地球救済ハンター   作:ラグーン

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007 カレー先輩には敵わない

 

 

「……おぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 月曜日の朝から、ベットの枕に顔を埋めて悶えている珍生物、すなわちUMA。

 側から見ればただの不審者。というか気持ち悪い、とドン引きされるの待ったなし。

 

 こんな醜態を晒している理由は他でもない。昨日司書さんに言われた例の一言が原因である。

 

『アンタその先輩にぞっこんじゃない』

 

 この余計な一言が原因で、朝起きたら土曜日の記憶がフラッシュバック! 

 ぞっこん。意味は心の底から、またはすっかり。

 彼女が居心地が良いのも認めましょう。帰りたくないとも、まだ話してたいと抱いたのも。

 

「ああ……っ! くそ……っ! なんて爆弾発言してくれたんだあの人は……っ!」

 

 ごめんねー⭐︎っと、悪びれもせずに笑いながら謝る司書さんが思い浮かぶ。

 前日の爆弾が投下されなかったら、大して気にすることもなく接することが出来たというのに! 

 

 土曜の出来事は全て夢であってほしい! 

 奢りで昼食同伴わかる。遊びに行こうとしたら人助けする事になったわかる。

 気が緩みまくって本心ぽろっとぶちまける。これが、これがわからない……っ! 

 感情を処理できん奴はゴミだと、貴族主義から教わったはずなんだがな……っ! 

 

「……実は土曜日夢だったりしない?」

 

 携帯を開いて、連絡先を開いたら新しいフレンズが2人も増えてるね!! 

 1人は情けない謎の男Xと、オレを異端者として監視をしている正義の代行者さん! 

 執行人と連絡交換するとか正気か? こいつはもうアガリってやつじゃねえか……? 

 

「……さぼりてぇ」

 

 学校に登校したい気分なわけないが? 向かってる最中にシエル先輩が間違いなく現れるのよ? 

 気分が憂鬱とかじゃないの。恥ずかしいの。

 墓まで持っていくつもりだった、ボッチが強がりだったの赤裸々に語るとか黒歴史なの。

 ……あっ、恥ずかしすぎてちょっと大木なりそっ! 

 

「……着替えよ」

 

 笑えない冗談言ったらちょっと落ち着いた。

 両腕に力を込めて、重たい身体を起こす。寝巻きを抜きで制服にささっと着替える。

 学生鞄を持って、彷徨う亡霊の如くふらふらとした足取りでリビングへ。

 

 あいも変わらず静寂に包まれたリビング。

 人の影はない。狭いようで広いリビングに居ないとなると、両親は仕事場へ向かったと伺える。

 歩き疲れたのでソファに腰掛けて、本日から生まれた趣味天井のシミを数えましょう。

 

 うっ、うっー! 土曜日の昼食というか、人と一緒に出かけるの久々だったからこの状況が虚しい! 

 田中や今宮と外で遊ぶとかしたことないし! 外食なんか滅多にしないし! するとしても司書さんだーし! 

 これなにが酷いってさぁ! 今夜は帰りたくないって、打ち明けたのも思い出すんだよー! 

 1日で黒歴史量産しすぎなんだよっ! 絶好調にも程がある! 御大将じゃないんだわ!! 

 

 大樹になりたいなぁ! とくだらないことを考えながら、冷蔵庫から冷えている缶コーヒーを取り出す。

 1日に一回カフェインを摂取しないと、この身体ダメになったんだよね……。

 

「……なんだこれ?」

 

 冷蔵庫を閉めようとしたら、絵柄も、銘柄も描かれていないアルミ缶に目が留まる。

 サイズは150mlの缶ほど。デザインのない鈍色を剥き出しにしていて、実験に使われてそうな缶。

 日頃多忙な両親が明日の為に買ったのかね? 

 でも、メーカーも分からない飲み物お店は売らないはず。人から貰ったのかね? 

 怪しいもの貰うか? って普通なら疑うでしょうけど、ウチの両親本来ならマーテルにどっぷりよ? 

 その辺の原因もあって家出を決行した息子とは、世界が滅びる瀬戸際まで会わなかったんだから……。

 

 両親帰ってきたら注意すればいっか。明らかに怪しい物は親しくても受け取るんじゃありませんって。

 中学生が大人に説教とか絵面的にどうなんだと思っちゃうが、飲んで体調不良起きよりマシだろうさ。

 

 謎の缶から興味を無くし、冷蔵庫を閉め、ソファーに戻って朝食タイム。

 食パンにジャムを塗るのも億劫なので、ありのままの味を楽しみながら咀嚼する。

 

「……どうかシエル先輩と今日会いませんように」

 

 この世界の神に祈らない主義ですが、ちょっとぐらい神様に祈りたくなるじゃん! 

 嫌いじゃないよ? 嫌いじゃないけど、鉢合わせをした時どんな顔すれば良いのか分からないの私!! 

 

 

 ◇◇

 

 

 雲一つのない晴れやかな空。

 それが憂鬱なオレを小馬鹿にしてるように感じて、無性にうんざりしちまうね……。

 ええい! 空め! なんの恨みがある! ちょっとぐらい天気崩して慰めてくれたっていいじゃない! 

 

 意味もなく空を睨んでいけど視線を下す。  

 なーにかいい事あったらいいなぁ! と投げやり気味に、リズムに乗りながら歌う。

 この美声にスカウトマン飛んでこないかしら! 今なら二つ返事でアイドルデビューしちゃうゾ! 

 

 馬鹿らしい冗談を考えてたら、校門近くにある白いガードパイプに腰を掛けている人がいる。

 その態度は如何にも待ち人がいるよう。距離が遠いから誰かは分からないが、性別は制服でわかる。

 あれは女子だな! 朝から恋人待ってんのかい? 態度から滲み出てるぜ……っ! 

 登校している周りの男子は嫉妬のオーラが凄いが、オレからは祝福の念のオーラを送ろう! 

 悪しきオーラはオレが断つので、朝から恋人待っている女の子がどんな子なのかだけ知りたいナ! 

 

 視力はそこそこ自信はあるので、女の子がどんな人物なのか見える範囲までには近づいてきた。

 特徴的な青髪。黒い眼鏡をかけていると! 

 本性暴露した人にそっくりだぁ。校門の前で待ち合わせした記憶ないし、他人の空似でしょ! 

 ……ええい! 神頼みなんてやるもんじゃないなぁ! 

 

 視線を逸らそうとするが、彼女がこちら側へと視線を向けたらバッチリと目が合ったような気がした。

 腰掛けていた彼女は立ち上がる。身体の向きは校門ではなく、現在登校しているオレへと向いている。

 待ち人を待っていた彼女は、その相手を見つけたようで靴音を鳴らしながら向かってきた。

 誰も彼もが彼女に視線が集まっていたが、その後は何事もなかったように外れていく。

 それがいつもの光景で、朝よくある出来事だと認識していくかのように。

 

「——天王寺君。おはようございます」

 

「お、おはようございましゅ」

 

 オレの前で立ち止まり、親愛込められた笑顔を向ける彼女と挨拶を交わす。

 はいっ! ガッツリ噛みましたー! 

 何事もなく普段通りに挨拶をするつもりだったのに呂律が回りませんでしたー! 

 

「ましゅ、ですか」

 

「や、やめて……っ! 恥ずかしいからやめて……っ!」

 

「ふふふっ。可愛いかったですよ?」

 

 口元を隠して笑っている時点で説得力は一欠片もないですがぁ!? 

 穴があったら入りたい! 暫く冬眠したっていい! 具体的に1ヶ月ぐらい自室に引き篭もりたーい! 

 

「……黒歴史の申し子名乗ろうかなぁ」

 

「なにか忘れたいことでもありましたか?」

 

「こっち満身創痍なんっすよ。この前から致命傷負いすぎて、HPバー点滅してんの」

 

「この前ですか? 一昨日のことなら、天王寺君と親睦が深まった素晴らしい1日だったと記憶しています! ……寂しがり屋だったことも覚えていますよ?」

 

 最後は誰にも聞こえないように声のトーンを落として、2人だけの秘密にしているかのように喋る。

 前屈みなって、声を顰めて喋るの可愛い。というか、胸がドキドキするのでやめてくれ! 

 誰かさんの爆弾発言が原因で貴女の顔直視できないのよ! それについては勘付いてないだろうけども! 

 

「……降参。いつから待ってたわけ?」

 

「ほんの数分前からです。天王寺君の登校時間は、先輩として、しっかり把握していますから!」

 

「……さいですか」

 

 さっすが埋葬機関ですね! っと、ブラックジョーク飛ばさなかったの我ながら偉い! 

 天王寺家も、交友関係も魔術師に関係しない一般家庭。埋葬機関の存在を知る機会はないのに、この口から出たら一瞬で詰められますが。

 今の信頼関係がぶっ壊れて、おまんは異端! って処罰されてもおかしくないよ。

 

「校門で待ってるぐらいなら迎えに来た方が確実じゃないっすか?」

 

「……天王寺君のご自宅は流石に把握していませんので」

 

 先輩は困った顔で両手の人差し指を突き合わせる。

 一応そういう体なのね……放課後学校で話すことはあっても一緒に帰るってことはなかったか? 

 放課後は怪物退治に勤しんでいるのか、滅多に見かけることもないしね。

 

「それなら朝迎えに来ましょうか? この前でオレの家から先輩の自宅までのルートは完璧に覚えたんで」

 

「毎日は流石に無理ですが……それでもよろしければ!」

 

「ちょっとした冗談っすよ」

 

「残念です……天王寺君と登校する日は、きっと楽しい1日になると胸が弾んでいたのですが……」

 

「…………たまになら」

 

「はい。偶に登校しましょう。その日は、一段と楽しい1日なりますね!」

 

 ついさっきまで哀しそうに顔を伏せていたのが見間違いのように晴れやかな笑顔。

 ええ。顔を伏せたのは演技じゃねって、流石に気付いてましたよ? でも、この人のそんな顔はあんまり見たくないなって思ったと言いますか……。

 女の子の悲しい顔誰だって見たくないじゃーん! それ以外の理由はないったらない! 

 

「……昼休みはいつも通りでお願いしますよ。シエル先輩」

 

「わかりました。先に部室で天王寺君をお待ちしていますね!」

 

 普段のようなお気楽な誘い方じゃないし、遠回しな伝え方だったのにアッサリ通じてしまった。

 夢中じゃないです。ぞっこんじゃないです。居心地良いから誘ったというか、いつもの癖なだけです。

 ……感情が処理できないゴミの称号、どこで貰えるか誰か知っているのなら教えてくれませんか? 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「オカルト大好きな天王寺君に耳寄りな情報あんだけどさー」

 

「藪から棒になんだよ。今宮」

 

 午前中の授業が終わって昼休みに突入。

 学生鞄から財布を取り出して、購買部へと向かうため立ち上がると今宮が肩に手を回して絡んできた。

 彼の中というかクラスでは、天王寺はオカルト大好きという風評が立っていたり。クラスメイトの中でも親しい今宮は機嫌が良い時はオカルト関係の話を提供してくれる。

 

「オカルトとは無関係だった繁華街の治安が悪い情報の次になにくれるわけ?」

 

「それは悪かったって! 今度こそちゃんとしたオカルト話っしょ!」

 

 ケラケラと笑いながら心のこもってない謝罪。

 一昨日に繁華街の治安が悪いと、知人に教えてもらったとシエル先輩に語ったがそれが今宮。

 こやつは放課後になると友人駆り出してしょっちゅう繁華街へと遊びに行っている。

 学生として真っ当な青春を行っているが、将来遊び人にならないかちょっと心配だよ? 

 

「信用ならないなぁ……これから用事あるから手短に」

 

「天王寺クンはせっかちだねェ? 短気な男は女の子にモテないのよ?」

 

「たなかー! 手鏡持ってないー?」

 

「西九条か長居に言えよ」

 

 長居はともかく、西九条は絡んできたらシメるって殺意を向けてきたから嫌です……。

 将来マイペースで朗らかな性格をどうやって手に入れたんですか西九条さん……。

 

「ほら話せ! 俺らが西九条にやられる前に!」

 

「オレも巻き込まれる前提で話すのやめてくんない!?」

 

「貴様だけは一緒に連れて行く」

 

「道連れやめてくれませんかねェ!? ……まぁ、最近奇妙な噂が繁華街で立ってるのよ」

 

「奇妙な噂?」

 

「そそっ。数量限定で不思議なドリンクが販売されてるって話があるらしいのよ」

 

「オカルトとは無関係じゃん。はい、解散」

 

「ま、待てって! 話は最後まで聞くべきっしょ! その入手経路が不思議なことに不明らしいの! いつの間に缶ジュースが手元にあって、誰に貰ったのかも記憶に残ってないって奇妙なお話!」

 

「……まぁ。オカルトと云われたら、オカルトか」

 

 肩を振り解こうとしたら、捲し立ててオカルトの類ではないかと今宮は必死に主張する。

 手元に買った覚えもなく、貰った覚えもない謎のドリンクには興味は惹かれる。身に覚えのないも物がある、というのは怪談やオカルト現象の類ではあるか。

 誰かと接触しているのは間違いない。なのに記憶には残っていない。

 

(……か、関わったら不味そうな匂いがする)

 

 記憶に残らない。その不可解な現象は魔術師が使う暗示と相似している。

 シエルがこの学校の教員や生徒に3年生のシエルという名の生徒が在籍してると暗示をかけている。

 ドリンクを押し付けた奴が魔術師か、魔術に精通している吸血鬼なら通行人に接触した認識を暗示でズラしたり、その記憶をなくすことだってできるはず。

 

「……他に情報ないわけ?」

 

「んにゃ。これだけ」

 

「ご苦労さん。多分、ガセだろさ。気になって深入りしても時間の無駄になるだけだろうよ」

 

 今宮が好奇心で踏み込まないように、その噂はガセでしかないことを強調しておこう。

 その人物が本当に魔術師なのか、吸血鬼なのか真偽はともかく関わらせない方が絶対にいい。

 火が立たないところに煙は立たぬ、と諺があるように多分なにかが潜んでる……少なくともシエル先輩は犯人ではない。これは確かだ。

 あの人が巻き込まれたならいざ知らず、無関係な人間に対して理由もなく暗示をかけるものか。

 

 つまんねーの、っと退屈そうに愚痴を吐く今宮の肩を慰めるように肩に手を置いて教室を後にした。

 

「……どうするか」

 

 頭を押さえたくなる情報を偶然と手に入れてしまったのは日頃の行いがいいからだろうなー……。

 シエル先輩に噂で訊いた定として話しておこうか? 

 情報源を尋ねられたら、今宮の名前を上げれば怪しまれることもないだろうし。

 

 

 身に余る情報の処遇を悩んでいたら、あっという間に購買部へと辿り着く。

 購買のおばちゃんに声をかて、2個の惣菜パンに缶コーヒーを2缶をいつものように購入っと。

 目的のものを仕入れたので、先輩が待っている部室という名の空き教室へと向かった。

 

 数分ぐらい歩けば目的地の空き教室。

 3回ノックすると、どうぞっと招き入れるようにシエル先輩の許可が降りる。

 

「失礼しまーす」

 

 引き戸を開けたら、先に2人分の椅子と机を用意して待っていたシエル先輩の姿。

 誰も居ない静かな静かな教室。背筋を正して座っているだけなのに目が奪われてしまう。

 

 雑念を振り払い、空いている席、彼女の対面の椅子に腰を下ろした。

 

「クラスメイトに捕まって、ちょっと遅くなりました」

 

「仲の良い友人と親睦を深めるのも大切なことですよ。なので気にしないでください」

 

 机の上に置いているお弁当には手を付けておらず、オレが来るまで待っていたらしい。

 一緒に食べようと誘ったのに遅れたことを謝ると、気にしないでくださいと優しく慰められた。

 謝礼の缶コーヒーを贈呈したら、ありがとうございますと笑いながら受け取ってくれる。

 

 手を合わせて、そのまま2人きりの昼食が始まる。

 

 本日はカツサンドにあんぱん。午後にある体育に向けての体力チャージだ。

 購買でも美味いと評判の人気のカツサンドを咀嚼するが全く味がわからない。

 現在密室状態2人きり。距離が近いのも合って、目の前の人を意識してるのが原因ですね! 

 

「そういえば、この前の男性から連絡の方はありましたか?」 

 

「……この前?」

 

 何かを思い出したのか彼女は話しかけてくる。

 謎の気まずさを一方的に感じていたオレは誰のことを指してるのか分からず首を傾げる。

 この前の男性? 自慢じゃないが、オレの連絡先は指で数えられる範囲しかないんだが……。

 最近連絡先交換したのってシエル先輩と、それで、ええっと……。

 

「……あっ」

 

 思い出した。目の前の状況で頭がいっぱいですっかりと忘れてたや……。

 初対面が情けない奴!! って印象を抱いた白衣を着た男性と連絡を交換してましたね。

 忘れたいましたね? っと訝しむ先輩の視線を豪快に笑って誤魔化した。

 

「連絡があれば教えてもらえると助かります。穏やかな人で良識はありそうでしたので、御礼のために再び会っても何事もないとは思いますが……もしもがありますので」

 

「了解っす。連絡入ったら元から先輩を誘うつもりではありましたから」

 

「誘うですか?」

 

「当たり前だろ? あの日一番振り回されたのはアンタなんだから。見返りはあるべきだろ?」

 

 自分はもはや関係ないと、他人事のように振る舞うものだから呆れてしまう。

 あの日に一番損したのは財布を落としたあの人でもなく、オレの我が儘に付き合ったシエルだ。

 見返りという点ならオレは既に貰っている。

 人を助けたから、普通で許されるんだって虚しい自己満足を。

 

「というか、我が儘に振り回した時点でオレが謝罪を込めて奢るべきだったんだよな……」

 

「同意の上なので深く気にしないでください。あの日は私が貴方に御礼をする日だったんですから」

 

「それなら今日奢る。これなら文句はないだろ?」

 

「これは予想外のお返し……なるほど。天王寺君もなかなかの頑固者とお見受けしました」

 

「単に割にあっていないのが気に食わないだけさ」

 

 こんな風にのうのうと平和に暮らせているのは誰のおかげか? 

 この街に潜む悪を裁いているシエルのおかげだ。

 彼女にとって、それが役割だとしても人知れずに平和を守っていることには変わらない。

 

「尊敬している先輩へ捧げ物を贈るのは後輩の特権だろ?」

 

「特権ときましたか。いいんですか? もしかしたら私は後輩を唆す悪い先輩かもしれませんよ?」

 

「冗談下手っすね」

 

 あり得ないことを真面目な顔で言うもんだから、つい笑ってしまう。

 それがどうやら不満だったようで、シエル先輩は唇を尖らせて子供のようにいじけてしまう。

 機嫌が悪くなるのはちょっと想定外なんだが、拗ねている彼女を見れたことにちょっとした優越感。

 しばらくこのままでも良いかなと思うが、信頼関係に支障が出るので機嫌をとるとしよう。

 

「すいません。ちょっと、こう、本音がぽろっと出てしまったというか……」

 

「本音でしたら、なお悪いです。ええ! これから天王寺君には悪い先輩として接していきますとも!」

 

「ちなみに具体的には?」

 

「……しばらく天王寺君と距離を置きます」

 

「それは勘弁したいっすね。割と死活問題だ」

 

 息苦しいだけの生活はもう耐えられる自信はない。

 これまでは放課後になれば司書さんと会える一心で耐えてきたが、オレの中ではシエル先輩がいる学校生活が当たり前になってしまった。

 これが無くなったら、短絡的な思考でまたリライト能力を使ってしまうかも。

 それぐらいこの人と一緒にいるのが楽なんだ。

 

「……どうしたら機嫌が治ってくれますかね?」

 

「……それなら一つだけお願い、いえ、命令をします」

 

 司書さんならこれを口実に無理難題押し付けられそうだけど、多分シエル先輩なら大丈夫でしょう。

 不気味に眼鏡を光らせてるのがちょっと怖いが……まぁ、良識のある範囲に決まってるさ。

 カレーを奢りなさいって命令なら喜んで引き受けるぞ! 

 

「ええ。なんなりとご命令してください。お嬢様」

 

「それでは——放課後、私の自宅に招待しますね。悪い先輩なので天王寺君が嫌なことを沢山やります」

 

「……もう一度お願いします。聞き間違いかも知れませんので」

 

「はい。放課後私の自宅に招待します」

 

 ……うん。なに言ってるんですか? 

 このカレー先輩はおふざけにしては笑えない冗談を言ってくれてるんですか? 

 

「……なに言ってんの?」

 

「なにか不思議なことでも? それに先ほど見返りがあるべきだとも、先輩に捧げ物を贈るのは後輩の特権だとも言いましたよね?」

 

「うん。言ったよ。二言はないよ? ただ、オレがアンタの自宅に招かれることにどう繋がるわけ?」

 

「個人的な趣味で天王寺君を弄るためですよ? 人前だと素直じゃない部分を出してくれませんので! それに泊めることは難しいですが、一緒に食事を摂ることはできるじゃないですか。ええ。これは立派な悪事ですね!」

 

 彼女は胸を張りながら自慢げに話すが、その言葉の真意を理解するので精一杯だった。

 何が悪事だ。何が見返りがあるべきだよ……これで得をするのは他の誰でもないオレじゃないか……っ。

 

 大きなため息を吐いて机にうつ伏せになる。

 顔の体温が上昇しているから、この前のように醜態を晒さないよう隠すための悪足掻き。

 

「放課後が待ち遠しいですね!」

 

「……お嬢様の命令は絶対ですからね」

 

 この人から中学生の身体能力で逃げられるわけないので諦めよう。

 諦めも偶には肝心であるのを、書籍館を管理する誰かさんで十二分に嫌というほど理解しているつもり。

 

 顔を上げて恨めしく睨めば、勝ち誇ったようにシエル先輩は微笑むのだった。

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