氷島の王より両儀は生じて   作:につけ丸

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007:《雪靴の小公女(öndur dóttir konungs)

 

 

 ──戦場の霧(Fog of War)

 

 人界において常勝無敗の軍隊が存在しない理由ともいえるこの概念。

 現代の戦争でも最重要視され、すべての基盤ともいえる軍学上の概念だ。千里眼などという神の目を持たない人間は、戦場でのあらゆる不確定要素や変数を見通すことは叶わない。

 人が人である限り、霧を晴らすことは決してない。

 

 だが。

 時たま、この霧はまつろわぬ神をも包み込む。目を塞ぎ、勝敗をひっくり返してしまう。

 それこそサルデーニャ島で敗北した常勝無敗の軍神も、日本人という少年という不確定要素で敗北を喫した。

 

「くふふ」

 

「あはは」

 

「おほほ」

 

 バズヴもまた常勝無敗の神。常勝無敗の戦女神の前に戦場の霧(Fog of War)が広がる。

 戦争の権化たる存在でさえ、霧は問答無用で覆い隠す。不確定要素の塊のようなカンピオーネこそ、その霧の根源。

 

 しかし錐揉みして堕天しながら、バズヴは哄笑をあげていた。心臓を打たれたのに痛痒にも介していない。

 

「微妙」

 

 そこそこ殺意を込めたのだが。

 シギュンが墜落しながらもまだまだ元気そうな人首の怪鳥を棒立ちして見上げる。

 

「おお、神殺しそこにいたのですね。ふふ、やはり戦は良い! 心洗われ、喉が潤うようですっ!」

 

 洗うのも潤すのも、血で、だが。

 

 戦場での不死など当たり前。したたる戦の汗を我が肌に染みこかせ、戦で倒れた戦士を我が豊かな胸で包み込むのが存在理由なのだから。

 

「とはいえ……」

 

 秋の楓のごとく血を流しているのは己だ。敵はまだ一滴の汗も流していない。

 

「これは面白くない……《戦いの鴉(バズヴ・カタ)》の沽券に関わります!」

 

 バズヴの戦意の高まり。

 うへ、とでも零しそうな顔をしつつシギュンはまた虚空に消える。

 だがバズヴもさしもの。一度捉えた、ならば見失うことはない。

 

「すべては三相の戦女神(モリグナ)のまにまに。満たされよ勝利の蜂蜜酒(ミード)。満たされよ勝者たち(ダーナ)の祝杯」

 

「死告鴉たる私が告げぬうちは死も滅びも遠ざかる」

 

 死を告げる。そして不吉を告げるためには炯眼で見通さねばならない。

 よってまつろわぬバズヴは鋭い眼を備える。ギョロギョロと戦場の千里眼がうごめく。

 一つの眼球に三重の瞳孔──多瞳孔の目でシギュンを追う。

 シギュンの背に、三幅対の視線が突き刺さる。

 

「……妙な走り方をする」

 

 視認したシギュンは走っていなかった。さっきの棒立ちのまま高速移動していた。

 強引に当てはめるなら平面エスカレーター、ムービングウォークにでも乗っているような姿。もっと優美さがあれば、スケートリンクを滑る乙女とでも形容できるのだが。

 

「しかし先ほどの矢……奇妙ですね」

 

 この身はケルト最大の英雄に侍る鴉。最強の戦争神。酷薄なる殺戮の女王。無数の戦場を閨とし、槍の剛直を迎え、矢を精をした恋多き烈婦なれば矢が射られたなら気付かないはずがない。

 

 だが神殺しの矢は、心臓を穿つまで、音も気配もなかった。

 戦に通暁する女神としてありえない失態だが、失態というより敵が上手と考えた方が自然か。

 

 さてさて、この難敵。いかに切り崩していこうか? 

 鮮烈、清冽、苛烈なる我が身なれど知略はそれほど得意ではない。精髄が語るままに猛り狂うのが一番なのだが。

 

 バズヴが思案していると──地面が目の前にあった。

 

 バァン! 

 不死ゆえの呑気さで地面と激突し……バズヴの身体が形を失う。3匹の鴉がそれぞれ3匹の鴉となり、それが繰り返され倍々に増えていく。

 

 鴉はやがて無数の羽根となり舞い散った。

 漆黒の羽根は、"黒い霧"となってラキの大地を包みこむ。

 もうもうと立ち込め、戦場を覆っていく。

 

 シギュンが厭うようにフードを下げる。女神の気配が濃い。いや、この霧そのものが女神。

 

 この霧はバズヴの不死性。

 

 (ランシア)の軍神が、水の女神から借り受けた霧を不死性としたようにバズヴもまた霧を不死性の発露とする。

 

 いや、もとより戦場とは霧に満ちている。

 

 戦場の霧は、戦争がある限り存在し続け、そして戦争は人が人である限り絶えることは無い。ゆえに戦場に立ち込める霧こそ、まつろわぬバズヴの不死の示現。

 不死なる女神は黒霧のなかでシギュンのふるう技を見極めんとしているのだ。

 

 ゆうゆうと朝霧のなかで奇襲を仕掛ける武士のごとく、神殺しの背後にまわり──

 

 

『──すべては目覚める子供たちのために』

 

 攻撃は受け付けない、はず。

 

 だが。

 

 シギュンの嫋々たる聖句が、バズヴの鼓膜で弾けた。

 

『子らの耳を塞ぎ、矢の口論から遠ざけましょう。安らかな眠りを妨げるユミルの頭蓋を砕きましょう。安らぐ耳元で囁くは大いなる母の子守り歌』

 

「なんとっ!?」

 

 戦争神の霧は濃密だ。人が海を切ろうとするに等しい。すべては無に帰すはず。

 しかし狭霧にひそむバズヴの前腕に──"ᛇ"の秘文字が突き刺さった。

 それも二本。

 

 よく見ればシギュンは弓を構える仕草すらしていない。"ᛇ"の秘文字が矢に違いない。

 先程と同じだ。おそらく術理も同じだ、まったく予兆がない。

 

 驚愕の間にもシギュンがまた姿をくらます。

 

『大いなる旋律で祝福を。赤き盾のつららは巨人の腕に捨て去り、子らに贈るは力溢るるイチイの木』

 

 避けれない。

 どこからか飛来する矢が、いつの間にか突き刺さっている。喉、鼻頭、額。脛、鳩尾。何十本のイチイの矢がバズヴに芽吹いていく。

 

「くっ!」

 

 バズヴが霧のなかに潜むのをやめて実体を無くし完全に霧と化わる。しかし。

 

『イチイの森を歩く子らよ、木霊する母の言葉に耳を傾けて。木の災いに怯えないで。私は子らへと願います……その手斧で我が身を榾木とかえて、さあ』

 

 パァンッ! パァンッパァンッ! 

 

 だがそれでも矢は止まらず、今度は霧が破裂していく。次々と繰り出される口訣と同時に、不可視の矢がバズヴに牙を剥く。

 

「不可視にして不可思議な、聖強なる矢!」

 

「あらゆる攻撃を受け流す無敵の霧を。我が不死の発露を。それすら無視して射抜きますか!?」

 

「嫋やかなる神殺しの武器は、見かけによらず相当に厄介らしいッ」

 

 

 女神の言葉を無視して聖句が結ばれる。

 

 

エイワズ

 

 驟雨の最後に巨大な"ᛇ"の秘文字が、濡れ羽色の翼を貫く。

 

「──汝:戦鴎(ワタリガラス)を討ち殺す狩人の矢となる』

 

 またしてもバズヴは堕天した。そして盛大に地面と激突する。今度は解けない。妙齢の女性を象ったまま、ゴロゴロと滑稽なほど地を転がる。

 

 地に伏し、幾百、幾千と穿たれ千瘡百孔となったバズヴは土埃にまみれながら同口異音に感嘆した。

 

「なんと苛烈なる攻めでしょうッ我が不死を貫き、これほど矢を穿った弓兵を私は知りません!」

 

「あなたはよほど弓の名手と見える!」

 

「これは堪らぬ! ああっ、本当に()()()()()

 

 喜色。

 無数の矢を全身に受け止めながらその烈々しさこそ求めていたのだと言わんばかりに、凄絶な笑みを浮かべる。

 

「口惜しいですが弓兵には、天空も中空も分が悪い! 切り口を変えましょう!」

 

 バズヴの神力が天地に迸る。

 白夜の空が、血をぶちまけたように朱に染まる。

 

 天だけではなく地も異変は起きた。

 地面が赤熱し、シダと苔に火に包まれ瞬く間に灰へと変わる。

 

 天は揺らぎ、地は鳴動する。

 

 戦争の女神は常勝無敗。

 

 疑うことも無い当然の結論。

 

 ゆえに女神のみならず、戦争そのものが彼女に勝利をもたらさんと画策する。戦場の霧(Fog of War)そのものたる女神は、さらに霧を濃密に変える。

 

 三相の女神(モリグナ)が高らかに謳い、世に神の意を流出させる。

 

 

 バズヴが右手で天を指差し、謳う──「天に平安あり」

 

 

 ヴァハが左手で地を指差し、唄う──「地に天あり」

 

 

 モリガンが右手を下ろして両の手で地を指差し、謡う──「天の元に地あり」

 

 

 

世界が、破裂した。

 

 

 

 ラキの火口烈が怒涛の勢いで噴火し、黒と緑の山々が赤に染っていく。動脈を流れる血のごとく。

 

 戦場が一変した。

 

 ──大灼熱地獄が、顕現したのだ。

 

 まつろわぬバズヴは戦争の神であり地母神だ。

 ケルト人にとって土地は何よりの財産だった。ちょうど一所懸命を標榜とした鎌倉武士のように。

 当然だ、土地は穀物や家畜を生み出す。それこそ命滴る果実であった。

 

 そして土地を得る手段はやはり戦争。

 ケルト人は……いや、古代の人々はそうして地母神と戦争を結びつけていった。

 

 バズヴもまた地母神。

 鴉の女神でありながら、戦争を司るために地母神。

 

 女神の呼び掛けに呼応して大地が鳴動する。

 地面の奥底に眠る、()()()()が噴き荒れる。地球という赤子が、泣いている。

 

 異様な光景があらわれシギュンが潜むのを止め、姿を現した。

 

「…………ん、く」

 

 シギュンが苦悶を鳴らし、咳き込んだ。

 異常な熱波のせいで分厚いコートのなかで汗が吹き出る。喉が乾き、肺が焼ける。熱と火山灰のせいで塵肺にでもなってしまいそうだ。

 

 氷と火の国とすら言われる氷島(アイスランド)で、地母神が噴火を求めればどこまでも突き進む。

 ラキから立ち上る熔岩はまたたく間に数千メートルも噴き上がり、首都レイキャヴィークからも視認できるほど。

 人々は驚天動地の大事件に、膝を折り、十字を切って希うしかなかった。

 

 大自然は決して人類に(まつろ)うことはない。その事実を知らしめるための権能。一介の魔術師が放つそれとは根本から異なる、神の御業。

 

「やっと姿を見せましたね神殺し──我が翼は刃」

 

「戦士よ、我がために首を捧げよ! 刃よ、本懐を遂げよ!」

 

「刃は祭礼の道具にあらず! 幅広は細く、短く、宿敵の首を分かつ無双二対の刃!」

 

 鴉の炯眼がシギュンを捉えると、すかさず言霊を捧げる。地上を歩武する戦士へと戦化粧をほどこす。

 

 バズヴの肌に生えていた漆黒の羽毛がさざめき、背に流れていく。一対二枚の翼はどんどん体積を増し、直立し、やがて二本一対の逆棘の槍となった。

 

 接近戦で揚力を生む翼など邪魔だ。ならば玉散る刃と変えてしまえ。

 

 両手に槍を構え──二槍を突きつける。《戦いの鴉(バズヴ・カタ)》の名のもとに。

 

「狩人の技と戦士の心意気を備える嫋やかな『王』よ。あなたが戦士の御業も備えるか。槍にて確かめてみるとしましょう!」

 

「!」

 

 戦女神の一撃はそれだけで必死だ。

 聖騎士を志すような戦いの天才が、血反吐を吐き、悩み、苦悩に満ちて繰り出した生涯最高の一撃を、まつろわぬ神は生まれながらに手慰みに放つ。

 

 ──颯。

 

 だがカンピオーネもさるもの。"ᛁ"の秘文字を地面にばらまいて、姿を消す。

 

「なるほど」

 

 空を切ったバズヴが呟いた。

 

「"矢"の術理は未だに解せませんが、"靴"の術理は視えました。どうやらこの文字が敷かれた範囲内を移動する魔法の靴のようですね」

 

 "ᛁ"の秘文字を踏みつけながら、得心したように語った。

 

「そして──」

 

 バズヴが片方の槍を投擲した。

 

「──っ!」

 

 すると急停止した姿のシギュンが虚空から現れた。

 

「やはりそうでしたか。雪深い地の狩人の移動術。雪上を征する魔法の靴!」

 

「この文字が刻まれた範囲を縦横無尽に。そして刻める場所は雪と氷の上というところですか」

 

「音もなく雪上を移動する御業。であれば弓兵にとって垂涎の靴でしょう」

 

 シギュンがとある狩猟神から簒奪した権能。後に──《雪靴の小公女(öndur dóttir konungs)》という名を贈られるシギュン・ビョルンストライドが一の権能。

 戦争の俯瞰者はその瞳で権能の一端を見抜いた。

 

 シギュンはこれまで一歩も動いていない。

 

 というよりバズヴとの戦いが始まってから一歩も動いていないし、腕の一振もしていない。

 狙撃手が何日も同じ姿勢でターゲットを狙いすますのと同じ。スキーやスケートで滑走する時、一歩も動かないのと同じ。

 

 狙いを定めたまま高速移動可能な狩人。それこそシギュンの戦闘スタイル。

 

「良き権能ですが、不精にもほどがありますよ神殺し!」

 

 まつろわぬ女神はくつくつと喉を鳴らす。大した挙動もなくこのバズヴを追い込んだとは! 

 

 しかしこの難敵、厄介さと同じくらい性格に相当難があると見た。

 戦ですら動くのを厭う仕草は()()()()にすぎる! 

 

「バズヴが元気すぎるだけ……」

 

「あはは。其のようにぞんざいな呼ばれ方も初めてですッ」

 

 シギュンは困ったように眉を寄せた。

 そういう意図はないのに、何故か好感度が跳ね上がっていく。

 バズヴの視線は熱烈を帯び、苛烈に輝く。

 類稀な武勇を見せるだけで喜ぶ武林の至尊か、アイドルの振りまく愛嬌に嬌声をあげるファンのようだ。

 

 ちょっと恐怖である。

 

 

 バズヴは意気揚々と槍を振るった。術理は解いた。ならば首を切り飛ばすのみ。

 ケルトの戦士は首狩り族。戦いに倒れた敵の首を城門に括りつけて女神の捧げものとしたのだ。モリグナという女神への! 

 

 カンピオーネは人類では及びもつかない反射神経と戦勘を有する。どのカンピオーネも戦となれば、異様にしぶとく、そして生き汚い振る舞いをする。

 

 シギュンもその枠に入る。刻まれた獣の本能が突き動かし、バズヴの槍を軽やかに避ける。

 

「神殺しの本能だけでなく、予知・予見の類ですか。そういえば我が名を看破した時も、その観の目を開いていましたね」

 

 とはいえカンピオーネの反射神経、本能と第六感を駆使しても、戦女神の攻撃をそう何度も避けきれない。

 そしてどれだけ攻撃されてもシギュンからの返礼はない。

 

「やはり狩人! そして()()()()! 剛健なる()()()()の扱いは不得手と見える」

 

「……ハラスメント」

 

 地母神ゆえの奔放さで時代錯誤な言葉を叫ぶバズヴに呆れを滲ませる。ただそんなやり取りの間にも9つの切っ先が繰り出され、シギュンは女戦士のしなやかさで避けていく。

 猛然と突っ込んでくるバズヴに、実のところシギュンが対抗する手段はない。

 元々、シギュンは矢の使い手。接近戦は好むところではないのだ。

 

 なら。

 

「眠れる子らのために──」

 

「霜のきずなは未だ絶たれることはなく、冬の衣装は山野を染め上げる。小さく、柔く、弱々しい。あなたたちの幼き足に祝福を」

 

 

イース

 

 

「汝:愛し子をおぶる揺りかご。何人も囚われぬ夢を見る者たちの運び手」

 

 槍の切っ先を煩わしそうに避けて、雪上の何処かに消える。相変わらず視界から消えるのが上手いが……バズヴが槍を下ろす。

 

「軽妙なる足ですが──遅い。どうやら"神速"の域にはありませんね」

 

 《戦いの鴉(バズヴ・カタ)》の相を切り替える。

 逆棘の槍がバラバラに散り、今度はバズヴの赤髪へと集まる。赤髪は面積をましていき、首を覆い、背に垂れる。

 瞬足たる馬を思わせる鬣。

 華々しき栗毛の鬣──《赤き鬣のヴァハ》を号する烈女の相となる。

 

「稲妻や雷光の速度にも及ぶ我が御脚、さらけ出してみましょうか」

 

 バズヴが武器を扱う戦闘に長ずるなら、ヴァハは魔法に優れる。

 

 神速の法。

 神々にのみ許された神域の速度は結局のところ足の速さだけで実現しなくとも良い。

 

 実際なんでもありなのだ。早ければそれで。

 時間操作、速度上昇。……そして地面を縮めても良い。

 

 地母神ゆえに踏みしめられた大地はその意に沿って縮む。限られた韋駄天足の神々にしか駆け抜けることの出来ない世界を、赤き鬣が疾駆する。

 

 強烈な速度は、やがて滑走するシギュンに追いつき──

 

「──生まれ落ちた子らよ」

 

「むっ!」

 

 

 警戒に足をゆるめた瞬間、赤き鬣が凍りつく。一陣の風にて……崩れる。

 

「弱き肌のあなたたちでは、洞の外はまだ寒く、いくたえも降りそそぐ雫は固い──」

 

 身を切るような、寒気が襲う。

 空気は白く色づき、空から騒々しく氷の礫が雪崩打つ。雹の大群が、熔岩を冷まし、黒々とした岩石へと変えていく。

 

 バズヴもその狂乱の嵐からは逃げられなかった。

 勇壮なる歩武を奏でていたはずの脚に、霜がまとわりつく。女神の肌や頬が凍傷となり、破け、血が弾ける。

 

 ──血で咲き乱れる大紅蓮の地獄が出現する。

 

 

ハガル

 

 

「汝:最も冷たき穀物。白く冷たく、降り積もり、幼子の喉を潤す女神の母乳」

 

 

「寒い」

 

「この私が。寒いなどとは……くふふ」

 

 バズヴは紫に染まった指先を眺めながら喉を鳴らした。

 指先がかじかむなど、幾年月ぶりだろうか。極寒の冷たさが女神の動きを鈍らせる。

 

 足指が砕け、神速の脚が止まる。

 

(敵手)の弱体化を望むなど嘆かわしいこと。王者の戦い方ではありませんね」

 

()()()()

 

「己が覇道を征きますか。それも良いでしょう」

 

 中空に浮かび上がる"ᚺ"の秘文字が、次々とバズヴに張りつき霜を生み、結びついていく。

 霜のきずなはやがて体積を増し、氷となってバズヴを凍てつかせる縛めとなる。

 

 これほどの寒さ、いかな軍神でさえ技が鈍る。

 

「どうにもなりませんね。ですが──」

 

 バズヴが小さく愉悦を告げる。このフォモール(神殺し)の権能の大半は視た。

 不死の身なれど怪物の前に玉体をさらけ出し、その武具の数々をこの身に受けた甲斐があったというもの。

 

 雹と霜の出現と同じくして"霧"が、晴れていく。

 戦場を覆っていた霧は、バズヴの炯なる瞳によって追い立てられ姿を消す。

 

 ゆえに。

 

 

「──雪靴(オンドゥル)(:)女神(ディース)

 

 

 戦争の女神は、神殺しの弑逆した神の名を看破した。

 

 

「バレた」

 

 

 シギュンは即座にその意味を介し、面倒くさそうな感情を隠さず小さく吐き捨てた。

 まつろわぬ女神の戦意の高まりを感じる。殺意が三幅対の光線となってシギュンを射抜いている。

 

 軽佻浮薄なスタイルを崩さないカンピオーネの少女でも、背筋の産毛が逆立つのを止められない。

 

 これまでのお遊びを止め、重い腰をあげて勝ちに乗り出してきた。

 

「数手ほど譲りましたが、あなたが簒奪した権能の淵源を見抜きました」

 

「単騎にて敵陣に乗り込んだ勇ましき女巨人──蛇の毒で大地を揺らす復讐者──雪靴の女狩人」

 

「垂直なる雪山の地母神──雪多く命少なき地で奉られた狩人の扶助者──尖嶺(せんれい)なる()()()()()()()()()の女王──」

 

「「「──スカジ! それがあなたが弑逆したまつろわぬ神の名!」」」

 

 戦争の神はその身に宿る本性に従うように、戦場の霧(Fog of War)を克明に切り払った。







オンドゥルルラギッタンディスカー!!
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