倉端直太だって恋がしたい! 作:ひよちゃんLove
「ありがとうございました〜」
「おーう、坊主のカクテル美味かったぞ。また来るわ」
「ありがとうございますッス!」
プライベートが充実していると仕事も充実するようになる、ってのはむかーしどこかで聞いたことのあるフレーズだけど正直俺はそんなもの一切信用してなかった。
でも今の俺なら分かる、これは正に『プライベートが充実していると仕事も充実するようになる』だと。
というのも、遂に最近見習いから昇格して一応正規の店員として働くようになって、カクテルを自作してお客さんの前に出すことにゴーサインが出るようになったんだがそれがなんと絶好調。
今まで酒なんて全く知らなかったしバーテンダーとかも名前を知ってる程度の職業だったけど、今やしっかり働けている証拠になっている。
そして今みたいにお客さんから良い言葉も貰えるようになって、モチベーションも上がってきている。
将来の夢とか本土にいる頃は何も考えてなかったけど、今はこのバーテンダーで一生食って行きたいと考えるようになったくらいだ。
楽しい、シンプルにそう思える仕事に出会えるなんて思いもしなかった。
「楽しそうですね、直太くん」
「ああ!何せバーテンダーってのがこんなに楽しいなんて知らなかったからな!毎日が充実してるぜ」
「それなら雇った甲斐があるというものね」
「それにひよ里先輩とも息ぴったりです!」
「そうかな〜へへへ」
そう、今の俺は無敵と言えるくらい充実している。
オーナーにも認められてるし、稲叢さんとも仲良くやれてるし、男1人っていう空間だけどそういうアウェーな感じはもう感じなくなってきた。
まあ、心配なのは『最近風紀班で見慣れない連中が幅を効かせてて、いつもいる連中と比べると不親切で横暴、自分勝手な取り締まりをしてて迷惑』って常連の吸血鬼達が口を揃えて噂してることだけど。
ここには来てほしくないな。
「あ、いらっしゃいませ〜」
「……おや、キミ達は確か昨日の」
「あっ」
なんてこと言ってるとフラグになるって言われるけど次のお客さんはそういう人ではなかった。
って言ってもそれはそれで意外なお客さんだったけど。
「あら、お知り合い?」
「ま、まあ昨日ちょっと」
「うん、本当に気にする程のことではないよ。でもここでまた会えたのは何かの縁じゃないかな、僕はそう言うオカルトはそこまで普段は気にしないんだけど今日ばかりはこの吉兆に素直に従ってここに腰を下ろすことにするよ。ああ、注文だよね。そうだよね、ここはBARなんだから注文するのは当たり前だ。それじゃあカルーアミルクのロングとブルームーンを貰えるかな?」
「あ、は、はい。カルーアミルクのロングとブルームーンですね」
「うん、よろしくね」
「かしこまりました、少々お待ちください」
なんか……なんか凄い癖のある人だな。
落ち着いた風貌と爽やかそうな口調からは想像出来ない饒舌さというか、なんだか邪推なんだろうけど口を挟ませないみたいな無言の圧力を感じたようにも思えた。
まあさすがに気のせいだろうけど。
「それじゃあ直太くんはカルーアミルクを」
「了解」
カルーアミルクは比較的俺の中では作りやすいと感じているカクテルの1つに当たる。
氷を入れたグラスにカルーアとミルクを1:3の分量で入れて作るカクテル、優しい甘い味で特に女性と初心者からの人気が高い。
注文数も多いから結構初期に覚えたっけな。
「よし、これで完成」
「それじゃあ私が運びますね〜」
出来上がったカルーアミルクとブルームーンを稲叢さんが運ぶのを見送り、少し遠目から爽やかそうな男を見つめる。
「やっぱどこかで見たことある気がするんだよなあ……」
誰にも聞こえないように呟いてもう一度見る。
どこにでもいそうなサラリーマン風の男、と言えばただの他人の空似とも言えるんだけど何故だかそれだけじゃないって俺の中の本能みたいな部分が訴えてる気がする。
「うーん、エクセレント!実に美味しいよ、それに程良く暗く、それでいて暗すぎずしっかりとした明るさもある。清潔感もありオシャレで、それでいてどこか懐かしさも感じる。店内も広すぎず狭すぎず、こんなに居心地の良いBARは久々に入ったよ」
「あらそうですか?ありがとうございます」
「私もこの雰囲気、好きなんです」
でもまあ、悪い人じゃ無さそうだし深く考えなくても良い……とは思う、んだけどなんでこんなに引っかかるんだろう。
口数がめちゃくちゃ多いのは気になるけど、それ以外は物腰柔らかくて落ち着いててむしろ俺よりこのBARの雰囲気に溶け込んでるんじゃないかってレベルなのに。
なんて他のお客さんもいないからって考え事をしてるとカランカランと店のドアが開く音がした。
新しいお客さんが来たんだし集中しないとな、せっかく上手くやれてるんだからここで緩むのは良くない。
「チッ、なんだよ吸血鬼がやってる店かァ?」
「い、いらっしゃいませ……?」
うわっ、見るからに面倒そうな奴らが来やがった。
3人の大柄な男性客……ではあるんだけど見たことがない、それに俺と稲叢さんを一瞬見るや否やで舌打ちしながら吸血鬼って見抜いて来たし。
……ま、まさかコイツら。
「あんまり言っちゃいけないからこれは独り言として流してほしいんだけど、あの人達『狩人』の連中ね。……アンナ様とその話をしていた倉端くん、貴方なら合点が行くでしょう?」
「……2つの意味でマジかよって言葉を使わさせていただきますよ、オーナー」
そのまさかがちゃんと的中してるのはあんまり嬉しくないんですけどね、一番タチ悪いじゃねえかそれは。
そしてオーナーは俺とアンナさんと佑斗だけしかいなかったはずのあの会話に関してどこからどうやって仕入れたのか怖すぎて聞く気も起きないです、勘弁してください。
「おい、今日はプライベートで来てるから見逃してやる。代わりにタダで酒を提供しろ」
「良いッスねえ」
「んじゃ俺は〜」
「ちょ、ちょっと待てアンタら!」
とは言え、そんな横暴許されるはずが無いからな。
女の子達じゃ危ないしここは俺が前に出るしかない。
「なんだァ、吸血鬼が」
「ここは店なんだから、そう言うことはやってないです!払うモンは、ちゃんと払ってくれ」
「はァ?吸血鬼の分際で俺達に逆らうとどうなるか分かってるのか?」
ビリビリとした空気が漂い始める。
まずいなあ、狩人って吸血鬼を倒すためにかなり訓練された連中って聞くしここで何とかしようにも俺1人じゃ何とも出来なさそうなんだよなあ。
な、情けないにも程がある……でもここで引き下がるとひよ里と稲叢さんとオーナーが危ないし……ど、どーするよ、俺。
「……キミ達、静かにお酒を飲んでるんだから落ち着いてくれないか」
そんな時声を上げたのは、それまで黙々とカクテルを飲んでいたあの饒舌なサラリーマン風貌男だった。
「あァ?なんだテメェ、お前も――」
狩人の1人が男に掴みかかる、声を上げた方は体格は細いしさすがにまずい……と思った時だった。
空気が更に変わる、ビリビリなんてものじゃない、まるで何か巨大な蛇か龍にでも睨まれたような、そんな得体の知れない威圧感。
「――ぅぐっ」
「ひっ」
「あっ」
それを真正面から受けた狩人達は、やがてそれに耐え切れず床に腰を落とすようにして座り込んでしまう。
一体男がどんな表情をしているのか……分からないけど、1つだけこんなバカな俺にでも分かった、この人はただ者じゃない。
「……っと、あらら、少し脅かしすぎてしまったかな。でも僕だってお酒を楽しみたいんだ、それを分かってほしい」
「わ、わわわ、分かった」
1人がそう言うと、残り2人も大きく頷いた。
どうやら他の店でも飲んでたのか、元々吸血鬼差別の意識が大きかったのが更に大きくなって調子に乗っていたらしい。
俺もいつの間にか息を止めていたのか、ホッとした時に出た息で危うく窒息しかけていたと自覚出来た。
「分かってくれたなら良かった。キミ達はどうやら立場上吸血鬼と敵対していないといけないみたいだけど、そんな肩肘張らずに良い吸血鬼もいるってことを理解して行けばもっと楽に暮らせるよ。ささ、まずはその第一歩としてカクテルを僕に奢らせてくれないかな?キミ達を脅かしてしまったお詫びにね。ああ、それとお店の方々も騒がしくして申し訳ない。ここはカルーアミルクとブルームーンをもう2杯ずつ頼ませてもらうよ」
「……え、あ、は、はぃ……」
そんな窒息寸前まで行ってしまったばかりに、そこはかとなく情けない声で注文を受けてしまった。トホホ、泣きたい。
怖かったとかよりもとにかく情けない姿を見せてしまったことにガックリと肩を落としてテーブルから離れる。
「カッコよかったですよ、直太くん」
「そ……そうかなぁ……結局何も出来なかった気しかしないんだけど……」
「それは違いますよぉ!倉端先輩が率先して私達の前に出て行ってくれたから、とっても心強かったんです!」
「そうね、やっぱり貴方、頼りになるわよ」
「み、みんなぁ……!」
あったけぇ、アレキサンドあったけぇよ。
一瞬で地の底まで落ちた自信が帰ってくる気がする。
「……そうだなぁ、わざわざ誰彼構わず敵対しなくても良いのかもなあ」
「先輩!?マジで言ってるんですかそれ!?」
「そもそも俺だって本当は気が付いてたんだよ、昔と今じゃ狩人の必要性は段違いなんだって。……悪かったな、アンタら。金はちゃんと払わせてもらう。それとここの事はお上には秘密にしとくよ」
「まあ、パイセンが言うなら良いッスけど……」
それに狩人って言っても全員が全員いつも吸血鬼を狙ってる猛獣って訳でもないみたいだしな。
細かいとこまでは分かんねえけど、本当はそこまでしたい訳でも無いけど育ち方とか働いてる内に染み込んだりもしちゃうんだろうなあ。
少なくとも一番先輩そうな狩人はそう見える。
「さあ、分かってくれたのならここからは無礼講と行こうじゃないか。僕はしんみりとしたお酒より楽しいお酒の方が好きだからね」
この人が吸血鬼か人間かは分からない。
でも、こういう人が世の中に増えれば吸血鬼と人間は共存出来るんじゃないかなあ、なんてほんのちょっぴり思ったり。
ちょっとくらい夢見ても良いよな?