『さあ先行するのは、タップダンスが行くかオースミハルカも前に出る!』
やはりか。しかしタップダンスシチーめ、この有マでトゥインクルシリーズ最後だからって張り切りおって。
まあよい。おそらく3,4コーナー辺りで落ちるじゃろう。それまでは後ろで様子を見させてもら……!?
(な、なんでお主がそこにおるんじゃ!?)
ワシが驚いたのも無理はなかろう。なぜなら……普段いるはずのない奴がワシの前にいたんじゃからな。
◇
(まさか……君がその位置に行くなんてねぇ)
スタートしてから私は後方に位置取りをする。しかし、今日は私の更に後ろにあのディープインパクトが控えている。
それだけでも緊張感が半端ないが、だけど今私を驚かせているのは……あいつだ。
(掛かっている……というわけじゃないんだろう、ハーツ!)
ハーツクライが、前にいた。
◇
逃げるタップダンスシチーやオースミハルカを見据える位置で、アタシは走っていた。
『そして何と!ハーツクライが三番手、三番手でレースを進めています!』
これがトレーナーの秘策。走りながらアタシは、この有マまでの日々を思い返していた。
―――
――
―
「先行策、だと?」
「ああ」
資料を渡された翌日。グラウンドに移動している途中でトレーナーから有マでの作戦を伝えられるが、まさかの先行策とはな。
「今までは後方に控えての直線一気で勝負していた。だがそれではディープには勝てんだろう。ゲームで言うならお前の追い込み適性はAで、あっちはSってことだ」
「……悔しいが、その通りだな」
トレーナーの言う通り、ディープの完成度は同世代は愚か、上の世代と比べても頭一二は抜きん出てる。おそらく、キンカメと同じかそれ以上か……。
「勝ち筋があるとすれば、その完成された走りを崩すしかないだろう」
「そこで奇をてらって先行策というわけかい?」
「ああ。正直お前が追い込みから先行策に変えたところで、ディープは動揺しないだろうが、読みを外させることはできる。だが一番の理由はなハーツ、今のお前の脚は先行策で活きると改めて思ったからだ」
どういうことだ?ここまで追い込みで末脚勝負をしていたアタシに、先行策が向いている?
「秋に入ってからのお前の走りを見て確信した。ハーツ、お前の体は今覚醒してきている」
きょとんとするアタシをよそに、トレーナーは話を続ける。
「確かにお前の武器はその末脚だ。だが最終直線で勝負せざるをえなかったのは、お前の体が追いついていないのも理由ではあった。だが今のお前なら、序盤で前目についても大して脚は消耗しない。そしてお前のタフな脚なら、先行策をとりながらいつも通りの末脚を出せる」
「つまり、距離のリードがある分ディープより有利になるってことか。しかしそう上手くいくのか?」
疑うアタシにトレーナーはニヤリと笑ってから話を続ける。
「お前が心配する通り、付け焼き刃じゃ通用しない。だから有マまでのトレーニングパートナーを用意した」
「パートナー?」
一体誰のことだろうか。頭に疑問符を浮かべていると、いつの間にかグラウンドに到着した。
グラウンドでは何人かのウマ娘が準備運動をしていたが、その中にはよく知ってる顔があった。
「先輩!?」
「やあハーツ。聞いたよ、あのディープに勝つつもりなんだってね」
今年屈腱炎から復帰したディーレ先輩だ。長期休養の影響か、前までのような走りは出来ないみたいだが、それでも先輩は楽しそうにターフを走っている。
「面白そうじゃん。力不足かもしれないけど、私にも手伝わせてよ」
「そんなことないっす、心強いです!」
「ディーレにはペースメーカーとして手伝ってもらう。そしてもう一人……」
「アンタがハーツクライだね」
突如聞こえてきた声にトレーナーと先輩が視線を向け、それにつられてアタシもその方向を見る。
するとそこには、一人のウマ娘が立っていた。
「あ、アナタは……!」
アタシが驚いたのも無理はない。何せ目の前にいたのは……。
「アタシは"ヒシアマゾン"。名前くらいは知ってんだろ?」
「知ってるも何も!あの怪物ナリタブライアンとやりあい、ドリームトロフィーでも結果を残した女傑!有名なんてもんじゃないですよ!でも、引退したアナタが何故……」
「俺が頼んだんだ」
ここでトレーナーがヒシアマゾンさんの隣に移動しながらアタシの疑問に答えた。
「彼女の末脚のキレは、俺の知る中でもトップクラスだ。仮想ディープとして申し分ない」
「流石に引退した身で出しゃばるのはよくないと思ったんだけどね、旦那にあそこまで頼まれたら承諾せざるをえなかったよ」
「旦那って……え?」
そこでトレーナーとヒシアマゾンさんは、同時に左手を見せた。2人の左手の薬指には、お揃いの指輪がはめられていた。それが意味することは……。
「トレーナーが、ヒシアマゾンさんの旦那さん!?」
「言ってなかったっけ?」
聞いてねえよ!!!笑ってるってことは先輩、アンタは知っていたな!おいムード、遠くにいても笑ってるのわかるからな。
「とにかくだ。今日から有マまでみっちり鍛えてやるからな。音を上げるなよ」
「……上等だよ。先輩に加えて、あの女傑ヒシアマゾンさんが付いてくれるなら怖いもん無しだ!早速始めようぜ!」
気合を入れたアタシは、まず最初に先輩とヒシアマゾンさんとの模擬レースをすることになった。
流れは先輩が逃げて、その後ろにアタシ、そして後方にヒシアマゾンさんという並びで進んでいった。課題として、道中は先輩のおおよそ3,4馬身離れた位置で走れとトレーナーに言われたが、普段と違う進め方だからか中々難しい。
そして最終直線に入った時、アタシはスパートをかけ先輩を抜きにかかる。アッサリと先輩を抜いたアタシは、そのままゴールまで一直線に進む……筈だった。
「……っ!?」
背筋がゾッとした。咄嗟に振り向いた時には、黒鹿毛の女傑がすぐそばまで迫っていた。
(なんつープレッシャーだ、これが引退したウマ娘の走りかよ!)
予想外の出来事にアタシの走りは乱され、ゴールした時には差はハナ差ほどまで詰められていた。
「……かー!負けるつもりはなかったけど、やっぱり現役には届かないね」
「ハァー……ハァー……」
何言ってるんだこの人は。あれだけの走りをしておいて……。
息を乱すアタシにトレーナーが近づいて話しかけてきた。
「お疲れ。どうだ、初めての先行策は?」
「ハァ、ハァ……慣れてなくてスパートが乗り切れなかった……それに……後ろからのプレッシャーがいつも以上に重くのしかかって来た……」
「だろうな。この模擬レースは二日おきに行う、それで感覚を掴め。目標は有マまでに5馬身差以上つけてゴールすること」
5馬身……おそらくそれが最低マージンということだろうな。ヒシアマゾンさんの追い込みも凄かったが、ディープのはさらに上を行くはず。へばっている時間はない。
「……やってやる、やってやるさ!」
「その意気だ。じゃあ併せ行って来い!二人とも頼んだぞ」
「おう!任せときな!」
「了解。しっかりサポートするよ」
それからアタシは先輩達のサポートを受け、来る有マまでトレーニングに勤しんだ。
今までの比じゃないくらいキツかったが、アタシの覚悟は揺るがなかった。
勝つためなら、地獄すら駆け抜けてやる。
―
――
―――
あの地獄のような日々のおかげか、想定通り前目につけた。スタミナのロスもほぼない。
すぐ近くにコスモ、デルタとアイツは後方か。
あの血の気の多いコスモですら慎重になってるみたいだし、当然アイツは動揺すらしてないだろうな。
(上等だ。そのままいつも通り控えてな)
勝負は最終直線。それまでプレッシャーに呑まれるなよ、アタシ!
◇
(これは……予想以上のプレッシャーだ)
現在向う正面、レースも中盤から後半に差し掛かる頃だ。
私は中団寄りの後方に位置取りしているが、私の真後ろにはあのディープインパクトが控えている。
これまでも強敵と呼べるウマ娘はいたが、この娘は段違いだ。
『3コーナーのカーブに差し掛かる。さあ!ディープインパクトはどこで動くのか!』
そろそろ仕掛けてくるか?外に持ち出してる気配を感じる。
4コーナーに入った、私もここで……!?
(あれ……?)
戦闘を見据えたその時、一瞬私の思考が止まった。
(ハーツ、君は……君の背中は……)
そんなに遠かったのかい……?
◇
「ここじゃああああ!!」
4コーナーの出口付近。二番手に上がったワシはその勢いのままタップダンスシチーを捉えにかかる。予想通り伸びを欠いた此奴を抜くのは苦労はせんだろう。
『さあ!ここで先頭は!先頭はコスモバルクか!コスモバルク先頭か!』
「しゃああああ!!!」
最終直線に入ったところで、タップをかわして先頭に立つ。
振り返る余裕はないが、恐らくここからディープが上がってくるじゃろう。
勝負じゃ三冠!地方の意地、見せたら―――っ。
(―――はぁ?)
その時じゃ。ワシの横を、見覚えのある鹿毛のウマ娘が走り抜けていきおった……。
◇
『外からディープ!外からディープインパクト!!』
喉が渇く。歯が軋む。
『無敗の四冠へ向け、ディープインパクトが捉える捉える!!』
肺が苦しい。脚も重くなってきた……だが!!
『―――しかしハーツクライが来ている!!』
まだ……ゴールしてねぇ!!
より強くターフを踏みしめ、スパートをかける。残り200はとうに過ぎた。コスモも抜いた、前年王者ゼンノロブロイも抑えている。
残りはお前だけだ、ディープインパクト!!
『ハーツクライ!ディープインパクト!ハーツクライか!?ハーツクライか!?ディープインパクトは間に合うのか!?』
見なくてもプレッシャーで奴がすぐそこまで迫ってきているのがわかる。
差がどんどん縮まる。だけど抑えきれる確信がある!!
何故なら……さっきからウザったくチラついてた
(あの時の1馬身半はもう埋めた。借りは返したぞ……大王様よ!!)
その瞬間、脚の重さが消えた。
さっきまでよりも軽く、さっきまでよりも速く、前に、前にへと体が進む。
『ハーツクライが先頭だ!まだその差は1馬身!!残り100を切った!!ディープインパクトは届くのか!!』
ゴールは目前。奴はすぐそこまで迫っている。そんな時、皆のことが頭をよぎる。
(ハーツ!)
口は悪かったけど、お互いに競い合えた同期のチームメイトのムード。
(ハーツ)
惜敗を続けながらも、誰よりもレースを楽しみ、遂にはG1を制したイングランディーレ先輩。
(ハーツ!)
引退した身ながら、アタシの特訓に付き合ってくれたヒシアマゾンさん。
(行け……ハーツ!)
こんなアタシを勝たせようと奮闘してくれたトレーナー!!
皆のためにも、アタシは……絶対に勝つ!!
「―――うおあ"あ"あ"あぁああッ!!!」
『ハーツクライが先頭だ!悲願の初制覇か!?前人未到無敗の四冠か!?』
無意識に、喉が張り裂けんほどの叫び声を上げる。奴の気配をもう間近に感じる。
『ハーツクライ!!ディープインパクト!!何と――――――』
だが―――
「―――勝ったのは、アタシだ」
『――――ハーツクライだああああ!!ディープインパクト敗れる!!ディープインパクト敗れる!!』
ゴール板を駆け抜けた瞬間。アタシの体をスゥッとしたものが突き抜けていった。
掲示板には、1着のところにアタシの番号が表示され、それを見た時、漸く勝利したという直感は確信へと変わり、歓喜の感情が湧き上がってくる。
『勝ったのはハーツクライ!!無敗の四冠を防ぎ、悲願のG1初制覇!!』
空を見上げ、喜びに体を震わせる。これが、G1を勝つということか。
「初制覇おめでとう、ハーツ」
不意にデルタが声をかけてきた。アタシは息を整えてから、デルタに向き直る。
「ありがとう、デルタ」
「まさかハーツが勝っちゃうなんてね。しかもあのディープに。どんな特訓したんだい?」
「……先輩達と、トレーナーのおかげだ」
「そっか……。私も頑張ったんだけどな〜。コスモなんか悔しくて地団駄踏んでるよ」
指を刺された方を見れば、デルタが言った通りコスモの奴が悔しそうな顔で地団駄踏んでいる。
「でもハーツ。負け惜しみとかじゃないけど、これから大変だと思うけど、気を強く持ってね」
「それは、どういう……」
そこでアタシは違和感に気づいた。レースが終わったというのに静かすぎる。
咄嗟に観客席を見れば、普段のG1のような歓声は聞こえず……代わりにあったのは……。
「……なんだよ」
観客達の、落胆したような表情だった。