氷島の王より両儀は生じて   作:につけ丸

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003:氷蒼色(アイスブルー)の瞳

 

 

「──東で良かったんでしょ」

 

「は?」

 

 

 気付いたら何故か海岸近くにいた。

 

 すぐそばに町も見える。

 緑の崖に囲まれた小さな村は、北欧のよくある街並みのようにカラフルで──いやそれよりも。

 

「助かったのか……?」

 

 手を開いては閉じてを繰り返し、血の脈動を再確認する。

 ()()()()しそうな指先の冷たさも生きている証だ。近くには霜のおりたレンタカーもある。

 

 夸父(コホ)はやっと生の実感を得た。

 

 生き延びたのだ、あの怪物の手から。

 

「────♪」

 

 この勝手気ままに道草を引き抜いては草笛を吹いている少女のおかげで。

 

 シギュンがなにかしたのは間違いない。

 馬鹿げたあの呪力の発生源はシギュンだったし、加えて、サイズが全然合っていなかったトレッキングシューズが縮んでいる。

 

 さっき滴り落ちた血痕がまだ残っているから間違いない。

 

 ただ特大サイズだったはずのシューズは今はピッタリとシギュンの足を包み込んでいた。

 

 

「なんで助けてくれたんだ……?」

 

 視線がぶつかり、なにか声をかけようとして言葉に詰まった。

 

 視線が交差して分かった。紫色だった目が、青く輝いている。

 

 ──氷蒼色(アイスブルー)の瞳。

 

 心胆寒からしめるといえばいいのか。底冷えした双眸に、二の句が継げない。

 

 

「別に」

 

 薄い口唇がゆがんだ。

 

「私も()()、だから」

 

 視線に射抜かれて立ちすくむ夸父(コホ)を尻目に、フードを目深にかぶりヘッドホンをはめた。

 

 こいつも記憶喪失だったのか。

 

 そう思えばおかしな部分にも納得がいく。なぜ薄着だったのか、粗末なスリッパだったのか。行き倒れていたのか。

 まあコーヒーを大量に飲み干してた理由は知らないが。

 

 理解したら、途端に力が抜けて皮肉げな笑みを浮かべるのが分かった。

 

「俺たち記憶喪失二人で、傷の舐め合いってか」

 

「それって。……悪いこと?」

 

 氷蒼色(アイスブルー)の視線が浮ついていた心に氷を穿った。途端に冷えきった思考が、さっき言葉にしてしまった情けなさを突きつけてくる。

 

「すまん、変なこと言った。もうダメだと思ったら助かって……ちょっと動揺してたみたいだ──ありがとな。助かった」

 

「ん」

 

 というか。

 

「……英語分かるんじゃないか」

 

「おぼえた」

 

「覚えた、って。んな話があるか」

 

 夸父(コホ)の反論には答えず、もう興味をなくしたのかプペペポピーと草笛を吹いてそっぽを向いてしまった。

 

 日を跨ぐこともなく知らない言葉を理解するなんてありえない。

 

 だが記憶に引っかかるものもあった。

 

 組織の魔術師が言っていた。

 言霊の極意を悟った達人や霊的ステージが上がった人間は"千の言語"と呼ばれる奥義を身につけるらしい。

 耳慣れない外国語でも短期間で理解できるようになる奥義だという。

 

 車ごと瞬間移動するという見たこともない"大魔術"に、言霊の奥義たる"千の言語"、それに自分の魚の痣が見えることを鑑みると答えはひとつだ。

 

「お前、もしかして……すげぇ魔術師なのか?」

 

 夸父(コホ)は車のほうへ歩き出したシギュンの横に並んだ。

 だってそんな魔術の秘奥を収めている人間なんてそれくらいしか考えられない。勤勉そうには見えないが、それも天才ゆえかも知れない。

 

「……?」

 

 眉をひそめて、奏でられていた草笛が止まる。

 

「だってお前、全然貫目がないというか……なんだ、雰囲気を感じないからさ。あの黒人の爺さんはアメリカじゃ"三賢人"なんて言われてる化け物だぜ? それをいとも簡単に振り切るなんて……すげぇよ。すげぇ奴だよ。噂に聞くイタリアの赤銅黒十字の天才少女たちと競えるんじゃないか?」

 

「知らない」

 

 九死に一生を得たからか、一息に言葉を並べる夸父(コホ)を一刀両断した。

 

「い、いや、そうだよな」

 

 きっとこの大魔術を収めているらしき可憐な魔術師は、自分には及びもつかない逸材なのだろう。

 

 なのに記憶喪失なのが、不憫で仕方ない。

 

「お前、とんでもない魔術師みたいだし俺なんかについて来なくて自分の記憶を取り戻した方がいいんじゃないか?」

 

 助手席側へ座ったシギュンへ、ウィンドウ越しにそう勧めるが、赤い装丁の本を退屈そうにパラパラめくっている。

 

 どうやらこちらの言葉は聞いてくれないらしい。

 

「助けてくれたから、もう何も言わん。だけど付いてくるつもりなら、やっぱ服をどうにかした方がいい」

 

 太陽光を遮る分厚い雲。曇天だ。

 

 風に雨も混じりはじめた。

 

「その装備じゃ、冗談じゃなく死にかねんぞ」

 

「どこに行くの?」

 

 北東の方角を見ながら言った。

 

「──火山さ。ろくでもない場所だけどな」

 

 

 

 

 

 

 アイスランド最南端の町、ヴィーク。

 

 ガソリンスタンドから瞬間移動した先は、そんな名前の町だった。

 

 人口1000人以下という日本ではあまり想像がつかない少なさだが、リングロードを旅する観光客には重要な補給地点でレストランやスーパーはもとより映画館すらある。

 

 北欧の街並みはカラフルでヴィークも例に漏れず色彩豊かだ。そんな町にレンタカーを走らせ、アパレルショップを探す。

 

「小さな町だけど手袋や防寒着くらい売ってるだろ。待っててやるから装備くらい整えて来いよ」

 

「…………」

 

 ポケットを探ってこう言ってのけた。

 

「お金ない」

 

 こいつ、今までどうやって生きてきたんだ? 

 

 いや記憶喪失だったのは分かったが、記憶を失ってからの間、どうやって生きていたのか謎の一言に尽きる。

 ただ妙に図々しいところがあるこの白い少女の野垂れ死ぬビジョンはあんまり見えなくてそれが不思議だ。

 

 

 見つけたアパレルショップで適当に見繕ったダウンジャケットやコートを渡して着せてみる。

 

 何着ても似合うな。

 

 褒めてる訳じゃないがそれが率直な感想だった。

 

 認めたくはないがシギュンの容姿はかなり良い方だ。

 線は細く妖精のような繊細な儚さを覚えて然るべきなのに、何故か雪豹のしなやかさのイメージが勝ってしまう。

 形の良い鼻筋に、長い足。均整の取れた体型のせいかまともな服を着せると何故かマニッシュな印象を受けた。

 

 それなのに、もったいないな。コイツ。

 

 ろうたけてしまえば必ず女盗賊や夜街の女主人のごとき妖艶さを獲得すると予感させるのに、気怠げで厭世的な雰囲気がすべてをぶち壊している。

 宝の持ち腐れもいいとこだ。

 

 

「全部嫌」

 

「またかよ」

 

 そして選んだ服はすべて却下されてしまう。

 

「何が気に入らないんだよ。自分で選んで見ろよ、もう」

 

「…………これ」

 

 シギュンが手に取ったのは、くるぶしまで丈のある紫のロングコートだった。それにウールのマフラーに黒の羊革手袋。

 魔術師という前情報を得ていた夸父(コホ)からすると法衣さながらで、年少の聖職者かなにかようだ。

 

 コートに袖を通し、髪を払う。

 抜けば玉散ると文句がつきそうな白髪が耿々と舞う。うなじや遅れ髪には女性の色香と甘い匂いが確かにあった。

 

「ん、これでいい」

 

「それ山道や坂じゃ動きにくいだろ。やめとけって」

 

 夸父(コホ)的にもアリだとは思うが、これから行くのは山や渓谷の連なる高地。防寒も大事だが、動きやすさも気を配るべきだ。

 そう考えるとシギュンの選んだ服は赤点もいいところだ。

 

 そう言い募ったがシギュンは黙り込んで聞かない。

 

「はぁ……。疲れて動けなくなっても置いていくからな」

 

 やれやれと財布を取り出して値段を確かめると夸父(コホ)は思わず叫んだ。

 

「68000クローナ(8万円くらい)ぁ!? たっっっ!」

 

「…………」

 

 泡をくって振り向けばシギュンはスっと目を逸らして、テコでも動かない構えだ。

 

 アイスランドは貨幣経済だと思ったが、こいつだけ取り残されていたんじゃないか? 高いっつの! 

 そう念を込めながら再度視線をぶつけるとシギュンは俯いてこういった。

 

「助けた」

 

 く、クソッ! 足元を見やがって! 

 

 本当に足元を見ながらトレッキングシューズをヒラヒラさせるシギュンに夸父(コホ)はもう何も言えない。

 大人しく財布を開けるだけだ。

 

 

「はぁ〜〜〜……。こっちは貧乏旅行だってのに……」

 

 ロスではかなりイケイケ(死語)な組織に属するが所詮下っ端でしかない夸父(コホ)の財政状況に重い一撃が入り、目頭が熱くなった。

 成功報酬型の組織なので旅費などは基本自費なのだ。

 

「お前、外面はゴス(陰キャ)っぽいのにクイーンビーの貫禄あるよな──痛ってぇ!?」

 

 事実を述べた寸評が気に入らなかったのか、脛骨を強かに蹴っ飛ばされ悶絶する。

 身体は頑丈な方と自負していたがかなり痛い。というか硬い金属の棒で叩かれた衝撃を受けた。

 

 どんな骨してるんだコイツ! 

 悶絶している間にもシギュンは助手席に乗り込んで音楽鑑賞を開始してしまった。

 足を引きずりながら運転席に乗り込む。

 

 

 シギュンの方を見れば、何を気に入ったのかまた赤い装丁の本──『赤牛の書』を眺めていた。

 

「言っておくが、それ()()からな」

 

「壊すの?」

 

「ああ、"ラキ火山"ってとこでな。──そこが俺の目的地で、目的だ」

 

 動き出した車内で、夸父(コホ)は静かに宣言した。







スミスの戦闘シーン書いてみてぇ〜みたいな感情で書き始めたので何も決めてなくて権能の内容すら昨日考えたらしいですよ
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