そして、ハーツクライに捧げる
『さあ、早め先頭はコスモバルク!コスモバルク!さらにキングカメハメハが外から一気に先頭に立つ!』
ここだ。最終直線に入った時、アタシは強く踏み込み自身の身体を加速させる。
4Fの標識が近づく。目の前にはまだ大勢残っている。だが関係ない。進路を外へと持ち出し、先頭目指して突き進む。
『キングカメハメハ、そしてハイアーゲーム!この二人の一騎打ちになるのか!?さあ二人の叩き合いだ!!』
一人、二人と抜いていき既に視界に残っているのは二人だけ。
2Fを過ぎた。届く、届かせる!!
『キングカメハメハ先頭!ダイワメジャーも来ている!大外からは―――』
粘っていた一人を抜いた。あと一人、あと一人を抜けば……!
『しかし先頭はキングカメハメハ!!』
あと一人。その距離は目前で……途轍もなく、遠かった……。
『キングカメハメハ!今、最強の大王が降臨した!!』
最後まで脚を溜め、あと少しまで迫った私のダービーは……これで終わった。
◇
日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称トレセン学園。
ここではトゥインクルシリーズでの活躍を目指し、日々ウマ娘達が研鑽を積んでいる。
アタシの名前はハーツクライ。この学園の高等部に所属しているウマ娘だ。同期達から遅れて今年の一月にデビューした。
そして先日、レース人生で一度しか挑めない日本ダービーに出走したが……結果は知っての通り。
「はぁ〜……」
思い出してもため息が出る。アタシが今向かっているのは、所属しているチーム『アンタレス』の部室だ。
重い足取りで部室の前まで行き、出入り口のドアを開ける。
「うーす」
「おー、ハーツか」
アタシを迎えたのはこのチームのトレーナーだ。一応G1ウマ娘を育てた経験もある人物なのだとか。
「この間のダービー、惜しかったな」
「……そりゃどーも」
トレーナーの言葉に、アタシは眉間にしわを寄せながらそう返した。
あのレース。確かにアタシはあと少しまで迫った。だがその後少し、着差1馬身半が埋められなかった。周りはどう思ったかはしれないが、アタシにはその1馬身半が途轍もなく遠くに感じた。
「確かにキングカメハメハの仕上がりはズバ抜けていた。だがなハーツ、お前だって負けちゃいない。ありきたりな言葉になるが、お前だったらあの大王に勝てる。次の菊花賞で目にもの見せてやれ」
「……はっ!当たり前だ。負けっぱなしは性に合わねえからな」
次は勝つ。さっきまでの落ち込んだ気分から切り替えて、アタシはトレーニング着に着替えるために自分のロッカーを開ける。
「俺はちょっと資料をチェックしてから行くから、先に始めててくれ」
「へーい」
トレーナーが退出してから制服を脱ぎ、ジャージに着替える。流石のアタシも、トレーナーに着替えを見られるのは嫌だしな。
さっさと着替え終えてグラウンドに向かうと、そこにはチームのメンバー達が既に揃っていた。
「あらハーツ。やっと来たのね」
「んだよムード」
こいつはダンスインザムード。アタシと同期のウマ娘だが、こいつはティアラ路線へと進んで、4連勝で桜花賞を獲りアタシより先にG1ウマ娘になりやがった。
「ダービーで負けてどんな顔してるかと思ったら、案外元気そうじゃない」
「生憎だったな。つーかお前だってオークス負けてんじゃねぇか。しかも四着」
「わ、私のことはいいじゃない!」
こいつと顔を合わせるといつもこうだ。別に仲が悪いわけじゃない。ティアラ路線と三冠路線で道は違うが、同期ということもあり変に遠慮しなくていい。まあ、気の置けない仲間ってやつだ。
「二人とも元気だねー」
「「先輩!」」
声をかけられた方向に視線を向けると、チームの先輩であるイングランディーレ先輩がこっちに歩いてきていた。
「やあハーツ。ダービーお疲れ様」
「ありがとうございます先輩。今日は走らないんですか?」
「うん。もう明日には渡英だからね。今日はゆっくりしとけってトレーナーさんに言われてさ」
先輩は今年の春の天皇賞で人気薄ながら逃げ切って勝利した。中央、地方問わず走ってきた先輩だが、今度はイギリスのG1に出走が決まっている。タフな人だ。
「ちなみに私もアメリカンオークスに出走することが決まったわ!」
「はぁっ!?お前も海外遠征かよ!」
まさかムードまでも海外に挑戦するとは。これはアタシも負けてられないな。
菊花賞、絶対に勝ってやる!
◇
それからアタシは夏の間は菊花賞に向けてトレーニングに励んだ。
その間、海外挑戦に向かった二人はというと、ムードがアメリカンオークス二着、先輩はアスコットゴールドカップ九着と、残念ながら勝利することはできなかった。
しかし帰国した二人は負けたことに悔しさをにじませながらも、落ち込んだ様子はなく次のレースに燃えていた。
夏が終わる頃、先輩は旭川のブリーダーズGCに出走、二着と好走するもレース後に屈腱炎を発症。長期の休養を強いられてしまった。
アタシがお見舞いに行った時、先輩は自分が一番苦しい筈なのに……笑顔を浮かべていた。
「まあ、レースをやっていれば怪我はつきものだからね。……万年好走止まりの私でもG1を勝てたんだ。悔いはないよ」
そう言った先輩の笑顔は、どこかやりきったように晴れやかで……寂しげだった。
「私は多分、これ以上はいけない。だけどハーツ、君は私とは違う。大物になるよ、君は」
「……先輩」
先輩はアタシの眼を見据え、そう言った。色々言いたかった筈だったけど、アタシの口から出たのは一言だけ。
「待ってますから。またターフに立つのを」
「……ありがとう。ハーツ」
先輩へのお見舞いを終えたアタシは、再び菊花賞に向けて熱を燃やした。
そして前哨戦の神戸新聞杯に出走。このレースにはダービーでアタシに勝ったキングカメハメハも出走した。
レースは八人と少人数で行われたが、結果は大王様の勝利。アタシは今度は三着。だけど本番は菊花賞だ。ダービーや神戸新聞杯とは違い、菊花賞は3000mの長距離。
勝負はそこでつける筈だったのだが、なんと大王様は秋の天皇賞に出走を表明。梯子を外された気分になったが、まあいい。いずれまた機会がある……そう思っていた。
「……は?キングカメハメハが……」
菊花賞まであと一週間といった時、衝撃のニュースが入った。あのキングカメハメハが、屈腱炎で休養に入るというのだ。復帰は未定。下手をすればリベンジの機会が失われてしまうことになる。
そのニュースを聞いてから、アタシはトレーニングに身が入らなくなり、迎えた菊花賞でもお世辞にも出し切ったとは言えず、七着に終わった(ちなみにムードは秋華賞四着、天皇賞・秋を二着と好走)。
その後はジャパンカップ、有マ記念に出走するもそれぞれ凡走。ゼンノロブロイの秋古バ三冠を見届ける形で、アタシのクラシック期は終わった。
◇
そして年が明けてからも、アタシは大阪杯を2着、春の天皇賞を5着と勝ちきれないレースが続いた。
もうとっくにあいつの事から切り替えては居るが、何故か脚が伸びない。
それでもトレーニングを積み、調子も良くなってきた頃、またもやニュースが入ってきた。
「ねえハーツ、見てよこの娘!」
「うっせえな見てるよムード」
ムードにスマホの画面を押し付けられるように見せられる。そんなことしなくても見えるっつの。
スマホの画面には、今年のダービーのニュースが映っていた。
『ミホノブルボン以来の無敗の二冠達成!!三冠確実か!?』
そう。今年のクラシック期には、とんでもないやつがいた。
無敗のまま皐月とダービーを制したウマ娘。その名前は……。
「ディープインパクト……」
この時はまだ、このウマ娘との出会いがアタシの運命を変えることになるなんて、思いもしなかった。