カンナとインモラルにいちゃつく話   作:33z

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小夜曲イベ実装と同タイミングで書いたやつ。なのでカンナのバレンタインエピ実装より前。公式が実装する前の滑り込みセーフ扱いって事で一つ。


バレンタイン・デー、ですか

「バレンタイン・デー、ですか……」

 

 ”ですかって……まあ二日先だけどさ。今日は──”

「いえ、その先は言葉にせずとも問題ありません」

 

 二月十二日。バレンタインデーの、二日前。

 

 時刻は十三時。場所はD.U.シラトリ区、トライスクエア。

 公園広場にある大きな時計の下。仕事中には付けられないだろう細身のベルトで誂えられた腕時計に目をやっていると、声がかけられる。

 いつかの迷子の時のように突発的に呼び出したのではなく。もっと計画的に。

 

 当然だ。私と先生で示し合わせて。待ち合わせたのだから。私らしくない。「らしくなさ」が気恥ずかしくて思わず誤魔化しに走ってしまったけど。

 思わず目線を下に向ければ、文字盤を内側に向けた腕時計が目に入る。ああ。本当に似合わない。顔から火を噴くというのが比喩にならない程恥ずかしい。機能美を度外視した、「おしゃれ」。

 

 けれどどうしても心躍る自分がいるのも確か。これは。世間一般で言い表す所の。いわゆる、デート、と。そういうのだろう。

 ───

 ──

 ─

 ”二月十二日! カンナ休みだって言ってたよね! ”

 ”デート! しようよ! ”

 

 そもそもは一週間前。先生からのモモトークが発端だった。去年のハロウィン以来、歪んで……爛れた関係を清算して、晴れて「そう」なった私達ではあったが。

 お互いの業務の隙間を縫い当番という枠を超えて時間を取ってあってはいたものの。クリスマスも年末も文字通り師走の忙しさに追われ、それはシャーレ内に限られていた。別に不満があった訳では無い反面、人並みに二人で出かける、なんてことにあこがれが無い。なんてことも無く。

 

 渡りに船。そう思って二つ返事で了承した。

 これは。冷静になった思考で振り返れば。私はデート、に誘われ。返事を返した。そういう事になる。

 

 ふむ。どうしたものか。段階を飛ばした付き合い方が始まった私達は。始まりがイレギュラーすぎて。端的に言って関係性の構築が歪だったから心の準備が出来ていない。今更。そんな感情が無いといえば嘘になる。だけど。

 

 好きな人にデートに誘われる。そんな今の感情を、心の内を率直に吐き出すなら。嬉しい。照れる。恥ずかしい。今すぐに枕に顔押し付けてバタバタしたい。

 いや、既にしていた。

 

 ヴァルキューレ警察学校所属の生徒に割り当てられた自室にて。ットの上でみっともなく悶える局長の姿があった。

 

 というか私だった。

 *

 さて。これはどうしたらいいんだろう。冷静など微塵もない茹った頭で、浮ついた気分のままどうにか思考を巡らせる。

 

 私が行うべき準備。とは──

 ─

 ──

 ───

 ”さて。一応プランは組んで来たけど”

「……ええ。聞かせていただきます」

 

 かぶりを振って思考を今に引き戻す。目を前に向ければ、いつもと同じ笑みを浮かべる先生の姿。服装はいつもと同じに見えて、少しづつだけど。気合いを入れていてくれたのだろうな、そう感じ取れた。

 

 例えば皺ひとつないシャツであったり。寝癖一つなく整えられた髪型であったり。普段キヴォトス中を駆け回っている筈なのに綺麗に磨かれた靴であったり。

 

 関係性を公にしていない私達が、誰かに見られた場合でもどうにか言い訳の立つレベルで精いっぱい。そんな姿を見て思わず笑みが浮かぶ。

 そして、細かな所がひとつひとつ目に入っては嬉しくなる自分自身には苦笑が。

 

 本当に骨の髄まで参ってしまっているんだな、なんて。

 

 ”──って感じ。どうかな? ”

「……はい。ありがとうございます。今日は楽しませていただきますね。……これで返事はあっていますか?」

 

 今日のプランを説明している言葉を右から左へと通りすぎ。心ここにあらずだったことを煙に巻こうと、その場繋ぎの言葉を紡いだ。

 

 ”うん。大丈夫だと思うよ。ああ、それから”

「?」

 

 ”今日のカンナ、すごく素敵だよ! ”

 

 ……まったく。そういう所ですよ、先生。とは言えなくて。右手を顔の盾にして。赤みの差した頬を隠した。

 *

  そんな考えが胸の内に燻ぶっているのに、私の耳に届くのは(ゲヘナ自治区の外のはずなのに)ゲヘナ風紀委員長の失権に沸く不良たちの怒声。

 ……別に空崎ヒナが、仮にいなくなろうともゲヘナの外への影響は無いのにも関わらず。一斉に発生した犯罪行為に対処すべく、喧騒に包まれるヴァルキューレ。

 

 ……重ねて言うが、不満ではない。不満ではないけれど、それなりにフラストレーションというのは溜まるモノだ。

 

 私のそんな雰囲気を察したのか、途端に表情を曇らせる先生。……流石に大人げなかったか。こほんと、咳ばらいを一つして空気を変えた。

 

「まあ、すぐに健在ぶりがアピールされたので。むしろ一斉摘発のチャンスになりましたよ」

 

 そうフォローを入れておく。

 それに、私に燻ぶった不満、もといフラストレーションは既に。先程の一言で満たされている。

 

 不慣れながらにもファッションを整え、デートに臨んだ。日付が確定した翌日から休憩時にはファッション誌をめくり、インターネットでコーディネートを探して。慣れない苦労を重ねて。……なぜか部下からの眼差しは一層熱くなってフブキからは含み笑いを向けられていたが。

 

 それでも私なりに精いっぱいの努力を重ねた今日の服装を、満面の笑みの賞賛を貰えたら。それだけで、報われた気分になったのだから。

 

 閑話休題。

 

 DU区から電車へ乗り、トリニティ・スクエアへ一路。

 目指す場所は──。

 

「中央図書館、ですか」

 ”うん。ほら、カンナ前に読書好きだって言ってたじゃない? だからさ”

 

 言わずと知れたキヴォトス最大の蔵書量を誇る巨大な図書館。下手に歩き回ると遭難する、などという噂も眉唾だと切って捨てられなくなる程の大きさ。

 

「以前は非番の度に足げしく通ったものでしたが。いつからか忙しさに追われてこちらまで遠出するのも億劫になっていて……」

 ”そうじゃないかと思ってさ。なので、今日は読書を中心にと思ってね。といっても、この後予定もあるから一冊を読破するって訳にも行かないんだけど。カンナと一緒に読書したいなって”

 

 そう言えばそんな話もいつだったかしたような。おそらく日常の中のほんの些細な会話だったのによく覚えて。

 

 しかしそれはあまり、デートらしくないのでは。そんな私の表情を読んでいたかのように、先生が言葉を重ねた。

 

 ”まあまあ。そう思う気持ちも分かるけどね。意外と楽しいんだよ、誰かと同じ空間で読書の時間を共有するっていうのは”

「はあ……? そういうもの、なのでしょうか?」

 

 思えばDU区の時点で了承の意を示していたのだから、異を唱えるのも少し遅い。それに、何気ない会話の内容を覚えていてくれた、そんなところにまた喜びがこみ上げて。また自分を抑えるのに一苦労。

 

 私に歩調を合わせる先生から、更に意図的に半歩遅らせて。また頬に差した朱色を隠して目的地へ向かう。

 その後もしばらく会話を交わしつつ、目的地へ到着する。文字通り見上げるほどの建物。ここに来るのもいつぶりになるか。

 簡単な手続きを済ませ、扉の奥へ進む。久々に足を踏み入れる図書館の雰囲気。外とは違う本が纏う空気は、それだけで本の世界を巡る楽しさを思い出させてくれるかのよう。久しく感じていなかった独特の空間に、思わず口角が上がる。

 

 ”じゃあ行こうか、カンナ”

 

 先生に手を引かれ。目くるめく本の世界へ。デートに対する高揚感と趣味へ没頭できる高揚感。それらをないまぜにした繋いだ手の熱さと、頬に宿る熱はきっと。同種のものではない。

 

 いや。切り離して考えるのは勿体無い。両方を思いっきり楽しまないと。

 ───

 ──

 ─

「その、すみません。つい熱中してしまい……」

 ”いやいや、私も楽しかったよ。カンナのプレゼンも上手くて、かなり興味を引かれたからついつい借りちゃったし”

 

 二時間後。

 そろそろ次の場所への移動の為、図書館を出よう。と、気付いたのは先生で。私はといえば、自分の好きな探偵小説のシリーズを熱く先生に語っている所へストップをかけられた。

 

 それもこれも、先生が聞き上手なものだから。最初は一冊目の、それも冒頭だけの説明のつもりだったのに、いつの間にかシリーズを通しての特徴や作者についてなどを進めてしまっていた。

 

 なんというか。自分の好きなものについて好きなように語って、それを楽しそうに聞いて貰えると。楽しいのだ。本当に。

 

 ”それにしても。ネタバレなしによくあそこまでうまく魅力をアピールできるものだね。本の内容もそうだけど、語り自体も興味深くて聞き入ったよ”

「これ以上蒸し返さないでください……」

 

 えー、本当にすごかったんだけどなあ。

 思わず、といった様子でこぼす先生の言葉を聞いてしまい、図書館に訪れるまでに感じていた恥ずかしさとは明確に異なる恥ずかしさで背筋がむず痒くなる。

 だめだ。この話題を続けるのは分が悪い。

 

「こほん。えーと、先生。次はどちらでしたっけ?」

 わざとらしい咳払いと共に、話題を転換する。

 

 ”次は山海経の中央に最近できたって噂のチョコレート専門店。時期もあって結構な生徒が口々に話題に出してたんだよね。カンナも甘いもの嫌いじゃないでしょ? だから一緒に行ってみたくてさ”

 

 あ、と。

 無意識に肩にかけたバッグに触れる。脳裏を過る昨日の作業。柄にもなく、と自分でも思っていた。それを表明しようと口を開く。けれど、続けられた先生の言葉で言いだすチャンスを失った。

 

 ”私の誕生日の時には行きつけのお店を教えてもらったからね。そのお返し、的な? ”

 

 それは。

 過去の私の発言に基づいた気遣い、だと思う。関係性が変わる前の。その時は良き同僚のような。慕う気持ちはあれど、それでもヴァルキューレに所属している公の私としての言葉。

 

 直接の贈り物は渡せない、と。

 

 私は確かにそう言った。八割方私の考えすぎだろう。単純に物珍しい所を二人で回る以上の意味なんてなくて。それにしたって、私が今この場で一言告げれば済む話のはず。先生ならおそらく、いや絶対に喜んでくれる。そんな確信まであるのに。

 

 それでもなぜか言いだせない。

 

 専門店のものと比べられるかもという考え。それはある。

 きっと当日には、先生の元へ様々な生徒から送られるだろうものと比べられるかもという考え。それもある。

 多分その中には料理が得意な生徒も沢山いて。

 

 結局のところ、私にあったのは。もし比べられたらどうしよう。そんな考え。

 自分にある臆病な心。

 あるいは。意図的に目を逸らしていた、「誰かに大切に思われている人を独り占めにしている」という想い。

 

「……ええ、楽しみです」

 

 浮ついていた心に走る一筋の苦み。頬の赤みが冷えていく。

 それを表には出さず。嘘ではない、けれど100%の本心とも言い切れない言葉を滑らせた。

 *

 ”チョコレート専門店ではあるんだけどね、そのチョコを使って色々なメニューがあるらしいんだ。バレンタインの目玉のチョコレートは勿論、プリンにケーキ、後はドーナッツもあるんだったかな”

「それは……部下たちにお土産として買っていっても良いかもしれませんね」

 

 デートの始まりとは別の理由で、今は顔を向けることが出来ない。

 どうにかそれを表に出さない様に、会話を繋げる。よくない傾向だ。せっかくの時間を無為にはしたくない。

 そう思っているのだが、内心を察せられない様に取り繕う事で精一杯。

 

 そうして心ここにあらずだったからだろうか。向かう先へ進むにつれ喧騒が大きくなっていることに、ある程度の距離まで近づくまで気づかなかった。

 正確に表すなら喧騒だけ、ではない。

 爆発音。銃声。掘削音。破砕音。怒声。キャタピラの駆動音。硝煙の香り。

 

 私にはあまりにも聞きなれた、そして先生も慣れ親しんできているであろう、キヴォトスにはありふれた戦闘の匂い。そしてそれは、私達の進行方向から大きく響いてきている。

 

 ”……? ”

「……?」

 

 思わず傍らの先生と顔を見合わせ、徒歩から走りへと。速度を上げて戦闘音の中心へ向かう。

 

 つまり私達の目的地でもある、件のチョコレート専門店へと。

 戦闘音を辿り、現場へ到着した私達の目に映った光景は果たして。

 *

『ゴミは掃除しねえとなあ!!』

 銃声。

 

『んぁーっ、マジムカついてきたぁ!』

 銃声。

 

『──ちゃん、盾だよ! 集まって!』

 銃声。

 

『キキキッ、撃て! ……う、うわあっ……ま、間違えたあ!』

 砲撃。

 

『──ト先輩? 本当にもう……仕方ないですね……』

 砲撃。

 

『悪く思わないでね……!』

 銃声。

 

『行け、我が親衛隊! 粛清対象は、あそこだ!』

 銃声(複数)。

 

『腰を抜かさせてあげましょう!』

 閃光。

 

『──光よ!』

 閃光……閃光? 

 *

 ”「えぇ……?」”

 

 一言で言い表すなら混沌。そうとしか形容出来ない物だった。

 私達の目的地であっただろう建物はすでに半壊。絶え間なく響き渡る銃声と爆発音に目が眩みそうになりながらも周囲にはざっと見渡せば、ゲヘナ、トリニティ、ミレニアムの三大校の制服を着た生徒達が入り乱れて戦闘を繰り広げており。しかも前述の三校は目立っているというだけ。

 他にも人数でいえば恐らく一番の数になるであろうレッドウィンター、黒髪の店員と共に暴れまわるあの制服はアビドス……? と思われる数人などなど。

 とにかく、キヴォトスのめぼしい学校が一堂に集まっているのではないかと思えるほどの人員を中心にした戦闘風景。

 

 そしてそれを外側から参戦し戦闘鎮圧に動こうとしている、山海経の制服に身を包んだ戦闘部隊と、私の所属でもあるヴァルキューレ警察学校の部下達。

 

 何はともあれ、まずは状況把握だ。

 そもそも今日は非番だったし部下達からも『絶対に連絡は致しませんので!! 是非楽しんできてください!!』などとなぜか複数回に渡り念を押されていたが、流石にこの光景を目の当たりにして動かない訳には行かない。

 

 そしてそれは、先生も同じだろう。一目向ければ返ってくるのは頷き。大丈夫だ。考えは一致している。

 そんな中でも、デートがつぶれてしまって残念だと。そう思う心があった。きっとそれが、私の本心。

 ───

 ──

 ─

 私の思いや考えを一度棚に上げる。まずはこの場を治めることを目標として動き始めねばならない。

 情報を収集するべく、声を掛ける人員を探す。あたりを忙しく駆け回る私の部下の他、生活安全局の中務キリノの姿が目に入り。

 彼女なら丁度いい。そう思い後ろから声を掛けた。

 

「状況は?」

「あっお疲れ様ですカンナ局長! ……局長? あれ? 本日は非番のはずでは?」

「通りがかりだ。流石にこの光景を見て何もしないという訳には行かないだろう」

 

 ”お疲れさま、キリノ”

「あれ? 先生もいらっしゃったんですか!? ……? あれ? 先生と、カンナ局長?」

「とっ、とにかく! 状況の報告を!」

 

 あまりこういった勘が鋭くなさそうなキリノだったのが幸いした。これがもしフブキならと思うと、若干背筋が冷えるような思いがする。

 ……まあ昨日の表情、そしてハロウィン以降の私への態度を見るに大方察しは付けられていそうなものだが。

 誤魔化しも含めて報告をせっつき、口を開くキリノ。

 

「は、はい! 状況はですね、」

「チョコレートを食べた美食研究会が店に爆弾を放ち、

 偶然この店の潜入捜査に来ていたC&Cに飛び火して攻撃を食らったと勘違いしたメンバーの一人がショットガンを放って戦闘開始、

 した先に居たのがバイトに来ていたアビドスの生徒だったようで喰らった銃撃に呼応して発砲、

 の銃口が跳弾によって狂いこの店の売りのチョコケーキを食べに来ていた放課後スイーツ部に直撃して反撃に出た部員の一人が発砲、

 と同時に爆破によって足元が崩れ銃弾が数量限定のチョコプリンを買いに来ていた万魔殿の小っちゃい方の足元に跳ねそれを見て激怒した連れの方が戦車を呼び出して砲撃、

 の余波でパトロールの最中にドーナッツを買いに来たフブキが巻き込まれて沈黙し、

 砲撃の着弾点に部活動をサボってチョコを食べに来ていたゲーム開発部の面々がおり、防衛をクエストだと考えた部員の一人がレールガンを持ち出し砲撃、

 して建物の一部が損壊し瓦礫が落下した地点に同じくプリンを買いに来ていたレッドウィンターの書記長に当たりかけ、

 またしても連れの方が激怒して親衛隊を展開して面制圧射撃を開始、

 した所をバイトの店員を守るようにピンク髪のアビドスの生徒が盾を展開して防御、

 した跳弾が店を襲いに来ていたカタカタヘルメット団の一人に掠め、

 それを見た団のリーダーと思わしき人物が失敗を悟り殿に黒髪長髪の団員を残して逃走し、

 ヘルメット団の姿を見かけた自警団が閃光弾を投げ込んだ、というような状況です! 

 そして美食研がこの店を爆破した理由であ

『クロノスチャンネルをご視聴中の皆さん! 速報です! 新進気鋭のチョコレート店爆破ニュースの最新情報です! なんとこのお店はチョコレート内に興奮剤を混入されて販売を行っていた模様であり、店主は二日後に大量に売りさばいてとんずらするつもりだったなどと供述しております! そしてなななんとこの一連の事件の黒幕はゲヘナを根城にする秘密組織・便利屋68だとの新情報も……はい? 確定していない情報を精査も無く流すな? ……チッ、一旦CM入りますがチャンネルはそのまま──ブツッ』

──とのことです!」

 

 街頭に展示されたテレビから流れる報道機関の音声が不意に途切れた。後に残るのは自然の風景が映されたディスプレイと、未だに鳴りやまない戦場の音。

 

 ”いや……とりあえず絶対アルじゃないって……”

 

 メガネを外して目を覆い、天を仰ぐ先生。その口からこぼれた呟きも遠く感じる。

 なんというか、頭が痛い。こめかみに感じる疼痛を抑えながら、考えを整理する。

 

 ”確認しておく? ”

 先生からそう話を振られる。まとまらない思考のまま、その言葉にうなずきを返す。私の動きを見て、先生は端末を操作して耳に当てた。数コールの後に明かるげな声が聞こえてくる。

 

 ”もしもしアル? ちょっといいかな? スピーカーの状態で話したい事があるんだけど”

『あら、先生じゃない? ええ構わないわよ! 経営顧問の進言は受け入れてこその社長というものだわ!』

 端末を耳から離し、私達にも聞こえる状態を作ってくれた。

 

 ”ありがとうねアル。それで聞きたいんだけど、今何してる? ”

『今? 丁度依頼をこなしていたところよ! それも要人探索なんだから!』

『ちょっとアルちゃん? 見栄張っちゃダメだよ? 飼いウサギが居なくなったからってその捜索を頼まれたんじゃない』

『ムツキ!? なんでバラしちゃうのよ!?』

 ”あー、うん。頑張ってね、アル。……それとテレビ、見た方が良いと思うよ”

『? よく分からないけど……ちょっとムツキ、テレビ映してちょうだい……って、なななな、なっ、何ですって──────!!!??? 私達チョコレート屋なん──ブツッ』

 

「「……」」

 

 ”……ね? ”

 

 まあ。とりあえず。便利屋が黒幕、という線は消えたとみて考えて良さそうだ。であれば次の一手は。

 

「まずは現場を鎮圧しましょう」

 ”そうだね、それがベストだと思う”

「はい! 玄龍門の戦闘部隊との連携は既に取れていますので! ……というか戦闘に参加している方々の学籍があまりにも多色すぎたのか、今回はヴァルキューレへ応援要請が掛かったんです……」

 

 そういえば、といった様子でキリノからの補足説明が入った。

 普段自治区内で起きた戦闘や犯罪行為に対してヴァルキューレの干渉は難しい。だが今回に限っては相手が悪い、いや、学籍が多岐に渡りすぎている為、むしろヴァルキューレを介入させた方が丸く収めやすい、という政治的な配慮も多分に含んだ判断なのだろう。

 

 ともあれ、既にこちらとの連携が取れているのであれば話は早い。後必要なのは二組織に渡る鎮圧部隊を統率出来る存在。それならば適任が私の隣にいる。

 

「ちなみに先生、玄龍門との関係は?」

 ”何度か一緒にトラブルの解決に当たったことがあるよ。だから大体の子たちとは顔見知り”

「良かったです。ならばお手数ですが」

 ”うん。戦闘の指揮は私が取るね”

「ありがとうございます。では私は部隊を編成してきます」

 

 軽い打ち合わせを取り、それぞれが目の前の戦闘を治める為に動き出す。皆が持ち場へ移動する隙間の時間、先生と二人だけの小休止。一言二言、プライベートな会話を交わせる空白。

 

 ”すぐに鎮圧して、デートの続き。だね”

「……っ。はい。私も、まだ楽しみたいですから。手早く済ませましょう」

 

 さあ。予定とは違うが仕事の時間だ。この時だけは狂犬に戻って。そしてその後はまた。考えたことはたくさんある。迷いもある。だけど今は。

 

 デートの続きを楽しみたい。それが嘘偽りのない、私の心。

 ───

 ──

 ─

 ”時間、かかったね……”

「ええ本当に……空ももう真っ暗です……」

 

 既に残骸にまで変化を遂げた元チョコレート専門店を見ながら、思わずため息とともに言葉がこぼれる。

 時刻は二十時。もろもろの手続きや後始末まで含めて、気付いたらもうこんな時間。人員はすべて引き上げが完了して残っているのは私達のみ。そういう私達も残りの作業も片付き移動もできる状態になってはいるが。

 本来の予定であれば確か、

 

「映画と、ディナーの予定。だったのでしたか」

 ”うん、チョコレートスイーツで小休憩取って映画見に行って。その後ディナーって流れだったんだけどね……。ま、映画はともかくレストランにはもうキャンセルの連絡入れてあるから問題ないよ”

 

 伸びをしながら私の独り言程度の大きさの言葉に返す先生。流石に疲れが来ているのか声には覇気が幾分か欠けている。

 

「その、申し訳ありませんでした」

 ”いやー、こればっかりは仕方がないよ。カンナが謝ることじゃない。それを言い始めたらあの店をピックアップした私の問題でもあるしね。それよりこの後どうしよっか? ”

 

 ここだ。伝える(渡す)ならこのタイミングしかない。

 図書館からの移動中に言い出せなくて、カバンの中に押し込めた後ろめたさとプレゼント。でも今日一日を振り返って。いいや、そもそもの初めから思い返しても、私がどうしたいかなんて最初から決まっていた。ただ少し見失っていただけの話。

 

 きっとバレンタインというのはきっかけに過ぎないのだろう。ごちゃついた頭の中と整理の付かない感情を、それでも相手に伝える為の。

 

「あのっ」

 ”ん? どうしたの? ”

 

「この後、の予定ですが。シャーレに行きませんか? ……先程はトラブルに見舞われて小休憩という訳には行きませんでしたが。今日の私は丁度良く『お菓子の持ち合わせがあります』から」

 ”!”

 

 カバンの中からラッピングされた小箱を取り出す。ある種あの日の焼き直し。お菓子の持ち合わせが無い事を免罪符にして一歩踏み出して関係を変えた、忘れもしない十月三十一日。

 

 それを今日は、お菓子を持って。

 

「……といっても、以前申し上げた通り。ヴァルキューレ警察学校に籍を置く身としては直接の贈り物は出来ません。なのでこれは私個人で消費する予定でした。が、もしよろしければ──」

 

「──二人で、一緒に。食べましょう?」

 

 なんて。少し気取った言い回し。

 

 ”……そうだね。じゃあお言葉に甘えて。ご相伴に預かろうかな。そういえば私も少しお高めのコーヒー豆を買ったところだったんだよね”

「おや、それは楽しみです。きっと相性はいいと思いますよ。何せこのお菓子は」

 

 とびっきり甘い、チョコレートですから。

 

 どちらかともなく手を絡めてシャーレへの道を歩く。頬の赤みが差しても歩幅は変えずに、二人並んで。他愛ない会話を交わして。硝煙が晴れた暗闇の空の下、星明りに照らされて。

 

 

 世間一般の風習であれば二日先。けれど私にとってのバレンタインは。まぎれもなく今日だった。

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