強い風に吹かれた紅葉が降ってくる。
辺りは一面、見回すばかりに木が生えていた。まだ昼だと言うのに、森の中は薄暗い。
不気味だな、と男性は呟く。またも吹いた強い風にイチョウの葉が舞い散る様を見て、もう落葉の季節か、と嫌にも実感させられた。
――――クシャリ。落ち葉を踏む度聞こえてくる、乾いた音色。男性は足音をわざわざ立てて、歩く癖がある。その為か、地を踏む高い音と落ち葉の乾いた音が混ざり合い、何とも言えない音色に変わっていく。
――――タン。緑のスニーカーで地を踏む音。――――クシャリ。地に落ちた落ち葉を無心に踏む音。――――トン。そんな足音が聞こえた。
男性の足音ではない、男性の靴は使い始めて長いのか、底が少し磨り減っている。そんな小汚い靴でトン、なんて上等な音色が奏でる訳もない、では誰だ。男性は少し俯かせていた顔を前に上げる。
前には、頭に二つの角が生えた少女、伊吹萃香が前を歩いていた。風が吹く度に、薄茶色の、腰程にまで伸ばされた長い髪が靡き、歩く度、腰にある鎖に繋がれた三角錐、球、立方体の分銅が揺れた。身長は男性の鳩尾辺りしかなく、一目見ただけでは鬼だとわからない。
まさか、こんな小さな子が鬼なんて、鬼のイメージが崩れそうだ。彼は苦笑いを浮かべた。
「えっと、萃香――――さん。あとどれくらいかかるんですか?」
「萃香でいいよ、もう少しで着くから待って」
その言葉、三回程は聞いた気がするんですけど、男性は心の中で突っ込みを入れる。鬼の萃香にとって、こんな道のりは朝飯前と言ったところだが、外来人の彼にとっては、この長い長い道のりは、かなりの苦になっているのだろう。その証拠に、息がかなり途切れている。
あの神社からどれくらいの時間と、距離を歩いたのだろう。男性が手首に付けてある、ベレバレンチノの黒に輝く腕時計に目をやった。
短い針が2を、長い針が5を指している。神社からもう三時間は経っているのか、小さく男性が溜息を零す。相も変わらず風に舞い散るイチョウの葉や紅葉を眺めながら、彼は早く目的の場所へ着いてくれ、と願うばかりだった。
そんな彼の願いが通じたのか、見えてきたのはログハウス、と言える程上等な物でもないが、木で作られた立派な小屋が道の外れにポツンと見える。
「あ、あれだよ、あの小屋」
「なんだか、立派な小屋ですね」
大きさは男性の身長に、萃香の足辺りまでの身長を足した程の大きさ。作られて間も無いのか、それ程傷んだ様子も見られない、林に覆われた小屋。思っていた物よりも、ちゃんとしている物に、男性は目を輝かせた。
扉には、外界の様なドアノブや、レバーハンドルなんて物は疎か、鍵すらも付いていないが、こんなひっそりと佇む小屋を荒らす者はいないだろう。男性は足取り軽く、木の間をすり抜けながら小屋の目の前に立つ。
木に囲まれ薄暗く、少し薄気味悪い小屋だが、その気味悪さを拭い取ってくれるかの様に、辺りからは小鳥の囀りが聞こえてくる。萃香が扉の中心辺りに付けられた鉄製の取っ手を手に掴むと、鈍い音と共に扉が開き、中の様子が顕になっていく。
中は少しの埃っぽさと、暗闇だった。窓が無い為、明かりでも無いと、暗過ぎて足元すら見えない。
「これじゃあ、何も見えないな」
思わず口に出てしまい、男性は反射的に口を片手で覆った。家まで用意してくれた恩人なのに、難癖まで付けるだなんて、男性は後悔した。それに対し萃香は、彼の失礼極まりない言葉に気にもしていないのか、口を開く。
「確かにこれじゃあ暗いね、参ったな」
「い、いや、これぐらい大丈夫ですよ、明かりぐらい自分で調達するんで」
「いや、一回面倒見るって言った手前、私がなんとかしないといけないからね」
やはり鬼の中では異端の方だが、萃香も列記とした鬼。義理堅いのか、腰に手を当てながら暗闇を前に、どうしようか考えた。むむむ、という言葉を漏らしながら考えるその姿は、見ていて幾らか面白いものがある。
家を見つけたのに、入れないんじゃ本末転倒だ。彼も頭を抱えながら考えるが、木の間を吹く秋風の身を刺す冷たさに、思考が捗らない。風の音しか聞こえない中、萃香が幼げな声色であっと声を上げた。
「そうだ、これでなんとかなるだろう」
萃香が暗闇を背に、男性と向き合う。なんだろう、と言うような表情で彼女を見ると、両手の平を空に向け、彼に見せる様にして上げる。その行動に彼の顔付きが益々不思議そうに変わると、萃香は突然に空の向こうへと届く程大きな音で、両手を叩いた。
猫だましにも似たやり方に、男性は驚いたのかバランスを崩し、二、三歩後ろによろめくと、その場に尻餅を付く。落ち葉を踏む乾いた音が辺りに響き、痛みに悶えながら萃香の方を向くと、両手の平の上に青白い炎を燃やしながら、男性を嫌らしい笑みで見下ろしている。
「さて問題、この火はなんだと思う?」
萃香が強く手を叩いたせいか、辺りの木に止まっていた小鳥も逃げ出し、萃香の声だけが聞こえる。またも突然な問題提出に、訳がわからないと言った表情で、尻餅を付けながら狼狽える男性を見て、更にニヤニヤと萃香は笑みを強めた。
「えっと、人………魂?」
男性が言うと、萃香は笑みを崩さないまま、手を横に振ってみせる。
「おしい、鬼火だよ」
「鬼火?」
聞いたことのある言葉に男性は、尻を軽く叩きながら立ち上がり、眉を寄せながら考えた。
「鬼火って言うと………確か人間や動物の死体から生じた霊、もしくは怨念だっけ?」
「流石だね、その中でもこれは、
また一つ、知識が加わったことを嬉しく思ったのか、男性は萃香の言葉に頻りに頷いた。手の平に乗った、バスケットボール程の渡柄杓をまじまじと眺めると、男性が一つだけ納得出来ない様に、腕を組みながら首を傾げ口を開いた。
「だけど、この火って燃え移ったりしそうで怖いんだけど、この小屋、木で作られてるし」
それはそうだ、火は燃え移る物。だが、男性の疑問に対し萃香は、心配ご無用といった表情を浮かべる。
「この人魂は、燃え移らないし触っても火傷もしない、その証拠に、ほら、触ってみて」
男性はおずおずとした感じに、渡柄杓を触る。
「熱く………ない、というか、温かい」
「そうだろそうだろ? 明かりにも使えるし、近い内に冬が来るから、これでなんとかやり過ごせるでしょ」
ここまで配慮されているとは、男性が感嘆にも似た溜息を零す。思ったよりも、いい奴なのではないか、上から雨の様に舞い散る落葉を、顔を上げて眺めながら、彼は心の中で呟いた。
☝ ☛ ☂ ☼
幻想入りした彼は、幻想郷の四季をたっぷり堪能した。
秋は森が赤色に染まり、冬は小屋の扉を開ければ辺りが雪で白く染まり、春は桜吹雪や花見を堪能し、夏は炎天下の中冷たい沢で水浴びをした。
季節によって変わる変化や色を楽しみ、外界では味わえない経験を体験する。季節は更に巡り、二度目の冬が訪れようとしている頃だった。
「やっぱり寒いな」
彼は部屋の真ん中に置いてある、布団の上で寂しく言った。寝起きなのか、半開きの目に彼の黒い髪が寝癖で逆立っている。
一度大きな欠伸を零し、彼は考えた。この場で二度寝を決め込むか、それとも完全に意識を覚醒させるか、を。
幸いこの日は彼が働き始めた、人里にある飲み屋は休みだ。このまま布団に潜り込み、温かい布団と温かい鬼火に囲まれながら、惰眠を貪る事は罪では無いはずだ。だが、これでも幻想郷の四季を体験した身だ、この身を刺すような攻撃的な寒さは、雪が降り積もっている事を、物語っていた。
彼は頭を掻きながら考えた。別に二度寝しても構わない、だけども、折角安らかな眠りを堪能したにも関わらず、指先が凍える思いをしながら雪かきをするのは、気が引ける。なら、ここで完全に意識を覚醒させて、残りある時間を有意義に使った方が、正解なのではないか。
布団の上で、胡座をかきながら、顎に手を添え考える。そのポーズで何分を過ごしただろうか、意を決したように彼は勢いよく立ち上がった。
迷わず、萃香に貰った、古ぼけた箪笥の二段目を開け、絹で作られた着物や袴を取り出す。
慣れた手つきで肌襦袢を腕に通し、その上に長襦袢を羽織った。襟元の右側を下に、左側を上にクロスさせる様に羽織った後、腰の辺りに腰紐を結び、彼の周りを浮遊霊の如く、ふわふわと飛んでいる鬼火を二つ捕まえ、無理矢理に袖の中に入れる。最近では、これが彼の服装になっていた。
最後の仕上げに刺子の手袋を手にやり、霊夢から貰った、妖怪避けの護符を懐に貼った後、部屋の隅に立っている竹製の雪かきを手に持つと、まるで今から戦にでも行くのかと思える程の顔付きで、扉へと進んだ。
扉の一歩手前にまで近づくと、目の前を突然白い霧が覆う。反射的に後ろに飛ぶと、寒くはないのか、相変わらずの薄着で、鬼の伊吹萃香が現れる。
「遊びに来たぞ~」
ここへ来る前に、もう飲んでいたのか、千鳥足で、呂律の回らない口調で開口一番にそんな事を口にした。だが、このタイミングで来てくれるとは、と内心に彼は喜んだ。
「はい、じゃあこれ」
「なんだい、これ」
「見てわからないのか? 雪押しだよ、これから屋根に積もった雪とか道に積もった雪をどけるの」
彼は、部屋の隅に置いてあった、これまた竹製の雪押しを萃香に渡そうと、手を伸ばすが、案の定それを受け取らないで、まるで我が家の如くに彼の横を素通りすると、まだ人肌の暖かさが残る布団に寝転がり、酒を飲み始める。
その無駄の無い動きに、彼は客人神、ぬらりひょんと言った妖怪を思い浮かべた。
まぁ、そんな簡単にこいつが自分の命令に従う筈もないか。雪押しを扉の前に置いた後、溜息を一つ零して、彼は萃香の寝転がる、布団の隅の方に胡座をかいて座る。
萃香は何やら、そわそわとした感じに、酒を呑む手を止めた。まるで、今から起こる事を楽しみに待っている様に。
「終わったら、ちゃんと雪かき手伝えよ?」
「わかったから、早くしてくれよ」
酔っ払っているにも関わらず、これに関しては興奮したように目を輝かせるんだよな。彼は喉まで出かかった、その言葉を飲み込み、萃香が望んでいる、
この一年、萃香が彼に対する興味は、無くなっていく所か、増えていく一方だった。正確には、彼の話す外界での話に、興味が増していく一方なのだが。
話しながら彼は思う、まさか、外の世界で、オカルト系の話にのめり込んだ結果が、鬼の話相手なんてな。人生何が起きるかわかったものじゃない、と。酔っ払った赤い顔で、楽しそうに相槌を打つその姿を見て、彼の頬が緩んだ。
こんな話を萃香程、楽しみながら聞く奴はいないな、と思える程に、萃香は熱心に彼の話を聞き入っている。恐らく、自分が知らない妖怪や化物が出るのが、嬉しいのだろう。
「違う、そいつは俺を助けようとしていたんじゃない――――俺が死ぬのを待っていただけなんだ。お仕舞い、ほら、雪かき手伝えよ」
酔いが冷めたのか、それとも肝が冷えたのか、ラストのどんでん返しを青白い顔色で黙り込む萃香、どうやら、外界の怖い話は鬼に対して絶妙な効果を発揮するらしい。恐怖で固まる萃香をよそに、雪かきと雪押しを取ると、我に帰ったのか萃香が口を開く。
「別に怖くもなかったね、うちの仲間の方が、怖いよ」
そりゃあ、鬼だからな。彼は心の中で、萃香の言葉に呟く。だが、萃香が怖がっているのは紛れもない事実だった。今にも倒れそうな、顔面蒼白の姿を見て、怖がっていないと思う方が少ないだろう。
「それは、御尤もで。そんなことより、早く雪かきするぞ」
急かすように、未だ彼の掛け布団の中に体だけを潜り込んでいる萃香に、雪押しを投げ込む。雪押しは、盛り上がっている、萃香が居るであろう場所に着地すると、そのままバウンドして高い音を鳴らしながら、部屋の端に落ちた。
「いたた………全く、鬼使いが荒いんだから」
「義理堅い鬼様は、一度約束した出来事は破らないんだろ? ほら、早く早く」
布団からもっそりと出てくる子鬼。彼が手招きをしながら急かし続けると、やれやれと言った感じに雪押しを手に持った。思いなしか、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。
「よし、それじゃあ十一時までには、終わらせるぞ」
彼は愛用している、ベレバレンチノの腕時計を見やった。短い針が8を、長い針が4を指している。
思い切って、勢いよく開けた扉の先は案の定と言ったところか、白銀の世界に染まっていた。見たところ、雪の深さは千円札一枚分、十五センチ程積もっており、予想以上の深さに、彼は自分の後頭部を面倒くさそうに掻いた。秋までは囀りをしている小鳥までもが、寒さで姿を現さない。
「ねぇ」
「ん? なんだ?」
不意に聞こえた幼げを残した高い声色。後ろを向くと萃香が、口をもごらせながら、雪も見ずにそっぽを向いていた。どうしたのだろうか、彼が心配したように顔を覗き込もうとすると、萃香が堪らずと言った感じに、声を上げる。
「あ。あ。あのさ」
酔いは冷めたと思っていたのだが、どうやら違うらしい、それとも、やはり寒いのか、呂律の回らない口調で、繋ぎ言葉だけを口にする萃香。先程と変わった目線だけが、彼を真剣に見据えていた。
「また、話してくれるよね」
なんだ、そんなことだったのか。彼は一人で勝手に納得する。
「ああ、雪かきが終わったら、昼ご飯にして、その時にまた話そう」
笑顔で顔だけを萃香に向け、彼はスニーカーではなく、くわの木で作られたカンジキを履いた。積りに積もった積雪を見て、彼は溜息を零す。もち雪なだけ、幸いと言ったところか。嘆いても仕方がない。歩く度に聞こえる雪鳴りを楽しみながら、彼は雪かきを肩に乗せ、意気揚々と白銀の世界に飛び込んだ。
その様子を、かなり重い雪押しを両手に持った萃香が、溜息を吐いてやりきれない表情で呟いた。
「察せよ、馬鹿」
酒ではない理由で、顔を赤く染めながら。
咳が……喉が。
やっぱ乾燥の季節ですね、喉をやられました涙
というか最近鴉天狗の方投稿してない汗
明後日辺りに、鴉天狗か、萃香の場合を書きます。
(部屋がきな粉臭い)