〈第2節 クラフトの授業・職人の手が語るもの〉
「……朝からどうしたの?」
「本日はひとつ、お願いしたいことがあって伺いました」
改まった様子のツツジに少女の寝ぼけた頭が冴えてくる。
「うん?」
「明日、わたくしが教鞭をとっているトレーナーズスクールで特別授業をお願いできないかと。アマネさんの“クラフト”を生徒たちにも見せてあげたいのです」
「……わたしが?」
「ええ。相棒(パートナー)との連携によってなされる技、それによって完成する道具。それはただの“技術”でも“物”でもありませんわ。ぜひ、生徒たちにも知ってほしいのです」
少女は戸惑ったが、ツツジの目に宿る意志は出会ったあの日と変わらぬ強さを持っていた。
少女はしばし、迷うように口元を引き結んだ。
だが、ふと隣を見るとアブソルがごく自然にうなずいていた。
「……わかった。やってみる」
その返事に、ツツジは嬉しそうに微笑んだ。
――
カナズミシティの朝は清々しかった。
トレーナーズスクールの敷地には陽の光が差し込み、生徒たちの笑い声が風に乗って広がっている。
その校門を、二人は静かに歩いていた。
「こちらですわ、アマネさん。今日はよろしくお願いします」
「……うん」
控えめな返事をしながらも、少女の足取りは落ち着いている。
人前に立つのは決して得意ではない。けれど、ツツジのそばにいれば、不思議と安心できた。
教室の扉が開かれると、さっそく中からざわめきが聞こえてきた。
「なんか来てるー!」
「ねえねえ、ホワイトボードに書いてあるけど…クラフトってなに?」
「珍しいポケモン!……アブソル、かな?」
好奇心に満ちた視線がいっせいにふたりへと向けられる。
「皆さん、静かにしてくださいませ」
ツツジの声が響くと、教室はしんと静まった。
「本日は、異国——シンギ地方から来られたクラフト職人さんをお招きしています。アマネさん、どうぞ前へ」
促され、少女が一歩前に出る。
緊張している様子だが、その瞳には揺らがない芯があった。
「……初めまして。わたしはアマネ。……クラフト職人……です」
小さく、けれど確かに名乗ったその声に騒がしかった教室が静かになった。
しかしその静寂はすぐに、尊敬の混じったざわめきに変わっていった。
「職人ってことは……道具とか作る人?」
「すげー!アブソルと一緒に来たんだ!」
「今日はふたつ、実演をします。……クラフトはただ物を作るんじゃない。使う人、使うポケモン。使う相手のことを考えていちばん合うものを『ポケモンと協力して』 作る。」
少女はベルトポーチからいくつかの道具を取り出した。
丁寧に手入れされたナイフ、金槌、縫い針、そして小さなすり鉢。どれも使い込まれていて、無駄がない。
「まずひとつ目。……“モンスターボールホルダー”を作るよ」
少女がリュックから革の束を取り出すと、アブソルがすっと横に並んだ。
彼女が素材を改めて観察し、その中の一枚をまるで重さを量るように掌に乗せるとアブソルが静かに頷いた。
「これにする。……ツツジさん、右利き?」
「え、わたくし?…はい、そうですわ」
不意に自分のことを聞かれたツツジはやや戸惑いつつも答える。
少女はそれを聞いて迷いなく革に目印を打つと、アブソルに視線を送った。
「頼んだ」
アブソルの角がきらりと光った。
空気を裂く鋭い音とともに、サイコカッターが放たれる。
一枚の革が、ぴたりと真っすぐに一刀で裁断された。
突然の室内での技の行使。室内の空気が驚きで固まったが、しかしそれは一瞬のこと。その繊細で緻密に操られた技による妙技に子供達の恐怖はすぐに薄れ、感嘆の声が教室に響き渡る。
「なに今の!」
「アブソルってこんなに器用なんだ……!」
「皆さん!驚かせてしまいましたが、これはアブソルとアマネさんが何度も練習して磨きあげてきた技術あってこそ安全に行える。高度な技の使い方です。」
ツツジは生徒たちの顔を見回して言葉を続ける。
「我々が室内でポケモンの技を使うのは危険なので、真似はしないようにしましょうね」
その言葉を聞き、アマネはハッとした。自身の配慮が足らなかったと反省する。
そんな彼女へ「気にしないで」と言うようにツツジは小さく首を振った。
「アマネさん、続きをお願いします。」
アマネは静かに頷いた。
気を取り直して、アマネは裁断した革に向き直る。
そして手早く糸と針を使い縫い合わせていく。
正直縫い物はそれほど得意ではない彼女は少し手間取ってしまったが。
(あまり得意じゃないけど、この糸の通し方なら…!)
苦手でもその分丁寧に作ればいい。
単純なつくりであることが幸いして想定通りの形に仕上がっていく。しばらくするとベルトに通せる軽量のホルダーが出来上がった。
「……できた。試して」
「まあ……!」
ツツジは驚きの声を上げた。受け取ったそれは、丁寧に仕立てられた一級品。見た目の美しさに加え、触れたときの馴染みの良さに思わずため息が溢れた。
「これを……わたくしに?」
「うん。……実演用に作ったけど、気に入ってくれたなら…使って」
ツツジはその言葉に、柔らかな笑みで頷いた。
「もちろん。大切にいたしますわ、アマネさん」
—
場所を裏庭に移し、次は“調薬”の実演へ。
「次は、薬を作る。……きずぐすり」
生徒たちが息を飲む中、少女はアブソルと共に数メートル先の草むらに足を踏み入れた。
クスリ草を見つけると、アブソルが軽く尾で示し、少女が素早く摘み取る。
「この葉っぱ。……どこにでも生えてるけど、きずぐすりの調薬に使う「クスリ草」っていう薬草です。よく似た雑草が多いから間違えないよう注意。……初心者向け」
教室での説明と異なり、素材に触れると少女の声が少しずつ滑らかになっていく。
今までは「教室」という慣れない空間に緊張していたのだろう。
素材をすり鉢に入れ、丁寧にすり潰す。さらにリュックからオレンの実を取り出して果汁を絞り入れ、全体をなじませるように混ぜ合わせ、最後に丁寧に濾していく。
「容器に移せば完成。……こんなふうに自分で作れれば、とても便利」
その過程をじっと見ていた生徒たちから、次々に声が上がる。
「うちの庭にもクスリ草があるかも!」
「お兄ちゃんにも教えてあげたい!」
ツツジも深く頷きながらこちらをみていた。
「即座に“自然の恵み”からその効能を引き出す形を整えるだなんて……本当に魔法のようですわ」
少女は静かに頷いた。
「自然の恵みをいただく」それはものづくりの基本的な理念にも通じる言葉だ。
自然より採取した素材をどう活かすのか。
特に調薬はその探求に尽きる分野かも知れない。
そんなことをつらつらと考えながらも少女の手は正確に動いていた。
使い終えた道具を丁寧に布で拭き、終わると手早くポーチへとしまっていく。
「相手を思いやる心……。クラフトとは、技術であり、祈りであり、心を結ぶ手段。なるほど、それこそがシンギ地方の理念なのですね」
ツツジがそっと近づいて、囁くように言った。
「……アマネさん。わたくし、あなたのことを“少しだけ誇り高い人”だと思っていました。でも今日で、それ以上のことがわかりましたわ」
「……なに?」
「アマネさん……あなたは、“手で伝える”人なんですね。誰かのために、心を込めて。『物に心を込める人』……そんな素敵な職人ですわ」
とても素敵でした。という言葉と笑顔を贈られた、それから少女は照れたように目をそらした。
「……こちらこそ、ありがとう」
授業の終わり、生徒たちは一斉に立ち上がって手を振った。
「ありがとうございましたー!!」
「また来てねー!!」
「アブソルかっこいいー!」
少女は一歩下がり、ツツジの後ろに隠れようとしたが……思い直してその場にとどまり、小さく手を振った。
たどたどしくても、その動きは間違いなく“自分の意思”だった。
ほんのちょっとしたことだ。しかしその動きに込められた“想い”は確かにツツジに伝わっていた。
傍らではアブソルが満足そうに尻尾を揺らしている。
その姿に、ツツジはそっと微笑んだ。
——少女の手が語った今日の物語は、きっと誰かの胸にもひとつの種を落としただろう。小さくても、確かな力を持つ種を。
そして、人々との関わりを通して彼女の心に降る雨は少しずつ止み始めているのかもしれない。
(小話)授業の後、聞いてみた↓
「アマネさん、ひとつ聞いても良いですか」
「何?」
「何故、きずぐすりは初心者向けなんですの?」
アマネはポケモンバトルについて造詣がない。初心者トレーナーの必須アイテムだから選んだわけではないだろう。
「オレンの実は、どの森でも手に入りやすい。クスリ草も、割とどこでも生えている」
「そうですね」
「加工も難しくない。そして、これが最も重要」
じっと真剣な視線で見つめてくるアマネ。
ツツジは、なんとなくゴクっと喉を鳴らして見つめ返した。
「クスリ草と間違えやすい植物に毒草が一つもない。だから子供が調合しようとしても、安心」
毒消しなんかは安易に手を出すと、危ない。毒を打ち消す作用がある薬草ってことは…使い方次第では毒だし。なんてボソッと呟いている。
割とガチで深刻な点を考慮していた。
「調薬の基本作業も学べて、危険がない。…失敗しても、効果が薄いというだけ。だからお勧め」
もしかしたら、アマネは指導者に向いているのでは?
自分もクラフトをしてみたい時は、甘く考えずアマネにしっかり相談してレクチャーしてもらおう。
ツツジはそっと心に決めたのだった。