氷島の王より両儀は生じて   作:につけ丸

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ちょっと猿展開気味。

けっこう捏造してます。描写がないから……。





002:力の片鱗

 アイスランドのラキ火山。

 

 氷語でラーカギーガル、"反芻する火口"を意味するこの火山は富士山のような分かりやすい火口はなく亀裂のような割れ目がどこまでも続く。

 過去、大噴火のおりに遠い日本で大飢饉の遠因にすらなった火山だが、今は静かなものだ。

 

 その一角で、夜色の大鎌と金メッキの施されたディスクが出現した。

 

 大鎌はやがて人の形を得た。鉄が熱で鋳潰されるように。氷が熱に溶かされるように。

 変容した大鎌は鉄の硬さを失い、人の柔さを得た。

 

 成り代わったのは幼い少女。

 

 十二、三歳ほどの幼い躯体。閉じられた両の(まぶた)。怖いほど凄絶に完成された幼貌。

 肩口まで伸びた銀月を梳かしこんだ髪は、どこか昏い。陽の落ちない白夜のなかでも深い夜色が、少女の周囲には満ち満ちている。

 

 

「はーーーーーー、めんどくさ」

 

 

 夜闇にうごめく少女はカンテラに火を灯し、大きくため息をついた。

 

 

 

 神祖──。

 

 人よりも神に近く、命の根拠を女神にもつ彼女は、生まれた瞬間にすでに完成されている。人が短い人生で答えを出す難問の多くを悟ってしまっている。

 

 だから夜色の少女は弁えていた。

 己の誕生過程も、己の生かされた意味も、己の使命ですら。

 ゆえに彼女には数多くのタスクが存在する。使命という名のタスクが。

 

 だから生まれて早々、言ってのけたのだ。めんどくさい、と。

 

「はぁっ、まあいいわ。望まれはしたけど、やり方は指定されていないのだし。好きにやるわ」

 

 世に隠れなき怪物の名を冠した若き神祖、だが今はまだ人より少し強いだけの素っ裸の女の子でしかない。

 草木から一着のローブを編み出す。全身を深く覆いつくすローブの分厚いフードを目深にかぶった。

 

 辺りを見渡せば、いるところにはいるものだ。人の身でありながらまつろわぬ神を弑逆した暴れん坊がいる。

 

 

「へぇ、近くに神殺しがいるじゃない。あれ、今の時代だとカンピオーネが流行りなんだっけ?」

 

 カンピオーネの近くでなら、己の使命が非常に楽になるのは間違いない。きっと。

 

「合縁奇縁。古き私の逆縁の担い手と再会するのも悪くはないけれど……今の私は、私の縁を紡ぐとしましょう」

 

 これもなにかの縁だろう。まずはかの神殺しを見定めるとしようか。桜色の唇に触れながらそう思案する。

 

 同じく自分と一緒に出現したディスクを手にしながら、神祖は身をひそめた。

 

 閉じられた目はそのままにカンテラを揺らしながら去っていく。

 

 ディスクの縁にはまだ真新しい装飾があった。これは墓碑銘。かつて力ある少女たちが遺した最後の(よすが)

 

 今は──雌伏の時。

 

 

 


 

 

 

「着いたぞ、ガソリンスタンド」

 

「?」

 

「?、じゃなくて残念だがここで俺たちはお別れだ。もう少し歩けば人のいるカフェがある。そこで首都(レイキャヴィーク)へ帰る手配をしてもらうんだな」

 

 無人のガソリンスタンドだから自分で給油しながら言い渡すが、分かっているのかいないのか。レンタカーから下りたシギュンは赤い本を抱えながら、突っ立ったままだ。

 

「西の方角だからあの道を行けばそのうち着く。俺は東だから完全に逆になる。だからお別れだ。分かったか?」

 

「…………?」

 

「おいおい大丈夫かよ。……つか、お前スリッパなのか」

 

 

 気付かなかったが、シギュンの装備はえらく貧弱だ。

 

 靴は靴だが部屋の中で履くようなスリッパ。

 前足だけ覆うタイプの、外出するには不向きすぎる靴だ。

 靴下すら履いてない。

 

 カフェまで近いといえど日本でいえば北海道と四国の合わさったくらい大きな島だ。そこそこ歩く。風も強く、当然寒い。

 これで何十kmと歩けるのか? という疑問と心配が心にもたげる。

 

「お前、靴は? 平坦な道が多いけど凍ってるからトレッキングシューズくらいないとキツイぞ」

 

 というかこの女、ここらをランニングしてたにしては装備がえらく貧弱だ。 

 

 シギュンは白珊瑚の髪をこぼし小首を傾げるのみだ。

 

「はぁ。わかった。俺の負けだ。俺の予備を持ってけよ。サイズは違うだろうがスリッパよりマシだ」

 

 夸父(コホ)はトランクに置いていた予備のトレッキングシューズを出してシギュンに渡した。

 

 車のシートに横向きに座らせてスリッパを脱がしてやると、白い素足が出てきた。

 

 綺麗な足だ。

 

 夸父(コホ)は思った。

 別にやましい感情はないがそうとしか言いようがない。まるでさっき生えたと言われれば信じれそうなほど真っさらな足だ。

 そう、白と言うより真っさらなのだ。

 

 だから足首の少し上にある紫に変色した凍傷の跡がより痛々しく見える。

 

 なんなんだこれ……。

 

 凍傷で使えなくなった足をギロチンで切り飛ばしてまた新しく生やしたとしか思えない。異様だ。禍々しいのに神々しくも見える傷跡だった。

 

「ブカブカ……」

 

「文句いうなっての。感謝しろよ……まあ、詰め物でもするか?」

 

 思わず見入ってしまった。

 それを悟られないようつっけんどんに言い放ってから、頬をかいた。

 夸父(コホ)はガタイが良いから靴のサイズも特注サイズだ。見たところ20cm前半がいい所のシギュンには辛い。

 靴に履かれていると表現した方がいい。

 

 一度脱がせて厚手の靴下やインソールを何枚も詰めてやる。

 

「ヘン」

 

「うっせぇ。まぁ、あとは靴紐をきつく締めればどうにかなるだろう」

 

 シギュンの足元で太い指でえっちらおっちら靴紐を縛ってやる。さあ──

 

 ぽた、ぽた。

 

 トレッキングシューズの上に赤い斑点が生まれた。

 

 

「え?」

 

 

「ごほっ! ゴホゴホッ!! あ…………?」

 

 

 え、と夸父(コホ)も言おうとした。しかし出てきたのは言葉ではなく赤黒い血だった。

 

 夸父(コホ)の口の端から血が滴り落ちれている。くずおれていく身体を片膝で支えるが耐えられない。

 四つん這いになって喉から迫り上がる血を吐き出す。内臓がやられ、肺もダメなのか息ができない。

 

「こひゅ、こひゅ!」

 

 大丈夫だ、大丈夫。痛い内はまだ大丈夫。少しづつなら息も何とかできる。思考も淀みない、まだ生きている。

 

 それより──

 

 

「──仕留め切れなかったのは予想外だった」

 

 

 重い吐息が含まれた声音が夸父(コホ)の耳を撫ぜた。声の源流へと視線を探れば、いた。

 ガソリンスタンドから繋がる道路、その先にある苔むした岩陰。あそこに誰かいる。

 

「素直に謝罪しよう。君を痛みもなく殺すはずだったのだが」

 

 岩陰から謝罪とともに老紳士が出てきた。

 人種は黒人。年齢に寄るものか動きは緩慢でぎこちない。フィールドワークに有利そうなマウンテンパーカーにクラッシャーハット。

 テンプル騎士団と呼ばれる魔術も剣術もこなす魔術師はいるらしいが、その騎士と呼ばれる人種ではないのは明白だ。

 

 しかし怖い。

 

 明確に殺意がある。

 

 夸父(コホ)は思った。俺はあの男を知っている! 

 

妖精博士(フェアリードクター)ジョー・ベストッ! ジョン・プルートー・スミス(j.p.s)の懐刀がなぜアイスランドに!?」

 

 サー・アイスマン、アンドレア・リベラ……世に名だたるカンピオーネの介添人と目される声望極まる米国の妖精博士(フェアリードクター)

 夸父(コホ)の所属する組織のなかで2番目に要注意人物と目される宿敵の知恵袋。組織で崇拝を受ける、()()()が"真っ先に潰せ"と言っていたのを覚えている。

 そして潰せなかったのがあの老紳士なのだ。

 

 

「──私の要求はたった一つ」

 

 

 厳かな声で宣言した。

 

 

「邪術師集団《蝿の王》のメンバー……夸父(コホ)と言ったかな。君が米国(ステイツ)より持ち出した神具『赤牛の書』」

 

 老紳士の視線がめぐり、やがてシギュンの手に収まった赤い装丁の本で止まった。

 

「それを返却してくれさえすれば、私は即刻引き下がり君へ手を出さない事を約束しよう」

 

 『召喚』の魔術で呼び出した小さな種を潰すと、呪力が弾けた。

 

「でなければ、強引な手を使ってでも奪うことになるだろう」

 

 妖精博士(フェアリードクター)ジョー・ベストの得意とする魔術は聖樹崇拝を信仰としていたドルイドをモチーフにした魔術。

 生命溢れる樹木と忌々しい怨敵とを葬送し、力となす、生贄の魔術だ。

 

「い、嫌だ……」

 

「残念だ」

 

 ドルイド魔術は捧げることで発動する。そしてアイスランドで木々を捧げることは、魔術的にいえば禁忌に等しい。

 かつて人類が入植するまでは国土の2/3を占めた森林は今では国土の0.3%しかない。生きるため、暖を取るため、伐採し尽くした結果だ。

 

 ジョー・ベストのドルイド魔術は生贄にするものの価値によって比例する。

 補正が入るのは砂漠、荒野、そして凍土。つまり伐採された森林の上に凍土広がるアイスランドではジョー・ベストは無類の強さを誇る。

 

 夸父(コホ)もジョー・ベストもこの場所に訪れるのは初めてだ。だが地の利は完全に向こうにある! 

 

「我は捧ぐ。贄なるは仇なす敵の肺とウバメガシの種」

 

 攻撃対象と生贄対象を宣言する呪言。魔術はその言霊より、どれくらい魔術の仕組みを理解しているかによって威力の大小が決定される。

 北米で三賢人とも称され、魔術の本場である欧州にも並ぶ者なしという妖精博士(フェアリードクター)の魔術にまともにやり合える訳が無い! 

 

 普通なら。

 

 

「──求めるは癒し! 呪詛>>>再生、ひっくり返れ!!!」

 

 

 潰されていた肺腑や内臓が息を吹き返す。破裂していた内臓たちが糸もなく縫い合わされていく。

 これでやっとまともに動ける! 

 

「ほう……呪いを癒術へと変換したのか。興味深い」

 

 真逆の結果を得たにも関わらず、驚きはない。老練な重みと知性を感じる。

 この厚みを突破できる気がしない。凌げるとすら思えない!

 

「我は捧ぐ。贄なるは仇なす敵のアキレス腱とアラカシの葉」

 

 今だって言い様に呪詛を放ってくる。確実に止めるために足を狙ってきた。

 身体をなにかが蠢動する。宿主には生きていてもらわなければ困る。生かさず、殺さずを標榜とする寄生虫のごとく。

 忸怩たる思いはあるが今はそう言ってられない。

 

 

「──求めるは報復! 呪詛>>>反転! 行け!」

 

「ふむ。今度は呪詛返しか、厄介な呪術だ……いや特異体質というべきかな?」

 

 弾き返したはずの呪詛が通り抜けるように過ぎ去っていく。クラッシャーハットの縁に触れながら飄々と受け流している。

 

「くそっ、手の内がバレているのか!?」

 

「少しづつ削いでいこう。君は身体が大きい。出血死させるまで時間がかかりそうだが仕方ない……我は捧ぐ。贄なるは仇なす敵の鼻頭とシラカシの根」

 

 ……怖い。

 あの国の人間はいつもそうだ。敗者の命など毛ほども思わない。

 犯罪を犯せば取り押さえる前に射殺が日常化してるし、怪我をしても保険だってまともに存在しない。本当のゴミはゴミ箱にすら入れてもらえない。

 

 呪詛を弾くが全ては無理だった、鼻血を噴出させながら身体が恐怖におののくのが分かる。歯の音が鳴る。

 

 だから。

 

「シギュン、その赤本を返せ! お、お前は一人で逃げろ! 逃げられるよな! あいつの狙いは俺とその本だ、お前は関わってないといえばそれまでだ!!」

 

 会話を一方的に打ち切って、強引に本を奪い取った瞬間、一閃。鋭い矢の一撃が夸父(コホ)の赤い本を吹き飛ばした。

 

 振り返れば、いつの間にか『召喚』したらしいヤドリギの矢を放った姿のジョー・ベストがいた。

 

夸父(コホ)くん、君の境遇には同情しよう」

 

 そういう割には酷く無機質な声音だった。

 

「記憶喪失者としてストリートチルドレンとなった君は、その恵まれた体躯と特異体質を買われ《蝿の王》に拾われた。我々、SSI(勝者の側)ではなく」

 

「記憶……喪失……?」

 

 シギュンが不意に視線を送ってきた。夸父(コホ)は渋面を崩さず、答えなかった。

 

「同情すべきだ。しかし邪術師たちに手を貸したのも事実。……今現在も」

 

 ふたたび『召喚』の術で呼び出す。今度は最上級のオーク樫の杖。40cmはあるか。おそらく愛杖なのだろう切っ先を地面に叩きつけると草木が踊り狂う。

 

 無人のガソリンスタンドが何十年、何百年と放置されたように樹木に犯される。コンクリートが割れ、花が咲く。鉄筋の壁や柱に葛のつるが巻き付き、ひび割れ崩れていく。

 道路への道は全て草木に封じられた。

 

 逃げ場はなかった。

 

 

 

 

 

「──ねぇ、記憶喪失ってホント?」

 

 

 死地にあってなお、場違いなほど無垢な声が響いた。

 浮世離れしすぎて危機に無頓着な公女。そんな印象すら感得できるほどシギュンは身に迫る脅威に無感動だった。

 いや、というよりこれは……。

 

(脅威だと看做(みな)していないのか……?)

 

 バカな、ありえない。

 この呪力の奔流の鋭さや異様な現象は、魔術を知らない一般人ですら生命の危機を覚えるはずだ。シギュンのような触れれば溶ける淡雪じみた儚さの少女なんてひとたまりもない。

 

 多少でも本能というものが備わっているなら、逃走を選ぶのが自然だ。

 けれどとうのシギュンは異常繁殖・異常成長を続ける魔術に対して、春先だけに生える珍しいつくしでも見つけたくらいの興味しかない。

 

 

「…………なんだ、その子は……?」

 

 

 ジョー・ベストの喉からも疑問が飛び出た。初めて聞く、(いぶか)る色の混ざった声音だった。

 それもそうだ。

 うごめき続ける浸食の魔術が、シギュンの周りだけ()()()()()

 サイズのあっていない不格好なトレッキングシューズの近くには、雑草の一本だって生えていない。放棄され廃墟になったような建物のなかで彼女の周りだけ時間に置き去りされている。

 

 吹き飛んだ赤い本を拾い直しながら、シギュンは問いかけてくる。

 

「記憶喪失ってホント?」

 

「あ、あぁ……」

 

「ふーん」

 

 シギュンは深く被っていたフードを払った。白い髪を飄々とふぶく風に晒せば、白銀が舞う。

 

「だったら、助けてあげる」

 

 

 

「──眠れよ子らよ」

 

 

 氷島の冷たく澄んだ空気に、清眀な調べが響く。空虚なのに情念を感じさせる不思議な調べ。

 空っぽな楽器ほどいい音を奏でる。そんな空々しさすら思い浮かぶ言霊だった。

 

 嫋々たる調べに、酔いしれそうになった。正気に戻したのは自分と比較するのも馬鹿らしくなるほどの莫大な呪力の出現。

 

 

「馬鹿な」

 

 ジョー・ベストの現実を受け止めきれないと言った風の驚愕が聞こえる。

 

 パキパキ……。

 

 彼の呪力が無惨なほどに引き裂かれ、砕け散り、草木の生えわたる大地に霜が降りる。

 

 

「幼いあなたたちの柔き足では、凍れる大地はまだ早く、そして痛い──」

 

 

 かつては神々の詔だったはずの聖句が渾々と少女の薄い唇から湧き出す。

 弑逆したまつろわぬ神より簒奪し、神の怨敵だと世に知らしめる苛烈な意志の表明。権能の発動とともに薬莢のごとく吐き出される美しい言霊。

 

 これは偉大なる母が子に捧ぐ、寿ぎの呪歌(まがうた)。弑逆したまつろわぬ神から簒奪した権能が備える氷山の一角。

 

 次の瞬間には、シギュンも夸父(コホ)も、そしてレンタカーすら音もなく消え去っていた。

 

 

 

 一人取り残された氷漬けの廃墟で、唇を震わせながらジョー・ベストは慄いた。

 

「これはj.p.sと同じ。あの噂は本当だったのか……!」







次々話くらいで戦闘に入りたい。
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