シンギ地方の謎が少し深まる?そんな回です。
今回はシリアス成分ゼロかなと思いながら書いていたのですが。
家族と仲良く話をするだけの、ほっこりするハートフルな話になるはずだったのに…。
ちょいちょいシリアスの影がちらつきます。
〈第2節 初めての連絡〉
会議から三日ほど経ち、ようやくツツジは仕事の引き継ぎなどがひと段落ついた。
そんな日の昼下がり。アマネの元を訪ねると、彼女はテーブルに向かって手元を睨みつけていた。
「アマネさん?何をしていらっしゃるの?」
「……ツツジさん。これ、どうやって使うの?」
困り果てたような表情で振り返るアマネ。その手には、デボン社から贈られたポケモンマルチナビ(…長いので今後こちらもポケナビとよぶ)があった。
「まあ……使い方が分からないのですか?」
「うん……たくさん機能があるみたいで、どう操作したら良いか」
ツツジは少し目を見張る。モンスターボール作りの腕は「至高」と評されるのに、最新機器には手こずるという意外なギャップ。
(こういう抜けたところがあるからこそ、アマネさんのことを放って置けないのかも知れませんね)
意外に自分は面倒見が良かったのか。という思考が頭をよぎるが、今はそんなことより彼女を手助けしなくてはと気を取り直す。
「では、お教えしますわね。まず、この電源ボタンを……」
ツツジは丁寧にポケナビの使い方を説明していく。
通話機能、地図機能、緊急連絡先の登録方法まで、一つ一つ確認しながら。
「なるほど……こうやって」
アマネは真剣な表情でツツジの説明を聞き、慎重にボタンを操作している。
その集中ぶりは、まるで精密なクラフト作業をしているかのようだった。
「上手ですわ!もうすっかり使えるようになりましたね」
「ありがとう、ツツジさん」
お礼を言いつつ、彼女の手は止まることなく操作を続けている。
何やら様子がおかしい。
「ところでアマネさん……先ほどから、何をしているのですか?」
そうこうしているうちに、アマネは手を止めた。ポケナビをしきりに眺めては満足げに頷いた。
「これでよし」
「お願いです。説明してくださいませ!」
「この通話機能を拡張してテレビ電話にした」
画面とインカメラも付いてるから、いけると思って。と得意げな彼女に唖然とする。
……それって少しいじるだけでできることなのかしら?
やっぱりシンギの職人は侮れないと思い直したツツジだった。
ちなみに、ちゃっかりツツジのポケナビも同じように改造した。
これで、はぐれても顔を見て話ができるね。と控えめに微笑むアマネにほっこりする。
無言の改造を注意しきれないツツジはアマネに相当甘い。
アブソルからは、「それで良いのか?」という言葉が聞こえそうなジト目を向けられた。
ツツジにはその視線がとても痛かったが、あんなに嬉しそうにされては、特に困ってもいないので強くは言いにくい。
「……あ」
2つのポケナビを並べて喜んでいたアマネが、ふと何かを思い出したように固まった。
「どうかしました?」
大層気まずげな様子だ。
一体何があったのか。
「……家族に、連絡してなかった」
その言葉に、ツツジは目を丸くした。
「え?まさかホウエンについてから……一度も?」
「……旅に出てから、ずっと」
アマネが故郷を出てからひと月は経過している。彼女がいつものように淡々と答えるのを見て、ツツジは天を仰いだ。
ちょっと気まずいな。くらいにしか思っていないに違いない。
ツツジは大きなため息をついた。
「……むぅ」
「そんな顔しないでください」
アマネはシュンと萎れている。反省はしているようだ。
「アマネさんの居場所を特定できない以上、あちらから連絡する手段がない状況です。相当心配しておられることでしょう。早く連絡した方が良いと思いますわ」
「……うん。これの試しにもなるし、使ってみよう」
そういえば、弟は携帯端末を持っていたな。番号は暗記している。
友人の多いあの子のことだ、きっと持ち歩いているだろう。
それに双子の弟から友人たちの近況も聞きたいし、家を飛び出した親不孝な自分だ。
両親に直接電話する勇気は、まだ持てない。
アマネは少し躊躇いながらも、暗記していたコウキの番号を入力した。
呼び出し音が数回響く。
ツツジは画面に映り込まない場所に腰掛けて静かに見守っている。
『……もしもし?』
聞き慣れた声が画面越しに響いた。コウキだ。
「……コウキ?私」
『姉さん!?』
画面に映ったコウキの顔が、驚きで目を丸くしている。
少し大人びた顔つきになっているような気がした。
『姉さん、どこにいるの!?元気だった?』
「うん。元気だよ。今はホウエン地方のカナズミシティにいる」
『ホウエン!?……ジョウトに行くものとばかり思ってたよ』
「……ジョウト行きの船に乗った」
『うん』
「着いたらホウエンだった」
『船、間違えたんだね』
「………むぅ」
しばしの沈黙の後、コウキの明るい笑い声が聞こえた。
『その迷子っぷり!やっぱり、姉さんらしいや』
『でも、元気そうで良かった。みんな心配してたんだ』
「……ごめん」
『ううん、母さんは"便りがないのは元気な証拠"っていってたよ。姉さんのことはオレ達ちゃんと分かってるから。…それより、ホウエンってどんなところ?』
「うん……とても綺麗な街。石造りの建物が多くて、人も優しい。それに」
アマネは少し照れたように俯く。
「友達が、できた」
『友達!?』
コウキの声が一気に明るくなった。画面の向こうで目を輝かせている。
『本当に!?姉さんに友達が!』
「……そんなに驚かなくても」
『だって姉さん、今まで僕たち以外とは……』
コウキの言葉が途中で止まる。きっと、故郷での辛い状況を思い出したのだろう。
「大丈夫。その話は……またいつか、直接会って話そう」
『……うん。で、その友達って!どんな人?』
「ツツジさんっていう人。とても優しくて、聡明で……まっすぐ芯の通った人」
『へえ……姉さんがそんなふうに誰かのこと話すなんて、初めて聞いたかも』
コウキは嬉しそうに笑っている。
「ぁぅ……」
『?ねえ、今なにか…ひとの声がしたような?…姉さん、もしかしてその人といま一緒にいるの?』
「うん。隣に座ってる」
アマネがポケナビを動かしながら隣を見ると、ツツジが慌てて手を振った。
「あ、アマネさん…流石に恥ずかしいです」
普段言わないような言葉で、本人を目の前に褒め倒したのだ。赤くもなろう。
『あー、聞いてましたよね?』
「……勝手に話を聞いて、すみません」
ツツジが恥ずかしそうに画面の端に映り込む。
『…わあ、本当にいた!って、そうじゃない。いえ、それは姉さんが許可してのことでしょう?気にしないでください。』
『ゴホン、では気を取り直して…初めまして!僕は姉さん、の……あ』
コウキが一瞬言葉を詰まらせた。
ふっと気づいてしまったから。先ほど彼女は姉のことを「アマネ」と呼んだ。
もしかして姉さん…名前を伏せている?
コウキは冷水をかけられたような心地がした。
言葉を詰まらせ、視線を逸らす。
目の前の姉の笑顔が、どこか遠く感じた。
…ああ、そうか。
いつぶりか思い出せないほど久しぶりの、明るい姉の笑顔に…自分の心は舞い上がっていたようだ。
ふと現実に引き戻されてこのザマだ。
——。姉さんの心には、やっぱりまだ……雨が降っている。
弱まっているかもしれない。でも止まない。そんな苦しみと悲しみが…ずっとその胸にあるのだろう。
そしてその理由のひとつは。
ーー姉さんのせいだ!!
間違いない。あの日…考えなしに発した、心無い僕の言葉のせいだ。
(姉さんは誰よりも優しくて、誰よりも遠い)
その優しさからくる行動を、あの日の僕は受け止められなかった。
もう遅いかもしれない。でも、もう間違えないと決めている。
『……僕は、双子の弟のコウキです。姉さんがいつもお世話になっています』
画面の向こうでコウキは少し複雑な表情を見せたが、それはほんの数秒。すぐにいつもの明るい笑顔に戻り丁寧にお辞儀をする。そんなコウキに、ツツジも慌てて頭を下げた。
「こちらこそ、アマネさんにはとてもお世話になっていますわ。素敵な方です」
『そう言ってもらえて嬉しいです。姉さんが良い人に出会えて本当に良かった』
空気を変えるように手を打ち、明るい声でコウキは言った。
『そうそう、家族のこと話しておくね。母さんと父さんは元気だよ。父さんは相変わらず工房にこもりっきりで』
「ふふ、変わらないんだね」
『お祖母ちゃんも元気。でも最近、姉さんのことをよく話してる。「あの子は必ず戻ってくる」って』
アマネの表情が少し和らいだ。
「お祖母ちゃん……」
『あ、そうだ。カズキとナナミからも伝言があったんだ。「困ったことがあったらいつでも言ってほしい」って。特にナナミは「あの子、ちゃんとご飯食べてるのかしら」って心配してた』
「みんな……ありがとう、と伝えて」
『うん。でも姉さん、本当に大丈夫?一人旅って大変でしょう?』
アマネはツツジを見て、小さく微笑んだ。
「大丈夫。今は一人じゃないから」
その言葉に、ツツジは胸がいっぱいになるのを感じた。コウキも安心したような表情を見せる。
そんな2人を置いてアマネはのんびりとした調子で話題を変えた。
「いろいろあって、携帯端末を持つことになったの」
また連絡するねとアマネは言葉を続けた。
『これでいつでも連絡が取れるんだね!わかった、この番号を僕も登録するよ』
『それと……姉さん』
コウキの声が少し真剣になった。
『無理しないで。何かあったら、いつでも連絡して。家族だから』
「……うん。ありがとう」
『じゃあ、今日はこの辺で。ツツジさん、姉さんをよろしくお願いします』
「はい。任せてください。またお話ししましょう。」
通話が終わると、部屋に静寂が戻った。
アマネはしばらく画面を見つめていたが、やがて小さく呟いた。
「……家族って、あたたかいね」
「ええ。とても素敵なご家族ですわね。」
ツツジはアマネに笑顔を向ける。
ツツジは優しく微笑んだが、同時に気にかかることがあった。
姉弟の掛け合いの中に時折混ざる違和感。
弟は過剰とも言えるほど、姉を心配していたようにも見えた。
そうして思うのはアマネが本名を隠していること。
アマネの名を呼ぶたびに、ふと感じる違和感があった。
それが彼女の「過去の痛み」から生まれたものだと、ツツジは直感していたが今の姿を見て確信した。
名前と辛い過去をイコールで結んでしまっている。
そして、それは弟も一瞬で理解できるほどの「何か」なのだ。
一体、彼女を深く苦しめているものは何なのだろう。
そしてそれは、ツツジが想像する以上に重い理由なのかもしれない。
隣を見ると少し気の抜けた様子のアマネがいる。
初めの頃の、どこか張り詰めたような儚さは感じない。
今はこのままでいい。
少しずつ共に進んでいこう。
まだ知り合って2週間ほどなのだ。
私は、慌てずに打ち明けてくれるのを待っていればいい。それが彼女の支えになると信じてる。
(私はいつ、あなたの名前を知ることができるのかしら?)
ツツジは彼女の名前を呼べる日を心待ちにしている。
(小話?)通話を終えたコウキと…?↓
「コウキ!今のは…あいつだよな、な?!」
「ねえ、あの子…笑ってた?痩せてなかった?」
通話が終わった途端、詰め寄り質問攻めにしてくる2人にコウキは深いため息をつく。
「2人とも落ち着いて。姉さんは元気だよ!…顔こそ見てないけど、会話は聞こえていたでしょう?それに」
寂しそうに、けど確かな安堵を込めてコウキは微笑んだ。
「友達ができたって。…もう、1人じゃないって。…そう自分から言ってくれたんだ、よ」
「…そう、だな。」
「………。」
「ねえ、顔を見せて声をかけてあげればよかったのに。姉さんは2人のことも気にかけていたじゃないか」
「うぐっ、」
「そうだけど…」
気まずげに2人は視線を下げる。
「わかっているだろ、コウキ」
「俺とナナミはあいつと今、話すわけにはいかない。」
「…私達職人があの子と連絡をとってはダメ。とくに私達は、だめなのよ。…貴方も知っているでしょう?」
そう、コウキも知っている。クラフト協会の会議に出ていた父が、深く落ち込み部屋に篭ってしまったことを。
「…そうだったね。何でだろう?どうしてシンギは」
「…クラフト協会は!姉さんを追い詰めるのかな」
「俺たちに今、出来るのは時間を稼ぐことだろう。あの子の夢が1日も長く続くように」
「シンギがあの子を壊さないように、守る準備を進めよう」