時間はあっという間に過ぎて放課後。
放課後になったということは例の約束のお時間。
顔に出ないように、おふざけの貴公子を演じているのを誰か褒めてください。
内面では激しく動揺してるんです。
本当になんであの人の自宅に招待されることになったんですか? ……なったんですか!?
「——ってことがあったのよ? 天王寺、話聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。アレでしょ? 宇宙人がノートをビームで焼き払ったんでしょ?」
「どっから出たんだよ宇宙人。彼女の話なんだけど?」
「えっ? 関西人がビーム焼き払うだっけ?」
「全然違いますが? というかビームから離れろよ」
田中の彼女の惚気話が全く耳に入ってなかったのがバレちまった……。
放課後になるとオレのこと捕まえて、でれでれと顔を緩ませて話すから舌打ちしそうになるんだよね。
対抗して天王寺瑚太朗君の恋愛話でもする? どれもこれも辞退したいぐらいに過酷だよ?
「今宮に話せよ……俺よりもあっちの方が面白い反応するだろ?」
「もう帰ったよ。それに次に話たら前歯折るって脅迫されたからちょっと……」
「次話したら前歯折るから」
「天王寺には出来ねえさ」
「……キレちまったよ。屋上に行こうや」
おっ? 鼻で笑ったな? おまん。ワシを笑うたな?
今宮の怨念も込めて、怒りと憎しみのボディブローをお見舞いする時がついにきてしまったようだ。
ファーストブリットから、ラストブリットまで鍛えている自慢の拳を叩き込んでやる!
お互いに袖を捲り上げながら、火花をバチバチに散らしてたらざわざわと教室が騒がしくなる。
これぐらいの茶番はよくあるだろっと、クラスメイトの反応を無視していたら田中も目を見開いていた。まるであり得ない人を見たかのような、目前に広がる状況を呆気に取られているようで。
「……天王寺さん。どうやって約束取り付けたのよ?」
「はい? なに言ってるの? 宇宙人のビームで脳みそ焼かれたか?」
「いや後ろ」
動揺している田中が指を刺すので渋々と後ろを向いたら、ふんわりと微微笑んで佇むシエル先輩。
教室が騒がしくなった訳がよく理解した。
オレに用事がある時は、これまで廊下側の席座っているクラスメイトに頼んで呼んでいたから。
この人が内のクラスに進入してきたのなら、それはもうザワつくよね。
「……じゃ。帰るからこの勝負お預けな」
「説明しろよ! お前がシエル先輩の追いかけをしてるのは知ってたけど! どんな手段を使って一緒に帰る権利を手に入れた!?」
「……オレにもわからない」
洗いざらい吐けと、逃がさないように右肩を掴んでくるところ悪いけどオレもわかってないの。
そこのところどうなんですか? っと疑問を視線で訴えると、顎に手を添えて言葉を選びながら口を開く。
「そうですね。意地悪な後輩君を修正するため、でしょうか」
「……だそうです」
「……なにしたんだよ。お前、シエル先輩のファンにぶっ飛ばされんぞ」
誓ってシエル先輩にはなにもしてないし! これからもナニかをする予定だってねえよ!!
されたって意味なら被害者はオレじゃない?
頭を撫でられたりとか、意地悪を言う回数は最近先輩の方が上なんですが?
なんなら悪い先輩として接しますって、目の前で宣言されたので被害者はやっぱ僕じゃんか。
「田中君。天王寺君を借りても大丈夫でしょうか?」
「あっ、はい。このおふざけの貴公子フリーサービスなのでどうぞ」
「ありがとうございます! 田中君も部活頑張ってくださいね」
「は、はい!」
彼女いるのにシエル先輩に鼻の下伸ばしてやがる。
おいおい。彼女ちゃんにバレても知らないゾ? 君の彼女がどんな人なのかは全く知らないがネ。
……田中君の彼女をどうにかして調べ上げて、他の女に照れていたよって親切心で教えないと!!
「それでは行きましょうか」
「うっす」
クラスメイトから感じる好奇の視線を尻目にし、シエル先輩と一緒に教室を後にした。
廊下に出ても羨望の眼差しを向けられるが慣れた。
美少女と一緒に歩きたいって、男の子なら一度は夢見るよね……その気持ちわかるってばさ!
雑談しながら数分ほど歩いて、下駄箱に辿り着く。
上履きから靴へと履き替える。
昇降口で再び彼女と合流。校門を潜って、周囲に生徒が少ないのを確認をする。
「教室へと踏み込んできたのはどんな訳が?」
「悪い先輩ですから。天王寺君を、ちょっと困らせてあげようかと思いまして」
おふざけの貴公子は脱ぎ捨てて、いつもの捻くれた天王寺として話しかける。
ふふふっと悪人のように笑うが、一目で慣れていないのがよーくわかる。
貴女が教室に入ってきて参ったのかって言われたら作戦は見事に成功していますが。
バス停に辿り着いて、最後尾に並んで乗車する。
2人用の座席に一緒に座る。
「……一緒に帰るの初めてっすね」
「はい。朝一緒に登校したり、お昼休みは2人で過ごしてきましたが、こうやって2人で帰宅するの初めてですね」
意外に思われるだろうが、シエル先輩と放課後一緒に帰宅するのは此の日が初めて。
放課後になれば彼女はまずいない。その理由を察しているから、探すこともなく帰路についていた。
だから彼女が隣にいる現状がむず痒い。
デパートのベンチに座った時と距離は変わらないはずなのに、心臓が高鳴っている気がする。
土曜日は、一緒に出かける理由があったし、理屈にも沿っていたから大して気にしてなかったけど。
(……これが見返りになるのか?)
彼女がそう望んだのだから従うつもりではあるが、見返りという点にはやはり疑問が浮上する。
超能力を扱える人間を間近で監視、または秘密裏に処理するためがまだ納得しちまう。
監視はともかく、超人であると確信を持たせない限りは理不尽に命を奪うことはしないだろうけど。
「……全然わからん」
「まるでこの事態に頭を悩ませているようですね」
「人の思考読まないでくれません?」
「ふふふっ。悪い先輩ですから」
眼鏡を指で押し上げながら言ってるの見るにそのフレーズ実は気に入ってるな?
背伸びしてるようにしか見えないって言ったら、昼休みの時みたいに多分拗ねるんだろうなぁ。
……シエル先輩の企みは考えるだけ無駄そうなので、思考を放棄して流れに身を任せるか。
「あっ。着替えたいから一度自宅に寄ってもいい?」
「大丈夫ですよ。天王寺君の自宅へのルートも、私服姿も拝見できる。これは一石二鳥ですね!」
みなさんが喜ぶのはその逆だと思いますが?
私服で思い出したけど、成長した天王寺君って殆ど支給されたスーツ姿なんだよなあ。
アレにはちょっと憧れてたり。成長したらスーツ姿で鈴木凡人を名乗ってはしゃぎたいものさ。
しばらくバスに揺られて、天王寺家近くのバス停でオレたちは下車する。
行きつけの図書館は通り過ぎ、そのままシエル先輩をオレの自宅へと案内していく。
「ここがご自宅ですか!」
「まぁ普通の一軒家ですよ」
天王寺家は両親が汗を流して建てた普通の一軒家。
嬉しそうに声を弾ませることかな?
天王寺家が実は洋館で、立派なお屋敷を目撃した反応ならわかるものなんだがなぁ。
着替えるだけだが、このまま外で待たせるのはオレの沽券に関わるので家の中へと招待する。
「ようこそ、天王寺ホテルへ。シエル様が、お越しになるのを心よりお待ちしておりました」
ホテルのコンシュルジュのように、左腕を胸に当てて美しくお辞儀をする。
2人だけなのでちょっとした余興だ。
頭を下げて顔は見えないが、先輩はクスクスと可笑しそうに笑っている。
「お荷物の方をお持ちしますよ」
「それではお言葉に甘えて」
にこやかに微笑むシエル様の学生鞄を預かる。
靴を脱ぎ、丁寧に並べて上がった彼女をリビングへと案内していく。
「どうですか? 当店のホテルは」
「ええ。とても気に入りました」
リビングをぐるりと見渡して、ご満悦な様子。
朝オレがよく座っているソファまで近づき、座り心地を確かめるように手で触れる。
ソファへの採点をしていたシエル先輩だったが、どうやら採点が終わったのか遠慮気味に腰をかける。
「ふかふかですね……」
座った彼女は見たことないぐらいに顔がだらけていた。
えっ? なにこの人? ふかふかのソファに座ったら頰を蕩けさせて可愛い顔するの!?
怠惰に堕ちたシエル先輩を眺めたかったが、冷蔵庫からお茶と食器棚からコップを取り出す。
「シエル様。どうぞゆっくりとお寛いでください」
「ありがとうございます〜」
「その前に少々失礼します」
「はい〜?」
だらけた先輩は滅多に見れないので近づいて携帯のカメラ機能で写真を撮る。
ふにゃけた顔を撮られたと気づいた先輩はみるみると顔を赤くしていく。
何かを言われる前に、彼女の学生鞄を近くに置いてオレはリビングから退散。階段を登って2階にある自室へと直行。
「……我ながら上手く撮れたな」
携帯の画面を見れば、気を抜いてふにゃりと愛くるしい顔を浮かべて寛いでいる先輩の写真。
これからリビングに戻るの凄い怖いんだけど! 去り際に天王寺君! っと怒ってたし。
私服に着替える。私服は枝世界で天王寺君がよく着ていたものだ。財布や携帯やらをポケットに突っ込んで階段を降りてリビングへ。
「あっ——お帰りなさい。天王寺君」
リビングに戻ればシエル先輩が出迎えてくれる。
見慣れた部屋なのに、この人が居るだけで違う場所に迷い込んだじゃないのかって錯覚してしまいそう。
シチュエーションとしては胸が弾むんだけどね? 実際は別の意味で動悸が止まらない。
ニッコリと笑ってるが目元が一ミリも笑ってない。……一瞬だけ寂しそうな顔を見たような気がしたけど気のせいかな?
「無断で撮るのはマナー違反です。次に撮るときは一声かけるようにしてください」
「あのタイミングじゃないと撮れなさそうだったもんで。次からは気をつけます」
「反省しているなのでお説教はこれまでに。……先ほどの写真は後で消してくださいね?」
「えっ? 嫌だよ?」
「これは実力行使もやむ得ないかと!」
顔を赤くして抗議するところを見るに、素で恥ずかしがっているらしい。
いつもなら既に土下座や嗜好品を贈呈して許してもらうところだが今回は違う。
この写真。ぽわぽわしえるの写真は命を賭けでも死守しなければならない!!
「アンタがなんて言ってもこの写真だけは消さない!! オレにだって意地の一つや二つはある!」
「意地を張るタイミング間違えていませんか!?」
「間違いじゃない! それに先輩の写真はこれしかないんだからいいだろ!」
「それなら今から写真を撮ってください! それで先ほどの写真を消してもらえれば!」
「だが断る! 普段から可愛いとは思っていたがこの写真は更に癒し効果も追加されているんだぞ!? この写真は手放さないからな!」
先の写真がどれだけの価値があるのかと熱弁すると、シエル先輩は眼鏡を押さえて顔を赤くしていた。
この写真には、心が安らぐ効果があるとしか口にしていないはずなんだが?
「……なんで顔を赤くしてるの?」
「……なんでもありません」
赤面している本人に訊ねるが、コイツ気づいてないのかって呆れた視線を向けられた。
普段は訊いたらすんなりと教えたくれるのに。悪い先輩を継続中だからそれを実行に移してるのかね?
「……その写真。人に見せびらかさず天王寺君だけの秘密にすると、約束してくれるなら許します」
「ああ。もちろん約束するよ」
初めからそのつもりだったしな。先輩のこんな一面もあると他人に知られるのなんか嫌だ。
口の硬さには評判が高かったりするんだぜ? 高評価のボタンを押すのは自分だけだけど。
「はい。天王寺君のこと信じていますね」
まるでオレの口の硬さを知っているかのように、彼女はあっさりと許してくれた。
向けられる信頼がむず痒くて眩しい。
こそばゆさから逃げるように、空っぽになっていたコップを洗い場へと持っていく。
「用事も終わったんで、先輩の家行きますよ」
床に置いてあった彼女の学祭鞄を持って、催促するように先に向かう。
女の子には優しくするようにって、イマジナリージイさんから厳しく躾けられてるんだ。
決してシエル先輩の顔が直視できないが理由ではない。うん。断じて違うからね? 本当だよ?
制服から私服に着替えるミッションをクリアしたので天王寺家を後にする。
オレの家から数十分歩くと、シエル先輩が住んでいる木造のアパートへと辿り着く。
築年数が経っているようだが、定期的に改装工事でもしているのか外壁は古臭さを感じない。
彼女の背中を追いかけるように、アパートの借間へと案内される。
「ささっ! 遠慮せずに上がってください!」
「……お、お邪魔します」
冷静に考えれば女性の部屋に上がるのが、いや、誰かの部屋に上がること自体が初めて。
緊張で生唾を無意識に飲み込んだ。一度深呼吸をして恐る恐ると足を踏み入れる。
物珍しさでつい室内を見渡すが、一人暮らしいの社外人のようにごく普通の部屋だった。
「どうしたんですか?」
ぼけっと立っているのを、シエル先輩が首を傾げて不思議そうに尋ねてくる。
なんでもないと慌てて否定して、身体をロボットのようにカクカクとした不器用に動かす。
「お茶を用意しますので、座椅子に座って寛いでください」
こくこくと首を縦に動かして、テーブルの近くにあった座椅子へと座る。
シエル先輩の家にお邪魔しているんだが、これちょっとした夢だって云われても納得してしまう。
思わず頰を抓るがしっかり痛い。これ夢ではなく現実世界での出来事らしい。
「お待たせしました。……ほっぺた赤くなってますよ?」
「……空想か夢幻の類と疑って引っ張ったらこうなりました」
「ふふふっ。きちんと現実なんですよ?」
お盆に乗っていた御茶が入った湯呑みを丁寧にテーブルの上に置いて彼女も着席する。
喉が渇いていたので湯呑み茶碗に口付ける。
緊張でカラカラになっていた喉に冷えた御茶は格別に美味い!
「ごちそうさまです」
「お代わりの方を注ぎましょうか?」
「……お願いします」
シエル先輩は嫌な顔を一つもせず、空っぽになった湯呑み茶碗に再び御茶を注いでくれる。
2杯目を受け取ったら再び御茶を飲む。
半分まで飲むと、口を離して緊張をほぐすように小さく息を吐いた。
「……ふぅ」
「もしかして緊張していますか?」
「
「天王寺君の
女の子の部屋に入ったのが初めて、と告白しなかったのはちょっとした意地と反抗。
それも意地悪な顔を浮かべ、愉しんでいるこの人にはお見通しのようだけど。
「あれ本気だったのかよ。個人的にオレをイジめるってやつ」
「虐めるのではなく、弄るです。その歪曲は意図的な悪意を感じちゃいます」
「どちらにしろ悪趣味だろ」
「悪い先輩にお似合いで素敵な趣味かと! 自分でも感心しちゃってます」
うんうんと満足そうに頷いてますが、こちらとしては堪ったものじゃないからね?
悪い先輩を自称するなら、後輩を弄るよりも他の悪行に力を入れるべきと進言しますが。
制服を着崩すとか、こっそりと勉強に関係のないものを鞄に忍ばせて持ってくるとか。
悪い先輩の対象が1人に限定的すぎるんだよ。私情ダダ漏れじゃないかこの悪事。
「……ちなみに悪い先輩はいつまで続けるつもりで?」
「私が満足するまでですかね」
「……まじんがー?」
「まじんがーです。天王寺君のご自宅にて、悪い先輩ポイントが加算されたことも伝えておきますね」
リビングの件は自業自得で笑うしかない。心当たりしかないので天王寺は黙秘を貫いておきます。
ぽわぽわしえるならば甘んじて受け入れる所存でございますのでご安心をしてください!!
「それでは私も部屋着に着替えてきます」
そう言ってシエル先輩は洗面室へと消えて行く。
部屋の中を見渡すほど精神的余裕がないため、見慣れない天井をぼんやりと見上げる。
さっきに比べればマシだけど、シエル先輩の部屋にいる事態に浮き足立ってる。
田中や今宮、何かの間違いで西九条や長居の家に上がっても子供のようにソワソワしないっての。
「——お待たせしました。おや? 天井を見上げてどうしたんですか?」
着替えたのか戻ってきた彼女は天井を見上げているのを不思議そうに訊いてくる。
「天井のシミを数えるの趣味なんだよ」
霊感とか奇妙な電波を受信したわけでもなく、ただの無駄な行為を冗談を言いながら視線を下ろした。
そこに制服では拝めない肉体の神秘が合った。
服装は普通。黒の半袖のTシャツに、短パンと過ごしやすそうな格好。
綺麗で無駄のない二の腕。逞しく柔らかそうな白く美しい太腿。薄着でボディラインが分かりやすく、メリハリのある身体に豊かな胸。
ごくりと、無意識に喉が鳴る。
ただの私服姿なのに、言い訳の仕様がないぐらいに彼女に見惚れていた。
「……チェンジで」
「え、えっと変ですか? 比較的普通な服を選びましたが……っ!?」
狼狽えている彼女を放置して、目元を片手で覆い隠して深く息を吐いた。
容姿端麗ってのは目の前の彼女に相応しい言葉。
物理的に目を隠さないと永遠と眺めてしまうぐらいにお似合いだ。
「……だからチェンジ。似合いすぎて真っ当に見れないんだよ」
「むぅ。女の子はストレートに言ってもらえるのが嬉しいんですよ?」
「可愛い、綺麗、可憐、美しい」
「淡々と言われても喜ぶ人はいませんからね?」
「……見惚れるぐらいに似合ってますよ」
「ふふふっ。ありがとうございます。実は純粋なんですね」
「ああ。そうだよ。ずっと観ていたいぐらいに見惚れてた。他の誰でもない。シエル先輩だから」
嬉々として人のことを揶揄おうとしてきたので、真面目な顔で瞳を見つめながら本音を零した。
「そ、それは大袈裟です。い、いえ、そのお言葉は嬉しいんですが……」
「誇張でもなく、冗談でもないの、アンタならわかってるだろ?」
2人きりや、本音を明かしてる時にしか言わない二人称で彼女を呼んだ。
「〜〜っ!」
そのことを知っているからこそ、シエル先輩の顔はみるみると赤くなっていく。
黒歴史を生産すること開き直りさえすれば、こらえるや我慢ぐらいはできるんだよ。
真っ赤になった顔を見れて大満足。
こっちはベットの上で悶えるのは確定事項だったりするが、生き恥を晒した甲斐があったというもの!
「……やっぱり天王寺君は意地悪ですね。悪い先輩ポイントが再び貯まっちゃいました」
「え? 弄ってないのにポイント溜まるのおかしくない?」
「私の独断と偏見で加算していますから」
冗談や揶揄ったらアウト判定だと考えてたのに、まさかの先輩の匙加減でポイントが貯まる制度らしい。
うーん。紛う事なき独裁者政権。ポイント貯まらないようにするの無理ゲーですよね? 口閉じて手話で会話するぐらいしか抜け道ないじゃない。
「そろそろ夕食の準備に取り掛かりますね」
「なにか手伝いますよ?」
「昨日余ったカレーをお皿に取り分けるだけですから! 天王寺君はゆっくりしていてください」
ただ飯は抵抗があるので手伝いたかったけど、断られた以上大人しくして待っておこう。
先輩は座椅子から立ち上がってリビングへと向かい、夕食の準備へと取り掛かる。
本日の夕食はカレーのようだ。
土曜日にカレーショップメシアンでカレーの美味さにすっかり魅入られていたりする。
なのでシエル先輩と一緒に過ごせて、カレーを食べたい要求も解消できて正に一石二鳥だ。
クッキングヒーターで鍋を暖めているシエル先輩の背中をボンヤリと眺める。
(ああ。これが幸せって言うんだろうな)
先輩の家に招かれる、それ以外目の前の光景には特別な出来事は何一つない。
シエル先輩が夕食の準備をする。
たったそれだけの風景に、寂しさと虚しさが渦巻いている心が幸福に満たされていく。なんて、贅沢な幸福だろうか。
「——お待たせしました」
煮込み終えて容器に移された2人分のカレーが、テーブルの上へと並べられる。
カレーのお供にはもちろんライス。カレーからもライスからも白い湯気が立っていて食欲がそそられスプーンを片手にごくりと唾を飲み込んでしまう。
「これ、食べていいんだよな?」
「もちろんです!」
「……いただきます」
作られた料理に感謝の意を込めて両手を合わせる。
カレーとライスをスプーンで掬い、食欲に従うままに口の中へと放り込む。
「どうでしょうか……? 私が調理したものなのでお口に合うと良いのですが……」
「……美味い。メシアンのカレーよりもずっと。これまで食べてきた料理の中で一番美味いよ」
顔色を窺いながら不安そうに舌にあっているのかとシエル先輩は訊いてきた。
隠すこともなく、誤魔化すこともなく、これまで食べてきた中で一番美味いのだと伝えた。
外食ではなく、コンビニ弁当でもなく、誰かが作った手料理を久々に食べた。
このカレーに愛情が込められている、なんて自惚れるつもりはない。ふごく普通の手作りに過ぎない。
だけど暖かった。心が込められた手料理がここまで美味しいだなんて。
「お代わりもありますから。お腹いっぱいになるまで食べてください」
スプーンを止めることが出来ず、幼い子供のようにこくりと頷いた。
無我夢中で食べる姿を、彼女は満足するまで口元を緩ませ嬉しそうにずっと眺めていた——