コンコン……。
小さなノック音。
時刻は二時過ぎ。研究の記録を眺めていたらすっかりこんな夜遅くになっていたみたいだ。
そんな時に俺の部屋にノックをしてくる奴は誰なのかと扉前のカメラを確認して驚いた。扉を開けると、布団を片手に握ったままのツルギが立っていたのだ。
「どうした、ツルギ」
俺は膝をついてツルギの様子を伺う。ツルギの顔は優れなかった。
「パパ……」ツルギがか細い声を出す。「怖い夢を見たの……」
怖い夢。なるほど。だから俺のところに来たのか。
「……中に入れ」
とりあえずツルギを立たせたままにはいかないと中に入ってもらう。怖い夢を見て眠れないくらいなら俺じゃなくても頼れる大人がここには多くいるはずだ。それにここからツルギの部屋まではそんなに近くはない。
「何か飲むか……」
言いかけて口を噤む。俺の部屋に子どもが飲むようなものはない。父親の自覚はないのかと言われればそうだが、そもそも赤ん坊だった彼女の姿を覚えていないのだから自覚をする方が難しい。
「ん……」
「ツルギ?」
あれこれと思案している内に、ツルギは俺のベットに勝手に横になっていた。布団を引きずってここまで持って来たのは、俺の部屋で寝るつもりだったからか?
「ねぇ、パパ」
「なんだ?」
ウトウトしながらツルギは俺に話し掛けてきた。
「おやすみの……チューして……」
「おやすみの……」
しかしそれはうわ言だったのか、ツルギはあっという間に瞼を下ろして眠ってしまった。そのうわ言はまだ続いた。
「あたしの……夢だったの……ドクターから聞いたの……パパとママに……おでこに……チューして……」
やがて解読不能な言語を話して静かになった。念の為額で体温を計ってみるが熱は出ていなさそうだ。
小さい。ツルギを眺めて俺はそう思った。俺が辛うじて覚えている幼少期、通路の隅で乞食をしていたのもこれくらいだったか。
お前は幸せ者だ、ツルギ。ここには食料に困ることも、頼れる大人がいないこともない。頼れる大人が、俺だったのは意外だったが。
俺が父親であることを思い出せないのは、やはり心が痛むところがあった。それでも今回俺に頼ってくれたのは、少しは親子らしくなれたのかもしれないと思うことにしよう。
「……これくらいいいか」
俺は、ツルギの要望通り、おやすみのキスをツルギの額に落とした。俺は床で寝ることにしたが、朝起きてツルギにギャン泣きされたのは非常に困った。
ドクターとソーンズの会話
「で、なんでツルギは泣いていたの?」
「俺のベットを奪ったことが相当悲しかったらしいな」
「へぇ……ツルギがそんなことで泣くとは思わなかったよ」
「ああ、俺も驚いた」
「もしかしてツルギは、ソーンズに慣れてきたんじゃないかな」
「俺に?」
「そうそう。ほら、よく言うでしょ? 里親に対して反抗し始めたり感情的になり始めた時にそこでようやく初めて本当の家族になるんだって」
「本当の家族……」
「そ。ツルギだけじゃなくてさ、マホガニーも、ちょっと大人っぽいところがあるだろう? 戦いの中でさ、どうしてもそうしなきゃならなかっただろうから、子どもらしさを忘れたのかもしれないけど……」
「俺が甘やかしたから子どもらしさを取り戻したのか」
「甘やかすって、ちょっとアレな言い方だけど……うん、そうだね」
「……そうか」
「君も父親をちゃんとやってくれているんだね。私には出来なかったことだよ」
「お前は赤ん坊の時からアイツらを見ていたんだろ? 俺よりお前が適任だ」
「そんなことないよ。君にしか出来ないことだった」
「……」
「ありがとう、ソーンズ」
おしまい