もんむす・くえすと! ぱらどっくすRPG きつねのお話 作:ケルル(ハーメルン始めました)
「ま、魔王様⁉何をしているのですか⁉」
さくらがイリアスヴィルにある宿屋に駆け込んで初めに目に入ったのは、二人組による争いである。その二人組というのは、一方はラミアであり、もう一方は天使のようであった。
二人組のうち、ラミアの方がさくらの方に気が付いたようだ。掴み合いをしながらもさくらの方に言葉を投げかける。
「…その声、誰かと思えばさくらではないか。ここに何の用だ。」
「いやいや僕よりも魔王様こそ、そちらの方と何をしているのですか。」
その魔王と呼ばれたラミアは、さくらと話しながらも天使に対して右ストレートを決めていた。その一撃を食らいながらも、天使はラミアにはないその足で必死に蹴りを入れていた。
「見て分からぬか。この性悪女神を成敗しているところだ。」
「誰が性悪女神ですか!この悪辣魔王!」
魔王の声に憤慨した天使はその小さな手のひらに目一杯力を込めて、怒りのままに魔王に襲い掛かった。魔王はその拳を受けながらもその天使の体を蛇のような下半身で雁字搦めに絡めとった。体を巻かれてしまった天使は「放しなさい!この!」と言いながら魔王の体に嚙みついている。
…最早どこからどう見ても地獄絵図である。
「ええぃ、このままでは埒が明かんわ!さくらよ。貴様も加勢しろ!」
「え?え⁉ま、まずどのような状況なのですかこれは。」
魔王の言葉にさくらはすぐに首を縦に振ることはできなかった。というよりもさくらは、そもそも状況等が呑み込めていないのである。自分の敬愛する主人の仕えるお方がこんな田舎にいて、更に名も知らぬ天使と争っているという始末。
未だに混乱しているさくらのことを、魔王と争っている天使が気付いたようだ。さくらが復帰するよりも早くその天使は、さくらのことを睨みつける。
「おのれ魔王よ…!魔物に増援を求めましたか。このか弱く美しきこの女神を倒すためだけに穢れた魔物の助力を乞うとは…。卑劣な魔王が考えそうな手ですね!」
「なんだと貴様ぁ!」
魔王は女神の言葉に怒りの表情を最早隠さなかった。先ほどよりも左腕に力を込めて、勢いを着けて女神の顔面目掛けてその拳を突き付けた。その勢いはとどまることを知らず、その天使の顔にめり込む形となった。これにはさすがの天使の方も堪えたらしく、よろよろと後ろに数歩後ずさる。
「…やってくれましたね。ですがこれしきの攻撃でこの私が倒されるはずがありません!」
その言葉を言い放つとともに体制を立て直した天使は魔王に再度殴り掛かる。その顔に青筋を立てながら。
(ど、どうしましょう…。今からでも宿屋の外にいるキリス様に協力を仰いで、この喧嘩を止めたほうがいいですかね…。)
さくらのことは最早二人の眼中にはなかった。先ほどさくらに声をかけた魔王も天使のことで精いっぱいなのか、それ以上の指示は今のところない。それよりさくらとしては魔王に助力するというよりも、この二人の喧嘩をどのように止めるかを考えていた。
そうして打撃音が鳴り響く中、宿屋のドアをノックする音が二回なる。そうして失礼すると言いながらキリスが入ってくる。
「さくら君大丈夫かい?先ほどよりも漏れている騒音が大きくなっているようだが…。」
宿屋に入ってきたキリスはそう言いながら周りをキョロキョロ見渡している。それはさくらを探しているのか、又はこの騒音の原因を確かめているのか。どちらか、若しくは両方であるかは分からないが、それを確かめるよりも前にさくらがキリスにSOSを出した。
「キリス様。どうか助けてください!僕だけじゃ止められません!」
キリスがこの宿内に現れたこと。それは正にさくらに希望の光が差し込んだ瞬間とも捉えられるだろう。さくらではこの喧嘩を仲裁するどころか、魔王様側に加担したと勘違いされることによって助長しかねない。そのような展開が読めているさくらにとって今欲しかったのはどちら側にもつかない、所謂第三陣営というわけだ。
よってキリスは、その条件に最も適した人物であろう。
「助けてくれ、と私に言われてもね。そもそもこの状況が理解できていないのだが…。」
キリスに助けを乞うさくらであったが、流石に来たばかりのキリスは困惑を隠すことはなかった。前提として、キリスはこの魔王と天使の拳による争いなど知らないのだから。助けてくれと言われても、そもそも何の話であると逆に聞かれてしまうのがオチであろう。
さて、さくらとキリスが困惑している中、動き出したものがいた。それは魔王でも天使でもなく、キリスでもなく、キリスの周りを漂う四つの光であった。その光達はキリスの元を離れたかと思えば、天使の周りを回り始めた。その行為は天使を守るというよりも、どちらかと言えばその場より動かせないようにしているように見られる。
「は、離れなさい!得体の知れないものよ、私から離れなさい!」
天使は彼女の周りを飛び交う光達を払いのけようと、両手をがむしゃらに振り回した。しかしその光達は彼女から離れるどころか彼女に対して更に纏わりつくように浮遊していた。緑色の光に至っては、その天使の顔にぶつかる様にしていた。
この事態にさくらは勿論のことではあるが、その光をいつも周りに漂わせているキリスでさえも話すことさえせずにその場に固まってしまった。
「…えっと。助けて頂き、ありがとうございます?」
「…まぁ、そういうことにはなるな。はぁ…。あいつら、いったい何をしているんだ…。」
キリスはさくらの感謝?の言葉に答えながらもため息をつく。キリスはさくらのことよりも自身から離れて、天使と戯れだした光達の方に興味を向けていた。いや、興味というよりもそれは心配であったかもしれない。
「うぅ…、さくらよ、少し手を貸してくれ…。」
「あ、魔王様。今行きますね。キリス様、天使様の方をお願いします。」
「よろしくと言われてもねぇ…。」
先ほどまで天使と争っていた魔王は、天使が光と戯れて初めて少し気が向けてしまったのか、その場でへなへなと座り込んでしまった。さくらは恐らくそのサポートにでも呼ばれたのだろうか、魔王の傍に駆け寄る。残されたキリスはさくらが駆け寄ることを見送った後に天使の方へと視線を向けて歩み寄る。
そうしてさくらが魔王の手当てを始めだしたとき、宿屋の扉が力強く開かれる。そのドアを開けて入ってきた少年はキリスと似た服装をしていた。その少年は宿屋に入ってくるなり、さくら達を見て言った。
「いったい何事⁉」
………
「すまないね。お茶までご馳走になってしまって。」
「いや、それはいいんだけど…。」
現在、比較的落ち着いているキリスが店に入ってきた少年と話している。少年は店に入って来るや否や、喧嘩の制止を言動で呼びかけるとともに、人数分のお茶を入れて渡していた。現在、それにキリスは舌鼓を打っていた。
「それで、誰なの?君たち。」
「おっと、私としたことが。自己紹介が遅れてしまったようだね。」
キリスはそう話すと右手に持っていた湯呑を受付として使われているテーブルに一度置くと一度立ち上がった。そうして少年に向き合い一度軽く礼をする。
「私の名前はキリスだ。どうかよろしく頼むよ。」
「キリスね。僕はルカだよ。」
「なるほどルカか。ルカ君と呼んでも?」
「別に大丈夫だよ。」
軽く自己紹介を終えたキリスは先程テーブルに置いた湯呑を持つと、ルカの隣にまた座った。後にキリスがお茶を啜っているとルカより質問される。
「それで…、この宿でキリスたちは何してるの?あんまり騒ぎを起こされると困るんだけど。」
「何をしているか。そうだねぇ…。」
キリスはそう言うと頭に手を当てて少し考える姿勢を見せる。そうして「うーん…。」とすこしうねっているとやがてルカの方にもう一度顔を向ける。
「少なくとも私はやってはいない。ただ連れの知り合いがどうやら揉めてしまったみたいでね。その鎮圧に駆り出されたのだとも。」
「ふぅん。連れってあの三人のこと?」
「一部正解だ。正確にはあの三人のうちの一人。銀尾の狐の魔物だけだね。」
ルカの問いにキリスは指を指しながら答える。その先には先ほどまで争っていた二人組とそのうち肌が紫色のラミアの方に対して包帯を巻いているさくらがいた。天使の方は未だに光達に纏わりつかれていた。
「僕としては何も壊さなかったからいいけど。ところで喧嘩の要因は何なの?」
「それはねぇ…。私というよりも当人たちに直接聞いた方が早いんじゃないかな。」
「そうだろう、さくら君。」
そういうとキリスは顔をルカからさくらの方に向けた。キリス自身はこの争いの原因を今市理解できていなかったのでさくら達にバトンタッチするのは当然と言えよう。声を駆けられたさくらはラミアの方からキリスの方に顔を向けた。
「はい、何ですかキリス様?」
「さくら君、この二人の争いについてここの店主ルカ君に説明できるかい。」
「い、いえ僕も途中から仲裁に入ったので、細かいことは分かりません…。」
ごめんなさい…とさくらはルカに頭を下げる。ルカは知る由もないがさくらはあくまでこのラミアと天使の仲裁に途中から参戦したのであって、事の発端は関与していないのである。さくらがルカに対して謝っているとさくらの隣にいるラミアが鼻をフンと鳴らした。
「なんだ。余はイリアスの企みを阻止すべく、こうしてここにいるのだぞ。せめて余がどうなろうともイリアスだけは叩き潰してやる。」
「魔王様、言葉遣いがかなり物騒ですが、あちらの天使様とはそのような関係で…?」
「さくら貴様分からぬのか。放っておけばイリアスはいたずらに人の心を惑わし、よからぬことをしでかすぞ。」
「そうなのですね。…というよりもあの天使様がイリアス様?え?」
「そうだ。さくらよ、気づかなかったのか?」
「…申し訳ありませんが魔王様。本当のことですか。」
「たわけ。ここで余が嘘をついてどうする!」
ラミアの思わぬ発言にさくらはポカンとしてしまう。彼女によれば、先ほど彼女と争い、そして宿屋にて現在進行形で光達に突かれている天使は、イリアス神殿にて祀られている創世の女神イリアスであるという。この発言がどこまで本当であるかは不明であるが、それが仮に真実であるとすれば、それは大変なことになるだろう。
「…ではその言葉が本当であるか確かめる必要があるね。」
その話をルカの隣で横聞きしていたキリスはその場で立ち上がり、自身の座っていた場所に湯呑を一度置いた。そうした後にキリスは顔を天使の方に向けた。
「君たち、話が聞こえていたかな?その天使から一度話を聞きたいから、一度離れてくれ。」
キリスはそう言い放つとその場で二回ほど拍手をした。すると天使に纏わりついていた光達がキリスの元へと戻っていく。そうして宿屋に入る前と同じように、キリスの周りを漂い始めた。天使の方は自分に纏わりつく光が離れて息も絶え絶えになりながら、キリスのことを睨みつける。
「おのれ…、魔王の、手先の分際で、この私に、対して偉そうな、態度ですね…。」
「別に私は彼女の部下でも何でもないけれど。それで、君は名をイリアスというのかい。」
流れるように天使が罵倒するが、それをキリスは気にも留めずに質問する。そして意味がないと思ったのか、その天使は少し息を整えた後に立ち上がってキリスのことを睨み返す。
「…えぇ。私は紛れもなく、創世の女神イリアスです。」
………
「え⁉本当にイリアス様なのですか⁉凄いです!」
「ふふん、分かる魔物もいるではありませんか。」
キリスが天使に質問したところ、彼女は自身のことをイリアスと名乗った。それに対してさくらが感銘の声をあげる。その声が嬉しかったのかどうかは知らないが、イリアスは少しご機嫌な様子だ。
「…で、さくら君が興奮しているところ悪いが、魔王と女神はこんな村の宿屋に何の用があってここにいるんだい?」
キリスは彼女がイリアスというのは案外どうでもよさそうにしている。それよりもキリスは先程よりずっとのらりくらりかわされ続けた話題の方が気になるようだ。
「私ですか。人々に仇を為す魔王を打ち倒し、その忌まわしき血筋に終止符を打つためにここに馳せ参じたのですよ…!」
「なんだと!ではあのウサギも貴様の刺客というわけか!」
「何を言っているのです、心当たりなどありません!私の有様こそ、あなたの奸計なのではないのですか⁉」
「魔王様、どうか落ち着いてください。」
「天使よ、また醜い言い争いを引き起こす気かい。」
一度落ち着いたはずの二人の言い争いが今一度ヒートアップしていた。このままでは再度喧嘩が引き起こされてしまうと察したさくらとキリスは二人を止めにかかる。
そうしてワチャワチャしているうちにその様子を見ていたルカが口を開く。
「魔王と女神なら仲が悪いのも納得できるけど…、聖魔大戦ごっこなら外でやってよ!店の中で暴れないでよ!」
ルカが暴れそうな二人に対して言い放った。この言葉に魔王と女神は止まるかと思ったが…。
「くっ、このザマでは余の威厳も実力も伝わらんか。ただの青二才でさえ、素性を疑われるとは…。」
「あぁ、なんと口惜しいのでしょう。私こそが創世の女神であること、信じてもらえないとは…。」
全く懲りた様子を二人は見せなかった。何なら自身の肩書が譫言うわごとの様に捉えられてしまっていることに対して悲壮感を抱いている感じがする。その様子を見ていたルカは気にしたら負けだと思ったのか、二人に対して続けて質問を投げかける。
「それで、なんでプチ聖魔大戦が僕の家で行われているの?旅に出る身とはいえ、家を荒らされると困るんだけど。」
ルカは更に疑問を二人に問いかける。この世界の勇者といえば洗礼の議を受けてから旅立ち、後に世界各地を回り困っている人を手助けするというものである。ルカも先ほど聖霊の議を受けたことから、その先例にならい勇者としてこの後この村から旅立つのだろう。その前に自身の受け持つ宿を荒らされてしまっては旅立ちどころではなくなってしまうかもしれないことからこの疑問はごもっともだと言えるだろう。
「諸事情で、とある魔物を探していてな。しかしこの貧弱な身一つでは心許ない…。」
「人には窺い知れない事情で、行くべき場所がありまして。しかし、この弱々しい体では危険も多く…。」
「そういうわけで、貴様を旅の共にしようというのだ。ちょうど今日、旅立つ少年がいるという話を聞いてな。」
「…退きなさい魔王。ルカにはずっと前から私が目を付けていたのですよ。」
どうやら話を聞くに、二人とも何か探し物をしているらしく、そのための旅のお供としてルカの目を付けているらしい。確かに二人の体は子供のような体系であり、余程じゃないが有事の際には対処できないと言えるだろう。そこで勇者として旅立つ彼の力を借りようという算段であるようだ。ここまで話を聞いていたルカは、ある点に対して二人に問いかける。
「信じるわけじゃないけど。魔王と女神なんだろ?配下なんていくらでもいるんじゃないの?」
旅のお供として誰かを連れていくのはまだ納得できる。しかし目の前の二人は自称魔王と自称女神である。となれば自分などよりも腕の立つものや信頼できるものがいるのではないか、とルカは疑問に思ったわけである。その疑問もごもっともであるとは思うが二人はそれに対しこう返す。
「現在の状況に、不明な点が多い…。四天王でさえ、その消息は知れんのだ。誰が敵で誰が味方かも不明瞭である現在。下手な動きは危険。ここは隠密にことを進める必要があるのだ…。」
「私の声が、何故か天使達に届かないのです。一体どういう事なのでしょう…。黒のアリスやらプロメスティンに、今の私の状況が知られてしまったら…。…あの連中の喜ぶ顔が、正しく目に浮かぶようです。間違いなく、私の命はないでしょう…。」
女神は何やら涙目になってはいるが、魔王は一応筋の通った理由であった。恐らく彼女の周りは今現在混沌と化しており、誰として頼れる人もいないのだろう。それにより下手に頼ることが命を棒に振ることにも伝わるのかも知れない。そんな様子であった。
「さくら君、少しいいかい。」
「何ですか?」
ここまで部屋の隅で黙って話を聞いていたキリスはさくらに近寄り、小声で話す。さくらもそれに気が付いたようで、そちらに意識を傾ける。
「さくら君の仕事の一つは、魔王を名乗る彼女の助力を行うことなのだろう。何故彼女はこのことを知らないんだい。彼女が君を選抜したのではないのかい。」
「え?確かに…。僕は魔王様直々に指名を受けたわけではありませんが…。もしかしたら今現在心労の絶えない魔王様に対する、たまも様の一計なのかもしれません。」
「はぁ…。まぁ変なことでないことを祈るよ。」
キリス的にはさくらの仕事は、あくまで魔王である彼女が当然に関与していると考えていたらしいが、どうやらそれは勘違いらしい。しかしこの仕事を任されたさくらも、これについて何か知っていることも多くなさそうだ。キリスはそんなさくらを見てこれ以上は聞くことはしなかった。
さて、魔王と女神の話を聞いていたルカであったが、二人の言いたいことを理解したかはともかく、二人の話を要約した内容を投げかける。
「なんだか、事情がよく分からないけど…。つまり、僕の旅に同行したいってことだよね?」
「勘違いするな、余が貴様を供にするのだ。」
「何を勘違いしているのですルカ、あなたが私に尽くすのです。」
「………。」
魔王と女神はルカの言葉に対して即否定のスタンスを示した。あくまでルカを自分の旅の供とするというもの。それを言われたルカは複雑そうな表情だ。
「しかし、この女神を連れて行ってはならん。こいつの独善さは、いつか人間をも滅ぼしかねんぞ。」
「いいえ、魔王こそ同行させてはなりません。何を企んでいるか分かったものではありませんよ。」
「このゲス女神め!余は貴様が大嫌いだ!」
「私だって大嫌いです!」
「魔王様、どうか落ち着いてください!」
「君もだ自称女神。またここを喧嘩の舞台へとする気かな。」
またもや魔王と女神は火花を散らしあい一触即発の状態へと陥ってしまった。その状況にまずいと感じたのかさくらとキリスがそれぞれ止めに入る。さくらは魔王と女神の間に入り込み、魔王の方に向けてパーの手のひらを下にして上下に動かし、落ち着いてくださいとジェスチャーを行っていた。対してキリスは女神の後ろに回り込み、女神を羽交い絞めにして動けなくしていた。
「魔王の駒の分際でこの私を止めようなど!放しなさい!」
「だから違うと言っているだろうに…。この自称女神は人々の言葉を聞き入れる寛大な心すら持っていないのかい。」
女神はキリスの拘束から抜け出すべく、その身にある力すべてを使い、全身をジタバタとして対抗していた。しかし悲しきかな。キリスと女神の身長差としては拳一つ分しかないはずだが、その力の差は歴然としたものがあった。幾ら女神が足掻いたところで、キリスの腕の力が一切弱まることはなかった。
時間が経過し取りあえずは落ち着いたのか、両者間にあった緊張感はなくなっていた。キリスは暴れる可能性がなくなったと判断したのか、女神をその腕から解放していた。そうして魔王と女神はルカの方を見定めて言い放つ。
「さあルカよ、余の供となるがいい。こんな性悪女神、荷担するとロクな事にならんぞ。」
「ルカよ、私と共に行くのです。断じて、魔王に手を貸してはなりません。」
「………。」
ルカはどちらかを旅につれていく決断をしなくてはいけないようだ。両方断ったり、両方とも連れて行くことも出来ないだろう。自称魔王と自称女神、どちらを連れて行くか、ルカは悩んでいた。
「「………。」」
キリスとさくらもこの光景を静かに見守っていた。さくらとしては魔王を連れて行ってほしいと助言した方が良い臣下と言えるのだろう。しかしそのような口出しはしなかった。何故だかそれをしてはいけない気がしたのだ。これは私たちが口をはさむようなものではなく、他でもないルカという勇者の決断によって定められなくてはいけないものと感じたからであろうか。
宿内が沈黙に支配される中、やがてルカは顔を上げて魔王と女神を見つめる。
その表情から察するに運命の決断が自分の中で決められたのかもしれない。
「僕は…。」
………
「お、おのれ…!覚えていなさいー!」
女神は宿の扉を開けて駆け出した。その表情は悲しげなものであり涙も浮かんでいた。その反面、勇者に見事選ばれた魔王はその後姿を見て口角を上げて笑っていた。
「くくく、負け犬め…。」
女神がやがて見えなくなるほど遠くまで走り去った後、魔王は笑い声を潜めてルカに話しかける。
「あの裏山であった以来ではあるが改めて自己紹介をしておくとしよう。余はアリスフィーズ・フェイタルベルン。今世の魔王、アリスフィーズ16世である。」
「よ、よろしく。」
「うむ、してこやつが…。」
「魔王様の忠臣の一人、さくらです。ルカ様、よろしくお願いします!」
アリスが自己紹介をすると、後にさくらがそれに続いて自己紹介をする。さくらはその時に自身のことを忠臣と言い切った。これに対してアリスが苦笑いする。しかし視線はキリスの方に向けられていた。
「さて、さくらと共にこの宿に入ってきた青年よ。貴様は何者だ。」
「…ん。私かい。私はキリスさ。会えて嬉しいよ。魔王様。」
壁側によりかかっていたキリスはアリスよりその名を聞かれたことで、改めて自己紹介をする。キリスはジッとアリスを見つめた後、アリスに話しかける。
「ラミアって本当に下半身が蛇状なんだね。…アリス君とお呼びしても?」
「うむ、余は寛大だからな。それくらいは構わぬぞ。」
「それで、アリスは本当に魔王なの?そういう遊びじゃなくて?」
「信じられないのも無理はない。この弱々しい肉体では信じるのも難しかろう。」
ルカは改めて質問してくる。自分が経営する宿屋に突然現れた少女が魔王であるなど、ルカにとっては信じられないのも信じられないのだろう。しかしアリスは寛大なようで、そのことも許容してくれるようだ。
「余の有様はなんらかの魔術によるものだ。退行魔術か何かで、こんな姿にされてしまったのだ…。」
「アリス君にそんな魔術をかけるとは…、命知らずも世の中にはいるものだね。」
「でも魔王ってすごく強いんだろ?いったい誰が、そんな魔術を駆けたんだ?」
ルカはその魔術をかけた犯人が気になるようだ。かの魔王に対してそのような魔術をかけるとは中々に度胸がある者であるようだ。
アリスはその疑問に対して答える。
「あれは数日前…魔王の間に、襲撃者が現れたのだ。いや…襲撃というよりもひょっこり現れた感じだな。」
「そいつは有無を言わさず、余をこの姿に変えおった。そしてそやつはこのイリアス大陸にいるとの情報があったのだ。」
「それが余の探しているウサギ…。訳の分からん事ばかりを言う、なんだかふざけた奴だ。」
「なるほど…。それでそのウサギを探しているってわけか。」
アリスがここまで答えたことによってアリスの旅の目的が判明した。アリスは自分をこのような姿にしたウサギを探し出すという物であった。しかしウサギを探し出すと言っても、この広大な大陸から探し出すのは簡単ではない。もう少し情報が欲しいところだ。
「ウサギって他に、何か特徴はないのか?」
「…白っぽかった。」
「………。」
それじゃ探しにくそうだな、という顔をするルカ。実際ウサギと言えば白い体毛で覆われている種が知られているからこそ、その情報ではきついだろう。
その様子を見ていたさくらが介入する。
「…魔王様、僕らきつねネットワークの情報によると、その魔物は人型で、白いマントのようなものを着ているというものがありますよ。」
「いやなんだい、その“きつねねっとわーく”とやらは…。」
今欲しい情報だけれども…、とキリスは頭を掻きながらつぶやく。
名前が今一よく分からないものではあるが、実際今欲しい情報を入手することができた。キリスは内心複雑に違いない。
「…そういうわけで余はウサギを探している。おかしなウサギを追って、旅をしようというわけだ。」
「なるほどね。」
「勿論僕も手伝いますよ!たm…、魔王様の危機に駆け付けなければ忠臣ではありません!」
(たまも君って言いかけたな…。)
キリスは目を細めてさくらの方を見る。先ほどのことから、さくらがここに来ていることがたまもの指示でことをアリスは知らない可能性がある。その上でさくらはそのことをごまかして、アリスのことを手伝うと名乗り出た。
若干出たが、バレなければ誤差である。
「うむ、その心意気感謝するぞさくら。しかしだ、ルカの旅の目的を聞く前に貴様に頼みがある。」
「はい。何なりとお申し付けください!」
アリスはさくらがたまもと若干言いかけたことには気づいていないのかは分からないが、触れないことにしたようだ。それよりもアリスはさくらに頼みたいことがあるという。
魔王直々の命令にさくらはビシッとその身を敬礼させて聞く体制へと移る。
「先ほどイリアスが情けなくこの宿から走り去ったのは見たな。」
「はい、この眼でしっかりと見届けました。」
「それで、だ。放っておけばあの女神は何か悪事をたばかるに違いない。」
「そうなのでしょうか。そうなのですね。」
「そうだ。それでさくら、貴様に頼むことというのはだな…。」
「今からイリアスを追い、そしてそのイリアスに対する監視役だ。」
「はい!…え?」