カンナとイチャつく系は上げ切ったので一旦完結で。また何かしら書いたら更新するかも。もっとカンナ推し増えろ!書け!俺も書いたんだからさ!
夜。
外に臨むD.U区も、見慣れたシャーレの執務室も。一切の人工の光が消え去り、煌々と照らす月明かりだけが唯一の照明。窓から差し込んだそれに照らされ、見上げた「彼」の目は、眼鏡越しに見えるいつものとは違う──血のような、朱。違うといえばそれだけではなく。服装も、言うなればそう、「伯爵」然とした、黒でまとめ上げられていた。
食いしばられた歯、口の隙間から吐き出される息がまるで、白い靄が掛かっているようで。
手首が痛い。後頭部が痛い。したたかに打ち付けた腰が痛い。
柔らかなベッドとは程遠い、固いリノリウムの床に押さえつけられた私がどれだけ力を込めようと、一切の抵抗が封じられている。……私が本気で、抵抗しようとして、尚。全くもって振り払える気がしない。
肩を軽く揺すられた。
「ぐっ……」
幸い抑えられているのは左の手首だけ。まだ無事な右手で、彼の肩を押しのけようと手を当て、力を込める。
運悪くバランスを崩されたことに驚いたのか、彼は驚きの声を漏らした。だが、
「──ッ!?」
さらに驚いたのは私の方だ。何せ、彼の口には(普段から触れ、見ているのだからよく知っている)身に覚えのない、鋭い牙が生えていたのだから。
─肩を強く揺すられた。
押しのけようとした私に腹を立てたのか、より一層吐息を荒々しく吐き出し、彼は彼の右手で私の右手を絡めとり、見事に組み伏せられ、指も綺麗に折り重なって、強く強く繋がれる。
押さえつけられた左手首とは比べ物にならないくらい熱く。彼の熱が伝染してくるような。
荒々しさの中に、常通りの優しさと、普段より情熱的な。
──肩を更に強く揺すられた。
かぱり、と開かれた口から覗く、鋭い牙と赤い舌。同じく朱い彼の視線は、私の首筋を目掛けて。……まるで、いや。まさしく。獲物を見つけた獣そのもの。
口元に大きく裂けんばかりの笑みを浮かべ、ゆっくりと蕩かすような温度を帯びた舌が私の、いつの間にやらはだけた首筋へと這い寄り。私はその光景から顔を背けようとしているのに、視線は釘付けのまま。抵抗する為、暴れようとしていた体は何時の間にか抵抗を止め、なのに心臓だけが激しく暴れ。零れた吐息が鼓動と同期する程に小刻みに漏れ落ち。伝わった熱が溢れて。
そこにはもう期待しか無くて、いよいよ彼の舌が私の首へと触れ──。
───起きて下さい、姉御!
……は?
*
「──はっ。……は?」
「お。やっと起きたっすか姉御?」
「は?」
「いやー珍しいっすねえ、姉御が居眠りなんて。まあここのところ、トリニティの謝肉祭に乗じて他の地区も騒がしくなってたすからねぇ」
がばりと。口元を拭う事さえ忘れて慌てて周囲を見渡せば。
明るい外から差し込む日差し。15時を回ったばかりの時計。驚きの表情で目を丸くしたコノカ。
つまり。……つまり。私は。あろうことか職務中に居眠りをして。……居眠りはまだ、良くは無いがまだ良い。その分、働いて取り戻せる。そんな事より。
何だ今のは。先生は伯爵然とした服なんて着ないし目は赤くないし犬歯が鋭いなんてことは無いし脈絡なく押さえつけ──は時と場合によるが──ともかく。
あんな、あんな、恥ずかしいなんてものではない、夢を……! 欲求不満か……!? いやだからって夢でなんて……!!
「ぅぐぉああぁ……」
「ちょっ、姉御!?」
たった今まで顔を伏せていた机の上に、今度は自分の意志で伏せ。……上げられる様になるまで、結構な時間を要した。
*
23時。
……あの後、どうにかこうにか平静を取り戻し。ひとしきり私を心配した後、体調不良などでは無いと分かった途端に、私の周りでにやにやと笑みを浮かべるコノカをやり過ごして。
今日の夜、示し合わせた当番へと向かう。この時間にもなれば、昼間に見た夢の恥ずかしさも鳴りを潜め。過去に想いを巡らせる余裕さえ出てきた。
──頭には、昨年と同じ魔女帽子を乗せて。
一年と少し前。夜勤と疲労と偶然を起点に、ボタンを掛け違えたような切っ掛けから変わり始めた私たちの関係。
それを手放したくないと。浅ましくも自分のものにしたい。その思いだけを胸に秘め、訪れた夜半のシャーレ。
ハロウィン。バレンタイン。ホワイトデー。二人きりでプールにも遊びに行った。数々の特別な日と、他愛のない、けれど思い出深い日常。
なるほど。記念日を大切にするとは、こういう気分か。
小説の中にもたまに出てくる、犯行動機にもなる感情。今までは知識で理解はしつつも飲み込めていない、実感が湧いていないところもあったが。自分の身になってわかる。
色褪せない
すっかり慣れ親しみ、それでも一筋の緊張を覚える、執務室の扉を開けた瞬間。
──伯爵然とした黒マントに身を包み。赤い目をギラつかせ。こちらへ振り向く先生の姿と視線が合った。
途端に蘇る、先程まで封印していた(気になっていた)昼間の夢。
ちょっとワイルドな感じで、本気で抵抗しようとして、でもできずに組み伏せられるなんてシチュエーションに少し憧れがある訳が──。
”お疲れ、カンナ。ほら、今日ってハロウィンじゃない? 去年はカンナが仮装してきてくれたし、今年は私も、なんて……ってどうしたの? 随分と顔赤いけど”
「いえっ……別にっ、その、お疲れ様です、先生……」
普段通りの私であれば、そつなく返すこともたやすいのだが。
何せ今の私は、目の前の彼に夢の中の彼が重なる様にフラッシュバックして止まない。別に先生は目をぎらつかせてなんておらず。ただ単に、扉が開いた方向に眼を向けただけ、という事に気づかない程に。
それに。そう、それこそ、去年であればともかく。今の私達の関係からして、「この程度」で照れる、なんてこと。
彼が思い至らないのも、当たり前。
先生からしてみれば、少なくともこの瞬間の私はただの当番に来た生徒で。まだ、変わるには、時間が早い。
うまく言葉を紡げない私に最初は戸惑っていたものの。ごにょごにょと、声にならない私の呟きから状況を推理して見せた先生が。
にやり。
まるでどこか覚えがある笑みを頬に引き。……思い返せば、おそらく丁度一年前に、彼の言質を抑えた私が浮かべていた笑みと同種の。つまりは、チャンスだと。
まさしく、獲物を捕らえたような眼光であることに今更ながら合点がいって。
特上の痺れが、腰から脳髄へと駆け上る。相も変わらず、甘ったるくなる程に。
獣のような笑みと鋭い眼光のまま、マントの裾に手を入れ、何かを取り出す。掌に載せたそれを私へ、見せつける様に近づけてきた。一歩。また一歩と。ゆっくり、じっくり。距離を詰めてくる。
なぜだか気圧されて、後ずさりする私と、下がった分だけ距離を縮める先生。……これだけ近くなれば、目を凝らさずともわかる。飴だ。何の変哲もない、プラスチックの包装が施された、ピンク色の飴。壁に背が触れ、見事に追い詰められてしまう。……あるいは、その方角へ、私自身が後ずさったのかもしれない。
「……飴、ですか?」
”トリック・オア・トリート、だよ、カンナ”
それは去年の。私の、私が。私から言い出して。変えて、変わった。その切っ掛けの一言。
”カンナは、ほら。局長って立場もあるし。どちらかと言えば、お菓子を配る側だったんじゃない? だから、ほら”
心臓が強く撥ねる。本当に去年の焼き直し。ただし攻守が入れ替わって。
……去年の今日は、私には当然一生忘れる事の出来ない思い入れのある一日だったけれど。先生にも同じように思っていることが知れ。思い出の共有が図らずもなされたことで。嬉しさと悦びが体中を駆け巡り。
──スイッチを、入れられた。
「……。トリック・オア・トリート、ですか」
一言を紡ぐごとに。吐息が熱くなる。先への期待が、最早いつも以上にとめどなく。早く、速く。浅ましいとは思いながら、けれど止められない薪をくべられてしまえば。止まれるはずはない。
「私は飴はあまり好きではないのですが。……それを言ったら、どうなるのです?」
熱い。火照る。数舜で耐えきれなくなる程に滾った、内にこもる衝動を吐き出すように、言葉に乗せて、熱を空気へ溶かす。
”それは言ってみない事には分からないよ。お菓子を貰えるのか、あるいは──”
”──両方、かもね? ”
「──んむぅ!?」
先生が自らの口に飴玉を放り込み、そのまま、更に私と彼の距離が詰まる。数舜だけ交わった視線の中には、確かに。彼の目には私が。私の眼には彼が。
互いに互いの姿のみが映り。更に瞳の奥には朱より濃い「欲」の色も灯っていて。
──あ、これは、もう、ダメだ。
直感する。夢の中より甘く、激しく。
口の中を蹂躙する、飴玉と、その他のスパイスで構成された何よりも麻薬めいたお菓子を貪り。
まったく。
──このようなイタズラは……私にだけやってくださいね。
なんて言葉は、吐息と共に耳元へ。形だけの、劣情を煽る為だけの抵抗を残して。
夜が、始まる。