今日は約束の土曜日。
午前中で授業は終わり。部活に所属していない生徒はこれから遊ぶ予定を話しながら下校していく。
オレはそれを尻目に、校内の自動販売機の付近に置いてあるベンチに腰を掛けていた。
——代行者シエルとの出会いに数日が経った。
オレが取った対応は現状維持。つまり、シエルを先輩として受け入れてお調子者の後輩を演じること。
暗示が解けて、彼女の役割を思い出したときは狼狽したけど、学校にいるときの彼女は善性の塊。
怪しい真似をしなければ基本は庇護すべき1人として、ただの後輩として接してくれるだろう。
なので数日間、彼女と話す時はごく普通の可愛がられている後輩として振る舞っている。
(……実際楽だしな)
手元に持つ飲みかけの缶コーヒーへ視線を落とす。
皮肉なことに、彼女と一緒にいる時は多くことを忘れて過ごすことができるんだ。
流れる行方不明のニュースを見かけるたびに、超人として事件を解決しろと漠然とした使命感に。
割り切ったはずの負い目が、じわじわと蝕んで息苦しくなっていくそんな毎日。
それをシエルは忘れさせてくれる。
埋葬機関に所属し、圧倒的な強者である彼女に負い目を感じる必要がないから。
守る存在ではなく、守ってくれる存在だから。そう感じさせてくれるのは他は司書さんだけ。
「……自分のことで精一杯なんだよ」
人を助ける余裕なんてあるわけないじゃないか。
自分のことで手一杯なんだよ。世界を救うとか、怪物と戦うとかさ、できる人がやってくれよ……。
「——どうしたんですか?暗い顔をして」
激しい自己嫌悪に襲われていたら、頭上から安心感を与えてくれる穏やかな声が。
優しい声が誰なのか見なくても分かる。この世界で天王寺というオレが気を緩められるうちの1人。
「おふざけの貴公子と仇名を持つのに、辛気臭い顔とかするわけないじゃないっすかー!」
顔を上げれば彼女が、シエル先輩が目の前にいた。
愛想笑いではない。だけど、いつものお調子者で、けらけらと笑う天王寺瑚太朗を演じる。
「楽しみで夜寝れなかったのはありますけど!」
「おや?それなら日を改めますか?」
「……ほ、ほんまかいな?」
「ふふふっ。冗談です」
お茶目にウインクをして、ちろりと舌を出すのめちゃくちゃ似合ってて可愛いなこの人……。
「中止とか、延期とか言われたらぶっ倒れてたっすよ。あっ、その場合シエル先輩の膝枕とか……?」
「その時は田中君を呼びますね!仲の良い友人から介抱されるのが、落ち着いて寝れると思いますから!」
なんですか?その新しい拷問というか、尋問。
そんなのされた暁には、ポロッと超能力者のことをゲロっちゃいそうなんですけど?
剣道後のあんなガチガチで、ムワッとした熱気の田中君から膝枕とか死んでも願い下げでござる!
「……シエル先輩から扱いが雑でとってもかなしぃ」
「ついつい意地悪したくなっちゃうんです。その、天王寺君を揶揄うと楽しいと言いますか、肩の荷が降りて過ごせると言いますか……」
「先輩がオレを玩具にして楽しいのなら、それでオッケーです!」
「ま、待ってください!?その言い方語弊が生まれちゃいますよね!?」
はてさて?何も間違っていないと思いますがー?
薄らと顔を赤くして焦っているシエル先輩可愛いから、ついつい揶揄いたくなるのは是非もないよネ!
まぁ、人類の味方として戦っている彼女が、少しでもストレス発散されるなら安上がりだろうさ。
「それじゃあ繁華街にデートに行きましょう。エスコートしますよ、お姫様」
「エスコートするのは天王寺君ではなく私なのです。ふふっ。オススメのお店に案内しますから」
ちぇ……今日も空振りか。受け入れられたら、どう反応すればいいか悩むからいいけどさ。
中身が入っていた缶コーヒーを一気に飲み干して、ベンチから立ち上がる。アルミ缶と書かれているゴミ箱へ、中身が空っぽの缶を捨てた。
「ちなみにどんなお店なんですか?」
「ふっふっふっふっ!それは秘密です!」
……まぁ、シエル先輩が大好物は知っているので検討がつくのだが黙っておくことにしよう。
当人サプライズにしておきたいようなので。オレってば空気読めるいい男だからね!!
◇◇◇
オレらが通う総耶中学は駅の南側の住宅街にあり、繁華街は駅の北側へとあり真反対。
自宅に一度帰ることもなく、制服のままで電車に揺られて繁華街へと2人で目指す。
電車で揺られて数十分。シエル先輩と雑談をしていればあっという間に繁華街へと辿り着いた。
駅から出れば視界には、人、人、人。
休日の午後というのもあり、それもう人並みが出来ている。住宅街とは比べ物にならない。
「久々に来ましたけど、相変わらず人が多いっすねー」
「そうなんですか?天王寺君は繁華街に遊びに行くイメージを勝手ながら抱いてました」
「たまーに来るぐらいですよ」
繁華街は行きつけの図書館が休館してる時に、稀に暇潰しで行くかどうかで滅多に行かない。
1人で繁華街をぶらついても退屈だし。人混みの中で1人でいるの虚しくなってくるのよね……。
「それに最近治安がちょっと悪いって、遊びに行く知り合いから聞いたんで極力来ないようにしてます」
「治安ですか?」
「ガラの悪い不良が夕方になると屯してるとか。例え絡まれても先輩は必ず護りますので、気にしない方針にしましょ!」
いつものように爽やかな笑顔でサムズアップ。
守るどころか守られそうだけどな!その辺の不良がこの人に勝てるわけないし!
オラも身体は鍛えてるけど4人とか、それぐらいが限界だろうし!二桁は多分無理!
どの時代でも数の暴力は通用するのさ!戦いはやっぱ数だよ兄貴!
中身のない軽口を相変わらず、くすくすと可笑しそうに笑いながら彼女は受け入れてくれる。
前々から思ってるけど、こーんな素人の冗談が何が面白いのかさっぱりわからない。
案外笑いのツボが浅いのでしょうか?
警戒心丸出しで話されるより、こっちの方が百倍マシでございますが。
「それじゃあ案内しますね。離れないように気をつけてください」
元気よく返事をして、大人しく着いて行く。
先輩を追いかけるのは特技だと、言おうかと悩んだけどそれは自重した。
いや、ちょっと、シンプルにキモいじゃん……。
オメェ気持ち悪りぃぞっ?って内なる孫さんが言ってらっしゃる。
駅から少し歩いて数十分。
雛鳥のよう彼女から離れずに歩いていると、目的地に辿り着いたのかシエル先輩の足は止まった。
「ふっふっふっ……ここが私オススメのお店です!」
自慢げに胸を張って紹介するお店はメシアン。
もちろんお店はカレーショップ。
予想通りなんだけど、実際にカレー大好きな一面を見ると感動しちゃうな……。
「きっと天王寺君も、お気に入りとして行きつけになるの間違いありません!」
「……ならば味わせてもらおうか、メシアンのカレーとやらを!」
そんなにお勧めされると、どれだけ美味いのか気になるのが人の性というもの。
2人で店内へと入れば店員に挨拶をされ、そのまま席へと案内される。
休日のお昼なのもあり、オレたち意外にも店内に人はいて美味しそうにカレーを食べている姿がチラホラと見かける。
店内はカレーの本場、インドを連想させるようなモチーフで、壁にも洋画が飾られてお洒落である。
こういったお店、というか外食自体滅多にしないので物珍しさで周囲をつい見渡してしまう。
「ここは、インドだった……?」
「その通り!東京ではなく、カレーの本場であるインドに私たちは訪れたのです……っ!」
どうやらここはインドのようだ。カレーの代行者がそう言っているのでそうに違いない。
駅から数十分でインドに辿り着けるとか世の中便利になっているなぁ!
「私の奢りなので遠慮しないで食べくださいね!」
「……それならお言葉に甘えて」
貸し借りとか、施しとか、運気が吸われそうなので避けていたが今回は大丈夫でしょう!
なんたって代行者様直々よ?遥かに強い人が無礼講を許すって許可出してくれたのよ?
この瞬間は自分を甘やかしても許されるはず!最近は息が詰まりっぱなしなんだよぉ!
「くっ!悩む!悩んでしまう……っ!」
「カレーに導かれるままに、大いに悩むのです」
彼女は眼鏡を怪しげに輝かせる。その風貌は悪役の科学者のよう。カレーの匂いで相手を洗脳しそう。
カレー専門店は伊達ではなく、キーマカレー、バタンチキンカレー、サンバル。
多彩の種類のカレーが記載されていて、このメニューで初めて観る名前が沢山ある。
カレーに導かれるってのは強ち間違いじゃないなこれ……っ!これだけ多いと直感で選ぶのが正解か!
「マトンカレー!君に決めたぜ……っ!」
「マトンカレー、お目が高いです!インド亜大陸、特に北インドでは定番のメニューなんです!
「直感で決めたのでめちゃくちゃ助かります……」
これがカレーぺディアですか。この人カレー評論家に転職すべきでは?そっちが天職じゃない?
世界のカレー料理のレシピを書籍として売ったら、一部の需要があって売れそうだけどね?少なくともオレは興味本位で買っちゃう自信があるよ。
「それでしたら私はサンバールに」
「サンバール……なんか、サンバしてそうな名前ですね?」
「カレーのカーニバルには少々興味を抱いてしまいますが……こほん。サンバールは南インドを代表する野菜のカレーです。そうですね、日本で例えるならお味噌汁でしょうか?それぐらい国民的な料理なんですよ」
「カレー博士の称号は先輩にあるべきっすね!」
「いえいえ……っ!まだまだ未熟者ですよ……っ!」
両手を振って謙遜してるけど、ここまでカレーに詳しい人は滅多に出会わないと思います。
裏で東京都のカレーを食べ歩きしても不思議じゃないな……シエルのカレーの流儀とかどうよ!?
「……天王寺君に重要なことを一つ伝えなければなりません」
「……重要なこと?」
「実はこのお店……ナンのお代わり無料なんですっ!」
「な、なんとぉー!?」
驚愕のあまりについ叫んでしまった……。
ナンお代わり無料っ!つまり無限のナン。カレーが無くなるまでナンを浸して永遠と食べられるのか!
征くぞ、メシアン!ナンの貯蔵は充分か……っ!
おふざけもほどほどにしつつ、お互い料理が決まったので店員さんを呼んで注文する。
カッコつけてヘイマスター、なんて呼びたかったが先輩の行きつけのお店で奇行は控えた。先輩の顔に泥を塗りたくないですもん。
数十分ほど待っていれば、各々が注文した料理が丁寧にテーブルへと並べられる。
「これがマトンカレー……」
容器に濃厚な赤茶色のとろけたルーに、牛肉の代わりに
トレーにはセットに野菜とナンも付いており、見ているだけで空いていたお腹の空腹が加速してしまう。
「先輩のサンバールも美味しそうですねぇ!」
彼女の注文したサンバールにも視線を移す。
器の中に山吹色のさらさらとしてスープのようで、ナスやオクラと肉類の代わりに野菜が入っている。
オレがガッツリとした食事ながら、シエル先輩はあっさりとした食事といったところ。
「それでは温かいうちにいただきましょう!」
「そうっすね!いただきますっ!」
手を合わせていただきますと、作ってくれた料理人へと感謝の念を送る。
ナンを一欠片分に千切って、味を染み込ませるようにルーへとゆっくりと浸す。
ルーを吸収して赤茶色に染まったナンを、食欲へと導かれるままに口の中へと放り込む。
「……っ!」
美味い……っ!!美味すぎて言葉が出ない!!
これがメシアンのマトンカレー!!ええい……っ!メシアンのカレーは化け物か!?
「……んぐっ!美味すぎて手が止まらない……っ!」
「お口に合ったようで安心しました。それでは私も食事の方を……んー!いつ食べても美味しい!」
先輩はスプーン掬って口付ける。頰に手を添えて心の底から幸せそうな顔をして美味しそうに食べる。
今日は一段と嬉しそうに食事を楽しんでいる様子で、それを見ているだけで幸福感に包まれる。
「先輩!こっちも一口どうっすか!」
「い、いいんですか!?実は、その、マトンカレーも一口頂きたいと思っていまして……っ」
「どうぞどうぞ!いくらでも食べてください!」
「そ、それでしたらお言葉に甘えて!」
嬉しそうに声を上擦って、先ほどまで使っていたスプーンでマトンカレーを掬って一口食べる。
彼女の周囲に沢山の花がポワポワと浮いている幻覚が見える。
好物食べて幸せそうにしてるの可愛らしくて、つい口元が緩んでしまう。
「……はっ!私だけ2種類も楽しむのは狡いですよね!天王寺君も一口頂いてください!」
「いやいや!いいですよ!先輩が美味しそうに食べるの見ただけで大満足しちゃったんで!」
「遠慮なさらず!頂いてばかりでは、先輩としての威厳も無くなってしまいますので……っ!」
そう言って先ほど口を付けたスプーンで、自分のカレーを掬ってオレの口元に近づけてくる。
ま、待ってくれ!?この人気づいてないのか!?これオレが食べたら間接キスになるんだぞ……っ!?
口にして指摘するのはなんだが恥ずかしくて、視線で訴えても先輩は気づく様子はなく真剣な顔。この様子では食べるまでこの体制を維持するだろう。
というか間接キスだけじゃなく、俗にいうカップルがよくやる食べさせ合いの構図。
顔が熱くなっていく感覚。自分だけ意識していて、無意識でやっているのが狡いと思ってしまう。
いつもの冗談は軽く受け流すくせにこの人ときたら……っ!
「え、ええい……っ!」
どうとでもなれと、考えることを放棄してそのスプーンを口の中へと放り込んだ。
「サンバールのお味はどうですか!」
「……オイシイデス」
「そうですよね!サンバールに、マトンカレーも両方味わえてお得ですね!」
当然サンバールの味なんてわかるわけない。
故意ではないとしても、彼女と間接キスした挙句、恋人のように食べさせ合いを行ったんだからさ……。
共感を得られて純粋に喜んでいる彼女が恨めしい。1人だけ恥ずかしい思いをしているのが悔しい……。
こ、こうなったらやけ食いだ!ナンが無料なんだから、とことんまで食べてやるじゃボケェ!
◇◇◇
メシアンでの昼食は終わり、お店を出たオレたちは繁華街をぶらぶらと歩いていた。
お腹が、お腹が重い……っ!
お腹が膨れるまで食べたの久々で、胃が苦しいでごわす……。
「……た、食べすぎた……っ」
「沢山ナンをお代わりしてましたもんね。辛いのならどこかで休憩しますか?」
心配そうに顔を覗いてきますが、あーたのせいでナンを15枚もお代わりしたんですからね?
あぁ、もうっ!思い出すだけでも、顔がまた赤くなりそうだっての……っ!
「んんんっ!お腹膨れましたし、これから寄り道とかしちゃいます?解散するには時間少し余ってるんで」
「それでしたら天王寺君のお勧めの場所に行く、なんてどうでしょうか!」
「オレのお勧めときましたか。うーむ。パッと思い浮かぶのは……」
繁華街でオレのお勧めの場所に行こうと、提案が出たので立ち止まり腕を組んで候補を絞る。
ゲームセンターはパス、デパートでショッピングか?それとも繁華街に来たら足を運ぶ本屋にするか?
(……んっ?)
「——な、ないぞぉ!?まずい!まずい!財布を落としているのは流石にまずいぞぉ!」
唸り声を上げながら悩んでいると、数メートル先に慌てふためいている人が視界に映り込む。
桜色の髪を束ねて白衣を着ている成人男性が、通路の端っこでリュックをガサガサと漁っている姿。
「あー……シエル先輩」
「どうしたんですか?」
「たった今野暮用が、その、できちゃって……」
彼女と顔を合わせるのが気まずくて頰を掻く。
自分から寄り道を誘ったのに、これからそれを放り投げようとしてるわけだし……。
オレが向けている視線の先を、追うように彼女も向けて納得した顔を浮かべる。
これから行おうとしている事に、怒るどころか嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「私も手伝いますよ!人助けする後輩を置いて、1人だけ帰るの先輩を名乗る資格がなくなっちゃいます」
「そうだとしてもオレが先輩って呼ぶのは、貴女だけっすよ」
学校で関わりのある上級生いないし、先輩って呼んでいる人は貴女だけですからね。
これは暗示をかけて潜入している皮肉でも、煽りでもなく、純粋に思っていること。
本心を口にしたところで、いつものよう受け流されるがそれぐらいが丁度いい。
彼女がどんな顔を浮かべるか、それを見るのが何故か怖くなって逃げるように男性の元に先に向かった。
「なんか困ってるようですけど、大丈夫ですか?」
「き、君っ!た、助けてくれるのかいっ!?」
声を掛けたら、目が潤んでいる男性に縋り付くように両肩を掴まれる。
初めからそのつもりだったけど、逃がさないようにもしてないこれ?
「あー、まぁ、そんなところです……連れ、というか先輩も手伝うって言ってくれてるので2人?」
「私たちでも良ければ力になります」
「……もしかしてデート中だったりするのかな?」
「さっきまで一緒にご飯食べてただけっすよ?」
「一般ではソレをデートと呼称するんだよ君!」
ははーん?さてはこの人はイジったら面白い反応を返すタイプだなー?
我ながらニヤニヤと悪どい笑みを浮かべてしまい、その顔を見て男性は情けない声をあげて肩を落とす。
「……頼み込む相手を間違えたかもしれない」
「あ”ん”?先輩侮辱するの世界が許しても、このオレが許さんぞ?処す?処す?」
「うわっ!?敵意剥き出しはやめてくれないかな!?」
「気持ちは嬉しいですが落ち着いてくださいね?」
「いやいや!!こういう輩は一度——」
「天王寺君?」
「……あい」
にっこり微笑んでるのに目元が微塵も笑ってない。
ひ、ひぇっ……っ!怒らせたらいけないリストにまた1人追加しとかないと!
「君らが先輩と後輩の関係だというのはよく分かったよ。というかそういうことにしておこう!」
「アンタがチキンなのもよくわかったよ。なにを落としたのか教えてくれない?」
「突然フランクになるね……この際気にしない方針にするよ……落とした物は財布なんだ!正直言ってかなりまずくてね!みつからなかったら、路頭に迷いかねないぐらいに!」
「それは一大事ですね……ここに来る前に立ち寄った場所があれば、詳しく教えてもらっても?」
「そうだね。少し前に日用品を買いにデパートに寄ったり、公園で軽く散歩をしたり……それぐらいかな?」
人のこと言えないが、せっかくの休日なんだからもっと他のところに寄り道したらどうなん?
まぁ、候補は絞れたし、というか財布落としたのはデパートしか無いでしょうよ。
先輩と顔を合わせると、彼女も同じ答えに辿り着いているようで小さく頷く。
「デパートに行きますよ。公園で落としてたら……まぁ、路頭で頑張ってください。応援はします」
「う、うぅ……!ほ、ほら!持ちつ持たれつとも言うじゃないか!」
「中学生が何をできるって言うねん」
そうだよねーっと、力なく両肩を落とす。
厳密に言えばシエル先輩は中学生じゃないが、それは絵面的にアウトだし、まずオレが許さん。
何処の馬の骨わからん奴に、家のご招待を誰が譲るかってんだ!
みつかりそうになかったら、オレの自宅に数日間は寝泊まりできるよう両親と交渉はしてみるか……。
根は臆病というか、ぶちゃけチキンなんだが悪い人ではないと、何となく感じるので。
つーか顔色も若干悪いし、碌に睡眠取れてないんじゃないの?
「ほらきびきび動いてください。夜遅くなったら不良にカツアゲされるっすよ」
「……誰のこと指してるんだい?」
「それはご想像にお任せしまーす」
「くそぉ!君には成熟しない呪いをかけておくからなー!」
成熟しない呪いって、なんに対しての呪いだよ!主語をわざとボカしおって!!
身長ついてか!?身長なら、こちとら176センチは約束されてんだよヴァカめ!!
将来有望なんですぅー!私こと天王寺は基本スペックは徐々に高くなっていくんですぅー!
男性とオレが口喧嘩しながら目的地に向かうのを、先輩は面白そうにクスクスと笑いながらついてくる。
財布探しするなら、先輩の魔術使ったら多分一発じゃね?と思ってしまったが忘れることにしよう!!
◇◇◇
迷子の財布ちゃんを探すため、我々3人のパーティは謎の男性(仮称)が立ち寄ったデパートへ出向いたわけだが、意外にも捜索はすぐに終わった。
財布は何処にあったのか?彼が昼食を食べるため立ち寄った飲食店に落とし物として保管されていた。
赤い長髪のモデルのようなスタイルの良いお姉さんが見つけて、店員に渡した話を聞いた。
ものすごく心当たりがある人なんですが、オレは知らないフリをしました。……ベツジンデショ!
「……なんか納得いかねー」
「何事もなく落とし物が見つかった、それでいいじゃないですか!」
「それはそうっすけどねー……」
ベンチに一緒に座っているシエル先輩が、納得していない顔のオレをやんわりと宥める。
ちなみに例の男性は、この後外せない用事があるらしくお礼を言って慌ただしく去っていた。
後日お礼をするからと、オレは連絡先を交換した。
先輩とも連絡先を交換しようとしていたが、それは全力で死守をした。
オレがまだ連絡交換先してないのに、名前もわからん誰かに越されるのめちゃくちゃ嫌だったし……。
今更ながら、あの人どっかで見たことあるような顔してたが思い出せないな……。
「さっきはオレの事情に巻き込んだ挙句に、手伝ってくれてありがとございました!」
「頭を下げられるようなことは!むしろ、天王寺君は困ってる人を助けてたりしてるんですか?」
「自分が出来る範囲っすけど……」
「ふふっ。先輩として誇らしいです」
「……そんな立派なことじゃないんで。結局は自分のためっすから」
困っている人に手を差し伸べているのは、彼女が想像しているような理由じゃない。
全部は自分のためただ。自分が楽になりたいがための、自己満足と現実逃避のためにすぎない。
特別な力を持ちながら、これから起きる悲劇を防ごうと行動しないせめてもの罪滅ぼし。
「自己満足だとしても、天王寺君の行いであの方の生活の糧を失わずに明日を迎えられます」
「……ただの偽善っすよ」
「やらない善よりも、やる偽善とも云います。素晴らしい言葉ですよね!……なので天王寺君にご褒美あげちゃいます」
そう言って彼女は柔らかく微笑みながら、項垂れていたオレの頭を優しく撫でた。
初めは何をされているのかわからず、この状況を理解するのに数十秒の時間がかかった。
振り払うことだって出来るのに、そんな資格はないと嘆けばいいのに、その温もりを振り払えなかった。
超人だと、彼女には見抜かれているからこそ、その言動に嘘偽りがないと信じられる。
ただの自己満足を、罪滅ぼしを、それでも良いのだと彼女が肯定してくれた事に救われた気がした。
「顔、赤いですね」
「……うるさい。誰のせいだと……」
「ふふっ。日頃のお返し、ということで」
ああ、くそ……っ!この人、手を振り解かないと完全に見抜いてやがる……っ!
昼とは違って赤面してるのバッチリ見られてる。顔に手を当て血液操作して誤魔化すのもできやしない!
「……そろそろ帰りますよ!」
「後輩の照れた顔をもう少し堪能したかったのですが……暗くなる前に帰りましょうか」
「住宅街方面に着く時には日が暮れてるっすけどね」
現在の時刻は十八時を過ぎているし、現在地から駅までの距離も考えると帰りは二十時ぐらいか。
もっと早くに解散する予定だったけど、思った以上に長居をしてしまったらしい。
「家まで送るっす」
「それではお言葉に甘えて!
「……今日やけ意地悪っすね?」
「天王寺君が言ってくれたことを、そのまま言葉として伝えてるだけですよー?」
それ伝えた時に冗談が上手だって笑ってたのは、いったいどこの誰ですかねー!
まだ先輩と信じてた時に、ポロっと口から出たの覚えていたのかよちくしょう……っ!
この恥ずかしさは、あの白衣の男性へと八つ当たりしよう!そうしよう!!再開した時覚えてろよ!
そしてオレは彼女を住んでいる場所まで送っていく。
その間にも色んなことを沢山話した。
くだらないことや、クラスで起きた話とか、オカルト関連の話だって、自分の好きなことだって。
彼女は嫌な顔一つもせずに、楽しそうに、時におかしそうに笑って聞いてくれた。
楽しかった。ただ、楽しかった。
ずっと感じていた息苦しさを忘れて、罪悪感からも解放されて、平穏な日常を初めて堪能していた。
楽しい時間とは有限だ。
話しながら歩いていたら、いつの間にか彼女が住んでいるアパートの前まで辿り着いていた。
「あっという間でしたね。わざわざ送ってくれて、ありがとございました」
「大したことじゃ……というか自分のことずっと話して鬱陶しかったですよね?」
「天王寺君のお話楽しかったですよ」
苦笑いを浮かべているのを、彼女は気にしないで欲しいと優しく微笑んで励ましてくれる。
その笑顔が演技なのか、それとも本心なのかどちらにしろ、その笑顔を見ると心が暖かくなる。
「天王寺君の色んな一面を見れて、素直じゃないところも発見できて、ちょっぴり優越感に浸っています」
「……それはアンタが悪い」
「口の悪い天王寺君も、私は好きですよ?」
「先輩がいい性格してるの、こっちも充分身に染みたよ」
「ならお互い様ということで。……今日は楽しかったですか?」
「……それ言わないとダメなわけ?」
「それはもちろん。天王寺君が満足できてないとなると、助けてもらったお礼には不十分ですから」
「……これまでで1番。1番楽しかったよ」
まだ話したい、まだ笑っていたい、まだ一緒に居たいと、心の底から初めて抱いたぐらいに。
これはきっと幸福というのだろう。幸せな時間が、この瞬間時が止まればいいと願ってしまう。
「……帰りたくねえなぁ」
普段は絶対に話さない本音が無意識に零す。
自宅に帰っても待っているのは静かなリビング。
1人は嫌だ。孤独は嫌だ。だって自分が異端だと、異物なのだと突き付けられているようで苦しい。
だけど誰かと一緒に居ても、力を隠している罪悪感、事件を解決しない後ろめたさに襲われる。
周りに溶け込むことはできても、その輪に入り込むことがこれまで出来なかった。
本物の彼と同じ。家族とも、クラスメイトからも、薄っぺらい関係しか築き上げることしか出来ない。
「天王寺君……」
「ははは。冗談、ちょっとした冗談すよ。……じゃ、帰ります」
彼女が困り果てた顔を浮かべているのを直視するのが心苦しくて余計な言葉を言ったと痛感して誤魔化す。
今日はとことんまで調子が狂っている。下手したら色んなことを口走ってしまいそう。
逃げるように踵を返すと、空いている片腕を引き止めるよう掴まれた。
「えっ、ちょ……っ?」
「連絡先、交換しましょう?私としたことが連絡を交換していないの思い出しまして……」
「……いいんですか?」
「もちろんです。大事な後輩ですから」
「……悪戯電話するかも知れませんよ?」
「その都度お説教ですね」
「……はははっ。それはちょっと楽しみかな」
逃げることはないと彼女は手を離して、オレは恐る恐る振り返ると先輩は静かに笑っている。
そして彼女の提案通りに、滅多に活用することのない携帯に新たな連絡先が追加された。
連絡先にシエル、と名前が表示されていて顔がほころんでしまう。
「今日は本当に楽しかったよ。先輩」
「月曜日に学校に会いましょうね。夜道に気をつけてお帰りくださいね!」
オレは彼女に背を向けて自宅に向けて足を運ぶ。
「……単純で馬鹿らしい」
監視している相手に絆されるなんて馬鹿だ。間抜けだ。優しい言葉を投げられて、肯定されて、あっさりと警戒心を緩めるなんて。
自嘲したつもりだったのに頰はだらしなく緩めてしまう。けど今日ぐらいはこれでいいのだと素直に受け入れよう。
——重苦しい毎日から一日だけ赦された。その幸福を一秒でも噛み締めるようにオレは夜空を見上げた。