盗賊の少女とドロスの英雄 作:ヽ(´▽`)/
あれからしばらくの時が経ち、アグライアはオクヘイマで、オルフェウスとサフェルはオクヘイマの外で、それぞれバラバラに生活していた。
しかし、オルフェウスとサフェルは同じオクヘイマの外にいることもあって、度々出会っていた。
そうした日々が数十年続いたある日、サフェルは昔のアグライアの言葉を思い出した。
『あなたは私が世界に捧げる真心であり……同時に世界が私に課した試練でもあります。』
かつて、オクヘイマの金織はサフェルにそう言った。
彼女にとって、サフェルはそれほど価値のある存在だと。
ならば、もう一人にとってはどうだろうか?
もう一人、サフェルを教え導いた者にとって、彼女はどのような存在なのだろうか?
ある日の彼女は、ふとそれが気になった。
一度気になってましえばその問いは頭から離れず、喉に刺さった魚の骨ように、ふとした時に彼女の心を掻き乱す。
彼女は悩みに悩んだ末、本人を呼び出して聞くことにした。
「どんな些細なことでも呼べって言ったんだから……いいよね?」
目印を置くにもなにを置けば良いのかと悩んだサフェルは、そこら辺に転がっていた適当な棒に、同じように落ちていたボロ切れを巻きつけて即席の旗にして地面に突き立ててみた。
すると、約二分後
「よぉ、久しぶりだな。セファリア……サフェルって呼んだ方がいいか?」
「別に、どっちでもいいよ」
オルフェウスは彼女を監視していたのではないかと疑いたくなる速度で現れた。
そして、二人は近くのちょうどいい高さの岩の上に腰掛けた。
「そうか。んじゃセファリア、なんの用だ?」
「……ずっと昔、裁縫女は私のことを『世界に贈る真心だ』って言ってた」
「……同じような話を俺も聞いたぜ。それで?」
いざ、いざ口に出して問おうとすると、躊躇いがその唇を重くする。
目の前のオルフェウスは不思議そうに首を傾げながら、次の言葉を静かに待っている。
「あんたは、なんであたしに詭術を教えたの?」
「─────、今更、そこ気にすんのかよ」
「っ、いいでしょ別に!話してくれないならもう……」
「まぁ待てよ、話さないとは言ってねぇだろ?」
恥ずかしくなってどこかに行こうとしたサフェルをオルフェウスが引き止める。
しかし、彼はそのまま何も言わず、何かを考えるように視線を空中に漂わせた。
「……遺産、そうだな。お前は遺産だ。英雄たる俺がこの世界に唯一残す、俺が生きた証だ」
彼は静かに言葉を探しながら、ぽつりぽつりと過去の回想を始めた。
それは、カイザーの火を追う旅が失敗に終わった時のこと。
女皇、カイザー・ケリュドラ、その英傑の死に人々は歓喜した。
悪魔のような暴君が消え、平和が戻ってくると、人々は謳った。
悪魔?その悪魔がいなければ、このオクヘイマはどうなっていたのか、誰も覚えていないのかと、彼は問いかけた。
返ってきたのは、沈黙もしくは歓喜に水を差すなという声だけだった。
それから十年、二十年と時が過ぎ去ると、かつてオンパロス全土にその名を響かせるまで後一歩だったはずの女皇の名は、どこに行っても聞くことがなくなった。
時が経つにつれ、彼女の存在は人々の記憶から消え、ただ歴史書や記録の中にその姿を留めるだけとなった。
その言葉、その姿、その功罪。
全てが過去に取り残され、消え去ろうとしていた。
その時初めて、彼は恐怖を覚えた。
自らの死後、その後に何が残るのだろうか?と。
何も残すことなく塵に還る英雄に、一体なんの価値があるだろうか?
「……だから、お前を育てていたアグライアに手を貸すことにしたんだ」
彼は深くため息を吐いて、また深く息を吸ってもう一度話し始めた。
「俺を覚える人間が必要なんだと、思ったんだ。カイザーはそれをほとんど殺したから誰の記憶にも残れなかった。もし、お前が俺のことを覚えたまま長生きしてくれれば、俺が死んだ後でも俺の名はオンパロスに残り続ける。そうだろ?」
「長生きって……あんたも黄金裔なんだから──」
「
その言葉にサフェルは驚いて目を見開いた。
それはつまり、彼は自身の死期を悟ったとでも言うのだろうか?そう聞き返そうとしたその時、彼は徐に立ち上がった。
「まぁつまり、お前は生きろ。生きて俺の偉大さを後世に語り継げ……それだけだ」
次の瞬間、彼はその場から消えていた。
詭術の半神を上回る速度、そこにどのようなカラクリがあるのかすら今のサフェルにはわからなかった。
そして、数百年の時が過ぎ、空に一条の流星が走る。
それはある語り部の瞳には待ち望んだ吉兆として映り、またある黄金裔の瞳には、危機を知らせる凶兆であるように映った。