カンナとインモラルにいちゃつく話   作:33z

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トリック・オア・トリートですよ、

 先生。

 

 頭に魔女らしき安物の帽子を乗せただけの、仮装とも言えない仮装。そんなある種ありきたりとも言える恰好をしながら、私は今先生の目の前にいる。

 

 ”……何を? ”

 

「先生は大人ですから。今日はお菓子を配る側だったんじゃないですか? ですから、ほら。少しくらい、お菓子をねだってみて下さい」

 

 手を伸ばせば触れられる距離よりもっと近く。お互いの吐息を感じる所まで。体温さえ分かってしまうような、そんな間合で。

 今日はいつもと違う。労働後という疲れさえあれど、夜勤明けの時ほど疲労がたまっている訳ではない。

 先生も今日は珍しく徹夜などはしていないことは確認済みだ。

 

 ”……今日はハロウィンでしょ? カンナ前に言ってたじゃない。「捜査を遅延させる厄介な時期」だって。なのにここにいて大丈夫なの? ”

「私の勤務時間は本日は日中でしたから。流石に四六時中詰めている訳にも行きませんし。それに、部下たちが。今日は少しでも楽しんで欲しいから後は任せろと言ってくれましてね。流石に無碍にする訳には行きません」

 

 それが、この帽子をかぶっている理由。フブキが若干にやついているというか、からかいを含んだ目線を向けてきたのが少々気になるところではあるが。

「だから少しだけでもその気分に浸ってみようかと。それでこうして、こちらまで足を運んだわけです」

 

 言い訳の様に言葉を重ねようとする先生の口を、更に一歩踏み込むことで封じる。もう体の正面は重なっていて、私の熱を先生に伝えている事だろう。普段の時とは違い、背後からではなく真正面から感じる体温。

 疲労も眠気も無しに感じる熱さで、逆に頭は冴え渡っていく。いつもとは違う。そんなものに頼らず、私の意思で。先生の意思で。線の向こうへと踏み入るのだ。

 

 そういう決意を持って、私は今日ここに来た。

 

「さあ、先生。おっしゃって下さい」

 

耳元へ口を寄せ、囁くように告げる。いつもとは逆の状態であることが、ひどく新鮮で楽しい。

 

 "……ッ! "

 

 普段吸っている私の香りが届いたのだろう、先生の瞳に「色」が灯る。当番の度に行われる、名前の付けられない奇妙で歪な関係。その時の色。

 スイッチが入った。いや、私が入れた。ここから先へ、進むために。

 私の熱が伝わっているだけではない、先生の熱も伝わってくる。お互いの体温が布越しに混ざりあって、別の熱さに変わる。

 ……いつもと違うのは、今日は理性の鎖があること。お互いに。ただしそれを、一つ一つ丁寧に解いていく。言い訳などする余地を微塵も残させないために、理性と熱と「色」でもって、溶かしつくす。

 

 先生の瞳に映る私の、その瞳にも。同じような「色」が。

 

 あるいは。先生のそれより、更に強く灯っていた。

 

 

 

 詰め寄ったその勢いのまま、先生を椅子へと座らせる。深く腰掛けさせ、その上へ私も。

 お互いに向かい合った状態で、私が膝の上に乗る形。

 普段の二人羽織じみた座り方とはこれもまた真逆で、でも混ざる熱はいつもより熱く。

 

 座ってしまえば、もう身長差も何もなく、目線が平行に交わる。

 それでも普段より強固な理性が、目線を逸らそう──とする頭を両手で捕まえ、強引に固定する。

 

 先生の目には私が。

 私の目には先生が。

 

 お互いにお互いの姿のみを映す。

 

 ”……言ったら、どうなるの? ”

「それは言ってみない事には分かりません。お菓子を貰えるのか、あるいは」

 

 流石に私自身がお菓子です、なんてことは口が裂けても言えないが。そんな考えが掠めるくらいには私は私に自信がある……というか、付いた。

 少なくとも、先生限定で。回数が多くないとはいえ、あそこまで執拗に私を求められれば。否が応でもそう思えてしまう。

 

 この人は、私に夢中なのだと。

 

 好意の矢印が無数に向けられ、その全てを躱す彼が。そんな人が私にだけ向ける欲。普段は意識すらしていない、自分の中の何かを刺激するには十分すぎる。

 

「さあ、どうぞ?」

 

 まだ無駄な抵抗を続ける先生の背を押すように、優しく声を重ねる。

 いつもはいいようにしてやられているせいか、先生が狼狽える様にどこか昏い悦びを覚える。

 そんな思いが私の体温を上げ、気付けば少し汗ばむくらいに。

 

 つまりそれは、先生への誘惑の追撃に他ならない。

 

 案の定、彼の瞳の中の色は更に濃く。

 いつもと同じ状態、されど向きは反対で。お互いがお互いに薪を追加するような現状に。更に。

 疲労も眠気も無い通常通りの理性を焙っていく、交ざった体温。私の匂い。

 それが、普段は曖昧になっている背徳感というスパイスを、彼の理性に叩きつけ、煽っていく。

 

 ”……ト”

「……」

 

 呻き声とも似た掠れ声で呟かれた言葉に、沈黙で返す。ただし、捕まえたままの彼の頭の、口元へ私の耳を寄せ。一言一句聞き漏らさない様に。

 更に近づいた距離、そして彼の鼻孔を擽る匂い。

 

 それが、恐らく。続きの言葉を引き出す鍵だった。

 

 ”……トリック・オア・トリート? ”

「……おや。お菓子か悪戯か、ですか」

 

 一瞬上ずりそうになった声を強引に修正。いっそわざとらしく聞こえる様に、言葉を紡いでいく。

 震える彼の声。緊張と興奮でのぼせる体から立ち昇る汗の匂い。身にまとう珈琲の香り。

 

 何のことは無い、興奮しているのは彼だけでなく。私も同じだということ。

 それを自覚し、また暴れそうになる声音を務めて平時の調子を保つように力を傾けながら。

 

「全く。困りました。私は勤務明けで生憎、お菓子を持っていません」

「これはこれはどうしましょうか。問われたにも拘らず、お菓子を渡せなかった者は──」

 

 

 彼の頭を搔き抱き、耳朶を食める程の位置から。明らかに自らで分かる程の艶が入った声色で。普段通りなんて何処にも無い。

 

「──悪戯されても、仕方ないですね?」

 

 ですから、さあ。どうぞ。ご自由に。

 *

 ガチリと。

 私の冷静さと熱と理性が。彼の理性の鎖を引き千切った。

 

 ”カンナ……ッ”

 

 ようやく。ようやくだ。

 私の力ではない、彼自身の意思で。私の首筋、鎖骨のあたりへと。私に頭を抱かれたまま、その力に逆らわずに、顔を(うず)める。

 

 いつもと同じように。いつもより力強く。

 吸って。吐く。吸って、吐く。

 私の匂いを体中に取り込んでいる。それも。ただ自らの熱の赴くままに。普段の、疲れや眠気に押されている時とは断じて違う。

 今は、100%彼の意思だ。そうなるように、私が仕向けた。

 

 改めて、匂いを嗅がれる羞恥と。彼の理性を壊せた高揚感に背中を押されて。私自身の躰の感覚が鋭さを増していく。

 

 首筋に触れる吐息の熱が。一呼吸ごとに上がる。

 零距離で触れ合う鼓動が。激しさを増していく。

 私の掌と重なる彼の掌が。私と彼の汗で交ざる。

 

「んっ……」

 

 自らの口から思わず、息が。声が漏れる。前は無意識の内に押さえつけたそれを。今回は逆に、抑え込もうとする無意識を自身の理性でねじ伏せる。

 もうごまかしは効かないし、そうする必要も無い。

 そう告げる私の思考が、更に興奮を加速させ。

 

 声を。艶声を喉奥から奏でた。

 

 ”カンナ……”

「ええ、どうぞ? ……私は、お菓子を」

 

 持ち合わせていませんでしたから。

 そんな最早戯言に過ぎない免罪符を手渡して、更に奥へ。

 かつての関係では踏み越えられなかった一線。その先へ。

 

 存分に「呼吸」した彼が、そのままの位置で。口を開ける。

 そこから漏れる、息になる前の息。体温をそのまま帯びた、熱が。私の首を焼き焦がす。

 当然錯覚だ。人の息が火傷する程の熱さである訳が無い。

 それでも鋭敏になった私の感覚は、まるで火傷をしたかのように、刺激を私の脳髄へと流し込んでくる。

 

 その火傷はとても甘く。自分では全くもって鎮められないような甘美な味。

 

 そして、それを分かっているのかいないのか。彼は開けた口を。私の首へあてがい、呼吸では明確に無い力で。

 

 大きく、強く。吸った。

 

「~~~~ッッ!!」

 

 瞬間。

 私の躰を駆け巡る未知の刺激。反射的に噛みしめて堪えて、それでも漏れてしまう嬌声。今までとは文字通り次元の違う感覚。そんな私の様子に先生もあてられたのか、より一層ボルテージが上がっている。

 

「ひゃうっ……んあっ……ちょ、っちょっとせんせ、まっ……だっ」

 

 未知の感覚に弄ばれる私の反応を見て、それを愉しむように彼の勢いが増す。

 先程まで主導権を握っていたのは私だった筈なのに、最早逆転してしまっている。……一番の問題は、それを心地よく感じている私がいることだ。

 

 優位に立ってことを運ぶのも確かに楽しかったが、それでもしっくりくるのは。

 私が。彼に。存分に味合われている状態だ。

 

 吸って、噛み。火傷より甘く傷がついたそこを丹念に舐めとり。その舌の熱さにまた火傷を重ねて。

 口を離されて浴びる冷気さえ興奮に変換されて。一息もつけない間に同時に反対の首筋へ口を付けられて、冷気と熱気が二重になって襲ってくる。

 

 冷まされ、嗅がれ、吸われ、噛まれ、這われ、冷まされ。その繰り返し。

 私はもう既に嬌声を上げるだけの楽器になっているといっても差し支えの無い程に乱れてしまっていた。

 

 彼も息が続かなくなったのか、ようやく私を弄ぶのをやめて、顔を上げる。

 

 荒い息のまま視線が交わり。瞳を覗けば、お互いに灯った「色」は既に「欲」へと変換されていた。

 

 次に引き寄せられるのは。

 

「先生ぇ……?」

 

 内側から溢れ出す、抑えきれない衝動。視線が絡まり、熱が交ざり、興奮を共有して。でも。

 私はまだ。

 

 彼を、味わっていない。

 

 その思いから自然と引き寄せられる場所へ、彼も同じ思いなのか、同じ動作を。

 それを目の端に捉えて、視界を自ら閉じ。距離が詰まっていくのを鋭敏になった鼻孔が感じ取る。

 

 そうして、その距離が無になって──。

 

 今度は、足音なんてどこにも。

 

 響くことは、無かった。




2年前くらいのハロウィンの時に書いた一線を越えさせるために頑張る話。カンナ誘い受け。
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