書いたら出るジンクスでシエル先輩が宝具4になりました(歓喜)
喫茶店で男——ロマニとの茶話会が終わったオレは人混みを避けるように路地裏に居た。
人の歩く音、話し声、能天気に日常を過ごす人間たちが雑音でしかなくて苦痛で直視できない。
「ロマニ・アーキマン……っ!」
胃の不快感を耐えながら、吐き捨てるように男の名前を口にする。
その名前をオレは知っている。偽名なのも、彼が
ロマニの正体はこの際どうだっていい。
願いを叶え、ただの人間へと成った男を責めたところで何も解決しない。
問題は彼が存在することによって、この世界の未来がどうなるか発覚してしまったこと。
——この世界は2度人理が崩壊する。
——1度目は人を哀しんだ獣の憐憫で。
——2度目は異星の神による侵略にて。
生きるものは抗うすべもなく、知ることもなく、不条理に2回も輝かしい未来を剥奪される。
どんなに強い人間だろうと、生物だろうと、この世界では例外もなくその日が向かえれば無意味だ。
真祖と真正面から戦えるシエル先輩でも、数年後には抗うすべもなく奪われてしまう。
生き残る手段はある。
人理継続保障機関フィニス・カルデアへ、いかなる手段を使ってでも所属すればいい。
難しいが、実現不可能なわけではない。ちょうどいいツテをさっき手に入った。
ロマニと親睦を深めて、彼の医療をサポートする助手にでも漕ぎ着ければいい。カルデアスタッフの1人として潜り込めば生き残る可能性はある。
希望はある。そう——未来を知っていながら大勢の人間を見捨てる覚悟があれば。
「……見捨てろって? 見捨てて、何食わぬ顔で生きていくなんて、出来るわけないだろ……っ」
生き残るため、全人類を見捨てて1人だけ安全圏に逃げ込んで生きていけるほど精神は図太くない。
無理だ。耐え切れる自信がない。罪悪感に押し潰されて気が狂いそうになる。
見知った顔が脳裏に浮かんでは消えていく。
田中、今宮、西九条、両親に司書さん——そしてシエル先輩。
「なんなんだよ……っ!」
怒りをどこにぶつければいいのかわからず、感情のままに叫んだ。
巻き込まれても逃げれるように身体を鍛えて、普通で在りたいと自棄になりながら意地を張り続けて。
やっと、ありのままでいいと
「……無駄、だったのか」
築き上げてきたものが、全て無駄に終わってしまうことに心に穴が空いていくような感覚。
心のどこか無意識に思っていたのだろう。死徒に遭遇をしてしまっても逃げる力があるのだと。
無自覚の驕りを、誰かが嘲笑いながら完膚無きまでに打ち砕いた。
街ではなく、国でもなく、世界の未来そのものが奪われたらどうしようもできない。
こればっかりはどうしようも——
——それは虚言でしょう。
声が聞こえた。聞いたことのない女の声。
厳かな声が目を逸らすなと訴えてくる。
「……うるさい」
その声が神経を苛立たせる。
虚言だと? どこに嘘や偽りがあった? たかが超能力を持っている一個人に何が出来る?
成し遂げられるわけがない。だって
「……できるわけがないだろ!?」
わかっているさ! この力は、この身体の持ち主である
彼は世界を救った。やり遂げた。崩壊寸前の世界を瀬戸際で繋ぎ、未来に希望を託して人生を終えた。
——
彼が抱いた一途な愛もあったとしても、明日を繋ぐため孤独に奮闘した姿はまさに救世主そのもの。
誰にも知られず、誰にも明かされず、名前を残すことなく世界を救った名もなき英雄。
異なる世界だというのに、どうして
『鍵』という存在——星の裁定者をめぐる争いにが起きる度にこの力を持つ者も現れる。
だが、この世界には『鍵』はいない。近しい役割を持つモノはいても姿は現すことはまずない。
なのに、この力はなぜ存在しているのか? そのワケをはっきりと理解した。
星なのか、人類なのか、はたまたその両方か。どちらにしろ天王寺瑚太朗の使命であり運命。
この世界において
だから力を持って産まれることを許された。なんの意味もなく力を与えられるわけがなかったのだ。
「う”ぅ”……っ!」
我慢していたが、重圧に耐えきれずその場で嘔吐した。胃の中が空っぽになるまで何度も吐く。
消化できていない食べ物と胃液がコンクリートで造られた床へ散乱する。
ぐちゃぐちゃに入り混じった吐瀉物が目に映り、それすら気持ち悪くてまた吐いた。
「……っ」
喉が焼けるように痛い。口の中が気持ち悪い。空っぽになるまで出したのに吐き気はまだ収まらない。
力が入らない身体を支えるように壁に両手を置くが、ぐらぐらと視界が揺れて立っていられない。
ズボンが汚れることなんて気にする余裕もなく、吐瀉物で汚れた地面に両膝をつく。
「……いや、だ……っ!」
生き残りたい。死にたくない。でも、何十億の生命を蹴り落として生きる価値を見出せない。
選びたくないと子供のように駄々を捏ねる自分は、なんて惨めで救いようがないのだろうか。
「———くるな!! くるなぁぁぁ!!」
動く気力もなく蹲っていたら、男の叫び声が路地裏に響き渡る。
何かに迫られてるような切羽詰まった声。悲鳴に消失していた精神が微かに反応する。
「……いま、みや……っ?」
聞き間違えじゃなければ、この悲鳴は今宮だ。
鉛のように重たい両脚に力を入れて立ち上がり、壁を支えに声が聞こえた方へ歩いていく。
自信過剰の今宮がらしくもない。喧嘩を売る相手を間違えた、そんなところだろう。
この胸騒ぎは勘違いだ。気のせいだ。バレないように様子を見てヤバそうなら警察に通報すればいい。
声を頼りに裏通りを進んでいくと今宮を見つけるが、咄嗟に壁に隠れてしまう。
「…………っ」
気づかれないよう息を潜め、目の前の状況を冷静に観察する。
今宮は逃げてる最中に拾ったのか、片手でも振り回せそうな鉄パイプを手に持っている。
その後ろには足を捻ったのか、それとも腰が抜けているのか座り込んでいる西九条の姿。2人の背中は壁が道を塞ぎ逃げ道はなく行き止まりだった。
彼らの顔は恐怖に染まっていた。
今宮は鉄パイプを振り回して威嚇をし、西九条は口元に手を当て悲鳴を出さないよう堪えている。
今宮の抵抗を臆することなく、ふらついた足で2人へとじりじりと近づく——1人の人間。
体格から察するにオレたちと年齢が近い。今宮なら鉄パイプ無しでも素手でどうとでもなるはず。
それなのに身の危険を感じて武器を持っているワケは? 導かれる答えは一つしかない。
「…………」
人間——人の形を保った死人が迫っているのを冷えた視線で眺めていた。
田中の姿が見当たらないのは気掛かりではあるが……2人が裏通りに居る経緯はどうでもいい
西九条の説得は失敗に終わった。3人は田中の私用に付き合い繁華街へと足を運んだ。
そして何らかの理由で路地裏を通ってる最中に、徘徊していた
出来る限りの忠告した。人通りが多い場所を通れと、繁華街に行かないように伝言も頼んだ。
それでも繁華街に来ることも、表通りから離れたのを選んだのは彼らの意思だ。
「……引き返そう。まだ間に合う」
ここにオレが居ることは誰にもバレていない。
見知らぬふりをして戻ろう。顔見知りが、この後どうなるかなんて関係のない話だ。
それに未来は閉ざされる。後のことを考えればここで死んだほうが彼らにとって幸せではないだろうか?
焼き殺されことなく、無数の木の枝に襲われて無惨に殺されることもなくなるんだから。
「……っ」
目の前で起こる悲劇。抵抗もできず死人に喰われる未来を想像したら、強く胸が締め付けられて痛い。
爪が皮膚へ食い込むぐらい拳を強く握ってしまう。
見捨てろ。見捨てるべきだと、言い聞かせているのに身体は言うことを聞かない。
トンネルの時とは状況が違う。あの日は逃げ道があったが、一方通行で行き止まりだ。
彼らを逃すには抑えつけるか、血液を使って武器を造って戦う必要がある。
正面向いて戦うなんて無理だ。素人では書き換えないと生き残れる可能性はまずない。
「……おれ、は」
思い出せ。誰かに言われたはずだ。何が有ろうと自分を優先しろと。
その言葉に従っても責める人は誰もいない。飛び出したところでこの行いは無駄に終わる。
あいつらは顔見知りなだけ。生命を賭けるような特別な関係でもなんでもない。
未来も2度閉ざされる。避けようがないんだ。自分を優先しろ。危険なことに首を突っ込まなくていい。
そうだ。全部、全部が無駄になるんだから——
『—— 瑚太朗。無駄を愛しなさいよ』
——誰かにそう言われたことを思い出す。
赤い髪を風にたなびかせ、穏やかな笑顔で道草を満喫しろと朗らかに語るあの人の姿を。
「……そうだよな。そう、約束したもんな」
どこまでも中途半端なオレはきっと後悔する。
怖いのは嫌だ。痛いのも嫌だ。ましては命を賭けるような戦いなんかこっちから願い下げだ。
これから選ぶ道を恨んで、もっと別の方法があったと生涯引き摺ることになるかも。
それでも。中途半端な臆病者だろうと、絶対に裏切りたくない想いがあるんだよ。
無駄を愛する——オレがオレである限り決して棄ててはならない、誰にも譲れない約束。
軽く息を吸い、瞼を閉じる。
それでいいと誰か嗤った。これまで十分過ぎるほど力を使うことを先延ばしにした、だろうと。
……そうか。やっと理解した。力を使えと急かされていた理由を。
天王寺瑚太朗は小学生の時に
この世界も本来はそうなる定めだったんだが、
それが廻ってきた。力を使うって宿命から、この時まで逃げられたのが奇跡だったんだ。
……だけどこれは世界の意思ではない。強制されたわけでもなく、オレの意思で書き換えるんだ。
「……
魔術のように詠唱なんて必要ないが、ある方がカッコいいじゃないか。
心の底から願う。目の前に存在する
心臓を巡り血液の循環が段々と速くなる。体が熱を持ったように熱くなり大事なモノが削れていく。
淡い光の渦が回転する度に、身体を構成する細胞の一つ一つが、内側から外側へ書き換えられていく。
光の渦が弾けた瞬間——
———神秘的な光景が広がる。
満ちた月が白亜の城を照らす。孤城を囲むように一面に咲き誇る白い花。
立ち入ることも、踏み込むことも誰も許されない清浄の城の中で鎖に繋がれた1人の女。
長く伸びた金色の髪。穢れていないのを象徴する純白のドレス。
それはこの世に存在する生命の中で、最も美しい。運命に出逢うこともなく汚れを知らない無垢な姫。
呼吸も忘れ見惚れていると、異変を感じ取るように眠っていた女は微かに瞼を開ける。
同じ空間、同じ時間に存在していないはずなのに、彼女の赤い瞳は真っ直ぐとオレを見据えていた。
唖然としていたら、薄い唇がゆっくりと動く。
——いずれ逢いましょう
彼女の声は聞こえないのに、その言葉を不思議と読み取ることができた。
その意味を問いただそうと口を開けるが、伝え終えた彼女は再び眠るように瞼を閉じる。
すると、繋がっていたナニかがぶつりと音を立てながら閉じてしまう。
瞼を上げると、目の前には映るのは薄暗い通路に今宮とそれを狙う死人。
「……アレはいったい?」
さっきの光景は夢だったのだろう? 幻覚を見る様なデメリットはなかったはず。
それとも、この世界に於ける
「ぐたぐだ考えるのは後だ」
思考を振り払うように首を左右に振る。
あの幻想的な光景や、デメリットは後回し。目の前の顔見知りを救助することを専念しよう。
書き換え自体はされているようで、ついさっきまで感じていた熱は引いて、身体が嘘の様に軽い。
自分の身体から、別の身体へと生まれ変わったよう。今ならなんだって出来る気がする。
こんな凄い力を持っていて、天狗になることもなく卑屈だった彼には尊敬するよ。
「今だけは迷うな……っ!」
ポケットから十徳ナイフを取り出す。
これからオレは人を——人だったものを殺す。
戦闘経験もなく、ましては人を殺すと考えるだけで恐怖で身体が竦んでしまいそう。
袖を捲り上げて、情けない自分ごと切り捨てるようにナイフで前腕の皮膚を力一杯に切り裂いた。
書き換えた後の力加減は難しく、想定よりも深く腕を切ってしまい予想以上に流血する。
傷口から溢れる血を操り、十徳ナイフを
血で造られた短刀は赤黒く不気味。これから人助けをするには似つかわしくない。英雄願望もなく、偽物が扱うという意味ではお似合いではあるが。
「……やるぞ」
柄を力強く握り締める。
書き換えた影響で力加減がうまく出来ず、柄の部分からヒビが入るような音が鳴った。
その小さな音を鋭くなった聴覚が拾い、合図にするかのように壁から勢いよく飛び出す。
距離は10メートルもない。この速さなら、ものの数秒で化け物に追いつける。
充分に加速が足りないが、普通から超人になった今のオレなら簡単にできるはず。いや、できる。
残り5メートル。残り3メートル。
疾走を維持したまま、地面を蹴り上げ背中に目掛けて自分の身体をぶつけた。
「……なっ!?」
「……えっ!?」
前方から今宮と西九条が驚いた声が聞こえたが、それに反応する暇なんてない。
前のめりに倒れ、無防備な背中へ跨り
バタバタと手足が暴れる。これまでのオレなら一方的に抑えるなんて不可能だったが、体格と身長が近いのなら超人へと踏み込んだオレが力では勝っている。
これは人じゃない。動く死体だ。噛まれたら、オレはコイツらと同類へと成り下がる。
「大人しく、してろ……っ!」
押さえつけている腕に更に力を込めてコンクリートに顔面を押し付ける。
ぐちゃりと肉が潰れるような音が聞こえるが痛みを感じている様子はない。
しばらくコンクリートに熱いキスでもして飢えを凌いでるんだな。
「……天王寺、じゃん?」
「……天王寺、なの?」
予期していなかった出来事に2人は呆然としていたが、状況を呑み込めたのかオレの名前を呼ぶ。
別世界で超人なのは伊達じゃないか。
このタイミングで気絶されてたら、お手上げで面倒見れず引き返すところだった!
「な、なんで天王寺がいるじゃんよぉ!?」
「通りすがりだ! 人の親切心を無碍にしやがって! 西九条から訊いてなかったのか!?」
「つ、伝えたわよ! だけど私たち、いつの間にか裏通りいて、追いかけられて逃げてたのよ……!」
今にも泣き出しそうな西九条が必死に訴えてくる。
彼女の言葉を信じるなら魅惑の魔眼を使い、人目が無いところに誘導されたってことになるが……。
不可解な点が浮上する。親と遭遇したのなら、そこまで2人の血を自分が吸って貯蓄すればいい。
死徒が吸血衝動に逆らうはずがない。馳走を本能のままに貪欲に喰らうはず。
城に連れ込み食料を流すだけの袋として拉致していれば納得するが連れ込みもせず、魅了した後眷属に任せて姿を消したワケはなんだ?
違和感はある。だが、その先はオレの範疇を超えている。
「何にしても今宮は西九条連れてさっさっと逃げろ! 逃げ足自慢なんだろ!」
「そんな不名誉な自慢したことねえっしょ!」
「天王寺はどうするつもりなのよ!? まさか置いて行けって言うつもり!? でも、だって、その下にいるの……」
「そうしないとコイツが暴れる! いつもみたいに煩いって睨みつけてたらいいんだよ」
「だ、だからって……っ!」
「土下座でもなんなりして逃がしてもらうって! というか田中はどうしたんだよ!? 路地裏で逸れたのか!? それとも表通りで1人だけ残ってんのか!?」
「ち、違うの。田中は……っ」
「——田中はお前が押さえつけてるんだよ!! ソイツが田中なんだよ! オレらおかしくなった田中から逃げてたんだって!」
「……は?」
耳を疑った。今宮が必死な形相で訴えてきた言葉を頭が理解できなかった。
今宮の言ったことが真実かどうかは下で暴れている化け物の顔を確かめればいい。
みしりと骨が軋む音が聞こえる。無意識に強く歯を噛み締めていた。
「……行け。西九条を連れてサッサっと行け」
「だ、だけどよぉ!」
「いいから行け……っ!!」
今宮の肩がびくりと跳ねて青ざめた顔で頷いた。
怒鳴ったつもりなかったのに。気遣う余裕もなく感情的になって語気を強めてしまった。
「ちょ、今宮……っ!? 天王寺と田中を置いていくなんて……っ!」
「天王寺は上手く逃げられるって自信があるんだろ! 足手纏いはサッサっと退散に限るでしょ!」
今宮は握っていた鉄パイプを放り投げ、立てない西九条を背中に担いで歩く。
西九条が今宮に止まるように必死に訴えるが、その足は迷わずオレの横を通り過ぎていく。
顔を振り向き見えなくなるまで、この場に残るオレらの名前を西九条は悲痛な声で呼び続けた。
今宮には嫌な役を押し付けてしまった。
アイツは、多分、田中がどうすることも出来ないんだって気づいている。
口は悪いし、他人を見下したり、嫌味はある奴だが理由もなく武器を友達に向けたりしない。
「……長らく待たせたな」
2人を見送った視線はバタバタと両足を動かして踠く
呻き声は上げても言葉は発しない。身体を動かしているのは欲望のままに腹を満たしたいため。
そこに人としての意志はなく、食欲を満たしたいだけの人の形を保った獣だ。
「お前は知らない、ただの赤の他人だ。ここでお前を見逃すことは出来ないんだ……」
持っていた血液で造った武器を首元に突きつける。外側の皮膚から僅かに赤い血が流れ落ちていく。
同姓同名で容姿も同じだろうが、動くモノを無差別に襲う
アイツなら鬱陶しいぐらいに絡んでくる。最近できた彼女の自慢を真っ先にしてくるんだよ。
「ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!」
「……じゃあな」
明日を迎えたいと喚く彼の首を——切り落とした。
そこに技術はない。達人のように滑らかにではなく超人を活かして力任せに水平に斬った。
痛みに耐えきれずか、それとも現実から抗うためか首を刎ねられようとバタバタと手足が暴れる。
暴れるほど頭と胴体を繋いでいた箇所から大量の血が溢れていく。
まるで蛇口から水を流すよう。ハンドルが壊れ流れていく
数十秒の間暴れていた
うつ伏せになっていた顔を空いている片手で横に向ければ——瞳孔を開けて見知った顔がそこにあった。
「そうか……オレは殺したんだな」
ナイフ持っている手は真っ赤に染まり、地面の赤い血溜まりは徐々に広がっていく。
不思議と感情は落ち着いて、自分がクラスメイトを手に掛けたことを錯乱することなく受け入れていた。
心はポッカリと穴が空いたようで、哀しいとも、辛いとも、苦しいとも感じることはない。
殺した事実だけを淡々と受け止めた。他の感情なんて存在しなかったように。
手の甲にポツリと一粒の雫が落ちる。泣いているのかと血で濡れた手で頬を触れても濡れていない。
空を見上げると空は薄暗い。先ほどの雫は雨粒だと気づくとぱらぱらと降ってきた。
「——お前の名前なんだったっけな……」
雨に打たれながら田中の名前を思い出そうとするが、どうしても彼の名前を思い出せなかった。
呟いた独り言に生意気な声は返ってくることもなく強くなっていく雨音にかき消された———