無敗の二冠ウマ娘が出現してから、世間はそいつの話題一色になっていた。
「何か凄い娘が出てきたわね」
「だな」
騒ぐムードにそれだけ返して、アタシはトレーニングに戻る。
「それだけ?気になんない訳?」
「気にしたって仕方ないだろ。アタシらもレースが控えてるんだし。それにムード、お前安田だろ?練習したほうがいいんじゃないのか」
「〜〜!!あんたに言われなくてもわかってるわよ!!」
そう言うとムードはスマホを置いて勢いよくグラウンドのコースを走り出した。
あいつも最近勝ててないからな。アタシも、次の宝塚は絶対に勝つ。
正直体の調子はいい。あのダービーの頃よりも仕上がってきているのを感じる。
自信を持って迎えた宝塚記念。最終直線でいつも通り末脚を使って追い込むも、僅かに届かずスイープトウショウの二着に終わった。
「これでも勝てないのか……クソッ!!」
レースが終わったあと、控室に戻ったアタシは荒れに荒れた。
あれだけ自信があったのに、負けた。結果だけ見ればダービー以来のG1二着、確かに結果は伸びてはいる。だけどアタシは勝っていない。
レースにあるのは一着かそれ以外か、だ。次こそは……という思いでアタシは夏合宿に挑む。
ムードは途中でレースに出走していたが、アタシは秋の天皇賞に直行するため、夏合宿をフル活用して鍛えた。
そして夏が終わり、秋の天皇賞を間近に迎えた頃、世間を賑わす出来事が起こった。
『ディープインパクト、無敗の三冠達成!!』
まさかのシンボリルドルフ以来の無敗の三冠を、あのウマ娘が達成したというのだ。
このニュースに学園だけでなく、世間も大騒ぎだった。
アタシより後にデビューした娘が、既にG1三勝。しかもクラシック三冠。この時、アタシの胸の奥に何かが生まれたことに、この時は気づかなかった。
アタシだって……そういう思いで迎えた天皇賞・秋。2番人気に推されたが、結果は六着。一緒に出走したムードは三着だってのに、アタシは掲示板にすら、載れなかった……。
その後はジャパンカップに出走したが、写真判定まで行くも宝塚の時と同じ僅かに詰められず二着。
タイムはレコード、一着と同じタイム。だが僅かに届かなかった。
悔しい。アタシの胸の中を悔しさが埋め尽くしていく。
「う……ぐぅ……ぁぁ……」
気づけばアタシは、控室のベンチの上で、胸の感情を吐き出していた。
◇
ジャパンカップの後、ファン投票で6位に推されたアタシは有マ記念へと進むことになった。しかし、当然の如くそこにはあの名前も……。
「ディープインパクト、有マ出走……ねぇ。当然と言えば当然だな」
シンボリルドルフ以来の無敗の三冠ウマ娘。そんなのが選ばれない筈がない。
「世間はディープの話題で持ちきりだな」
「そうだな」
ディープ。ディープ、ディープディープディープ。他のウマ娘には目もくれない世間の反応に、そしてそれを当然と思ってしまっている自分に腹が立つ。
アタシは座っていた椅子から立ち上がり、トレーナーの眼をしっかりと見ながらながら、今のアタシの気持ちを伝えた。
「トレーナー。奴に勝つにはどうしたらいい」
「……言うと思ったよ」
トレーナーは手元の資料を持ちながら立ち上がると、アタシにその資料を手渡してきた。
「これは……」
「俺から見た、ディープの特徴をまとめたものだ。寮に帰っても見れるようにな」
「……ありがとよ、トレーナー」
「本格的な対策トレーニングは明日からだ。今日は体を休めながらその資料に目を通しておけ」
「んな悠長でいいのか?もう今月だろ」
アタシの疑問に、トレーナーは「心配するな」と前置きしてから答えた。
「策なら既に考えている。それに、対ディープ用に特別なトレーニングパートナーを呼んであるからな。有マまで徹底的に叩き込むから、覚悟しておけよ」
「……ハッ!上等だ」
そのままアタシは寮に戻り、資料に目を通した。ディープインパクトのデビューから全てのレースのデータがそこにあった。
道中の位置取り、仕掛けるタイミング、上がりタイムからちょっとしたクセまで全てが載ってあった。ありがたいけど、ちょっと引いた……。
資料を読み込めば読み込むほど、ディープのとんでもない実力を思い知らされる。
しかし、何故だろうか。普通であれば絶望するであろう相手に、アタシの心は逆に燃えつつあるのを感じた。
そしてアタシは寝落ちするまで資料を読み込み、頭の中のイメージを固めていた。
◇
宝塚記念と有マ記念は、グランプリレースと呼ばれている。人気投票で選ばれた実力者達が集う、G1の中でも話題性に富んだレースだからだ。
前期の宝塚記念に比べ、有マ記念は年末大一番ということもあり一際すごい盛り上がりを見せる。
その有マ記念のターフに、アタシは立っていた。
「ふぅー……」
冬の寒さも感じさせない空気に、アタシは深く息を吐く。
出走するウマ娘達の間に走る緊張感、そして会場の熱気。二度目とは言え、やはり有マは一味違う。
「おーぅ。また会ったのぅハーツ!」
「気合入ってるねー」
「コスモ。それにデルタも」
コスモバルク。地方所属ながら中央重賞に幾度となく挑戦しているウマ娘だ。未だG1は制していないものの、皐月やJCで二着を取るなど好走しているため『道営のエース』と呼ばれているとか。
アタシとこいつはダービーの時からの腐れ縁だが、こいつのこの豪放磊落を絵に描いたような性格は、どうにも合わん。
そしてもう一人はデルタブルース。こいつもアタシと同期で、菊花賞はこいつが獲っていった。
人当たりのよい性格で、チームは違うがアタシとも教室でよくつるんでいる、いい友人だ。
「なんじゃなんじゃ?いつも以上にピリピリしとるな!」
「まぁ、原因は明確だけどね」
「確かにのぉ」
そう言ったデルタとコスモは視線を一点に向けた。つられてアタシも同じ方向を見ると、その先には一人のウマ娘が立っていた。
その立ち姿には途轍もないオーラが感じられる。
そう。彼女こそがこの有マの話題を、観客の視線を一身に受けているウマ娘、ディープインパクトだ。
「あの無敗の三冠ウマ娘様も出走するんじゃ。観客もマスコミも、あやつがどんな勝ち方をするかしか見ておらん。面白くはなかろうよ」
コスモの言う通りだ。ここにいる全員が選ばれたウマ娘達だと言うのに……。
「まあ仕方ないよね。メジャーやカメハメが抜けちゃってから、私達の世代はなんかパッとしないもんね」
「じゃが、あやつだけにいい思いさせる気もサラサラないがな」
「それは私も同じだね」
二人は不敵な笑みを浮かべ、お互いに視線を交わす。
「ステイヤーズSを勝って勢い乗ってるようじゃが、ワシも負けぬからな!」
「そりゃ楽しみだね。ハーツは……訊くまでもないね」
こちらに向けられたデルタの視線に、アタシは無言で頷く。
その様子に、デルタは何故かニンマリとした笑みを浮かべた。
「やっぱりハーツはそうじゃないとね」
別れ際にデルタはそう言った。その意味は分からなかったが、あいつなりにアタシのこと心配してたってことか?よく分かんね。
間もなくしてファンファーレが鳴り、アタシ達はゲートに向かう。
◇
『クリスマスに迎える有マ記念』
ゲート内で出走の合図を待つ。
『最強の衝撃対歴戦のウマ娘、史上初の無敗の四冠へ!』
息を静かに吐いて、スタートの姿勢をとる。……今。
『ディープインパクトのスタートは!』
アタシらを無視する連中も、最強と持て囃されてるあいつも……未だ亡霊のごとく目の前にいるあいつも……
全部全部……
喰らってやる