ウマ娘 Shout of SOUL   作:D-ケンタ

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第五話

「すぅー……はぁー……」

 

深く、異国の地の空気を吸い込み、吐きだす。

晴れ渡る青空の下。ここ、夏のアスコットレース場ではまもなく行われるレースに出走するウマ娘がその時を今か今かと待っていた。

 

『格式ある英国レース。G1、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスに、日本のハーツクライが挑みます。ディープインパクトを破り、さらにドバイでも圧巻の走りを見せた彼女。ここでもその実力を見せてくれるのか』

 

英国レース。世界最古と言える歴史を持ち、その地で行われる重賞レースの格式の高さは言うまでもない。

そのG1レースが行われるレース場に、日本のウマ娘、ハーツクライが立っていた。その立ち姿に、『シルバーコレクター』や『善戦ウマ娘』と呼ばれた頃の面影は、もう見る影もない。

 

「……ふっ」

 

出走するウマ娘達を見回し、ハーツクライは軽く笑みをこぼす。

人数は6人。G1というのにたったのこの人数。これには日本と世界のレース事情の違いによるためだが、説明は省く。

 

「三強、か……そこまで評価されるとは、昔のアタシじゃ想像できなかったな」

 

かつての時代を思い返し、自嘲するように空を仰ぐ。

 

「凱旋門賞ウマ娘の『ハリケーンラン』。そしてイタリア王者の『エレクトロキューショニスト』。文句ねえ強敵だ、はっきり言ってレベルが違え……」

 

「だが」と一言発し、視線をゲートへと戻した彼女表情は、先ほどとは違う笑みを浮かべていた。

 

「相手が強ければ強いほど燃えるのがアタシだ!」

 

それは、まるで強大な山脈に挑む登山者のような、もしくは獲物を眼の前にした獣のような、獰猛で不敵な笑みであった。

その笑みを崩さぬまま、堂々とした足取りでゲートへと向かう。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了。体勢整いました』

「ふぅー……」

 

ゲートに入り、呼吸を整えてスタートの姿勢をとる。

スターターがやけにゆっくり見える……それほど彼女は集中していた。

 

『勝たなければいけないと語ったトレーナーの……日本の夢を乗せ、ハーツクライ―――』

 

ガコンッ、とゲートが開くと同時にすべてのウマ娘達が飛び出した。

 

『今スタートしました!好スタートは内で、1番のチェリーミックスが切って行きました。ハーツクライは今三番手で緩やかに下りながらストレートを流していきます』

 

先頭は最内のウマ娘が取り、ハーツクライはそれを見るような形で三番手を走る。

 

(チッ、ハナは取られたか……)

 

『チェリーミックス』。今回5番人気の彼女だが、ハーツクライは彼女に関してある情報を掴んでいた。

 

(これでエレクに有利な展開になるか……厄介だな)

 

そう、彼女はエレクトロキューショニストのペースメーカーとして、このレースを走っている。

彼女が先行することで、このレースの展開はややエレクトロキューショニストに有利になることだろう。

 

(だが、想定していなかったわけじゃない。だったらそれに合わせて調整すればいい)

 

スッと自身の脚勢を整え、ハーツクライは前を見据えながら追走する。

いつの間にか下りのストレートとコーナーが終わり、向こう正面に差し掛かる。

ここからは登りに入る。未だチェリーミックスが先頭を走り、その後ろをハリケーンラン、さらに順位を上げたエレクトロキューショニストが続く。ハーツクライは四、五番手に落とすも、いたって冷静に追走する。

まもなく最終コーナーが終わる。先頭を走っていたチェリーミックスのリードもなくなり、ハーツクライも順位を上げていく。

 

『ハーツクライはハリケーンランの外に併せていって今三番手を伺って直線コースに向かいました500m!』

「uuuuugh!!」

 

直線コースに入り、各ウマ娘がスパートを掛ける。先頭を走るチェリーミックスはもう一杯となり、その横をエレクトロキューショニストが並んでいった。

 

(オマエの献身、無駄にはしない。あとは、任せろ!!)

 

チラ、とチェリーミックスに一瞬だけ目線を向け、エレクトロキューショニストは踏み締める足に力を込める。

 

「さ、せるかあぁぁぁぁあ!!」

「Whats!?(何ッ!?)」

 

しかしその外からハーツクライが並んでくる。いや……!

 

『外から併せていった、ハーツクライ!一気に先頭に変わった!!』

 

かつての一気の末脚を彷彿とさせる豪脚で、ハーツクライはエレクトロキューショニストをかわして先頭に立つ。残り200m。

 

(しまった……!油断したわけじゃないが、これほどとは……だが!!)

 

ギリッと歯を噛み締め、エレクトロキューショニストもまた加速する。

 

(くっ……流石といったところか。だからこそ、負けたくねぇ!!)

 

バ体を寄せてくるエレクトロキューショニストに、ハーツクライも脚に力を込める。

 

「勝負だイタリア王者!!」

「Haaaaaahhh!!」

 

追いすがるエレクトロキューショニスト。逃げるハーツクライ。このまま二人のマッチレースになるかと思われた。

 

「Unfortunately, the inside is completely open.(生憎、内がガラ開きだ)」

「「ッ!?」」

 

しかし、エレクトロキューショニストが勝負を仕掛けるために開けた内から、ハリケーンランが飛び込んできた。

 

『内側からハリケーンラン!ハーツクライ耐えれるか!?』

 

一気にエレクトロキューショニストをかわしたハリケーンランは、そのままハーツクライをも捕らえるかという勢いだ。

 

(途中は上手く行かなかったが、最後まで脚を溜めた甲斐があったというものだ!)

(ハリケーンランまで……ここまでか……いや!!)

 

ネガティブな思考を振り払い、エレクトロキューショニストは前だけを見据えて脚を伸ばす。

 

『ハリケーンラン、ハーツクライ!二人が並んだ!!真ん中エレクトロキューショニストが再び伸びる!三人が並んだ横一線!!!』

「ハァっ……ハァっ!」

 

ついに上位人気三人が並ぶ。ハーツクライのリードはもう無い。ハリケーンランの伸びは凄まじく、エレクトロキューショニストも差し返してくる。

ハーツクライにとってはかなり厳しい、絶望的な状況だ。

 

(くっ!?脚が……それに……)

 

ハーツクライの顔が歪む。もはや彼女は限界と言ってもいい。しかしそれでも、彼女の思考は変わらない。

 

(だけど……そんなのは言い訳にすらならない。アタシは負けたくない、勝ちたい……いや)

 

歪んでいた表情が変わる。それは、かつてディープインパクトを破り、世界の強豪を相手に堂々逃げ切った時と同じ。

 

「アタシは……勝つ!!」

 

ハーツクライの走りが猛る。内のハリケーンラン、真ん中エレクトロキューショニスト、外からハーツクライ。もはや観客の目には、この三人しか映っていない。

 

(流石だ二人共……だが、凱旋門賞ウマ娘の誇りにかけて、一着は譲れない!!)

(負けられるか!祖国から離れ、世界で戦い続けてきた覚悟にかけて!!)

(ジャイアントキラーだなんだと呼ばれたが、そんなのはどうでもいい!!アタシは、この強い二人に勝ちたい!日本の……アタシの意地に賭けて!!)

 

ただの偶然か、その瞬間、三人の脚が同時にターフを蹴り、同時に前へと突き進んだ。

 

「Haaaaaaaaaahhhhhhh!!」

「Uuuuaaaaaaahhhhhhh!!」

「うぉぁぁぁぁああああ!!」

 

叫ぶ。三人が同時に叫ぶ。その咆哮は、脚音は、アスコットレース場全体を揺らし、見るものの心を揺さぶる。

残り100。

譲れない、負けられない、勝ちたい。各々の思いがターフの上で交差する。

観客も、実況も、音や空気さえも置き去りにして、三人は永く、短い距離を、駆け抜けた……。

 

――――――

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

『ハリケーンランゴオォールイン!1着はハリケーンラン!2着にエレクトロキューショニスト!残念!!ハーツクライは3着!!』

 

激戦を制したのは、凱旋門賞ウマ娘ハリケーンランだった。2着には差し返したエレクトロキューショニストが入り、ハーツクライは3着に敗れた。

しかし、激戦による消耗は凄まじく、ゴール後エレクトロキューショニストは両手両膝をつき、ハリケーンランは内ラチへともたれ掛かり、ハーツクライもまた、ターフに大の字で寝転んでいた。

 

「ハァッ……ハァッ……負けちまったか」

 

荒い呼吸のまま、ハーツクライは空を見上げて独り言ちる。

 

「不思議なもんだ……全力で走ったからか、妙に清々しい気分だ……」

 

彼女の胸のうちは、自分でも驚いたほどスッキリしていた。

敗北したとはいえ、世界の強豪と権威ある舞台で全力を出し切り、堂々渡り合ったゆえか。

 

「ああ……でもやっぱ……」

 

そう呟き、ハーツクライは自身の顔に手を被せる。その隙間から、雫が垂れていったのに気づいたのは、彼女以外はいなかった。

 

「負けるのは……悔しいな……ちくしょう」

 

 

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