到するなど、前代未聞だ」
「はい。その件について、今日は詳しくご報告をさせていただきます」
ツツジは静かに頷き、席を促す。
ダイゴが椅子に腰を下ろすのを見届けると、彼女も向かいの椅子に腰を下ろした。
室内は静かだった。窓の外には、石造りの街並みが陽に照らされている。
だが今、ふたりが見つめるのは過去。
──この地で起きた“異常な出来事”の顛末である。
「ではあの事件について、わたくしの知る限りをお話しさせていただきます」
ツツジの声が、ゆっくりと空気を震わせる。
「……街に突然現れた、制御を失った野生ポケモンたち──それがすべての始まりでした」
ツツジは背筋を伸ばし、静かに言葉を紡ぎ始めた。口調は冷静そのものだが、その目には、過去の光景をまっすぐ見据えるような強さが宿っていた。
「最初は数体のポチエナやジグザグマ。ごくたまにトウカの森から迷い込むことのある常連とでもいうべきポケモンたちでしたが……続々と押し寄せる様にその数は増えていきました」
ダイゴは小さく頷き続きを促す。
「マリルリやキノガッサといった高レベルなポケモンたちまで森を飛び出し、街中に押し寄せました。そのうえ、明らかに異常な反応を見せました。傷を恐れず突進し、理性を失ったように暴れる姿…あれはまるで“何かに追われて”突き動かされているようでした」
ダイゴが短く問いかける。
「“恐れ”が先にあった、と?つまりは、恐慌状態ということか」
「はい、おそらく。悪化の一途を辿る現状を前に、トレーナーズスクール関係者とジムトレーナーたちの協力のもと対応いたしました。」
「街中を駆け回る中で、デボン社前広場の対応が遅れているとの連絡を受けました。ガードマンが常駐している場所なので、他の場所を優先してしまったんですの。急行すると…他の場所と比べても多い、とんでもない数のポケモンたちが押し寄せていた。私だけでは、あの場を抑えることはできなかったでしょう」
ツツジは小さく息をつき、視線をダイゴから少しだけ逸らすようにして──だが、どこか誇らしげに言葉を継いだ。
「……しかし、あの場には彼女がいました」
「異国から来たクラフト職人。まだ幼さの残る、けれど芯の強い瞳をした少女です。名を、アマネさんと言います」
「……クラフト職人?」
聞き慣れない言葉ではなかったが、具体的なイメージが浮かばない──そんな表情で、ダイゴは目を細めた。
「はい。シンギ地方の文化だそうです。ポケモンと協力して道具を作る“ものづくり”を生業とする人々……だと、彼女はそう語っていました」
ツツジはふと目を伏せ、わずかに微笑を含ませる。
「彼女は決して多くを語る方ではありません。けれど、危機の最中で迷わず動き、人々を庇い、ポケモンの様子を見極め…私が駆けつけるまで、パートナーのアブソルと共に広場にいた住人を守り抜いた。素晴らしい人です」
「そして、ポケモンたちが森から逃げ出した原因と思われる異様な様子の“ヤルキモノ”の異常の原因を見つけたのも彼女でした」
「……異常?」
「はい。そのヤルキモノは…体表に亀裂のような紋様が浮かび、背中から赤黒い光が漏れていました。そして瞳は濁ったまま赤黒く発光していましたわ」
「そして、体表に奇妙な鉱石のようなものが喰い込んでいたのです。彼女はそれを指差して“響いている”と表現しました」
「“響いている”……?」
その言葉に、ダイゴの表情が僅かに変わった。
「“響いている”……か」
その言葉はどこか遠い記憶の中に触れるものがあった、ような気がする。
「……普通の子ではないようだね」
「はい。でも、決して力を誇ったりはしませんの。むしろ自分の存在を隠しているような節すらあります。…それでも、彼女がいたから私は恐れずに戦えました。今では私たちは“石友”ですの」
ツツジの柔らかい笑顔を見てダイゴもまた微笑んだ。
「……石友とはまた、君らしい」
ダイゴは柔らかく微笑んでいる。けれどその眼差しは真剣だ。
ツツジの言葉は何かの断片を思い出させるようで、心の奥を静かに突いた。
「不思議な人です。多くを語る人ではないのに、気づけば心が動かされている…そんな存在です」
ツツジの声には穏やかな敬意と、ほんの少しだけ熱がこもっていた。
ダイゴは静かに目を閉じ、一度呼吸を整えるようにしてから言葉を継いだ。
「……“アマネ”、か」
低く、独り言のようにその名を繰り返す。
記憶の底にかすかに引っかかるものを感じる。
「シンギ地方のクラフト職人……“アマネ”。いや、アマネという名の職人……どこかで聞いた、いや見たのか?最近になって何かの記録で……」
記憶の奥を手繰るように呟くような言葉を重ねる。
机の上の資料にもさっと目を落とすも、そこに求める答えはない。
軽く息をつくと、視線を再びツツジに向けた。
「……いずれにしても、今の話を聞いただけでも充分に興味深い存在だ」
「そうでしょう?」
ツツジは、まるで自分のことのように誇らしげに頷いた。
「……何も強く主張しないのに、不思議と心が動かされてしまうのです。
気づけば視線を向け、言葉に耳を傾けている。そんな“静かな力”を持った人」
ダイゴはその言葉に、微笑を深めた。
「君の話を聞いて、ますます話してみたくなったよ」
彼はふと、窓の外に目をやった。遠くに見える山の稜線が午後の光を浴びて淡く揺れている。
「ツツジくん。……君にひとつ、頼みたいことがある」
その言葉にツツジは背筋を伸ばした。
「その“アマネ”さんの旅に、しばらく同行してくれないか。……あくまでボクからの正式な依頼として」
「……え?」
「君の懸念は分かっている。ジムリーダーの責務と教師の仕事。しかし、僕の依頼で旅立つのであれば、問題じゃなくなるはずさ」
休職の手配や事務業務の代行者も立てやすくなるからね。とダイゴは言葉を続ける。
ツツジは一瞬、きょとんとした表情を浮かべたがすぐ真剣な眼差しをダイゴに向けた。
そう、ツツジは聡い少女だ。ダイゴがツツジの「旅に同行したい」という思いを察して提案したことにすぐに気づいた。
そして気づいたのはそれだけでない。
『これは、善意だけで為された提案ではない』──ツツジは、そう理解していた。
「安心してほしい。この提案に君が懸念しているような不穏な意図はないよ。……むしろ、誰にとっても意義のある旅になるとそう思っている」
ツツジはダイゴの表情から『不穏な意図はない』という言葉に嘘がないことを察して、ひとつ安堵の息をついた。
「……ありがとうございますわ」
微かに頬を染めながら、それでも凛とした声でそう答えた。
「でも、彼女へはわたくしから伝えさせてください。彼女の旅に加わるのは、あくまで“わたくしの意志”であると伝えたいのです」
「もちろん。彼女にとっても君が信頼できる存在であろうことは、話を聞くだけで伝わってきたよ」
「……はい」
ツツジは胸の奥にぽっと灯った温かさを感じながら、小さく頷いた。
ダイゴは席を立ち、手袋越しにそっと書類を整える。
その背中には、静かだが確かな期待の気配が滲んでいた。
「この旅がホウエンにも、シンギにも、新しい風を吹き込んでくれる。——そんな未来を、ボクは静かに期待しているよ」
そう言って彼はツツジに静かに笑いかけた。
──こうしてまたひとつ、運命の分岐点へと近づいていく。
アマネの知らぬところでも、進んでいく。
自分たちがこの運命の中心に立っていることに…少女たちはまだ、気づいてもいない。
2人の意思は、いかなる軌跡を描くのだろうか。