「おことわ「あぁ。言い忘れていたけれど、拒否権はないわよ?」
……」
悪びれる様子もなく、しかも笑顔で権利を否定した。
この上官。いや、皇女殿下と本来ならば呼ばれるべき女性は、ニマニマとまるでイタズラに成功した子供のような笑みを浮かべる。
「いや、そもそも…
私は士官学校を卒業しておりますし、今年で23歳を迎えます。今更大学入学したとしても意味が無いでしょう。
なにより入試を乗り越える学力がありません。」
そう言い返された皇女は、人によってはその整った顔面に一発お見舞いしたくなる笑を崩さない。
なにか反論する訳でも無く、1枚の紙を二人の間にある長机の上に置いた。
「これは…」
「んふふ。
驚いた?あなたの入学許可証よ」
触れずとも高級なものだと分かる紙には、達筆な時で入学を許可する旨の内容。『リアリス・カグラ』の名前がしっかりと記入してあった。
「どうやって入手したのですか、こんなもの」
全く身に覚えのない自分名義の入学許可証を差し出した皇女を睨みつける。
「そう怒らないでちょうだいリア。
血と硝煙にまみれた学生時代をやり直せるのよ?」
「血と硝煙?
そんなものよりも偽名を使った皇女殿下のお守りと、世間知らずに振り回されてばかりだったのだけれど。」
「でも楽しかったでしょ?」
リアリスの言葉を聞いて悪びれる様子もなく言う皇女を、何言ってんだこいつ…とばかりに呆れ半分でさっきよりも鋭く睨みつける。
「あなたのお守りの苦労より楽しかった思い出が本当に勝ると思うか、その少ない胸に手を当てて考えなさい」
リアリスにコンプレックスを刺激されて、胸を手で隠してながら顔を赤くする皇女。
元々大してない威厳をさらに失いながらまくし立てる。
「だって仕方ないじゃない!
ちょうど内乱の真っ最中だったのだから。議員にあんまり好かれてない私が軍部を抱き込む必要があったのよ。
兄様はヘタレで役に立たないし、パパは穏健派という名の優柔不断だし。
というかあなた!また胸の話したわね?!」
「おいたわしや皇女殿下。
女王陛下は世の男を全て虜にしても余りある御身だと言うのに…
遺伝とは残酷ですね。」
「うっさいわよ!
ぶっ殺すわよ?!」
「それは名案だなツェツィ。歴史に名を刻めるんじゃないか。
恩人を処刑した冷血の皇女殿下としてね。」
真っ赤になった顔は、女王陛下由来の銀糸のような髪と相まって、今にも破裂しそうほどになっている。
唇をプルプルと震わせて何か言いたげな様子ではあるが、それをグッとこらえて椅子に座り直す。
「そ、そんなことより!
話を戻すけど、あなたは入学試験を受けたじゃない。何人かの名のある軍人に受けさせて1番点数の良かったあなたをこの任に当てるわ」
何人にも受けさせている当たり、ちゃっかりしてるなぁ。と思いつつ、リアリスは入試なんて受けた覚えがないぞ、と記憶を掘り起こす。
そもそも、最近の業務といえば部下や部隊などの教育。それに付随する書類作業。あとは今年から始まったやたらと難しい知能テストくらいだ。
「まさか、あのテスト…」
「んふふ。そうよ。
さすが、士官学校第2位の優等生さんね。」
「まぁ…
適正があるのはわかった。でも今更大学生?この歳で制服着てさすがにコスプレにならないと思うけど、22で入学は怪しいんじゃない?」
主に初等中等高等に3分される教育。その最後たる高等、つまり大学を順調に卒業すれば22になる年に卒業。
今リアリスが入学すれば卒業生と同い年の新入生という何とも摩訶不思議な人物が出来上がってしまう。
「この大学ならそんなことないんじゃないかしら?」
皇女が入学許可証を指さす。そこにはこれまた達筆な字で帝国学園大学と記されている。
「よく見たら人類の最高峰じゃないか…
いったいいくら包んだんだ?国家予算には手を出してないだろうね?」
帝国学園大学。かつてこの国が帝国と呼ばれていた600年前から存在する人類で最も歴史の長い大学。帝国時代の繁栄と英智の象徴であり、偉人と呼ばれる人物の多くが帝国大学出身だ。
「あなたはなんとも光栄な事に4月から帝国大生よ。ここまで話は進んでるの。拒否権がないのは当然よね♪」
「……」
皇女、皇族というのは、今となっては名前ほどの権力を誇るものでは無い。
まず、司法や立法においてはなんの権限も持たない。主に扱うのは外交と内政。外交では条約やらの承認権を持つのと、式典に代表として参加するのも皇族であり、これが主な役割となる。
次に、軍事。帝国時代に軍事政権が祭り上げた名残で軍事機関のトップは皇族だ。自由に動かせる訳では無いが、戦時下となれば国防の為の全権を委ねられる。
もう1つ、緊急事態や即時対応が必要な場合の一時的な判断。ヤバい感染症が蔓延し始めただとか、政府と一般企業や宗教が癒着していたとか、内乱が起こりそうとか。こういうことがあった時、皇族は内政においても割と強めの権限を持つ。
とは言え、大学に対して裏口入学させろなんて言える権限は無い。
つまり、リアリスの目の前にある入学許可証は、相当な苦労の元に成り立っている。
「給料は弾むんでしょうね?」
「え?
あ、も、もちろんよ!」
「はぁ。
考えてなかったのか。」
「出張手当だけじゃダメ?」
「ほう?ずいぶんと人のことを舐めているらしい。
知りたいか?給料に不満を持ったヒトがどういう行動をとるのか。」
「不敬罪よ!」
「なに、心配する必要は無い。一通り暴力を奮った後には二度と生意気な口は聞けなくなるはずだからね。」
「ヒドイ事するんだ!いつぞやみたいに!」
「内乱を1年もかけずに収め、その主張を取り入れた政治さえも手がける英雄と呼ばれる存在が、あんな風に鳴くだなんて知ったら国民はどう思うのでしょうね。」
「性格が悪い。」
「これはこれは、皇女殿下直々にお褒めの言葉を賜るとは恐悦至極。特に特別作戦郡の指揮官には褒め言葉以外の何物でもない。」
「なーにが指揮官よ。軍配より銃を握っておきながら何を言うのよ。」
「あなたこそ軍配を握るべきだったでしょ?なのに何故、政権を握ってるのかしら?」
「不甲斐ない政治家が悪いのよ。」
「全く…
なんで政府の乗っ取りが出来て私の給料への気配りはできないの?」
「仕方ないじゃい。皇道派がこんなにも大きくなるなんて想定外。ちょっと助言して政権からは手を引くはずだったのに。」
「もう、いっその事、組閣目指したらどう?」
「そうなったら軍務相はあなたよ。」
「まさか、そのために…」
「違うわよ。
ほら、指令書。主な任務は要人護衛よ。」
「だれ?」
「何人かいるわ。他種族の王子に政治家家系の長男。他にもあなたの同級生は厄ネタの集合体。」
「私はそれを部外者から守ればいいの?」
「そうね。それぞれなお付きはいるだろうし。」
㊙と赤文字で書かれた冊子を受け取るリアリス。それなりの分厚さがあるそれをペラペラめくると、見覚えのある苗字ばかり並んでいた。
「で?私に任せたいのはこれだけ?」
無茶振りであることは疑いようもないが、こんなもの軍や警察に監視を強化させれば済む話。わざわざ内密に、裏口入学を使ってまで。。。。を送り込む必要は無い。
「さっすがー」
ニンマリと微笑む皇女はもう1冊、用心名簿より分厚い冊子をリアリスに渡す。
「本命は こ♡れ♡」
渡されたのはこれまた赤い文字で㊙と書かれた冊子。さっきのと違うところは『身辺調査結果報告書』と書かれていること。
その中を見ると、すぐに聞き覚えのある名前が記されていた。
「あなたの弟ね?」
「そう。正確には異母姉弟」
どうやって調べたのかは検討もつかないが身長体重から初体験の年齢と相手まで、気持ち悪い程詳細に記された身辺調査結果。シスコン拗らせて、私の宝に傷一つ負わせるな。と言うならまだ可愛げがあるといつものだが、この弟の事を皇女が嫌っていることをリアリスは知っている。
「護衛については、あなたの上官からまた通達があると思う。
けれど、これは皇女として貴方にしか頼めない依頼」
今までとは打って変わって真剣な眼差しをリアリスに向ける。
「ツェツィリエ・フォン・アインツベルより以下の任を与える。
我が弟、タニマサ・アインツベル及びその一味の抹殺。属する反政府組織の特定または壊滅。
これらを特別作戦郡軍団長リアリス・カグラに命じます」
リアリスは考える。受け取らないという選択肢が存在しない以上は、良い面を考えるしかないのでは?と。
まずは…そう、休日出勤が無くなることだろうか。『学業に専念する』と言えば、生ゴミの入った真夏のごみ箱を開けた瞬間のような、そんな最低最悪の気分にならずにするだろう。
後は、遊んで学んでとするだけで給料が入る事だろうか。いやはや、よく考えなくてもそれは素晴らしいことだ。
他には、むくつけき筋肉共とおさらばできることだろうか。軍隊とは、往々にして男所帯である。リアリスにとってはだからなんだ程度にしか思わないが、やはり同性がいる環境というのは素晴らしいものだろう。
『やりたくない』を上回る利点がある。そう結論付けてリアリスは誰にも聞こえないくらい小さくため息を着く。
「しゃーなしやぞ」
捨て台詞のようにそう言って、差し出された書類の束を手に取った。