「えー、というわけで。遅くなったけどハーツの有マ優勝&URA最優秀シニアウマ娘受賞を記念して……」
「「「「カンパーイ!!」」」」
「……カンパーイ」
年が明けた頃。トレーナーがなんやかんやバタついてて出来なかったアタシのお祝いをしようと言い出し、それにムードや先輩達もノリ、現在部室内で祝賀パーティーを行っている。
だが、主役であるアタシの気分は皆とは真逆に暗いものであった。
「なによハーツ、そんな暗くて怖い顔して」
「うっせムード……祝ってくれるのはうれしいけどよ、正直そんな気分じゃねーよ」
「……まぁ、それもそうよね。勝ったのにあんな扱いされちゃ……」
あの時のことを思い出したのか、ムードの表情も暗くなる。
そう。有マ記念を制したアタシを待っていたのは……歓声なんかじゃなかった。
◇
「……なんだよ、これ」
有マ記念で悲願のG1初制覇。しかもそれがあの無敗の三冠ウマ娘『ディープインパクト』を破っての勝利ということもあり、アタシの喜びはひとしおだった。
しかし、そんな気持ちも観客席へと目を向けた瞬間、急激に冷めてしまった。
「……ああ、そうかよ」
普段はあるはずの歓声が観客席から聞こえてこない。あるのは観客達の……落胆したような表情だけ。
気づけばアタシは控室に戻っていた。その足取りが異常なほど重かったということ以外は、何も覚えていない……。
『この瞬間、史上初の無敗の四冠は無くなった!!ディープインパクト敗れる―――』
◇
……嫌なこと思い出しちまった。ムカついてきたがグイッとコップの中身を一気に飲み干すことで気分を落ち着かせる。
「……そりゃ周りがアイツにどれだけの期待を寄せていたかは分かる。だが、そんなのアタシには……他のウマ娘には関係ねぇ」
「……そうよね。皆真剣にレースに挑んでる。私だって次こそは……」
チラッとムードの方を見ると、軋みそうな程拳を強く握りしめていた。コイツも桜花賞を勝ってからは、G1はおろかG2でも勝てていないからな。
気づけばアタシ達の空気を察したのか、トレーナーや先輩達の様子も少し沈んでいるように感じる。
そんな時、部室のドアが勢いよく開かれた。
「すまんすまん!遅くなった!」
「遅いぞピア!もう乾杯しちまったよ」
開け放たれたドアから入ってきたのは、このチームの先輩の『ユートピア』先輩だった。
先輩はこのチーム唯一と言っていいダート路線のウマ娘で、去年も中央だけでなく、大井や盛岡でも走っている、バイタリティ溢れる人だ。
東京大賞典が控えていた先輩は、アタシの有馬には応援に来れず、何なら今日が久々の再会だ。
「いやー、ちょっと用事を済ましててな。んで本日の主役はっと」
目が合った途端、先輩はアタシの方へと向かってくる。
「聞いたぞハーツ!有マで悪役扱いされてへそ曲げてんだって?」
「そんなんじゃねっすよ」
「まあそんな気にすんなって!ライスシャワーって知ってんだろ?あいつも悪役扱いされたけど、何やかんやその後春天二回勝ってんだぜ」
確かに、ライスシャワーさんの事を考えると、アタシも気落ちしてはいられない。
ミホノブルボンさんの三冠を阻止した彼女を世間は悪役扱いしたが、ライスさんはそれを跳ね除け、天皇賞春を制した。凄い人だとは思う。だけど……。
「それでも、いざ当事者になると、やはりクるものがあります。世間の目はディープ一色、勝者に歓声ではなく批判が送られるってのは、やっぱキツイっすよ……」
「……だったら、そんな声を捻じ伏せられるくらい、自分の実力を示せばいい」
俯くアタシの顔面に、先輩は書類を押し付けてきた。
手にとって確認してみると、そこにはこう書かれていた。
「ドバイワールドカップミーティング……?」
「ハーツ。あたしと一緒に世界に挑んでみねえか?」
ドバイのレースの歴史は欧州等に比べれば浅いものの、規模が大きいことで知られている。更に世界中から有力なウマ娘が集められることもあり、既に世界的なイベントとして名を轟かせている。
「実は俺も考えていたんだ」
「トレーナー」
「歴史が浅いとは言え、未だ日本ウマ娘によるドバイG1制覇は果たせていない。お前の実力を示すにはいい舞台だと思う」
確かにトレーナーの言う通りだ。ドバイレースにおいて、日本のウマ娘の戦績は、ステイゴールドがG2時代のドバイシーマクラシックを制したのみで、G1に至ってはドバイワールドカップでトゥザビクトリーが2着に入ったのが最高だ。
そんなドバイのレースで結果を残せば、もう誰もアタシの走りに文句は言えないだろう。
アタシはグラスの中を一気に飲み干し、トレーナーと先輩に向かって言い放つ。
「……わかった。獲ってやるよ、海外G1!」
「よく言った!それでこそあたしの後輩だ!!」
アタシの宣言を聞いた先輩は、テンションが上がったのか笑いながらアタシの背中をバシバシと叩く。痛いから正直勘弁して欲しい。
「なら、今日は思いっきり羽根を伸ばしておけ。ドバイに向けて動くのは明日からだ」
「ああ。……待ってろよ、世界!」
次なる目標が見つかり、さっきまで胸を圧迫していた嫌な気持ちは、すっかりなくなっていた。
◇
翌日、トレーナーや先輩と一緒に話し合った結果、先輩はG2のゴドルフィンマイル、アタシは数年前にG1に昇格したドバイシーマクラシックに出走を決定した。
途中で叩きのレースを挟むことはせず、二人とも直行するということでトレーニングメニューもそれに合わせて調整された。
ユートピア先輩との併せは勿論、訪れた国は違えど海外経験のあるディーレ先輩やムードも協力してくれた。
そのお陰でアタシの仕上がりはかなりのものだった。
そして……ついにその日を迎えた。
『さあ今年も始まりました!ドバイワールドカップミーティング!日本からも総勢9名のウマ娘が出走します!!』
ドバイの会場は異様なほどの熱気に包まれている。流石は世界的なイベントだ。比べるわけじゃないが、盛り上がりが違うな。
そして、レースは滞りなく進んでいき……。
「せぇりゃあああああ!!」
『ユートピア逃げ切った!4馬身差をつけ、見事ゴドルフィンマイルを制しました!!』
最終直線で先輩は、圧巻の走りで後続をぶっちぎるとそのままゴール。今回初の勝利を飾った。
その勢いに乗り、後続も続く……となればよかったのだが、生憎と世界の壁は高い。
先輩以降は好走こそすれ、レースを制することはできなかった。
そして、ついにアタシの出番がやってきた。
『芝コース2400m。第9回ドバイシーマクラシックを迎えました。ステイゴールドの快走が記憶に新しいドバイシーマクラシック。G1に昇格したこのレースに、ハーツクライが挑みます』
感覚を確かめるようにターフを踏む。やはり日本の芝とは違うが、問題はない。
「Hey!Are you Heart's Cry?(ねえ!アンタがハーツクライ?)」
急に英語で声をかけられた。びっくりしつつ振り向くと、同じレースで走るウマ娘の一人が近づいてきていた。
「Yeah, but who are you?(そうだが、誰だお前?)」
「Do Japanese UMAMUSUME have no manners? I'm Collier Hill. I came to see her because I heard she was the one who beat Deep Impact……(日本のウマ娘は礼儀を知らないの?ワタシはコリアーヒル。あのディープインパクトに勝った奴って言うから見に来たんだけど……)」
そう言ってコイツはアタシをジロジロと見てきた。なんか知らんが、気に食わねぇな。
「Hmm. Looks like it was just a fluke. Just be careful not to get in my way!(ふん。どうやらフロックだったみたいね。せいぜいワタシの前を塞がないよう気をつけなさいね!)」
「あぁ!?」
言うだけ言ってソイツはアタシの前から離れていった。なんだアイツ、ムカつく野郎だ……。
「あの勝負服の国旗……イギリスか。欧州はあんな奴ばっかなのか?」
「Sorry, I think she was rude.(すまない、彼女が失礼なことを言ったようだな)」
「あぁん?……ってお前は」
また違う奴が来た。さっきのヤツのこともあって、睨みを利かせながら振り向いたが、今度のヤツは見覚えがあった。
「It's been since last year's Japan Cup, Heart's Cry.(昨年のジャパンカップ以来だな、ハーツクライ)」
「Ouija board. It's been a while.(ウィジャボードか、久しぶりだな)」
「I was defeated by you and Alcasset back then, but it won't be the same this time. I'll show you the power of the European UMAMUSUME of the Year.(あの時は君とアルカセットにやられたが、今回はそうはいかない。欧州年度代表ウマ娘の力、見せてやる)」
空気がヒリつく。右手を差し出してる割には、闘志全開じゃねぇか。
確かに去年から戦績にばらつきはあれど、掲示板を外したのはたった一回。オマケに毎年G1を勝っている猛者中の猛者……相手にとって不足は無ぇ。
右手を掴み返し、アタシはウィジャボードに向かって言い放つ。
「That's great. I'll go all out and make the excuse of a lost shoe unacceptable.(上等だ。落鉄なんて言い訳通じねぇくらいぶっちぎってやるよ)」
「……Hmm, I'm looking forward to it.(……フッ、楽しみだ)」
そう言ってゲートへと向かうウィジャボードの後ろ姿、以前ジャパンカップで見たときとは雰囲気が違う。
いや、アイツだけじゃない。さっきのコリアーヒルをはじめ、どいつもこいつも目に見えて気が入ってやがる。
「おもしれぇ……!」
体をブルリと震わせ、アタシもゲートへと向かう。このレースに勝てば、どんな景色が見られるのか……待っていろ、世界!
◇
『最後に、アレクサンダーゴールドランがゲートに収まりました』
ゲートの中でスタートを待つ。心臓の音が、やけにうるさく感じる。
フォルスタッフ、アラヤン、そしてコリアー。だが私が警戒するのはハーツクライ、お前だけだ。
(あの時の借りを返させてもらうぞ……!)
『ドバイシーマクラシック……スタートしました!』
ゲートが開くとほぼ同時に飛び出した。やはりアラヤンとコリアーが前に行ったか。なら奴は……。
『ハーツクライ好スタートを決めて前についていきます!アラヤンと並んだがハーツクライが先頭に立ちます!』
有馬での走りから先行策に切り替えたのは知っていた。突出した逃げウマ娘がいないこのレース、君が先頭に立つのに驚きはない。
(ならば私はその後ろで観察させてもらおう)
『ハーツクライが先頭で向う正面のカーブへと向かいます!2番手にアラヤンがつきました、3番手にコリアーヒル。ウィジャボードは中団に控えています!』
ペースを作れるとは言え、慣れない逃げではスタミナの消費も仕掛けるタイミングも掴みにくいはず。4コーナーから最終直線にかけてが勝負だ!
◇
もうすぐコーナーが終わる。先頭は取られてるけど、脚に余裕はある。
『さあ四コーナーカーブ、ハーツクライ先頭で直線コースに入ります!』
先頭を走るアイツの背中を見据え、ワタシはスパートのタイミングを計る。
レース前、ワタシは彼女に挨拶しにいった。好走止まりであったシルバーコレクターの彼女が、念願のG1を獲ったのはワタシと同じ年。気にならないはずがない。
しかし、彼女の前に行ったとき、ワタシの心中を彼女への対抗心が埋め尽くし、きつい言い方をしてしまった。
似たような経歴だからこそ、負けたくない!
『ハーツクライ先頭!ハーツクライが先頭でリードは1バ身変わらない!外からフォルスタッフ並んできた!その内からコリアーヒルと3人並んだ体勢となったか!?』
芝を一層強く踏みしめ、スパートをかけて先頭を捉えにかかる。
スタートしてから常に先頭。慣れない逃げで彼女のスタミナはもう残り少ないはず。このまま捉えて……。
「……lie?」
スタミナは残っている。脚は十分。スパートをかければ縮まるはずの距離は……更に広がっていた。
◇
『コリアーヒルスパートをかけているが、ハーツクライ追っている!ハーツクライ追っている!リードは1バ身から2バ身変わらない!』
侮っていたわけではない、だがこれほどとは。仕掛けるタイミングを間違えたか……。
「But! I can't lose!!」
『ウィジャボードが集団を抜け出した!迫るウィジャボード!!』
私にも欧州王者としての意地がある!このまま終わってなるものか!!
『またリードを広げた!ハーツクライ、行くぞハーツクライ!!4バ身5バ身とリードを広げる!!2番手争いはコリアーヒルかフォルスタッフか!?』
芝を強く踏み、汗が目に入るのも気にせず前へと踏み込む。
しかし……彼女の背中は、あの時以上に、遠くなっていた……。
『しかし関係ない!!ハーツクライ逃げ切ってゴォールインッ!!日本のハーツクライ、世界を相手にハーツクライやりました!!』
◇
「はぁ……はぁ……」
呼吸を整えながら掲示板へと目を向ける。一番上に表示された5という数字、アタシの番号の表示を確認した瞬間、胸の中にスゥッとした感覚が生まれるのを感じた。
「や……った……」
「Hearts Cry」
声をかけられ振り向くと、息を切らしたウィジャボードがそこにいた。
「ウィジャボード……」
「First of all, congratulations, Hearts Cry.(まずはおめでとう、ハーツクライ)」
そう言ってレース前と同じく差し出された右手を握り返す。
「Thank you, Ouija board.(ありがとう、ウィジャボード)」
「Your running is definitely different from before. To be honest, I misjudged you.(君の走り、以前とは確然に違う。正直見誤った)」
そう話した彼女の表情は、負けたとは思えないほど晴れやかで、闘志を滲み出させていた。
「After seeing such a run, I couldn't let myself lose.……Let's run together again someday.(あんな走りを見せられては、私も負けてはいられない。……いつかまた、共に走ろう)」
「……Yes, of course.(ああ、勿論だ)」
話を終えて歩き去る彼女の背中を見送る。いつかまた、か。そう遠くないような気がするな。
「Hey you!(ちょっとアンタ!)」
大きな声で、今度はコリアーヒルの奴がやってきた。また何か嫌味でもいうつもりか?
「What do you want?(何の用だよ?)」
「……Your running was amazing. But just watch! I'll train more and I'll definitely win next time!(……アンタの走り、凄かったわ。でも見てなさい!ワタシだってもっとトレーニングして、次は絶対に勝ってやるんだから!)」
そう言い放つと鼻を鳴らして去っていった。何なんだアイツ?まあ、悪いやつじゃないってことなのか。
「ハーツッ!!」
観客席からアタシを呼ぶ声がする。視線を向ければ、そこにはあの時とは違い、アタシの勝利を喜ぶ観客達の笑顔があった。
「これが、ほんとの勝利の味か……良いもんだな」
アタシはその声に、右手を挙げて応えた。