氷島の王より両儀は生じて   作:につけ丸

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005:スパーコナの村

 

「──君の言っていた例の噂について知りたいのだ。友よ」

 

 ジョー・ベストは出された呈茶を辞しながら切り出した。

 

「私はそのまことしやかに噂される人物に出会ったかも知れない。思しき、という前置きはつくがね」

 

「ほー……」

 

 それは、大事だね。テオドルは葉巻を吐いてこぼした。

 

 

 薄暗い地下に佇むBARに、二人の男の影があった。BARを営むマスターはその風貌に見合う胡散臭さで顎を撫で、ピタリと視線を向けてくる黒人の老紳士の視線をかわす。

 

けれどそう間を置かずにテオドルは音を上げた。

 

「んっふ。そう睨むなよジョー、息が詰まるじゃないか」

 

「私にとっては焦眉の急とも言える事態なのだテオドル。なにせカンピオーネと我らSSIの宿敵たる《蝿の王》が手を組みかねない可能性を嗅ぎ取っては、心穏やかにいられるはずもない」

 

「だろうな」

 

 マールボロに火をつけ、紫煙をくゆらせる。指先に煙草を挟んで火のついたそれを掲げるようにL字に腕を組む。

 

「テオドル、私が例の噂を耳にしたのは君からだ。そしてその噂を口にしているのも君だけだ。これはどういうことだろうか」

 

「俺も信じたくなかったのさ」

 

 紫煙のさきにあるシーリングファンを見つめるように天井を見上げ、恨めしそうに零した。

 

「我が古里たる氷島(アイスランド)でカンピオーネが生まれるとは。人口30万人弱の小さな島からそれほどの大馬鹿者が出てくるなど……」

 

 北斗七星のごとく地上に輝く七人の戦士(チャンピオン)

 

 日本──嵐と災厄の運び手たる若き王。

 

 東欧──従者を鎖で繋ぎし暴虐の魔王。

 

 イタリア──孤剣を以て遊興に耽ける剣王。

 

 イギリス──電光石火で世を惑わす黒王子。

 

 中国──絶大なる掌にて一切を粉砕する武侠王。

 

 エジプト──妖しき洞穴より来たる騒擾の女王。

 

 そしてジョー・ベストが侍るアメリカの守護を司る異形の王。

 

 これら七ツ星(グラン・シャリオ)の瞬きにまたひとつの光芒が加わる。我ら地に這いつくばる者どもは北斗七星のそばに閃く死兆星を見ゆ。

 それもこの氷島(アイスランド)で。数千万や数億と人口を数える強大な国家ではないのに。

 数百年を生きるカンピオーネはともかくここ十数年の間に生まれた『王』の出身国はことごとく多くの人口を抱える。

 人口が桁違いに少ない氷島(アイスランド)でなど、疑念を持って然るべきだろう。

 

「だから噂と言ったんだ。だが噂という虚に、君が実を入れてしまった。……じつに残念なことだよ」

 

「彼らが生まれる理由に人口や場所など関係はないとも」

 

 アメリカでカンピオーネを支える男、ジョーは断じた。

 

「彼らが生まれる理由は"勝利"のみ。勝率も、奇跡も、実力も、あらゆる可能性を勝利と変えるのが彼らの本質。見かけの数など意味はない」

 

「そういうものか」

 

 当代のカンピオーネの老近習がそういう見解を述べるならば一介の魔術師は頷くだけだ。

 しかし信じられん、と氷島(アイスランド)に根城とする魔術師テオドルは嘆いた。

 

 ジョーもそれを止めない。まあカンピオーネを抱える羽目になった不幸は何よりこの身が実感している。

 

 

 

「さて」

 

 授業の途中で脇にそれた雑談を本筋にもどす教師の声音でつづけた。

 

「ではテオドル、世の無常さを嘆く時間は終わりだ。そして今、私がこの島でカンピオーネが誕生した経緯を、探らない」

 

 ジョーはあえて宣言した。何せ生まれた理由を探っても仕方がない。

 まつろわぬ神がなぜ現れるのか、という無意味な疑問に答えを求めるくらいの愚問だ。

 それよりも喫緊の問題がある。

 

「私が最も懸念しているのは、例の『王』がどのような人物で、我が『王』たるj.p.sと敵対しうる『王』なのか。そしてまつろわぬ神からどんな権能を簒奪したのかという点だ」

 

 さらに続けた。

 

「……故に私は知らなければならない。君の知る範囲でいい。例の噂が出回る前後で氷島(アイスランド)にまつろわぬ神は現れたのだろうか?」

 

「ああ、現れて()()とも。数日前までね」

 

 テオドルは壁に立てかけられた氷島(アイスランド)の地図を指さした。

 地図にはいくつかマップピンが刺されており、この最南端の町ヴィークにも近く、そしてとある青年と少女が邂逅した場所とも近い、ミールダルスヨークトルという氷河を指差した。

 

「まつろわぬ神の痕跡はミールダルスヨークトルで忽然と消えている。理由は分からないが、此処でまつろわぬ神の弑逆劇があったのは付近の荒れ果てた霊脈が示す通りだろう」

 

「荒れ果てたとは?」

 

「河川はもちろん地中の中まで氷漬けになっていた。動植物も多くが息絶え、特に野鳥はどこぞの国が全滅させたリョコウバトさながらに死に絶えていたよ」

 

「ふむ……」

 

 ジョーはその地図を見ながら深い知性を宿した目で、テオドルへと問いかけた。

 

「……テオドル。一つ確認したいのだが、そのまつろわぬ神が"最初"に観測された場所はどこなんだい?」

 

「流石だな」

 

 口角を歪めて、ミールダルスヨークトルからほど近い場所のマップピンを指差した。

 

 

「──ビョルンストライド」

 

 

 テオドルは静かに口にした。今は存在しない小さな村の名を。

 

「それが……まつろわぬ神が現れた場所だと?」

 

「そうだともジョー。そしてこの場所は我々、氷島(アイスランド)の魔術師たちの間では"スパーコナ"の隠れ里ととして認識される村だった」

 

「スパーコナ? 北欧世界で予言を得意とする巫女(ヴォルヴァ)と記憶しているが」

 

 アイスランド語や古ノルド語では巫女をヴォルヴァと呼ぶ。

 そして北欧神話の世界観では、巫女(ヴォルヴァ)と予言、予見の関係は深い。

 『巫女の予言』と呼ばれる北欧神話の詩では、予言の巫女が主神オーディンに対して世界創世から滅亡、そして再生までの予言を語る。

 

 スパーコナ、とはそうした巫女(ヴォルヴァ)の中でも予言・予見に特化した巫女だった。

 

「まあ。巫女の村とは言ったが、あれはまさしく魔女の村だったがな」

 

 魔術師の間では巫女と魔女の境界線は曖昧だ。

 極端な話、キリスト教から見れば異教の神に仕える巫女は魔術であるし、逆に、キリスト教のシスターも異教からは魔女として認識される。

 

 西洋では魔力と呼び、東洋では気と呼ぶように、本質は同じ。見え方の問題でしかないのだ。

 

「昼夜関係なくサークルを囲み、呪歌(セイズ)を歌う集団で、一般人には認識阻害の術で外縁を囲み、魔術師たちとでさえ外部との交流を遮断しているきらいがあった」

 

「理由はわかるかね?」

 

「おそらく氷島(アイスランド)の外からやってきたからじゃないか? 彼女たちはファミリーネームに村の名前を使っていたからな。この国に馴染んでないと言っているようなものさ」

 

「アイスランドのファミリーネームか。少々特殊な命名方法を採用していたな」

 

 アイスランドのファミリーネームは、父親の名前が頭につき、男であれば『父親の名前+息子(ソン)』となり娘であれば『父親の名前+(ドッティル)』となる。

 

 彼、テオドル・サエバルソンもサエバルの息子を意味するサエバルソンがファーストネームとなる。娘であればサエバルドッティルだ。

 テオドルの子供には男の子ならテオドルソンと、この法則が代々続く。

 そんな事情のため、氷島(アイスランド)ではファーストネームすら許可制だ。

 

 ただ、アイスランド外から定着した人間はこの法則から外れてしまうのだ。

 

 

「さてジョー。我々、氷島(アイスランド)の魔術師たちはここまで分かっていながら、ここまで全てが確証がない。噂止まりと言ったのも理由がある。なぜだと思う?」

 

「それは君が村のことを、()()()で話していた事から求められるだろう。確証を得られないのは村民に記憶がないか──もうこの世にいないか、だ」

 

「当たりだ」

 

 紫煙をくゆらせ諦観を込めてひょうげた。

 

「ビョルンストライドは既に村民の()()が確認されている。おそらく一晩で全員が殺された。それも酸鼻極まる手段でな。……なにせ村民全員の()()が発見されている」

 

「全員の一部?」

 

 妙な言い回しだが、酸鼻極まるという前置きが嫌でも空恐ろしさを感じさせる。

 

「足さ」

 

 声をひそめ短く言った。

 

「くるぶしから下の足だけが集落に残ってたのさ。他の部分は見つからず、行方が分からないまま。人身御供の巫女よろしくそのまままつろわぬ神に美味しく頂かれたのかもしれんな」

 

「テオドル。不謹慎だ」

 

「そう睨むな。彼女たちはまつろわぬ神の招来を行った疑惑すらあるんだ、文句の一つくらい言いたくなる」

 

「……数日前の氷島(アイスランド)の月と生辰の位置、霊脈の流れ。確かにありえない話ではないが……」

 

「ほう、氷島(アイスランド)に降りたってもう読み解いたのか。流石は北米三賢人というべきだな」

 

 おどけるような称賛にジョーは答えなかった。

 

 その眉間に深い皺をよせて思考の海に沈んでいる。テオドルは何も言わず煙草の火を消して静かにその時を待った。

 

 やがて目を開けたジョー・ベストの目には理解の色があった。

 

「なるほど。君の集めた情報で、謎はある程度氷解した」

 

「ほう。こんな辺境の島国で顕現した神に心当たりがあるのか。流石欧州でも隠れなき妖精博士(フェアリードクター)、抜かりなしだな」

 

「茶化さないでくれ。おそらく私は簒奪された権能の一端を垣間見ている。だから悟ることが出来たのだ」

 

「では?」

 

 テオドルは改めて居住まいを正し、欧州においてすら並ぶものなき碩学の徒へ教えを乞う学士のごとく答えを求めた。

 

 

「ああ、弑逆された"まつろわぬ女神"の名は──」

 

 

 

 

 

「世話になったな。テオドル、君にはたまにでいいからロスに顔を出して欲しいものだが」

 

「はっはっはっ! ではロスが我が国くらいに治安が良くなれば訪れるとしよう」

 

「まったく、それでは一生来ないじゃないか」

 

 米国でも類を見ない魔都たるロサンゼルスと世界一犯罪が少ないアイスランドでは相手にならない。同じ境地に至るには百年経っても無理だろう。

 

 そうしてジョーは懐から札束を取り出して机に置くと、席を立った。

 

「行くのかい?」

 

「ああ、新生した『王』の性根は如何なるものか。我が『王』の盟を結ぶに足りえるか、生涯の敵手となるか。最終的に判断を下すのは私の『王』であるが、先ずはこの目で見定めねば……」

 

「本当に氷島(アイスランド)の『王』と謁えたならまた教えを乞いたいものだ。……が。それより再会出来ることを切に願うよ、友よ」

 

「私もさ」

 

 固い握手をし、やがてジョー・ベストは真実を求めてヴィークを離れた。

 まつろわぬ女神の降臨した戦場へと。

 

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