〜ソーンズ目線〜
俺が記憶喪失になる前、ロドスで大量に残した自分の資料には、様々な薬の調合方法が書き記されていた。
薬のことは、少しは覚えている。子どもの頃、枝を剣に見立てて振り回しては暇になると薬学研究の本を読んでいた気がする。その程度しか思い出せないが、自分の残した資料で薬を調合し続ければ、いつか失った記憶を取り戻せるのではないかと研究室に引きこもっているところだ。
「パパ、毒の作り方教えて〜」
俺の息子らしいマホガニーもいるが。
「毒の作り方は前に資料を見せただろう。俺は過去の自分の資料から神経毒を作っているだけだ」
俺の武器は神経毒を放出するという妙な剣だった。剣を握っていた記憶はある。だがいつから神経毒を使うようになったかまでは覚えていない。
「ぼく、パパが毒を作ってるのが見たいんだ〜」
お喋りなマホガニーはそう言ってデスクの上で伸びた。確かに俺はコイツらに我儘を言えとは言ったが、マホガニーに言う必要はなかったかもしれない。
「今日はもう充分作ったしな……」
と俺は作り置きの神経毒の入った瓶の並びを眺める。毒の作り方を覚えてはいないが、俺が残した資料でその通りに作り、ロドス・ラズハの任務に使っているのがその神経毒だった。
「そっかぁ」とマホガニーは落ち込んだかと思いきや、勢いよく顔を上げてこう言った。「そうだ! ぼくね、よく爆発する薬を作ってたんだよ!」
「爆発する薬……」
俺も記憶喪失になる前は爆発する何かを作っていたという話は聞いている。たまに俺も作っているが、なぜ爆発させていたのかまでは覚えていない。
「確か〜、これとこれを混ぜたら……」
研究室のデスクに置かれた薬の原液を二つ手に取るマホガニー。ちょっと待て、その薬は確か……。
ドガーン!!
想像していた爆発が起き、俺は咄嗟の判断でマホガニーの首後ろを掴んで庇った。研究室には大きな穴が出来たが、そんなことよりマホガニーが無事ならなんでもいい。
「ぼく、お部屋爆発させちゃった……」
と喋るマホガニー。いつもの大きな声ではない。喋ることが出来るなら元気そうだな。
直後、騒々しい足音と共に研究室の扉が開いた。技術部の人間だった。
「またソーンズか! 爆発はさせるなとあれだけ言って置いたのに!」
と技術部の人間は喚いたが、記憶喪失になる前から俺は研究室を爆発させていたみたいだから、珍しくもないのだろう。
「ち、違うよ! パパは悪くないよ!」だがマホガニーは俺の腕の中で暴れた。「あのね、ぼくがうっかりして薬の濃度を間違えちゃって……」
「大丈夫だからね、マホガニーくん。パパを庇いたい気持ちは分かるけど、今日という今日は甲板に吊るさないと怒りが収まらないんだ!」
しかし技術部の人間はマホガニーの言い分をあまり聞かずに俺を連行した。マホガニーがずっと俺の足元にしがみついてきたが、技術部の人間は全く聞く耳を持たなかった。
研究室を何度も爆発させるからという罰で甲板に吊るされるならまだマシだと思う。
昔はもっと……いや、やはり考えても覚えているものはないが、一日中宙にぶら下がっているだけでいいのならこの程度の罰は受けてもいい。何も手足が使えなくても頭が使えるからな。次の薬学研究のことでも考えてみるとしよう。
「ごめんなさい、パパ……」
ああ、足元にはマホガニーがいるんだった。俺が吊るされるのを止めようとはしていたが、アイツはまだ子どもだし今までの自分のしてきたことを考えると、技術部の人間は俺を吊るしたい感じだったし。これで怒りが収まるなら軽い罰だ。
「謝る必要はない。謝られるのは嫌いだ」
と俺が言っても、マホガニーの耳は下がったままだった。
「でも、爆発させたのはぼくなのに……」
「そうだな」
「それとも、吊るされるの好きなの? パパ」
「俺が好んでここにいると思うか?」
「ううん」
首を振るマホガニーを見、俺は考えてみる。きっと俺が正直にマホガニーがやったと答えても、あの子どもに甘そうな技術部の人間に通じるとは思えない。それに……そうだな、お前がマホガニーだからだ。
「俺がどう思うかは気にするな。これからどうしたいかを考えろ」
こんな言い方で果たしてマホガニーが元気になるとは思わなかったが、意外にもその耳が立って俺を見上げた。
「うーん、どういうことかよく分からないけど……」
とマホガニーが言ったから、やはりどんなに賢い子どもでもこういうのは難しいんだなと俺は考えた。だが何を考えたらいいかは分からなかった。俺がコイツを励ますと? どうやって?
「ぼく、パパがパパでいてくれて嬉しい!」
「……?」
さっきまであんなに落ち込んでいたのに、なぜなのか急にそんなことを言い出してあんな笑顔だ。子どもというのは忙しくてよく分からない。まぁ、泣かれるよりはマシか。
「あのね、パパ。さっきの爆発しちゃった薬は、分量を間違えちゃったんだと思うんだ。さっきは二対一だったから、どっちかを少なめにしたら成功すると思う!」
それどころか薬の話をし始めて、コイツも俺と同じであまり反省していないんじゃないかと思えてきた。俺の血は、本当に継いでいる気がする。
「爆発する薬なら、俺が過去に残した資料に作り方があったはずだ。これが終わったら試してみてもいいかもな」
「うん!」
薬学研究のことは覚えていない。だが、薬を調合することには興味がある。マホガニーは薬について詳しいみたいだし、協力する価値はあると思った。
のちにドクターが俺を下ろしに来た時には、マホガニーはその場でうたた寝をしていた。俺がマホガニーを抱えると、ドクターがこんなことを聞いてきた。
「マホガニーを抱っこするのも、慣れてきたんじゃない?」
「そうか?」
記憶を失って二年。二年もこの子どもたちに振り回されていたら、嫌でも慣れるものだろう。
「幸せそうに眠ってるマホガニーの顔を見たら分かるよ。ちゃんとパパをやってくれてるんだなって」
そう言ってドクターは先に歩いて行った。俺が何を答えても気にしないみたいに。
俺は抱えたマホガニーを見下ろした。マホガニーは、赤ん坊がよくやるようにいつの間にか俺の袖を掴んでいる。何か思い出せそうで、何も覚えていないことがここで初めて苦しいと思った。俺にも、こんな感情があったんだなとまるで他人事みたいに自分のことを客観視していた。
埋められない空白が今の俺で満たされるなら、少しくらいは。
俺はそんな考えを頭に浮かべながら、ロドス・ラズハに入って行った。
おしまい