――――最初は単なる好奇心だった。
幻想郷の西の向こう側にある、一本の桜の木の元で小さな百鬼夜行こと、伊吹 萃香は月を眺め、酒を煽る。
満月ではない、ただの半月、些か月見酒としては欠けるものがあるが、それでも萃香は満足げな表情を浮かべ杯を口元に傾けた。
杯の中にある酒を一気に飲み干し、柔らかく、冷たい土の地面に置くと一つ、溜息を吐いてから月を見上げる。
先程と全く変わらない半分の月が空に浮かんだ。夜風の冷たい風が酒で火照った体を冷やし、萃香の後ろに立つ立派な桜の木が幾つかの桜の花びらを舞い散らせる。
存分に萃香は月見と夜風に舞い散る桜を堪能し、彼女が片手に持つ伊吹飄と地面に置いた杯を持ち上げると杯いっぱいになるまで酒を注いだ。
嬉しそうに一杯になった杯を横に何度か傾けると、中に舞い散った一片の桜の花が浮かぶ。
朱色の杯に、透明の酒は桃色の桜の花びらに良く似合った。まじまじと萃香は杯に浮かぶ花びらを眺めるとそのまま半分程の酒を呑む。
塩辛さが喉を焼く。肴でもあれば最高だろう、と考えながら。
「半月に桜酒―――――か」
中々どうして、いいものじゃないか、心の中にそう呟き、一気に酒を煽る。
いっぱいにあった透明の酒は一滴残さずなくなり、桃色の花だけが杯の底に寂しく残った。
今度は満足げな表情を、一つ。酔いが回りきっているのか、顔が赤く染まる。
ふぅ、と溜息を一つ、桜の木に寄りかかった。
酒を汲まずに、半月だけを見上げ、その場に風が吹くだけの、沈黙が走る。
相も変わらず、空の彼方に浮かび上がる半月を見上げながら一言、萃香は静かに、悲しげな声色でポツリと呟く。
「あの男も居たら、この月見酒も格段に、美味しくなるんだろうけどね」
思い出にでも浸る様な表情、先程の喜色の混じった表情ではなく、悲色が混じった表情で。
萃香の静かな呟きに、鋭い風の音だけが答えた。
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幻想郷も紅葉に染まり、秋姉妹が張り切りだした頃、萃香は呑気に神社の縁側で酒を煽っていた。既に出来上がっているのか、赤く顔を染めながら、意味の然程無い言葉を青空に投げ込んでいる。
普段なら、霊夢辺りが萃香の酔っぱらい加減に嫌気が差し、萃香のすぐ後ろにある障子を勢いよく全開して、いきなりの実力行使に出ていた。だが、一向になっても霊夢は出てこない。留守なのはわかるが、何故だろうか。萃香は酔った頭でふと考える。
理由は一つぐらいしかないな、酔った頭でもすぐに出た答えに、萃香は無意識に苦笑いを浮かべた。きっと妖怪退治に行ったんだろう。
話す相手がいない事を不便に感じたのか、先程と同じように白い雲が浮かぶ空へと、酒を煽り干し、言葉を投げ込む。その行為を何度したことだろうか、神社の向こう側に見える、見知った顔に鼻笑いを零す。
肩まで掛かった黒のセミロングヘアーに、頭に乗った大きな赤いリボン。腋の露出した紅白の、巫女とは大分かけ離れた服装の博麗霊夢が、階段をマイペースな足取りで上がる。
そこまではいい、萃香も、見知った顔に手を振りながら声を掛けようと思ったが、口を開けた所でおや、と思う。
霊夢が階段上にある、石鳥居を潜った辺りで、霊夢だけではなく、階段の下から見た事もない男性が顔を現したからである。
目元まで掛かった少し長い黒髪に、紺色のスウェットパンツ、線ファスナーをいっぱいにまで上げた黒のダウンジャケットを上に羽織り、わざとやっているのか、紐の付いた緑のスニーカーで、乾いた音を立てながら歩くのが特徴の男性。
幻想郷では見た事のない服装に、萃香は不思議そうに長い眉を内側に寄せた。
こんな服装の人間、今までに見た事がないぞ? と、萃香は考えた。顎に小さな白い手を考えるように添え、目線だけを上空に向けるその様子は、長い間生きてきた鬼とは思えない。
「また酒呑んでるの? この呑んだくれめ」
むむむ、と悩んでいると、風鈴にも似た透き通った女性の声色に、萃香は我に返った。
萃香の一歩手前程の距離に立っているのは、不快そうに顔を顰める博麗霊夢に、その後ろを薄ら笑いを浮かべながら立つ男性。
「
少しだけ呂律の回らない口調に、霊夢は面倒そうに溜息を吐きながら答えた。
「外来人よ、仕事が増えて嫌になるわ」
「外来人ねぇ、初めて見たよ」
大体予想は付いていたのか、然程驚きもせず、萃香は外来人たる男性を、興味深そうに眺める。まじまじと眺められるのに男性はあまり慣れていないのか、萃香の深紅色の瞳から、苦笑いを浮かべ露骨に目を逸らした。
数十秒男性を眺めた萃香は、彼への興味をもうなくしたのか、傍にある紫色の伊吹飄を手に取ると、朱色の杯に酒を注ぎ一気に呑み干す。
「君のそれ、もしかして酒かい?」
先程まで黙っていた男性がふと言葉を零す。
「そうだよ、なんだ? あんたも飲みたくなったのか?」
突然黙っていた彼から話しかけられ驚いたのか、一秒程の間を置いて萃香は答える。霊夢だけが彼を尻目に、黙って見ていた。
「君みたいな小さな子供が、お酒を飲んじゃ駄目じゃないか、全く、どんな教育を受けているんだか」
男性が萃香の手に持つ伊吹飄を、素早い動作で掠め取った。男性は単なる善良でやった事らしいが、その善良が鬼の伊吹萃香を怒らせた。酒を飲むことで増す危険性を熱く語る彼の熱弁を無視して、ゆらりと萃香は立ち上がる。
萃香の周りに渦巻く赤色の妖気。それを見てか、霊夢が浅い溜息を零してそそくさと、神社の中に入っていった。
その妖気に気づくや否や、顔色を青ざめる男性。萃香の後方から強く吹いた秋風に、萃香の薄い茶色のロングヘアーが靡き、男性は風の強さに目を細めた。
「鬼に喧嘩売るたぁいい度胸じゃないか、負けたら、攫われるぐらいの覚悟はしとくんだね」
その声色に怒気が含まれている事は、一目瞭然だった。そこで男性は気が付く、萃香の後方は大きな神社だ、それじゃあ”彼女の後ろから強い風が吹くなんて、有り得ないじゃないか”。
ただの少女じゃないぞ、と男性は悟る。だが、もう遅かった。
萃香からゆるやかに伸ばされた人差し指に、男性の額が当たった途端。男性はその場から消え、神社に落ちた紅葉の落ち葉を辺りに舞い散らせながら、遥か上空へと飛んだ。
空から落ちる伊吹飄だけをキャッチし、後は知らんぷりをする萃香。これが萃香と男性の、ファーストコンタクトだった。
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小さな小部屋、と言っても七畳程の広さはあるが、部屋の中は良く言っても、悪く言っても質素、と言えるほど余計な家具がなかった。洋服を仕舞う古箪笥に、物置と化している押入れ、そして、小さな木製の机に座布団が四枚、部屋の隅の方に重なっている。酷く小ざっぱりしているな、と頭に包帯を巻かれた男性は心の中で呟いた。
「それにしても、相変わらず、質素な部屋だね」
彼の心の呟きを代わりに吐いてくれたのか、男性の斜め前で、部屋を見回しながら退屈そうに足を伸ばし座る萃香が言った。
「あまり物があっても困るだけなの、必要最低限の物があれば、それで充分」
男性の真ん前に座る霊夢が、萃香の言葉を、無関心に返す。二人が自分と相対するように座るので、彼は面接の風景を思い返した。
「ただ他の家具が買えないだけじゃないの?」
「うっさいわね、退治するわよ」
萃香の言葉に怒りを覚えたのか、御幣を右手に、封魔針を左手に持つ霊夢。隣同士で二人が睨み合うので、最早蚊帳の外状態の男性が溜息を零す。これじゃあ話が進まないと言わんばかりに。
「すいません、俺としても、色々この世界の事を聞きたいので、俺をそっちのけに話すのやめてくれません?」
おずおずと言った感じに、男性が小さく手を上に挙げながら、男性特有の低い声色で、言葉を彼女らに投げ込んだ。結構小さめな声だったので、二人は気づくことなく、男性を無視して火花を散らし睨み合うと思ったのだが、意外にも男性の言葉に気づき、霊夢が涼しい声色で謝罪した。
感情の篭っていない謝罪に、男性はむっと思ったが、謝罪もせずに興味無くそっぽを向く萃香を見て、やりきれない溜息を零した。
「えっと、取り敢えず単刀直入に聞きます、ここは俺の住んでいた世界とは、また違った世界なんですか?」
「そう、たまにこの世界の結界が解れて、向こうの世界の人間が放り込まれる事があるの。とんだ迷惑よね、私としても、貴方としても」
「そうなんですか、それで、俺がこの世界から外界に帰れる手立てって、あるんですか?」
「ある、というかそれが、私の仕事なの。貴方のお陰で私の仕事が増えるんだから、反省してよね」
霊夢と男性の話し合いが退屈なのか、ごろりとその場に寝転がると、萃香は座布団の上で肘を立てながら、頭を支える。早く終われと言わんばかりに、無気力なその表情は、休日でのサラリーマンを連想させる。ところが、男性の一言が、今にもその場で寝そうな、萃香の眠気を吹き飛ばした。
「霊夢さんの隣で寝ている人って、鬼だったんですね」
「私もあまりよく知らないけどね。この間突然現れて、気付けば神社で呑んでるんだから、困りものよ」
「鬼、か。なんだか鬼と聞くと、桃太郎やら、酒呑童子を思いださせますね」
男性は単なる、世間話のつもりで言ったのだが、当然鬼に関してあまり知らない霊夢にとっては、彼の言った言葉を疑問に思うだけだった。だが、萃香にとっては違うようで、退屈そうに寝転がっていた萃香が突然にむくりと、体を起き上がらせ、興味を持った表情で男性に詰め寄る。
「なに、鬼を知っているの?」
萃香の態度の急変に、男性は先程の出来事も合わさってか、思わず座りながら後ずさった。萃香の言葉を肯定する様に小さく頷くと、今度は笑い混じりに口を開いた。
「そうかそうか、鬼を知っているのね」
さぞ愉快そうに笑うその表情を見て、彼はともかく、霊夢までもが困惑する。
「他に鬼に関して知っている事はあるの?」
「えっと、俗説的な物ですが、嘘を嫌う、や朝が来ると逃げ出す、昔日本は鬼だらけの国だった、とかですかね。あと向こうの世界では、泣いた赤鬼とかも有名ですね」
指を折りながら、鬼に関して知っている事を口にする男性。それを霊夢は呆然と、萃香は満足そうに大きく頷きながら聞いていた。
「なに、貴方、なんでそんなに鬼に関して知ってるの?」
「鬼だけじゃないですよ、他の妖怪も結構知ってますよ。天狗とか、狐とか狸とか。外界ではそれなりに妖怪は語り継がれているので」
得意げに腕を組みながら話す男性に、霊夢は目を細め、訝しげな目線を送った。それにしても、と言葉を付け加える男性に、萃香と霊夢二人の目線を送られる。
「鬼ってもっとこう、迫力のある顔つきだと思っていたんですが、こんな少女が鬼だなんて、ぱっと見わかりませんよ」
得意げな表情から、不思議そうな顔付きに変わり、身振り手振りで表す男性の疑問を、淡々と霊夢が答えた。
「貴方達の世界に現れる妖怪と、この世界の妖怪は、意味が違うの」
「意味が違うとは?」
未だ疑問そうに、眉を寄せる男性を一目見ると、霊夢が面倒そうに言葉を付け加えた。
「向こうの世界の妖怪は、不可解な物や、説明の出来ない歪な妖怪。だけどこの世界、幻想郷では実体を持った、へんてこな奴らばかりなの」
霊夢の言葉に男性は疎か、萃香までもが納得した表情を浮かべた。
「そんなことより、ちゃちゃっと外界に送る準備するわよ、ただでさえ忙しいのに」
絹糸の様な髪をわしゃわしゃと、霊夢は掻くと男性が、苦笑いを浮かべながら言った。
「あの、この世界に残る、ってのはありでしょうか?」
男性の言葉を聞くなり、霊夢は立ち上がろうと片膝を上げていたが、赤いスカートの丈を抑えながら、座布団の上で正座に戻る。
「好奇心で、この世界に住むのは構わないけど、貴方の様なこの世界に関する知識の全く無い外来人が、幻想郷に在住したって、食べられるのがオチよ。それに、家も無し、金も無しで、どう生活するつもり?」
先程までの面倒そうな表情の面影は消えてなくなり、相手を見据える様な、真剣な表情へと変わる。その表情に、男性は狼狽えたが、彼の横隣へと移動した萃香が、霊夢の言葉を楽しそうに返した。
「それじゃあ、私が面倒を見るよ、この男に少し、興味も湧いたしね」
萃香の突拍子もない提案に、その場が沈黙に染まった。
ハスミン怖いよハスミン。
悪の教典のせいで、夢にハスミンが出てきました。
映画見たけどもっと怖かった涙
あの小説のお陰で笑顔振りまく人気の高い先生が怖くなりました。
というか、笑顔振りまく人当たりの良い先生は皆ハスミンです。サングラス掛けた男が皆、殺し屋の様に。
そのうち猟銃持って三文オペラのモリタート口笛に吹きながら生徒を(ry
ほんと、怖いです。