※間違えて未完成の方を投下していました。
こちらの方が正しい9話です。最後のやりとりに一部抜けていただけなので、大まかな流れは一度投稿していたのと大して変わりありません。
「……ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
シエル先輩の手作りカレーを鍋に入っていた分も残すことなく完食してしまった。
食は平均的なんだけど、数人分のカレーを余すことなく胃袋に収まったこと我ながら驚いている。
「ふふふふっ。次々とカレーを食べていく姿は圧巻でした」
魅了されたかのようにカレーを食べていたオレの姿を思い出してシエル先輩は可笑しそうに笑った。
彼女はずっとこんな様子。好物のカレーがどんどんと減っていても、ニコニコと嬉しそうに眺めていた。
逆の立場ならちょっとぐらい遠慮しろよ、と愚痴の一つ零す自信しかないね。
「……シエル先輩」
「はい? どうしました?」
人様の好物を何杯もお代わりをした図々しい馬鹿が次に取る行動は
名前を呼ばれ不思議そうにしている彼女の元まで、オレは移動をする。
「……本当に申し訳ありませんでした」
正座し手のひらと額を床につけて行う日本の最大の謝罪——即ち土下座。
自称108個の特技の中で最も得意だ。みんなからお金を投げたくなるぐらい無駄がないと言われる。
「こ、これが日本伝統の土下座……っ! い、いえ! 感心している場合ではなく! 顔を上げてください!?」
「土下座が駄目とすれば……っ! くっ! やはりこれか……っ!」
土下座ではシエル先輩を満足させられない。ならば108の特技の一つをお披露目しなければなるまい!!
ポケットから財布を取り出して、表面に福沢○一の肖像が描かれている一万円札を抜き出す。
「さらばっ!! さらばゆきちぃぃぃぃ!!」
「どうしてお金を渡してくるんですか!? 受け取れませんよ!?」
「人様のご飯を平らげて、ただ飯だけを集る外道に成り下がれと!?」
「捻くれが筋金入りといいますか、律儀というべきなのでしょうか……」
シエル先輩は複雑な顔を浮かべ頭を抱えながら小さくため息を零す。
呆れられてしまおうと、人から受け取った厚意は返却しなければ気が済まない。相手が誰であろうと他人からの一方的な施しは受け取らない主義なんだよ。
「コホン。天王寺君が頭を下げたり、お金を渡してくる奇行を行った、おおよその見当はついています」
「奇行扱い酷くないっすか?」
「突拍子もなく土下座をしたり、お金を投げつける行動は充分奇行に当てはまるかと」
有無を言わさない笑顔につい頷きそうになる。
すっかり上下関係が出来上がってしまったが、これについては圧に負けて頷くわけにはいかない。
おふざけの貴公子、そして減らず口の魔術師という別名を発揮する時がついにきてしまったようだ。
「言っていることはわかる。だが、今晩のカレーの材料費を払う行為は、ご飯を食べさせてもらった者の正当な行いだ!」
「言い分はわかりますが、一万円という大金を財布から取り出す理由にはなりませんよ? 材料費を含めて一万円という金額は高すぎます」
「……つまり五千円なら?」
「受け取りませんよ? 。夕食の代金に見合う対価ならきちんと頂いています。何事も代えられない素晴らしいものでした」
土下座はともかく、貨幣すらも超える素晴らしいもの? そんな心当たりはまったくない。
自宅にいた時? それとも夕食前か? いつものように喋ってただけなはず。他は夕食のカレーを美味い美味いと食べたぐらいしか……?
「まさか美味しそうにカレーを食べてたからとか?」
「そのまさかです。作り手として美味しそうに食べて貰えたのがなによりの報酬になります」
「……それ冗談だろ?」
「天王寺君が気負わず自然体でいることは、私の中でお金と比べ物にならないぐらい価値がありますから」
屈託のない笑顔でシエル先輩はそう言った。
一方的に気に入っている相手から不意打ち。口を動かすが言葉にならず吃ってしまう。
「さ、皿洗い!!」
顔を赤くしている自覚があるから、この状況から逃げるように皿と鍋を持って洗い場へと向かう。
予想外の言葉。まるでありのままオレでいることが嬉しいと、そう言っているものじゃないか。
くそぉ……っ! 思考が上手く回らない! あれだけで照れるなんて、減らず口の魔術師を廃業すべきか!
雑念を払え! 手を動かして皿を洗え! オレは皿洗いの
「……アライモノオワリマシタ」
「ふふふふっ。ありがとうございます」
洗い物を引き受けたの、シエル先輩から逃げる口実だというのはバレバレの様子。
なんにしろ一日一善がまだだった。本日の徳を積むノルマが達成したそれに夕食奢ってもらって、何もせずに帰る外道も避けられたじゃないか。
出来る限りの恩返しはできて、徳も積めた。俗に言う一石二鳥ってやつさ。
「皿洗いを率先して行ってくれた人は、ご褒美があるべきかと思いませんか?」
「それなら御茶のお代わりお願いします。それ以外はお引き取りお願いします。マジで」
「これまでの中で一番の気迫。わかりました。本日は諦めることにします……」
この前のように頭を撫でられる気配を感知したので全力を持って拒絶しなければ。
あのさぁ。街で見かけたら無意識に目で追うぐらい可愛いって自覚もってくれない?
それに薄着よ? 自分の恰好を思い出して? 控えめに言って思春期の男の子のには毒なんだよ。
「それではこちらがご褒美の御茶になります」
「助かります。やっぱ麦茶最高っす。麦茶万歳」
「むむむっ」
不満そうに唸られても麦茶は渡しませんよ? このタイミングで麦茶愛好家になったので。
ずっと心臓の鼓動が鳴っていて落ち着かなかった。冷たい麦茶を飲んでやっと一息つけた。
「夕食、また一緒に食べませんか? 次はカレーうどん、なんてどうでしょう!」
小休憩をしていると、朗らかに微笑むシエル先輩から夕飯を食べようと誘われる。
「それはいいっすけど……」
「よかった! 厚かましいと、しつこいと断られるんじゃないかって不安でしたから」
「迷惑じゃないなら断らない。だけどさ。理由ぐらいは知りたいよ」
シエル先輩からの誘われたら、オレの方から断ることはまずない。迷惑じゃなければ良い返事で返すさ。
だけど誘う動機を知りたいとも思う。嘘か真かは置いておいて、彼女の口から話してほしかった。
「1人よりも2人で一緒に食べる方が、きっと楽しくて、更に美味しいと思うんです」
「……それは」
「天王寺君のご両親がお仕事で忙しいのは承知しています。でも、あんな広いリビングで、1人ご飯を食べるの寂しいじゃないですか」
自宅のリビングで一瞬寂しそうな顔を浮かべていたのは見間違いではなかったのか。
平日1人で食事を摂っているのを彼女は慮って悲しそうにしていたのだ。
リビングで1人で夕食を摂るのは日常茶飯事だ。それに心寂しさを抱いてるのも認めよう。
だけどオレ自身が望んでいることだ。
家族団欒をするべきなのは
彼と両親はずっと衝突していた。家庭方針に反発して最後家を出てしまった。
天王寺瑚太朗にとって両親は良い家族とはお世辞には言えないのかも知れない。だけど両親は息子へと不器用な愛情を込めていたはずなんだ。
明日を生きたいと願った1人の少女と、生きることを諦めていないと叫んだ彼の背中を押したのだから。
だから家族からの愛情にも逃げてしまう。
無償の家族愛は彼が向けられるべきだと、胸が張り裂けてしまいそうな罪悪感に襲われるんだ。
「……どうかな? 独りは慣れている」
「嘘が下手です。そんな苦しそうな顔して、説得力がありません」
自信たっぷりに答えたはずなのに、何事もないように振る舞ったのに彼女は仮面を剥がしてくる。
強がらなくて大丈夫だと、ありのままの感情を吐き出していいと優しい瞳が訴えてくる。
「となり、座ってもいいですか?」
無視をして突き放す態度をとっても、顔を顰めることもなく優しい笑顔で隣に座る。
その距離はお互いの肩がくっつきそうで、望めば彼女の細くて白い手に触れることが出来る。
バスに乗っている時と、比べ物にならないぐらいにオレたちの距離は近かった。
拒絶すべきと頭から命じられても、胸が暖かさを覚えてしまって実行できない。
思考とは裏腹に、抱いた感情に従うよう思いを言葉にしていく。
「……認めるよ。あの家で独り食べるのは寂しい。アンタからの誘いは、毎日したいぐらい魅力的だ」
「毎日でもいいんですよ? 大事な後輩君なら大歓迎です」
冗談のように聞こえるが、そうしてほしいと頭を下げたら、この人は有言実行するだろう。
朝は偶に一緒に登校して、昼休みは他愛のない雑談をして、放課後は先輩と一緒にご飯を食べる。
そんな幸せな毎日、想像するだけで胸が満たされていく。誰かがちっぽけだと嗤おうが、それだけの価値と、贅沢な至福だと、心から笑って返せるよ。
その明日を迎えるために、毎晩囁いてくる、何かを成し遂げろと不確かな使命感もきっと耐えきれる。
「……一つさ
「
意外な申し出に彼女は目を見開くが、不安を取り除くように柔らかくう微笑んでくれる。
これは幻想に恋焦がれた気の迷い。この行為は自分の首を絞めるだけの無駄な行い。
それでも他の誰でもなく、この人に話すべきだと……いいや、話したいと思った。
「——1人の子供がいた。ソイツは特別な力があった。願えば自分の身体を書き換える力。頭が良くなりたいって願ったら賢くなるし、足が速くなりたいと思ったら速くなるんだ。上手く使えば、世界を救うような力だって手に入る。そんな便利な力さ」
「お話を聞いてる限りでは便利に聞こえます。真に無償で願いを叶えることができればですが……」
「察しがいいな。代償はもちろんある。一度書き換えたら2度と戻せないし、寿命も削れる。使えば使うほど、身体と精神の崩壊する可能性もあって、それを免れても——最後には永劫に生きる存在になるんだ」
「……永劫に生きる存在ですか」
独り言のように小さな呟きは、静かなリビングに響いたように聞こえた。
顔を伏せている彼女は何を考えているのか。他人の思考と心情を覗き見る術のないオレは読み取れない。
シエル先輩が
「その子供は願ったのでしょうか? 例えば、誰かを助け出したいから力が欲しいとか」
「いいや。なにも。痛いのも怖いのも嫌で臆病な奴だから。街に脅威が迫ろうが、訪れていようと力を活かすことを放棄した。犠牲者にも目を瞑って、死にたくないから、普通で在りたいから目を背けたんだ……」
書き換えれば寿命を減らす。一度上書きすれば元に戻れず、普通の人間というレールから2度と戻れない。
オレにはない。書き換える強い願いも、想いも、約束を叶えると、本物の彼のような強い意志が。
普通で在りたい、死にたくないと、我が身可愛さで、世界を救える可能性がある能力を腐らせている。
「特別なのを黙って、周りには同じ存在だって騙して、守ることも戦うこともしない。そんな奴が幸福を望むのズルじゃないか……」
嗤った。ただ嗤った——開き直る事もできない中途半端な自分を嘲笑う。
力を隠すと、誰にも明かさないと、使わないと、そう決めたのに罪の意識に囚われてしまう。素性を知らない誰かの明日を見捨てた。救えたかも知れない人を、我が身可愛さで切り捨てたというのに。
家族や、友達と、誰かと一緒に過ごしたい? 親睦を深めたい? ——そんな資格がどこにある。
常人で在りたいと願った。未来がどうなるのか知った上で普通を選んだ。他の誰でもなく、己の意思で。
彼女と放課後過ごすことを楽しいではなく、食事の準備をしている後ろ姿を眺め幸せだと抱いた。
なら幸福へと手を伸ばすのは不公平だ。自分の幸せを望むのは我が儘だ。
これまで秘密にしていた感情を吐き出した。隣に座る彼女の顔を見る勇気はなく瞼を閉じて俯いた。
御伽話は誰を指しているのかをシエル先輩は見抜いている。未来永劫に生きる存在に成ることも話した。
先輩という立場を捨て、次の瞬間代行者として責務を果たそうと動いても不思議じゃない。覚悟を決めたのに相手の反応に怯える有り様は臆病者そのもの。
どこまでも中途半端。不甲斐なさと、情けなさは醜態を晒して、さぞ滑稽に映るだろう。
「——いいじゃないですか。幸せを望んでも」
だから——優しい声色で肯定する彼女の言葉に耳を疑い顔を上げてしまう。
咎人の懺悔を受け入れるように彼女は優しく微笑んでいた。不安を取り除くよう、オレの手をそっと握る。
「力を使えば救えた命もあったでしょう。力があるのに立ち向かわなかった事を知れば非難する人もいるでしょう。ですが、特別な力があるからといって、活かす生き方を必ずしも選ばなくていいんです」
「必ずしも選ばなくていい……?」
「どのようにして生きていくか、人生という道を決めるのは他の誰でもない自分自身。死にたくないとは誰もが思うことです。その人は普通で在りたいと、望み選んだ。それを批判する権利は誰にもありません」
「人を救うことだって、簡単にできる奴なんだぞ……?」
「命を賭ける以外にも人を助ける方法は多くあります。ボランティアに参加したり、道で困ってる人に手を差し伸べたり。これも立派な人助けですね」
「……世界だって救えるかも知れないのに?」
「世界を救えるとしてもです。それに1人の犠牲で救われるようなら、その世界は滅んでも仕方がないかと」
「はははっ……なんだよ、それ……」
我慢ができずに笑ってしまう。真面目に奴が聞いたら無責任だと憤るだろうなきっと。
だけどオレにとって、普通に生きていいと認められたようで嬉しかった。
救えと、力を使えと、囁いてくる言葉にこの生命が尽きるまで抗うことが出来る。大袈裟に思われるだろうが、さっきの一言にそれだけ救われたんだ。
「……誰かさんのせいで御伽話の続きを忘れた。だから閉廷、解散ってことで」
「それは残念です。続きを思い出したら、また聞かせてくださいね」
「気が向いたらな」
「期待して待っています。ところで明日、カレーうどんを食べる予定なんですが——ご一緒にどうですか?」
穏やかに微笑みなから、明日も一緒に食べないかと彼女は誘ってくれる。
これからも両親に罪悪感は消えることはないだろう。クラスメイトとの距離も、中途半端で進歩することもないかもしれない。
隣に座る彼女ともいずれ別れがくる。それはどうしようもなく、変えようのない未来。
「——ああ。明日も来るよ」
だから沢山の思い出を作りたいと、贅沢な幸せを噛み締めたいと感情に従うことを選んだ。
溜め込んでいた欲望に一度火が付いたら止まらない。贅沢な幸福を強欲に求めてしまう。夢中だって指摘されたのは否定できなくなってしまった。
なんたって幸福だって感情を抱いてしまった相手は、紛れもないシエルなのだから。
彼女の温もりをもっと感じていたいと、忘れないようにと手を握り返す。
「……しばらくこのままでいさせてくれ」
彼女は笑いながら頷いてくれる。
この瞬間を記憶と魂に残すように。この熱を身体へと刻み込むまで、シエルの手を繋いでいた。