九千文字って………。
吸血鬼が住んでいると言われる紅魔館。
外見は酷く赤色、中も外見に負けない程の紅色に染まりきっていた。どこもかしこも赤だらけ、長い時間この場に居たら気が滅入りそうになる程の紅。
吸血鬼の他の住民は魔法使いに悪魔、妖怪に妖精やら能力を持った人間と様々。そんな中唯一能力すら持っていない人間が住んでいた。
すぐに飽きて殺されるか餌になるだろうと誰もに思われた人間、そんな彼も今や主とその妹の執事、メイド長の友人、魔法使いと悪魔の話相手に妖怪との散歩相手。気づけば充分過ぎる関係を作り出していた。
だけどそんな人外の集まりの中に放り投げられた人間が充分な関係を持ったとしても完全に安心出来る訳もなく、心の奥底では殺されるかもしれないという恐怖に脅かされていた。
それを知ってか館の主達は黙っている。彼女らの食料がなんなのか、今まで幾つもの人間を殺してきたのかを黙っている。
その秘密を彼に教えなかった結果彼の中では彼女らは力を持った強い妖怪だが”人間を殺さない優しい妖怪”というレッテルを貼られた。その評価に彼女ら、いや館の主は酷く喜んだ。
紅霧異変で人間に倒され心に湧いたのは”人間による更なる興味”その興味の末に少女は彼を紅魔館に招待した。最初は飽きたら殺しでもすればいい、という軽い考えで。
だけども彼と過ごして一ヶ月、話が自然に進むようになった。そして二ヶ月、彼がいないと退屈になった、三ヶ月、彼がいないと不安に駆られた。そして五ヶ月程経ったある日、少女はそれを恋と自覚する。
魔法使いに対する友愛ではなくメイド長に対する信頼でもなく妹に対する家族愛でもない、恋愛だと。
五百年という長い年月が経っても尚捨てきれなかった女性特有の愛情。心が締め付けられる様な痛み、彼の事を思うと寝れなくなる眠り、彼がいない時の不安。
妖怪の頂点に立つ吸血鬼、人間の血を吸い、多くの魔法を使い、樹木を片手で持ち上げ光の様な速さで移動し多くの悪魔を使役する彼女。そんな恐ろしい彼女も彼の前では一人の女性に変わってしまう・
だからこそ、その人間を愛してしまった
嘘も貫き通せば真実になる、それも間違ってはいないかもしれない。だが、その”真実を貫き通す事がどれだけ大変”か、それがレミリアの頭を悩ませている。
犯した罪を隠す度に秘密は上から降り積もっていく。
気づけば十、気づけば百、気づけば千と溜まっていった。食事に余った人間の骨や部位を焼却し、調理の時間には厨房へ一切入らせず、一室丸ごとを使用して作った大きな食材保管倉庫には固く扉を閉ざした。
あらゆる手段を用いて秘密を隠蔽し続けるが今も尚増え続ける秘密。
その秘密がレミリアの首を絞めていた。
☂ ♥ ★ ♠
窓なんて物はなく、日光は一切差さない暗闇に染まった一室。そんな暗闇の中、手探りだけで電気スイッチを探していた。
何ヶ月もこの館で勤めているがこれだけは慣れない、いや慣れる術が無いと言ったところか。何故なら日にちが経つと共に電気スイッチの場所が変わっているのだから。
ある日は扉のすぐ真横に、ある日はレミリア様が寝ているベットのすぐ近くに、と。
外界では有り得ない出来事だがこの館の連中なら出来かねない。純粋な人間なんて俺ぐらいしかいないのだから。
実際に俺が今起こそうとしてるのも吸血鬼なんだよなぁ、と苦労の溜まった溜息を零すとふと右手に何かが当たる。
大きな扉から少し離れた場所にある箪笥のすぐ真横、左に倒されたスイッチを右に入れると天井にぶら下がる豪華なシャンデリアが光を灯す。
やっと見つけた、まさかこんな場所にあるだなんて。
苦笑いを浮かべながら扉前に置いてあるティーセットが乗ったキッチンワゴンを主が眠るベットの真隣に移動させる。
ベットの上には自らが仕える主の姿は無く、あるのは大きな棺桶。相変わらずのシュールな光景に乾いた笑いすら零れてしまう。
未だ熱さを秘めているティーポットの取っ手を掴み傾け、丁寧にティーカップの中へと注ぎ込む。
紅茶を入れるいい匂いに釣られ目を覚ましたのか、棺桶の蓋を横が横にずれるとそこからネグリジェ姿の少女が欠伸をしながら上体だけを起こした。
その姿に思わず鼓動が一度だけ大きく揺れ動くが、平常心を保ちながら主からティーカップへと目線を戻す。
ちょうどいい具合に溜まった所でティーポットを音を立ないように優しく置き、ソーサーの上に乗ったティーカップと金色に輝くティースプーン、そして忘れずに角砂糖を三つ程ソーサーの端に置き、ゆったりと寝起きの主に近づく。
紅茶に波紋すら描かないように丁寧に一歩一歩、零してしまうなんて以ての外だ。
寝ぼけ眼で俺を見つめる紅色の瞳にまたも鼓動が大きく動く。その鼓動を無視し笑顔を作りながら身を屈め口を開く。
「お嬢様、
そう言うと小さな主は眠そうに眼を二、三度パチパチさせるとアルビノの様に真っ白な手を伸ばしソーサーを掴む。
まだ完全に意識が覚醒していないのか、ソーサーに乗った紅茶を呆けた顔で幾秒か見つめた後、角砂糖を三つ全部紅茶の中に投げ込みティースプーンでゆったりとかき混ぜた。
角砂糖が溶け切った辺りにレミリア様が紅茶の匂いを嗅ぎながら言葉を投げ込む。
「これは………普通の紅茶」
「いいえ、珍しい紅茶です」
予想が外れた事に驚きを隠せないのか、それとも珍しい紅茶だからなのかわからないが、ショックの受けた表情を浮かべる主を見て笑いが零れる。
「アーモンドの匂いがしたから、普通の紅茶だと思ったわ。珍しい紅茶は少し苦手なんだけど………」
そう言うも大人しくティーカップを口元まで持っていき、目を瞑りながらカップを少しだけ傾ける。
紅茶を口の中に注ぎ込むと同時に目元を苦しそうに歪ませ、すぐにティーカップをソーサーへと戻した。その一連の動きを見てか、無意識に小さな笑い声を上げてしまった。
まるで小さな子が初めて粉薬を飲んだ様な表情。意を決めたのか、喉元に手をやりながら一気に口の中に溜まった紅茶を苦そうに飲み込む。
肩で息をしながら舌を少しだけ出し、目尻に涙の溜まった目で俺の事を睨みながら、レミリア様が口を開く。
「ちょっと………なによ今の紅茶、凄く苦かったんだけど」
息をする度にウェーブのかかった青髪が揺れ動き、喉元を苦しそうに抑えながら咳を零す主を一目見てから彼女の疑問をゆったりとした口調で返す。
「少しだけ隠し味を入れました、恐らくそのせいかと」
「隠し味ってなによ」
「シアン化カリウムです」
そう言うと同時に静まり返る部屋室。笑顔でレミリア様から手渡された、まだ紅茶の残ったティーカップを手に持つ俺と、信じられない物を見る様な目線を送り続ける主。
沈黙が続く中、それを破ったのはレミリア様だった。
溜息を深く零し、まだ寝癖の付いているウェーブかかった青髪を人差し指と親指で弄りながら口を開く。
「はぁ………どうして貴方も咲夜も、主である私に毒を盛ろうとするのかしら」
別に怒った態度も見受けられない、どちらかというと呆れた様な表情を浮かべる主。三、四度前髪を弄るがそこで飽きたのか手を止めジト目で俺を睨みつけてくる。
「だって面白いんですもの」
「何が面白いのかわからないんだけど………それで、どれくらい盛ったの?」
「500mg辺りですかね……1g入れようとしたけど流石にバレそうだったんでやめときました」
もう言葉すら出ないのかガクンと頭を下に俯かせてしまった。顔と一緒に羽までもが萎れるのだから面白い。だがそれも一瞬で、すぐに顔を上げると笑顔で口を開く。
「それじゃあ罰として吸血鬼になりな………」
「遠慮しときます」
最早この話題については聞くのすら億劫だ。思わず主の言葉を遮ってしまう程に。遮った俺を見てか、少しだけ不愉快そうに頬を膨らませるレミリア様。
ここは早めに退散が吉と見たか。
「それでは、この紅茶は私が処分しときます。失礼致しました」
「え、ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
主の声も聞かずにいそいそとキッチンワゴンを押しながら退散し、部屋には呆けた顔を浮かべた主だけが残っていた。
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「貴方、一体なにしたのよ、お嬢様がお怒りよ」
「…………本当に?」
一通りの仕事を終え、彼が休憩室でサンドイッチを頬張っていると、咲夜が突然目の前に現れて開口一番にそんな事を口にした。
突然目の前に出てくるのは何時も通りだからなのか然程驚きはしないが、レミリアが怒りの矛先を彼に向けている事について、驚きを隠せない様だ。
彼の真偽を問う質問に対し、咲夜はただ無表情で「本当に」とだけ短く返す。
「お嬢様の部屋のベットメイキングをしに行ったら、まだネグリジェ姿のお嬢様が居たんだから驚いたわよ。声をかけたら何も言わずに震えた声で【彼を見つけ次第私の所に来るよう命じて頂戴、その間に咲夜は朝ごはん作っといて】だって」
「…………だって、じゃないから。ああ……絶対怒られる」
まるで死を恐れる死刑囚の如く頭を両手で抱え込みながら項垂れる彼、その姿を見て彼女は面白い物を見る目で一つ、笑い声を零して「それじゃあ、死にに行ってきなさいな」とだけ言い、その場から姿を消した。
ポツン、と休憩室に一人寂しく残され、深い溜息を零す。
レミリアが彼を殺す事は断じて無いだろう、咲夜も実際にあの言葉は茶化す様に言っただけであって、実際にもしレミリアが彼を怒りに任せ殺そうとしたら、その時は主を宥めるべく止めに入るつもりだった。
だけどもそんな事は露知らず、咲夜の言葉を真に受け取ってしまった彼はただ恐怖に頭を悩ませるだけだった。
一年前は死を望んでいた筈なのに、今では生きたいと思うだなんて。と乾いた笑みが彼から零れる。
その気になればこの館からの脱出は難しいかもしれないが、自殺するぐらいは簡単だろう。彼は休憩室に取り付けられた紅魔館での数少ない窓に目をやる。
充分すぎる、あの窓から身を投げる事は充分に可能だ。高さも申し分ない。だが、彼は数十秒間悩むように窓に目をやったが頭を横にぶんぶんと強く降った。
せめて、死だけはあの方に、我が主に介錯してもらいたい。
深い溜息をもう一度だけ零し、勢いよく立つと彼はしっかりとした歩調で一直線にドアへと向かった。
懐に一枚の紙を忍ばせながら。
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主の部屋に向かう途中にある、様々な調理器具が並んだ大型厨房が彼は苦手だった。
普段調理中には鉄製の分厚い扉で閉められ、開ける事は疎か中を覗く事も出来ない。だが、調理が終わり鉄製の扉が開けられる時に彼はチラリと、だが。偶然にも中の様子を見てしまった。
中は赤い血で染まり、グツグツと大型のスープ鍋で何かを煮込み、そこから出てきた咲夜の顔やメイド服は厨房と同じく赤色に染め上げられていた。
彼の姿を見るや否や”やってしまった”と言わんばかりの表情を浮かべ、焦った様な口調で彼へと幾つもの言葉を並べる。
「これは牛の血だ」や鍋は「豚から出汁を取っている」と。その時はその言葉を信じてしまったが、今となって冷静になった頭で彼は考えた。”あの時の匂いは明らかに豚や牛の匂いじゃない”と。
あの時に嗅いだ匂いは”人間の血腥い血の匂い”だと。
そんな筈はない、と彼は歩きながら目を瞑り首を強く降る。目を瞑ったせいか、前方から受ける誰かとぶつかった様な衝撃。
不意打ちの衝撃に情けなくも強く尻餅をつき、痛みに歪んだ表情で前を向くとそこには二人の妖精メイド。一人は緑髪を後ろに束ね、所謂ポニーテールの少女と、もう一人は彼と同じく地面に尻餅を付いたメガネの少女。
謝ろうと口を彼が開くが、その前に二人は廊下の向こう側に焦った様に急いで飛んでいってしまった。
その行動を彼は不愉快に思ったのか早足で彼女達の後を追う。せめて謝る素振りぐらいはしろよ、というような表情で。
廊下の奥に着き、彼女達の曲がった左の方向に曲がろうとするが、不意に聞こえてきた話し声に足を止めてしまった。少女達の話し声、先程の妖精メイドだろうか。
「さっきはビックリしたね、まさかあの人とぶつかるだなんて」
「ほんとだよね、せめて謝るぐらいはして欲しかったよね~」
その前に逃げたのはお前達だろうが、と怒鳴り上げたい衝動に駆られるが、それを無視して彼はひっそりと彼女達の会話に聞き耳を立てた。
もしかしたら厨房での出来事を噂好きな彼女らなら知っているかもしれない、という淡い願いを込めて。
「それにしても」と眼鏡を掛けた少女が言葉を零す。
「あの人間、まだ食べられてなかったんだね」
その言葉に思わず彼は硬直した。早くなっていく息遣い、鼓動を無視し更に聞き耳を立てる。正直もう聞きたくはない、だが聞かなければならない、と語った表情で、彼は彼女らの会話を固唾を呑んで見守った。
「本当にね、あんな人間のどこがいいのかな?」
「わからない、メイド長だけで充分な気もするけどね」
「まぁ、そのうちお嬢様に飽きられて”食べられちゃうのがオチ”でしょ~」
愉快そうに笑う妖精達。最早聞き耳を立てていた彼の顔は青白く染まり、足がガタガタと震える。
まさか、そんな筈ない。あの”優しい主達がそんな事”と言った表情で。殺されるならまだいい、だが家畜の様に遊ばれ食われるだなんて真っ平御免だ。
ふと気付いた様に彼が足を進める。目の前に見えるのは大きな鉄製の扉、厨房室だった。
あの妖精達の言っていた言葉が本当なのか、それを確かめなければならない。震えた手でレバーハンドルに手を掛ける。
何時もなら固く閉ざされ、開けることの出来ないドアノブだが今回は違った。何にも引っかからず、すんなりと大人しく鉄製の扉が開く。
ゆっくりと、中に居る者に気づかれないように音を立てずにゆっくりと開ける。隙間五センチ程、何も見えない、隙間十センチ程、赤い液体が見える、隙間十五センチ程、”人間の足だけ”が見える。
あまりの残酷すぎる現実に彼は腰を抜かしそうになった。荒い呼吸を無理矢理押さえつけ扉を全開した。そこに見えるのは地獄絵図。
多くの”人間の部位”がキッチンの上に並び、グツグツと熱い湯気を上げながらスープ鍋から”不愉快な匂い”たるものが匂い、床は”夥しい量の血”に染まっていた。
そこで彼は完全に腰を抜かし、地面に倒れこむ。呼吸は過呼吸の様に荒くなり、鼓動がスポーツ後の様に早まっていく。
息がうまく出来ない、足は震えるばかりで一向に動く気配がない。見なければ良かった、見なければ彼ら彼女らの関係は変わらずに済んだのかもしれない、だが彼は見てしまった。見てしまったからこそもう、”今までの関係には戻れなくなってしまった”。
戻れないのならせめて、彼女らの隠した秘密を全て見よう。そう思ったのか彼は厨房の奥の方にある、隙間の少し開いた食材保管倉庫に目をやる。
体を震わせながらも彼は鉄製の扉に手を掛け立ち上がった。
鉄製の調理テーブルには多くの人間”だった物”が並び、スープ鍋に至ってはもう見たくなかったと言った感じだった。
一歩一歩歩いているだけなのに呼吸は荒くなったまま一向に収まる気配は無い。やっとのことで彼の二倍程の身長をした扉の前に立つ。
二十センチ程開いている隙間から顔を覗かそうとすると、そこは調理場よりも酷い光景をしていた。
まるで豚の様に天井の高い場所に釣り上がった人間達。ライトに当てられているのか、光の当たった机には拘束器具によって体を動かせない一人の男性が居る。
麻酔をされているのか、眠らされているのかはわからないが酷く大人しい男性。その男性に近づく一人の少女、十六夜咲夜が斧を片手に男性に向かって思いっきり振り上げた。
勢いよく振り下げると同時に男性の右腕から血飛沫が上がる。咲夜はその血飛沫を気にしないで、ただ無表情に斧を振り上げては、下げ、振り上げては下げた。
友人の行動を彼は唯唯呆然と眺める。もう頭の整理がならないのか、それとももう考えたくないのか。
咲夜は完全に肉を切り、男性の腕に手をやると逆方向に思いっきり折った。
その音のお陰なのかそこで意識が戻り、彼はリミッターが外れたのか思いっきり悲鳴を上げる。
口を手で押さえ、嘔吐きながらその場に嘔吐した。朝食に食べたサンドイッチを床に戻し、更にまた嘔吐する。
そんな中耳に入ったのは近づいてくる足音。それに気付いたのか彼はただ只管に走る。どこに逃げようか、どうしようか、と。
だが、彼はただの人間。厨房の扉に手を掛けると同時に感じたのは肩を誰かが掴む感覚。後ろを向くと見えたのは無表情の彼女が銀色に輝くナイフを振りかざす瞬間だった。
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彼の意識が朦朧と覚醒する。
場所は彼が朝、レミリアに目覚めの紅茶をカップに汲んだ場所、主の部屋室だった。
相も変わらず赤い部屋室で二人の少女が言い争いをしている。ぼんやりと見えてくるのは、血の付着していないメイド服を着た十六夜咲夜と、彼が初めてレミリアと会った時の服装を身に纏うレミリア・スカーレット。
自らの置かれている状況化に気づき、急いで逃げようとするが、それを簡単に彼女達が許してくれる筈もなく、気付けば彼は咲夜に組み伏せられていた。
身を捻らせ脱出しようとするも、体は全く動かせず、日に当てられた元気の無いミミズの様に、ただ少しだけ足が動くだけ。
そんな滑稽な彼を誰一人笑わず、悲しい表情を浮かべ見つめていた。
「ねぇ……………」
レミリアが不意に口を開き、その声に彼はビクリ、と大きく体を震わせた。顔は恐怖に歪み、歯がカチカチと音を立て鳴らす。
一歩一歩彼の元へレミリアが歩みを始め、身を屈ませ彼の恐怖に歪んだ顔を優しく触れながら優しい声で口を開ける。
「誰も貴方を傷つけない、お願い、信じて」
願う様に酷く悲しい表情を浮かべる少女、その表情に彼の心が一度だけ揺れ動くが、それも少しだけ。レミリアの言葉に対し彼は叫びに似た大きな声で返した。
「そんなの信じられるか!! お前達は俺を使って、使えなくなったらゴミの様に殺すつもりだったんだろ!?」
その言葉は二人の、レミリアの心を酷く傷つけた。
「下手な妖怪よりも質が悪い…………少しでも信用した俺が馬鹿だったよ!!」
もう殺されるのを覚悟し、彼の口から零れるのは様々な罵詈雑言。どんな傷を負っても一日足らずで完治する少女が、その鋭い言葉に大きな傷を負う。
顔を俯かせ、拳を強く握り彼の言葉に耐える様に、ただじっと黙り続ける。
言いたい事を全部言ったのか、息を途切らせながら口を閉じる。部屋室の中に染まるのは静寂の雰囲気。咲夜はただじっと押し黙り、彼は死を覚悟して、ただレミリアを睨み続ける。
「だから………貴方を傷つけるつもりは……」
「信じられるか、実際にお前達は人間を豚の、家畜の様に扱ってたじゃないか」
か細い声でそう言うも彼から返ってくる言葉は”信じられない”の一点張り。荒い息で呼吸する彼の眼はもう、何も信じられなかった。
「私達は妖怪、人間を食べないのは貴方達で言う断食と同じ、だから人間を食べる事はしょうがない事なのよ」
「その食べ物を痛めつけて遊ぶのが妖怪だもんな、いい趣味してるよな」
「私は人間で遊ぶ事なんてしない、少なくとも貴方が来てからしなくなったのよ」
「俺が来る以前は何をしていたんだよ」
飛び交う言葉の言い合い。一向に信じない人間と信じてもらえない妖怪の言い争いは永遠に続くと思われた。だが、次の彼の言葉でこの運命が、ハッピーエンドに変わるか、バットエンドに変わるかの途切れ道になる。
「それじゃあ………俺を殺さない理由を言ってみろよ」
その言葉にレミリアが押し黙った。彼は急かすことなく、ただ少女の言葉を待ち続ける。
「それは……………貴方が」
そこでレミリアは言葉を途切らせる。次の言葉が出てこない、ただ、ただここで愛を告げるだけなのに、言葉が出てこない。
自分はここまで臆病者だったのかと、自らを責め立てるが出てくるのは息が零れる音のみ。ここで彼に告白し、拒否でもされたらきっと自分は自分でなくなってしまう、そんな気がしてならなかった。
またも漂うのは静寂の雰囲気、レミリアの言葉に彼は疎か、咲夜までもが興味を持った様にレミリアを見つめる。
二人の眼に見つめられる中、重たい口を少女はやっとのことで開いた。
「貴方が…………大切な”執事”だから」
考えに考えた結果この言葉、自分の不甲斐なさに嫌気すら刺したのか暗い声で地面を見つめるレミリア。
その言葉に咲夜は一切口足しをしなかった、ここで自分が主の言葉に口を足しても、彼の耳には届かないから。少しだけの主に対する失望を抱き、咲夜はバレないように小さく溜息を吐いた。
ふと地面に組み伏せられた彼が乾いた笑いを零す。期待していた答えと違ったのか、失望が混じった様な笑い声。
「そうか、大切な執事だから生かしといたのか………そうか、そうなんだな、そうなんだよな!!!」
突然に力一杯に体を跳ね起こし、彼の上に乗っていた咲夜を跳ね飛ばす。
咲夜は背中を強く強打し、痛みにもがいているのを見て、彼は地面に落ちた銀色に輝くナイフを手にした。
「このナイフでお前を殺す事は出来ないだろうな!! なんせ吸血鬼だからだ!! だけどな………人間にはこんな手もあるんだよ!!」
声と共に彼がナイフを喉元に突き立てる。レミリアはその行動から彼のしようとしている事に気がつき、鈴の様な高い声を上げた。
「や、やめて!!!」
レミリアが地を蹴るが、もうその頃には彼はナイフを喉元に突き刺していた。
舞う鮮血、倒れる彼の体を少女は掴み、悲鳴を上げる。
「ダメ………ダメ!! 死なせない、さ、咲夜!! パチュリーを呼んで頂戴!!」
震える声を荒げ咲夜の名前を出すが、それを彼の弱々しい声で止められる。
「もう………ダメだよ、首を深く刺したんだから、もう助からない」
彼が咳き込むと一緒に血が飛び散り、少女の顔にかかる。だがそれを気にした感じは無しに、泣きそうな表情でレミリアは声を更に荒らげた。
「ダメよ!! 絶対に死なせない………咲夜!! 何呆けてるのよ、早くパチュリーを!!」
「いいんだよ、咲夜はあってる。もう………このまま大人しく死なせてくれ」
駄々を捏ねる子供の様に否定の言葉を叫び続けるが、それを無視して彼は苦しそうな表情を浮かべ続ける。
段々と冷たくなっていく肌にレミリアはただ焦るばかり、咲夜はその様子を黙って見ていた。
血が流れ出る首元を必死に押さえ続け、彼女の白い肌が赤く染まる。体温を逃さない様にもう片方の手で彼の手を必死に力強く、握り締めながら。
もう目を動かす余裕もないのか、彼は天井を見据えながら残りの力を振り絞り口を開く。
「お嬢様…………今まで楽しかったですよ」
その言葉を最後に彼は息を引き取った。
「………嘘でしょ? ねぇ、嘘でしょ」
信じられない表情で息のしない、冷たくなった彼の”死体”を抱き抱えたまま、地面に膝を付ける。
「嘘っていいなさいよ………朝の時までは普通に………会話してたのに、なんでこんなことに」
彼の額と自分の額を擦り付ける様にして少女はやっと涙を流した。人間の透明に透き通る涙ではなく、真っ赤に染まった血にも似た涙。
今まで押し黙っていた咲夜までも、右手で左腕を握り締めながらその光景を見て頬を一つの涙が伝う。
堰が切れたのか、彼を強く抱きしめ、悲鳴にも似た叫びで彼の名前を呼び続けながら涙を流し続ける。
彼女の赤色の涙は、彼の体から流れた血と混ざり合い、一緒になった。
長いですよね汗
なんで気付けばこの文字数でした。すみません><
次回からは通常通り五千~六千に戻したいと思います。
そして②の後に③が出ます(多分)
③では②や①の伏線回収等等。
後日談みたいなものになります。
(指と肩痛いです涙)